いざ初の外国へ
しばらく村の復興に努めるというシルフィと別れ、トレッタケールを後にしたカイルとサラの二人は、とりあえず国を出てみようという話で一致していた。
国交を結んでいる国同士であれば、冒険者であれば自由な移動が出来る。様々な国を旅できるのもまた、冒険者の醍醐味というやつだ。
「このままカイナル大森林を抜けて、南のガレウス王国に抜ける?」
「いいね、あそこは人族が多いんだっけ?」
「確かそうだったはずよ。エルフや獣人も少数ながらいるけど人族が多い国だって」
冒険者の旅は歩きが多いが、長距離移動の際には護衛がてら隊商の馬車に便乗させてもらう事が多い。今更のように、勇んでアコーズを馬車で出てきた事が恥ずかしくなる。
そんな二人も次の行き先を決めると、すぐにガレウス王国に向かう隊商の護衛を引き受け、今は荷物が満載の幌馬車の後ろに並んで座っていた。指名依頼を一つ受けた程度では名前が知れ渡るほどでは無く、最年少という事もあって他にも数人いる護衛の一番下っ端役だ。裏を返せば、自分の馬に乗っていなくて隊商の馬車に揺られていても許される身分というわけだ。
「お二人さん、仲がいいのは結構だけど、あんまりアッシュに見せてやるなよ。あいつこの前嫁に逃げられたばっかなんだ」
後ろを走る馬車の御者がそう言って笑うと、隣の馬車の御者が負けじと反論する。
「セイロン! だから逃げられたんじゃなくて、出産のために実家に帰ってるだけだってんの! 適当な事を言うな適当な事を」
このアッシュとセイロンという犬獣人の御者は、出発する前からずっとこんな感じだ。護衛任務は初めての二人にとって、こうして明るく誰にでも分け隔ての無い人の存在は大きい。
「しかしミリウスから出るのは初めてだって?」
「はい。一年ちょっとミリウスでこつこつ修行してきたので、思い切って外国に行ってみようと……」
カイルが答えると、アッシュはウンウンと頷いた。
「いいねぇ、若いうちに色んな所を見たほうがいい。結婚すると俺みたいに商人でもなきゃ、ロクに出かけられなくなるぞ」
「バカ。アッシュ、二人とも冒険者なんだぞ? 冒険者同士で知り合ってどっかの街に落ち着いてる夫婦なんていっぱいいるだろ。お前がそんな心配してどうするんだ」
「そうだな。この隊商に加わるのだって、半日がかりで嫁さんを拝み倒したどっかの誰かさんと違って……」
「おい! それは言うなって!」
「さっきのお返しだ!」
気が付けば周りの護衛や商人も二人の掛け合いにつられて笑っていた。元より運んでいる者も絹製品などあまり賊が狙うようなものではないので、皆の雰囲気も和やかそのものだ。依頼料も安いが比較的安全に移動できるとあって、冒険者もの中には狙って志願する者もいるほどだ。
「カイルは魔法杖を使うんだよな、ちょっとやってみてくれよ。実は見たこと無くてな」
「じゃあ……あの猪でも狙いましょうか」
カイルが指さした先には、そこそこ離れたところを歩く野生の猪の姿があった。こちらには気付いているようだが、距離があると安心しているのか逃げる素振りはない。
「あそこは遠いぞ? 他の人は狙えるか」
「いや、矢で射るには木が邪魔だな。開けた所なら楽に仕留められるが」
近くを馬に乗って歩く護衛が首を振る。
「だよな。どうやってやるんだ、四本線なんてあんまり強いやつじゃないだろ」
「まぁ見ててくださいよ」
おもむろに魔法杖を猪の方に向けると、二つの魔法を同時に起動した。まず水魔法が猪に向かって飛んでいく。サラは、あぁカイルが得意なやつねとすぐに納得していたが、他の人は陽動程度でしか役に立たない四本線でどうするのかと興味津々だ。
猪に向けて飛んだのは、簡単な水魔法である。当然それだけでどうにかなるほどの威力では無いのだが、猪に当たった瞬間、身体がビクッとはねた。カイルは次々に同じような魔法を連発し、そのたびに猪は痙攣しているかのように身体を震わせる。
やがて耐えかねたのか、向こうから隊商の馬車めがけて突進してきた。思わず弓をつがえた護衛を手で静止して、もう一度杖を向ける。
微かな反動と共に、再び水魔法による水球が打ち出される。だが先程の者より小さく、そして速い。
はたして突進してくる猪の額に、水球は吸い込まれていった。二個、三個と打ち込まれるうちに、ばたりと猪はその場に崩れ落ちる。隊商の皆から「おぉー」という声が上がった。
「すげぇな! 魔法杖でもこんな使い方ができるのか!」
「単体の魔法では弱くても、今やったみたいに水と雷、火と風なんかを組み合わせたり、鋭く打ち出したりするんです。こうすると案外、四本線でもバカにできませんよ」
「ほう、そういう発想は無かったな。魔法杖なんか援助限定というイメージだったが、考えを改めなきゃならんかもしれないな」
今回の護衛の中でも一番のベテランがそう言うものだから、他の数人の冒険者は色めき立つ。
「だけどボウズ、打ち出す魔法はイメージ次第とは聞くけど、よく魔法の同時起動なんてできるなぁ。俺の昔の仲間に魔法杖の扱いがやたら上手いやつがいたが、そいつでも同時起動は結構訓練が要るとか言ってたぞ」
「あはは。ま、まぁその辺は秘密ってことで……」
「なんだそりゃ」
ファーランに師事してもらったのは確かだが、カイルの魔法杖の扱いは実のところ、トゥーリエにコツを教わったところが大きい。自ら魔法を使いこなし、それでいて意思疎通ができるのだから、教わるにはうってつけという事だ。
とは言えハルピアに教わったなんて言った日には、大笑いされるか正気を疑われるかのどっちかだろうが。
「お、森を抜けるぞ」
先頭の馬車から声が聞こえた。大森林の名の通り、森は長かった。ずっと森の中で付かず離れず追走しているアイルとトゥーリエは少し困るだろうが、そろそろ日光が欲しい所だ。
森を抜けて少し行けば、ガレウス王国最初の街であるエルピードは眼下に広がっている。
*
隊商は王都の絹の卸問屋が目的地だが、一番大変なカイナル大森林を抜けたのでこのエルピードで馬の休息も含めて宿泊となる。国境を越えた最初の街と言うだけあって、目抜き通りにはいくつかの屋台が立ち並び人通りも多い。だがそれにも増して、目につくものが道の脇にあった。
「あれは……」
「あぁ、あまり見ない方が良い。浮浪者だよ」
汚れた布に身を包み、生気の失った目で道端に横たわる人が何人もいたのだ。ルヴァンのスラム街で見た光景が鮮明に蘇ってきた。
「学校は出たんだろ? 歴史はやったか」
アッシュがそう尋ねる。
「いえ、普通の王立学園ですので簡単にしか……」
「そうか、歴史を本格的に学ぶのは富裕層向けの学校だけだったかな」
この国、ガレウス王国は敗戦国なのだとアッシュは続けた。約四十年前、ガレウスの北東に位置するシェルプス山脈の水資源を求めて、東側に接する隣国のオルストと共にアロンドルフと戦争をした事があった。
しかしガレウスは決して大きく豊かな国というわけではなく、オルストに至っては国力はガレウスよりも弱い。そんな両国が共同戦線を張ったところで当然強大なアロンドルフに勝てるはずも無かった。
案の定戦いはアロンドルフが優勢だった。敗戦間際になってオルストは降伏しアロンドルフ側に寝返り、その後も二ヶ月戦ったガレウスは結果として多額の賠償金を背負うハメになったのだ。
「賠償金は二百兆エルン、五十年間の分割払いだ」
「二百兆って……」
「年間で四兆エルン、とても払える額では無い。俺は戦後の生まれだから詳しい事は知らないけど、税率は上がるし国からの徴発は増えるしで今でもこうして景気はドン底ってわけさ。ガレウスに来る馬車は少なかったはずだ、その理由がこれさ」
確かにガレウス行きを決めてから、実際にこの隊商を探すのには時間がかかった。ミリウスの北側にあるケルムント自治領を通過してアダリス国へ向かう馬車や帝政アロンドルフに向かう馬車は数あれど、ガレウス王国行きの馬車はかなり少なかったのだ。
見ればアッシュだけではなくセイロンや他の御者も顔がこわばっており、皆に一つぐらいは思うところがあるようだ。
「と、ところで、何かガレウス王国に古い遺跡みたいなところってありませんか?」
沈んだ空気を変えようと、努めて明るい声でサラが尋ねた。
「遺跡? そうだなぁ、あるとすれば……あ、星の丘か」
「星の丘? どんなところですか?」
「王都のガレウス-リムの近くにある小高い丘さ、天文学の研究者の施設があるからそんな名前なんだけど、昔はなんか古い建物があったらしい。それに名前に負けず、結構星が綺麗に見える場所だぞ」
「いい場所だぞ、人気も無いし雰囲気もロマンチックだし。そこのアッシュみたいに告白するならうってつけ……」
「セイロンうるせぇ! バラすな!」
結局二人の言い合いは、休憩場所まで続いた。
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