サラのけじめ
聖暦五百二十五年の三月、最終学年を控えた春休みの直前、サラは悩んでいた。
最近カイルといる時間が前よりも楽しくて、それでいて同時に緊張している事に気付いたからだ。
カイルの事が好きだという事は、もうずいぶん前から分かっている。ここ最近はより男らしい体つきになってきて、余計にだ。
だが自分が妾の子供だと言うのがどうしても引っかかり、なかなか想いを伝えられずにいたのだ。
法律の上では妾の子供だからと言って、何か不利益や不都合な事があるわけではない。
だが人々の目はそうもいかないのだ。
王都というだけあってルヴァンには金持ちが集まり、その大半は妾なり奴隷なりを持っている。
奴隷も労働用と愛玩用とあって、愛玩奴隷と呼ばれる者は妾とは違って主人の歪んだ欲求を満たす為にいると言ってもいい。
サラ自身、ルヴァンにいた頃は何度かそういう人を見かけた事がある。愛玩奴隷には簡単には死なないという理由でエルフが多く、主人に付けられた様々な傷を隠すように夏でも厚着をして市場に買い物に来るのをよく見ていた。
その点妾はまだ良い方で、愛玩奴隷と使用人を足して2で割ったような存在である。雇われるという形態であり給金も出るので、サラの母であるミューゼのように、食いつなぐ為の一つの方法として止むに止まれずなった者が多い。
だが結局妾は妾。決して尊敬されるでも褒められるでも無く、世間からは白い目で見られるのだ。
産まれた子供も同様である。公には禁じられているが、妾の子供だからという理由で職に就くのさえ困難になる事もある。
そんな、ともすれば"曰く付き"の女との付き合いを許容する男の子の親がいるだろうか。妾の子と結ばれるなど、相手にとっても不利益を生じかねない。
それを無くすには力で捻じ伏せるか、あるいは誰もが認めるような功績を出すしかない。
「どうしたの、難しい顔して」
同部屋のシルフィが気遣わしげに話しかけてくる。そう言えばシルフィにも気になる人がいるとかいないとか言ってたな、と関係ない事を思い出した。
「いや、カイルを連れてさ。ルヴァンに行こうかなって」
「ルヴァンって……サラの実家があるんでしょ?」
シルフィは確認するようにそう言うと、途端にニンマリと笑った。
「え? てことは、もしかして? もしかしちゃうの?」
「もしかしないから。ただちょっとお母さんに会わせたくてさ」
「それをもしかするって言うのよ。はぁー遂にかー、もう五年もウジウジしちゃってるんだからー」
シルフィは完全に夢見る乙女状態だ。とは言え複雑な事情を話す気にもなれず、曖昧に笑って誤魔化した。
*
「ルヴァンへ? 何しに行くのさ」
「い、いや。せっかくだから私のお母さんにも会ってほしいなって。いつもカイルのご両親にはお世話になってるし」
「ふうん、いいよ。実はルヴァンって行ったこと無いんだよね」
承諾をもらってサラはまずは一安心と息を吐く。自分の身分を知った上でカイルが受け入れてくれる保証は無く、その場で絶交されても文句は言えない。
そんな最後の審判に向けて自ら歩みを進めているのだが、それでも少なくともカイルには知っていて欲しかった。これは自分自身へのけじめだ。
「他に誰か誘うのか?」
「え? いや……二人だよ、二人で。私も馬車の運転は出来るようになったし、カイルも出来るでしょ?」
「そ、そうか。別にいいけど」
サラの言葉を聞いてカイルの頬に若干朱が差したのだが、サラとて緊張していてそれに気付くどころではない。
二人とも将来何になるかに関わらず、街を移動する際には必須の技術である馬車の運転を習っていた。
冒険者にしても商人にしても、自力であちこち行きたいのであればせめて馬には乗れなければならない。それに加えて馬車も運転出来るとなれば、もし冒険者になれなくても商人として雇ってもらえる。
「じゃ決まりね。もう少しすれば春休みだし、ちょっと付き合って」
「了解。まぁルヴァンまで行って帰るぐらいなら、五日間ぐらいで足りるかな」
「約束だからね。あ、あと宿題もやっときなね」
「何年前の話だよ」
「一昨年の話」
「やめろやめろ、具体的な数字を出すな」
いつもの通り馬鹿みたいな話をしてるうちに、いつの間にかサラの心のわだかまりは取れていた。
*
二人とも各々商店などで丁稚をしつつ、ついにルヴァンへと旅立つ日を迎えた。
父に用立ててもらった馬車と共にアコーズの街の入口に来たカイルを見て、サラは思わず顔を綻ばせる。これが何も考えずに二人で一緒にいられる最後の機会かもしれないと分かってはいつつも、やはり一緒にいれるのは嬉しい事だ。
「お待たせー! 待った?」
「いや、私も今来たところだから大丈夫。とりあえず荷物置かせてね」
「手伝うよ」
ぱっと御者席から降りたカイルが、サラの分の荷物をひょいと持ち上げ荷物スペースに載せる。
「二人用の馬車って言ったらこれしか無くてさ、まぁいいだろ今更。隣同士でも」
カイルは笑いながらそう言って馬車の天幕を開ける。御者席が無く、二人並んで座って直接操作するタイプのものだ。
「てかまぁ、どうも他の御者席があるタイプのやつは出払ってるみたいでな。まぁ長旅だけどこれで我慢して……」
「これがいい!」
まるで言い訳のように並べ立てるカイルを黙らせると、サラはささっと乗り込んで隣の席をパンパンと叩く。気恥ずかしいから早く乗って欲しいのだ。
貴族用のそれとは違い、平民の借りられる馬車などさほど広いものではない。大人の男が二人で乗っても問題ないサイズではあるが、それでも席に座れば自ずとその距離は近いものになる。
「寒くないか?」
そうカイルが聞いた。よく晴れた三月だが、風はまだ少し冷たい。
「いや、大丈夫。むしろちょっと暑いぐらいで…」
カイルの左隣に座ったサラは、少し顔を上気させつつ答えた。カイルも「そっか」とだけ返すと、馬に進むように促した。
なんとなく恥ずかしくて二人とも黙りながら、ルヴァンへと繋がる街道をガタガタと進む。王国第二の都市であるアコーズと王都ルヴァンを結ぶ街道は人の行き来も激しく、国の中で唯一国軍が警備の為に昼夜を問わず巡回している街道だ。
なので護衛を雇う必要も無く、良くも悪くも二人きりの旅路である。
サラがそうであるように、カイルもサラに対して特別な感情を抱いている事は自覚していた。
サラやシルフィ、レイティにルミアス。その他にも女友達は何人かいるが、サラと話したりするのが昔から一番楽しくて心地良かった。
だからと言って最初は特に何か感じたわけではないが、最近になってそれが明らかに特別なものなのだと気付いていた。
男友達も早い人なんかは二、三年前ぐらいから彼女が出来たとかなんとか言ってる者もいたが、自分には関係無いと思っていたのもある。
なので今回サラの方から"二人で"という条件で誘われたのは、自分でも驚くほど嬉しかったのだ。ルヴァンに行こうと言った時の少し神妙な面持ちは気にならないではないが、それでもやはりサラと二人きりというのは嬉しかったのだ。
「そう言えばサラってさ、あんまり昔の事とか言いたがらなかったけど何かあったの?」
「えっ? いや、そうね……それも含めてのルヴァンだから」
「そうか、分かった」
いざ二人きりになると、なかなか適当な話題が見つからない。学校にいる時にはどこのクラスで何があったとか、最近こんな事があったとかするすると話題が出てくるのに不思議なものだ。
だがそれも最初のうちだけで、だんだんと話が弾んできて気が付けば昼、そして気が付けば投宿予定の宿が見えてきていた。
街道筋には時折村や町が点在し、旅人や商人の休憩地として用いられている。宿も高級宿から安宿まで大体は揃っていて、二人が取ったのは最安値の個室の部屋だ。
「さすがに狭いねぇ」
「うわほんとだ。やっぱりちょっと奮発するべきだったかな」
案内された部屋はカイルの家のカイルの部屋よりもさらに小さく、中には小さな机と決して大きくはないベッドが一つ。個室とは言ったが、どう見ても一人用である。二人で泊まるのに決して広いとは言えない。
「どうする? 今からでも変えてもらう?」
季節は三月、冬を終えて商人たちが活発に動き出す時期ではあったが、宿の前の空室案内には空ありと書いてあったので他にも部屋はあるだろう。
「いや……ここでいいよ」
「ほんと? んじゃ俺は床で寝るかなぁ」
流石に同じベッドでというのは申し訳ないのでそう言うと、荷物を置いたサラがカイルの方を向いた。
「いいよそんなの」
「え、サラが床で寝るの?」
カイルの言葉に思わずサラはずっこけた。
「どうしてそうなるのよ!」
「いやだって、ねぇ」
そう言ってカイルはベッドの方を見る。その仕草で察したのか、サラはふうと息を吐いた。
「だから……一緒に寝ようって言ってるの」
「いや……いいのか?」
「私がいいって言ってるんだからいいでしょ。ほら、明日も早いんだしさっさとご飯食べて風呂行きましょうよ」
「お、おう。そうだな」
少し早口で喋るサラに急かされて、最低限のものだけ持って宿を出る。前を歩くサラの耳はいつもより赤かったが、カイルがそれに気づく事も無い。
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