竜の縄張り
少し経つと皆も何匹かずつは釣れていたが、魚も学習したのかだんだんと釣果が悪くなっていた。
「釣れなくなったねぇ」
「ま、あんまり長くやってるとな。だからそろそろこの辺りで……」
タロスが何か言い掛けたところで、バッシャーン! と盛大な水の音が響いた。
「こうした方が早いよ!」
音のした方を見てみれば、パンツ一丁のカイルが高々と魚を素手で掴んで笑っていた。
「畜生先越された! オレもだ!」
タロスも意気揚々と服を脱ぎ捨てるや川に飛び込んだ。再び大きな水音が森に響く。
「ほんとあいつら馬鹿よねこういう時って」
「まぁまぁ、せっかくの機会だし私たちも泳ごうよ」
サラのため息をよそにシルフィはいそいそと上着を脱ぎ始める。と言っても女性陣は水着など持ってきていないので、単に透けなくて濡れてもいい服を着ているだけだが。
汗も一瞬で引くような水の冷たさに驚きつつしばし水遊びに興じていると、晴天であるにも関わらずカイル達のいる川に影が差した。
「おぉ……ドラゴンだ」
タロスが呟く。皆もすぐに上空を見上げると、校外学習で見て以来忘れられない竜の勇姿があった。
「いつ見てもすげぇなぁ……」
「ほんとねぇ。空の王者って感じね」
「カッコいいなぁ、やっぱり」
皆が思い思いの事を呟く中、タロスは「おかしいな」と呟いた。
「何が?」
「この辺りに竜の縄張りは無い筈なんだよ。確かに竜は森に棲み家を作るけど、もし棲み家があるなら獣人なら知ってる筈なんだ」
タロスは他の人には言うなよと前置きして、竜の縄張りについて話した。
竜は軍にも主戦力として組み込まれるほど強く、それ故に国内の竜の縄張りや棲み家は国により管理される所が多い。
ミリウス王国はまとまった数の竜騎士部隊を保有し軍の内部で繁殖させる事にも成功しているが、中小国家はそれが出来ず卵を採って来たり幼竜を連れ去って軍用竜として育てる国もある。
そうした密猟者から竜を守るのであれば軍を棲み家の警備に当たらせるのが一番なのだが、野生の竜は警戒心が強く自国の兵士とて敵と認識される。それにそもそもそこまで兵士を派遣できるほど軍事強国というわけでも無い。
なのでミリウスでは国として、森の中に住む獣人やエルフに竜の棲み家を監視し、不審者を見たらすぐに通報するようにという非公式な約束が取り交わされている。
見返りに国はともすれば人族優先になりがちな市井に対し、全ての種族を平等に扱うようにという公示を定期的に出している。
国としては竜の棲み家の保全に余計な兵力を使う事無く済み、獣人やエルフにとっては外国では迫害される国もある中でミリウスに安心して暮らす事ができると言うわけだ。
そして今し方見つけた竜だが、このイレ村の近くに棲み家は無く目撃もされない。なのに竜がいるという事は、この近くに新しく棲み家を作った可能性が高いという事だ。
「こりゃあ……棲み家を見つけなくちゃ」
「え、私たちだけで?」
「そうなんだよ。本当は村の人を呼んでこなきゃなんだけど、まずは棲み家を見つけるのが最優先なんだ」
村に戻っている間に竜の姿を完全に見失っては、再び発見するのは困難なのだ。
「じゃあ僕はドラゴンを追うから、タロスは村の人を呼んできなよ」
「カイルが行くのか、大丈夫か?」
「大丈夫だって! この辺の木に釣り糸を巻いてそれを持っていくから、タロスは村の人と一緒に糸を頼りに来てくれればいいから!」
そう言うなりカイルはあっという間に川から上がり服を着る。
付近一帯の森に猛獣と呼べるような動物も魔獣もいない事はタロスもわかっているので、ここは任せる事にした。
「じゃ俺は村に戻るけど、みんなはどうする?」
「私はカイルを追うわ。一人じゃ心配だし」
早速名乗りを上げたのはサラだ。言うより早く、既に川から上がって靴を履いている。
「わかった。それじゃレイティとシルフィは一緒に来てくれ」
「うん!」
そうして一行は二手に分かれて、竜の後を追う事となった。
*
「カイルー!」
「おー、サラも来たのか」
「来たのかじゃないわよ、あんた一人じゃ不安だから付いてきたの」
既に竜の飛んで行った方向に駆けて行ったカイルに、サラは何とか森の中で追い付いた。
「それでこっちで合ってるの?」
「さっきまたチラッとドラゴンが見えたんだ。合ってるはずだよ」
そう言いながら二人で森の中を慎重に進む。
ある程度の長さがあった釣り糸の残りの長さが心配になってきた頃、遠くに森の中に佇む竜の姿が見えた。
「ほら、あそこだよ。いたいた」
「ほんとだ……こうして見ても大きいのね」
声を潜めて木の影から慎重に覗く。棲み家はそこだけぽっかりと木が無く、燦々と日が差している。竜は立ち並ぶ木々にも負けないぐらいの身長で、何やら足元には枝が沢山見えた。
「あそこが棲み家?」
「分かんないけど……多分」
竜の事を色々と勉強しており棲み家などのざっくりとした特徴も知っていたサラだったが、本物を見たのは初めてなのだ。
「もう少し近寄れるかな」
「それより戻って村の人達を呼ばなきゃ」
「そうだそうだ。そうしよう」
二人がそう言って踵を返した瞬間、パキッという枝の折れる大きな音が静謐な森に響いた。
カイルとサラは自分達が音を立ててしまったのかと慌てて竜の方を振り返ったが、竜はカイル達の方では無く違う方向を凝視して唸っていた。
「他に誰かいる……?」
カイルが誰に言うでも無しに呟く。竜の睨む方向を見ると、確かに分かりづらいが四、五名の人影が見えた。
よくよく耳を澄ませてみると、風に乗って話し声も聞こえて来る。
「……おい、何やってんだ! 気付かれちまったじゃねぇか!」
「ウダウダ言ったってしょうがないだろ! ここから狙えるか?」
「急所にさえ当てられれば……」
微かに聞こえて来るそんな声に、二人の脳裏には密猟者という言葉が掠めた。竜騎士部隊のところに校外学習で行った際にも聞いたそれは、つまるところは竜の卵を取って高く売ろうという連中だ。見逃すわけにはいかない。
だがどうすれば良いという訳でもなく密猟者の方を観察していると、一人がおもむろに黒く細長い筒のようなものを唸る竜に向けた。
「あれは……銃?」
「銃って、軍の人しか持ってないあれ?」
「多分……」
銃は民間人が所持する事を禁止されており、一流の冒険者でさえ持っていない。所持できるのは軍や王族を守る衛兵たちに限られ、資格の無い者が持てば誰であれ処罰される。
なのに銃を所持しているという事は、違法なルートで手に入れたか軍の横流しを受けたか。あるいはどこかの国が非公式でバックアップしているかだ。時折そうした事が新聞に載る事があるので、物事の分かる年齢にさえなれば子供だって知っている。
そうこうしているうちに密猟者は、銃を竜の方に構えた。とにかく何とかして、密猟者の目を逸さなければならない。
「あ! ドラゴンだ!」
カイルは咄嗟に大声を出した。当然竜も密猟者もこっちを向く。
「逃げろ!」
「ムチャクチャだよもう!」
サラと共に今来た方角に全力で走る。もう気付かれているのだから、どれだけ音を立てようと構いはしないのだ。
「誰だ!」
「ガキみたいだぞ!?」
「見られたからにゃ生かしちゃおけん!」
略奪者達のそんな声が聞こえて来る。捕まれば死だ。
突発音と共に耳元を何かが通り過ぎて行った。銃を撃っているのだ。
「まずいって! このままじゃ…」
サラがそう言うがカイルとて逃げる他ない。
すると、突如略奪者達の怒号が聞こえなくなった。
ある程度走って後ろを振り返ると、そこには先ほどの竜が背を向けて立ち略奪者を威嚇していた。まるでカイル達を守るように。
「サラ、今のうちに巣を守ろう!」
「守ろうってどうやって!?」
「分かんないけど……とにかく守らなくちゃ!」
睨み合いを聞かせる竜と略奪者を尻目に、二人は大きく迂回して先ほどの竜の棲み家を目指す。棲み家のところだけは木が無かったので、とりわけ明るい場所を目指せば良いだけだ。そしてすぐに先ほどの棲み家は見つかった。
「何これ、卵?」
「みたいだけど……いくつか割れちゃってて、一個だけだねちゃんと残ってるの」
棲み家の中にはカイルの腰ほどもある卵が三つあったが、うち二つは既に割れてしまっている。
「サラは卵を見張ってて!」
「カイルは!?」
「俺はドラゴンに加勢してくる!」
「加勢って、ちょっと!」
サラの制止も聞かずにカイルは再び竜の元へと向かう。魔法杖も持っていない状態で何が出来るかなんてわからないが、とにかく何かしなければという気持ちが身体を突き動かしていた。
「ねえカイル!」
「なに!?」
「あのハルピアは呼べないの!?」
「だけど……いや、やってみる!」
サラに言われてトゥーリエの事を思い出したカイルは、初めて心の中でここに来てくれと呼んでみる。心の中で願えばいつでも姿を現すとトゥーリエは言っていたが、時が経って色々な事を知るに連れて信じられなくなっていた。
人間とハルピア、決して馴れ合う事の無かった両者であるはずなのに、どうして自分が見染められたのか。
何か証拠があるわけでは無いが、あれはハルピアの気まぐれなのではないかと最近は思っていた。だがそれでも、今あの竜と卵を救える決定的な存在があるとすればそれはトゥーリエしかいない。
何度か乾いた音が響き、竜の嘶きが聞こえた。撃たれたのかと思うより先に、略奪者の目が大きな音を立てて自分達の方に向かってくるカイルに向けられる。
「バカか、あいつ自分から向かってきたぞ!」
「でも一人だぞ、もう一人いなかったか?」
「大丈夫だろ。あいつを始末した後にじっくり探せば良い」
そんな声が聞こえ、銃口が向けられる。背筋に冷たいものが流れたが、今はとにかく少しでも時間を稼いで加勢が来るのを待つ他無い。
ジグザグに森の中を走り抜け、まずは先ほど撃たれた竜の元へ向かう。野生の竜に近づくなど危険極まりないが、何故だかカイルには自分が近づいても竜は攻撃して来ないという確信があった。
再び乾いた音が響きすぐ脇の木が弾けた。普通なら怖くて堪らない筈なのに、不思議と恐怖心は感じない。
走って走って竜の元に辿り着くと、やはり竜は全身から流血している。それでも気丈にも略奪者を威嚇していたが、向こうは竜が反撃してこないと思ったのか顔には余裕が伺えた。
「しっかりしろ! 大丈夫か!?」
竜は実によく人の心を読むが、それは野生でも同じだ。カイルの心配そうな声が分かったのか、応えるように僅かに啼いた。
「そうだ、火は……火は噴ける?」
「グルゥ?」
火を? とでも聞くように答える。こんな森の中で火を噴こうものなら、恐らくすぐにこの森全体が火事になってしまう。だから火を噴かないのだろうとカイルは予測したが、しかし最低でもあの銃だけは使えないようにしなければこちらも危ない。
校外学習で竜が火を噴いた時に、噴き方を指示すれば様々な事も出来ると、説明してくれた兵士が言っていた事を思い出す。ならばあの銃だけを狙って攻撃する事も出来るかもしれない。
「火を細く吹いて、あの黒い筒だけ狙えないか?」
カイルのその言葉を聞くや、竜は鎌首をもたげ略奪者の方を向く。敵は再びギロリと睨む竜に一瞬怯んだ様子だったが、次の瞬間には銃を持った男に純粋な熱波が襲い掛かった。
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