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空の支配者と七人の英雄たち  作者: あまつか飛燕
《学校編》それぞれの道
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ミューゼの運命

 サラとカイルが店を出て一人残されたミューゼは、自分の一人娘の事を考えていた。

 クァンドルによって半ば引き剥がされたも同然な娘から、合わせたい人がいると手紙が来た時は流石に驚いた。しかし同時にあの子も成長していて、こうして親元から巣立っていくのかという複雑な心境にもなった。


 サラスティアと会うのは別れて以来初めてなので、実に五年ぶりだ。クァンドルの血をあまり受け継いでなく、成長した我が娘を見るのは嬉しいようなくすぐったいような気持ちだった。

 会わせたいという子が男の子だとは思わなかったが、少しやり取りを聞いているだけでもかなりの仲良しなのだなというのが感じられて、将来の事も考えて少し安心していた。


 だがそこにクァンドルと長男であるファズリカが現れるとは思わず、我ながらひどく動揺したのだ。

 案の定二人は蔑むような事ばかりを言い、サラスティアまで妾として売るとまで言い出した。


 だが自分も妾の身、躰と労働力を提供する代わりに養われている身だ。主人に対してろくな反論が出来るはずも無い。

 しかし娘の連れて来たカイルという子の、貴族相手にあの敢然と立ち向かうあの在り方。決してブレない芯を持った目、口調。あの強さは何なのだろうか。


 途中から娘はこの子に惚れているんだなというのが何となくわかったが、その理由も分かる気がする。と言うより、人としての尊厳まで犯そうとするクァンドルにあそこまで毅然とした態度で庇ってもらって好きにならないはずが無い。


 気丈に振る舞ってはいたが娘にとって自分が妾の子だというのは相当なコンプレックスだったのか、カイルが慰めているにもかかわらずあえて自分を蔑めるような事ばかりを口走っていた。

 今はカイルに連れられて、改めて慰められているのだろうか。


「失礼します。少し、よろしいですかな?」


 声がしたので顔を上げると、そこには先ほど諫めてくれたアルフレッドが立っていた。


「はい、どうぞ」


「では、失礼して……私、この店の責任者でルヴァンに住むエルフを統括しております、アルフレッドと申します。先程の小太りの男、自らをアレクス家だと名乗っておりましたが、本当ですかな?」


「はい……私はそこの使用人で、そして……」


「いやいや、最後まで言わなくてもよろしいのです。本人以外の口からあの人がアレクス家の者だという事が分かればよろしい」


 さて、と言ってアルフレッドは懐から一枚の紙を出した。


「これが何かわかりますかな?」


 言われて見てみるとそこには"貿易輸出額"と書かれていて、何やら数字が沢山書かれていた。


「いえ、何がなんだか……」


「そうでしょうな。アレクス家と言えば確か宝石商だった筈と思って、三年前の少し古い資料ですが確認してみました」


 そう言ってアルフレッドは、しわの刻まれた指で紙のある一点を指す。そこにはアレクス宝石店の名前があった。


「ここですな。我が故郷、アダリス国は宝石の産地として有名な場所です。故に世界各地へ輸出も行っております。アレクスの所は結構なお得意様だ、これだけの量を買っていると言う事はそれだけの販路があるという事でしょうな」


 指し示された所の数字を見ると、確かに他の大多数の商店より桁が一つ多い。ミューゼはアレクス家が宝石商だと言う事はもちろん知っていたが、詳しくどれだけの量を取引しているかまでは知らなかった。


「さてお嬢さん」


 アルフレッドはそう言ってミューゼの方に向き直る。


「貴女の意志を聞きたい。事情も知らぬ私めが詮索するつもりも無いが、今の生活から抜け出したいですか?」


「……それはどういう意味でしょうか」


「今のあの小太りの男の元を離れ、違う街で新たな生活を送る気はありますか? という事です」


 唐突な質問に、ミューゼは返答に詰まった。

 確かにそんな事が出来るのであれば、願ってもない幸せだ。だが現状あの男(クァンドル)とその一家に養われているのも事実、頼らなければ生きていけないのだ。


「そう出来れば良いのですが……ですが私は養われている身。一応古文学者という肩書きはありますが、一人で生きていける程の収入が無いのです」


「成る程。そこは何とかなりましょう、あの二人の子もルヴァンにいるのですかな?」


「いえ、アコーズ王立学園に通っております」


 どんどんと飛躍する話に付いて行けず、ミューゼはひたすら困惑しながらアルフレッドの質問に答える。


「アコーズですか、わかりました。およそ三ヶ月から半年ぐらい後になりますが、アレクス家は資金繰りに困る事になりましょう。我々の方からも匂わせますが、その時に辞職を願い出なさい。そしてこの店を訪ねて、私の事を呼びなさい。

 こんな老いぼれたエルフでも伝手の一つや二つぐらいありましてな、アコーズで新たな職と家の斡旋ぐらい出来ましょう」


 資金繰りに困る事とは、即ち取引を止めるという事を暗に言っている。そんなアルフレッドの提案は純粋にミューゼを救おうというものだったが、ミューゼにとっては疑問だらけだ。


「アルフレッドさん。お気持ちはありがたいですが――どうして、私たちをそこまで気にかけていただけるのですか?」


「老婆心ながら、貴女はまだ若い。我々エルフと違い人族の寿命は短いのですから、早いうちから自分の人生を諦めてはいけません。

 あの男がそうだったように、我々長耳族や獣人族は得てして人族から疎まれる事があります。こう言っては失礼ですが、そのような境遇だからこそ貴女のような人を見捨てられないのです」


 アルフレッドは一旦言葉を切ると、カイルとサラが出て行った店の出入口の方を見やった。


「強いて言うなら、あのカイルという子に感化された、とでも言いますかな。人に偉そうに説教しておいてお恥ずかしい話ではありますが、我々エルフも人族より扱いが低い事に対して慣れてしまっている所があります。しかしカイル君からは暗に、差別に負けるなとエールをくれたような気がするのです。それは種族の問題だけではなく、この国にも裏で蔓延る奴隷や妾といったような人たちにも言える事です。だから私は貴女を救いたいと思ったのです、それ以上でもそれ以下でもありません」


 そう言って笑ったアルフレッドはどこにでもいる好々爺といったような雰囲気で、ミューゼはただ頭を下げる事しか出来なかった。


「しかし、良いのですか? 先程の数字を見るに、私一人の為にかなり大口の顧客を失う事になると思うのですが……」


「商売とは、人と人との繋がりが大事ですからな。いくら益が出せようと相手があれでは……

 なに、心配する事はありません。それぐらいでどうにかなるものでもありませんし、むしろ商売相手にあのような者がいた方が我々にとっては恥ですから」


 再び笑うアルフレッドに、ミューゼはただただ頭を下げる事しか出来なかった。


 *


 アルフレッドが店の奥に戻るとほぼ同時に、カイルとサラが戻ってきた。サラの目尻には涙の跡があったので、ミューゼにはおおよそ何があったのかな見当はつく。成る程、カイルというこの子は相当に懐が深いらしいという事だ。


「もう気が済んだ?」


「うん、もう大丈夫。ありがとう」


 そう言ってサラは笑った。


「さて、カイル君って言ったよね。いつもサラの面倒見てもらってるみたいで、ありがとうね」


「いえいえ、むしろ自分の方がお世話になってますよ。なんせバカなので、テスト前なんかよくサラに勉強教えてもらってるし……」


「最近のテストの成績で急に伸びてきてる人がなーに言ってんのよ」


 カイルの謙遜をサラが笑って流すが、実際カイルは五年生の終わりのテストから急に猛勉強を始めて、張り出される成績順でトップ近くを維持していたサラの何個か下ぐらいまでには学力を上げていたのだ。


「いや、仲が良いならいいのよ。それ以上のようにも見えるけど……」


「な、何言ってるの」


「いえいえ、流石にまだそこまででは」


 (カイル)は(こういう時は)嘘つきであった。


 話は学校生活やらタロスの村の騒動やら色々な方向で弾み、その流れで卒業後の進路の話となった。


「二人は卒業後はどうするの?」


「私は、冒険者になろうかなって」


 サラの言葉にミューゼはへぇと驚いた顔になった。

 妾の子だと分かって産んだ負い目からか、将来の夢を聞くのをこれまで躊躇っていた。それ故に自分の娘が何を見て何を考えているかを知らなかったので、冒険者という夢を持っているのが意外だったのだ。


「どうして冒険者なの? あ、いや、ダメって言ってるんじゃなくてね」


「私もお母さんの影響で古文が好きになったけどさ、世界にはまだまだ知らない文献がいっぱいあるんじゃないかと思ってね。ほら、さっきも話したけど友達の村で不思議な石板を見つけたりさ。そんなものが世界にはいっぱいあるんじゃないかと思って」


「カイル君は?」


「自分も……サラと一緒に冒険者になろうかなって」


 穏やかな笑みを浮かべて聞いていたミューゼの笑みが深くなった。


「いいじゃない。どうして?」


「――自分も世界を旅して色んなものを見てみたいと思ってたので、一人より二人の方がいいかなって」


 そう言って頬を掻くカイルと顔をほのかに赤くして目を背けるサラを、ミューゼはにこやかに見守っていた。

「まだそこまで」なんて言っていたが、それが本当なら周りで見ている友達なんかはじれったいだろうなとか思いながら。


 *


 店を出ると、ひんやりとした夜風が三人を包んだ。ミューゼとはここでお別れだ。


「それじゃサラ、体に気をつけてね」


「お母さんも元気でね」


 ひとしきり抱き合って別れを惜しむと、ミューゼは今度はカイルの方を向く。


「学校もあと一年でしょう? サラもそそっかしい子だけど、よろしくね」


「はい。あの、ミューゼさんも、あんなデブに負けないように頑張ってください」


「ありがとね。実はその事なんだけど――」


 ミューゼは先ほどアルフレッドからされた提案を二人に話すと、特にサラは驚きと嬉しさの入り混じった顔を浮かべた。


「ホント? 本当に!? 嘘じゃないよね!?」


「そこはアルフレッドさん……あの老エルフの方を信用する他無いけど、でも嘘を言うような人には見えなかったわ」


「すると、ミューゼさんも卒業式に来れたりするんですか?」


 カイルが何の気無しに言うと、今度はミューゼが驚きの表情を浮かべる。


「そうか、そうね。アレクス家から離れられれば、サラの卒業式にだって出れるものね」


「絶対来てね! 約束だからね!」


 そうしてカイルとサラは再びアコーズへと帰っていった。行きの道中でサラの胸中に(わだかま)っていた陰鬱な気持ちは晴れ、ただ素直にカイルの隣にいられる事を歓びながら。


 ミューゼはと言えば、クァンドルからの八つ当たりを心配していたがそのような事は無く、これまで通りの生活が続いた。ただクァンドルは見るからに金遣いは荒くなり、選民思想も酷くなったようだ。


 何ヶ月後かに起きる事態を知っているミューゼはあえて何も言わず、家の人に悟られないように荷物をまとめる事に専念した。

 ルヴァンにも友人はいるのでその人の家に古文の資料や貯めていた給金を置いてもらったりして、アルフレッドの言葉通りの事が起きるのを待った。


 そして七月、クァンドルにとっては屈辱的な、そしてミューゼにとって待望の言葉が通達された。


「ミューゼ、今日でお前はクビだ。明日中には荷物を全部引き払って出て行け、いいな」


 ミューゼは神妙な顔をして頷いたが、内心ではついにこの男から解放されたという歓喜の気持ちでいっぱいで、ともすれば浮かべそうな笑みを消すので精一杯だった。

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