巣立てよ若人、大空へ
卒業までの十ヶ月は、文字通り飛ぶように過ぎていった。最終学年という事もあり色々と学校行事に駆り出されたかと思いきや、進学する同級生は受験対策で夏ぐらいからは勉強漬け。そうでない同級生も大体は丁稚で働いていた所にそのまま就職するとかで、学生の本分そっちのけで仕事に精を出したりしている。
学園での授業内容も実践的なことが多くなり、カイルの苦手だったひたすら覚える系の内容は少なくなっていった。それでもテスト対策はしっかりとやりつつ、カイルもタロスも理由は違えど勉学に励み、大抵の事では驚かないロメル先生を驚かせるほど成績を上げていた。
そしていよいよ卒業式、何度かお世話になった巨大な講堂も入るのは今日が最後だ。
講堂だけではなく、玄関や教室、廊下、良くも悪くもお世話になった職員室に保健室。その他色々な部屋も、全部今日が最後だ。
もちろん多くの同級生や友達とも、学校で会うのは最後となる。
「――本日、君たちはこの学舎を出て、広大な大空へと旅立つ。この六年間、嬉しい事や楽しい事ばかりでは無かっただろう。辛い事、苦しい事、悲しい事もあっただろう。しかしこれらは全て君たちの将来において――」
永遠に続くのではないかとも思う学園長の話を聞きながら、カイルは一年生の夏休みに入る日の事を唐突に思い出していた。
今でさえ嫌になるのだ、一年生が学園長の話の長さに耐えられるわけもない。そんな中でサラが暇つぶしにと、ひそひそとある古文の話をしてくれたのだ。
古文に書かれる話がいつ頃の話なのかは分からないが、その文章は誰かの日記らしかった。それによるとはるか昔にも学校があり、校長と呼ばれる学園長にあたる人は同じように話が長かったらしい。
今思い返してみても不思議な事だ。大昔にも自分たちと同じように学校に通う人がいて、そこの一番偉い人は時代を超えて話が長いらしいのだ。
いつの時代も自分たち学生は長い話に飽き飽きしていたという事がなんだか不思議に思えて、顔も名前も生活文化すら知らない大昔の人と心が通じ合った気がしたものだ。
だが事あるごとにウンザリするほど聞いてきた学園長の長い話も今日が最後だと思うと、自然と聞き入ってしまう。と言ってもほとんど話の内容が頭に残るわけでもなく、見回してみるとちらほら寝落ちている人もいたが。
講堂の後ろの方には、卒業生の親たちが所狭しと座っている。もちろん遠くから来ているこの学園では親が来れないという人もいるが、カイルの周りでは一番遠いところから来ているタロスも、親の代わりに兄のザイオンが来ているのだという。もちろんあの中にはカイルの両親もいるし、半年ほど前からアコーズに住み始めたという、サラのお母さんもいる。
卒業式が終わると外で記念写真を撮り、そして解散だ。皆が名残を惜しみながらも、一人また一人と学園の門を出て行く。カイル達も門の前の広場で他のグループと同じように、別れを惜しむように話していた。
「最初は六年なんて長いなぁと思ったけど、終わってみるとあっという間だったね」
「サラやみんなとも今日でお別れかぁ、寂しくなっちゃうなぁ」
ルミアスがそんな事を言いながら、サラの手をぶんぶんと振っている。
「ルミアスはアコーズにいるんだよね。レイティとタロスはルヴァンの軍学校でしょ?」
「そうそう。丸一年、軍学校で色々と学んで来るんだ」
ルミアスは商人の娘。ならば家業を手伝いながら、そのうち誰かいい人のところへ嫁いでいくのだろう。
タロスとレイティはすぐに王都ルヴァンに行き、軍の教育学校に入るのだそうだ。なんでも軍に入るという事は学園で教わった以上に様々な歴史を学んだり、あるいは数学や理科もより実践的な方面で学ぶのだという。一年の教育学校を終えると次に教育隊に配属され、さらに一年の教練が待っているそうだ。
「そっかぁ。じゃしばらく会えなくなっちゃうんだね」
「そういうシルフィもトレッタケールに帰るんだろ? みんなバラバラだなぁ」
寮は十日間ほどの退去猶予期間があるらしく、その間に就職する人は就職先の寮に入ったり借りたりした新居に移ったりするようだ。シルフィはその猶予期間をたっぷり使ってお世話になった人に挨拶に回って、それから故郷トレッタケールに帰るのだという。
「カイルとサラは? もうすぐに冒険の旅に出るの?」
今度はシルフィが尋ねる。
「そうだなぁ。トゥーリエはさすがに一緒には行けないけどアイルは連れて行きたいし、まずはそのための準備かな」
「でもドラゴンって結構食べるんでしょ? 食費とか大丈夫?」
「本能なんだろうなぁ。もう勝手に野生動物狩ってくるらしいし、そんなに俺たちが面倒見る事も無いと思うよ」
アイルは成竜と呼ぶにはまだ小さいが、それでもそこそこの大きさには育っている。元より預かっているだけなので軍用竜としての調教も行われず、昼間は自由なのだそうだ。
アイルのお世話を担当している兵士曰く、最近では自分で狩りをする事もあるようで、時折近くの森で野生動物を狩ってきたりするようだ。
とは言え成功率は芳しくはないらしい。やはり普通は親から教わるからという事なのだろう。
「サラとカイルはさ、まずはどこに行くの?」
「サラと相談したんだけど、まずはマイルズに行こうと思って」
「マイルズって?」
シルフィの疑問にはレイティが答えた。
「マイルズは国内有数の、魔獣の生息地の近くにある街ね。駆け出しの冒険者はまずはマイルズに行くみたいよ」
「へぇー! じゃいよいよ本格的に冒険者になるんだ!」
魔獣の退治こそ、冒険者の大きな仕事。名を挙げたいのであれば、強い魔獣を倒せるようになる事だ。
世間一般の冒険者のイメージはこんな風だが、サラが冒険者になる動機は世界中の古文を見つける旅だし、カイルはその付き添いと言っても過言ではない。二人とも目をキラキラさせるシルフィに苦笑いするしかなかった。
「この騒がしいみんなともお別れねぇ」
「ロメル先生!」
色々な思い出話で盛り上がっていると、正装に身を包んだクラス担任のロメル先生がやってきた。
「入学した時は十歳で、今はみんな十六歳になる年だものね。最初の頃なんかは、カイルくんとタロスくんなんかはどうなる事かと思ったけど」
「いやいや、どういう意味ですか」
「言葉通りよ」
ロメル先生がそう言って、それからみんなで大笑いした。
「でも、私ももう長いことこの仕事をしてるけど、あなた達ほど将来が楽しみな子達はいなかったわ」
「長いことって……これまで何回卒業生を送り出してきたんですか?」
「そうねぇ……途中で教師をお休みしてた時もあったけど、今年のあなた達でもう十二回目ぐらいになるかしら」
「えぇ!?」
先生の言葉に、シルフィを除いた皆が驚いた。十二回目ならば、もう八十年近く先生をやっている事になる。
「さすが長耳族……時代のスケールが違う……」
「というか、それ地味に年齢がバレませんか?」
ルミアスが指摘すると、ロメル先生は口を押さえた。ロメル先生の年齢は、これまで数多もの男子生徒が聞いてきてははぐらかされている。
「あら、うっかりしたわ。でもいい機会だしね。多分、百三十歳ぐらいじゃないかしらね。あんまりハッキリした年齢は覚えてないけどね」
「百って、若ーい…」
ロメル先生の見た目は、どう見ても三十代前後と言ったところだ。それで実際は百三十歳だというのだから、エルフの神秘さを感じられずにはいられない。
「シルフィさんもそうだけど、エルフの寿命は二百年から二百五十年って言われるからね。あと十回……いや、もしかしたら十二回ぐらいは卒業生を見届けられるかしら」
「その頃にはもうおじいちゃんだ」
「いやいや、カイルね。八十歳超えるのよ? 生きてたらすごいわよ、長寿記録よ」
「そうやってカイルのボケにサラが突っ込むのも、しばらくは見れなくなっちゃうのねぇ」
しんみりとそんな話をして気がつけば周りの人は大分帰っており、カイル達とその親の他にはもう数グループしか残っていなかった。
「それじゃ私たちも帰ろうか」
「そうだな。みんな色々と準備しなきゃなんだろ?」
「もう溜まりに溜まってるんだよね。早いとこ準備しなきゃ」
みんなめいめいに荷物を持つと、最後にカイルが大きな声で言った。
「それじゃみんな、また会おうな!」
「うん! 立派な大人になってまた会おう!」
「またどこかで!」
そう言いながら、女性陣は抱き合ったりして別れを惜しんでいる。何となく口出ししないでおこうと思ってたカイルだが、タロスはそうもいかないようだ。
「しかしなんで女の子ってのは、こうも大げさに別れを惜しむのかねぇ。生きてりゃまた会えるだろうに」
それを聞いたサラは小さく息を吐いて、レイティに言った。
「レイティ様、多分苦労するよ」
「わかってるわよ。でもま、それがいい所でもあるんだけどね」
レイティはタロスを、まるで親のような目線で見て言った。タロスは「どうした?」とでも言いたげな目で見返している。
「やっぱり苦労しそうだわ」
そう言って溜息を吐くレイティを見ながら、余計な事は言わないようにしようと思ったカイルだった。
良ければ評価・感想等よろしくお願いします!
作者の励みになります。




