白い犬と青年
この先、熊出没注意。
この先、落石注意。
この先、土砂崩れ注意。
様々な警告を促し、山道への立ち入りを禁止する立て看板を前に、僕は足が前に進まずにいた。
「さっさと依頼相手との約足の場所に行くぞ、山は虫が多くてかなわん」
僕の腰ほどの位置から声が聞こえたと同時に、仕事仲間である大型犬のシロがその美しい白い毛並みを風になびかせながら先導していく。
リードを繋いでいないのに、シロの歩きに引っ張られるように僕の足も前に出る、これでは僕の方が犬みたいだ。
「シロは……今回の依頼が怖くないの?」
帽子を目深に被り、シロを追いかけながら問うと、シロは「微塵も」と答えた。
「似たような依頼は何度もあった。その度に怖がっていては身がもたんよ」
「身がもた無いかぁ」
シロの体は人間の僕の体よりかは小さい、しかしその手足は強靭な筋肉、鋭い爪、口には鋭い牙があり、身体能力においては僕の数倍早く動ける。
「シロがもたないなら僕はきっとダメだろうなぁ」
この先おそらく待ち受けるであろう、仕事の多忙さに悲観していると、シロが尻尾を振りながら僕の方を見ていた。
「そんなことないぞ、私が見てきた人間の友人はどんな苦境でも乗り越えてきた。身体や体力の違いでは語られないものだってあるだろうさ」
──だからお前も精進するように。そう言い残してシロは山道をさっさと進んでいった。
欝蒼とした木々は昼前の日差しを遮り、整備されている道ですら薄暗く見えている中、目の前を歩く白い毛並みの塊はしっかりと目に見える程の存在感を放っているように僕には見えた。
元気付けてくれているのだろうか、それとも社長の事を言っているのかな。
どちらにせよ僕はまだまだ青二才だ、今回の依頼を通して少しでも成長しなければ。そう意気込んでシロの背中に追いつけるように足を早めた。
顔に感じる暖かい風を感じながら。