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エミルとアイリのドキドキ魔法講座

「エミルと!」

「……、アイリの」

「ドキドキ魔法講座だぜっ!」

 トゥンタカタタラ、タンタタラ♪

 トゥンタカタタラ、タンタタラ♪

 軽快な音が朝の学園に楽しげに響きわたった。

 魔法と科学の入り交じった国、中立国家ラクシス。東西南を魔法国家にかこまれ、北方の科学国家とも国交を持つ、不安定な国。

 小さな吸血鬼によってつくられた、不思議な小国家――。

 そんな国の魔法の学舎、エイルーク魔法学園の一角にある芝生の上に、リュータはぐったりとして倒れ込んでいた。

 自然系の魔法しかほとんど使えないと言っていたエミルが、どうやって音楽を奏でているのかとリュータは不思議だった。が、気力を振り絞って顔を上げたら魔法を使っているのはどうやらアイリだった。

 案外、彼女も乗り気でいるらしい。世も末である。

 そんなアイリは、芝生に倒れるリュータのことをじっくり眺めてから。隣に浮かぶ妖精に目をやって、

「……。どうして、こんな時にするんだ。っていう顔……してるけど」

「いや、今魔法講座やんないと授業始まっちまうし。魔法覚えたいんだろ? ちょっと走ったくらいで情けないぜ、親友!」

 エミルがあっさり言ってくる。

 女の子にモテるため……というかなんというか。そのため今日からトレーニングをすることになり、リュータはだいぶ走ってきたばかりだった。身体にまとわりつく汗が気持ち悪い。アイリがタオルを手渡してはくれたものの、それで身体を拭う気力すらない。

「そりゃ、魔力で浮いてるだけの妖精は疲れないだろうけど……」

「え? アイリとかぴんぴんしてるぜ?」

 アイリは汗ひとつかいていなかった。

 リュータは半眼で、

「いや、まあ……アイリはすごいと思うけど。最初なんだからもっと簡単なところから……」

「ん……最初、だから」

 無表情に言うアイリ。

「……これから徐々に、距離を増やそうかと」

 これでも手加減をしてくれていたらしい。リュータは沈黙した。

 そして距離を増やさないことをしっかり約束してから、少し休憩をする。彼がどうにか起き上がって芝の上に座ると、ようやくエミルとアイリを先生とした魔法教室が始まった。

「んーと、まず魔法にはふたつの段階があるのはわかるよな、親友」

「ふたつ?」

「おうっ、魔法回路の構成と、回路に魔力を行き渡らせるふたっつだぜ!」

「……。あと、魔法の発動のみっつ」

 淡々とアイリが補足を加えた。

 その補足にリュータもうなずいたが、エミルが驚いたようにアイリの顔を見つめた。

「へっ? 魔力を行き渡らせたら、魔法って勝手に発動するだろ?」

「……いや、魔法が暴走しないように、魔法発動前にいったん止めるはずだけど……」

「えーと」

 リュータの言葉に、エミルは悩んだような顔を見せた。が、結局はケロっとした顔をする。

「あたし一回もそういうのしたことないや」

「よくもまあ……今まで失敗したことがないな……」

「魔力で構成された妖精が、そんな失敗しないって!」

 リュータの言葉をエミルが笑い飛ばした。

 が、アイリはどうでもよさそうな無表情で告げてくる。

「……でも。魔力で構成された妖精は、魔法に失敗したら……バラバラになるはず」

 その言葉にぞっとして、リュータは目の前にプカプカ浮かぶ妖精の身体を無言でつついた。エミルも同じ気持ちなのか、なされるがままになっている。

 乾いた口を舌で湿らせてから、リュータはなんともなしに言った。

「妖精もやっぱり死ぬんだな……。最近、魔力で身体が構成されてるとか言って、存在が薄れたりなんだりしてるから、怖いものなしかと」

「そりゃあ……妖精ってのは全体として意味を持ってるらしいから。少しでもつながってればともかく、あたしもまっぷたつにされればおしまいだと思うよ。いつぞやのギロチントラップとか」

「あー……」

 エミルの言葉に、一瞬なんのことかと思ったものの、どうにか思い出した。ダンジョン大会でのトラップのことを言っているのだろう。

 気分を重たくして黙り込む二人の間に、アイリが手を差し入れてきた。

「……続き」

 その言葉に二人ともはっとした。現在は魔法講座である。

 エミルが慌てて顔を上げた。

「お、おうっ! 気分を取り直して……親友はどの段階で引っかかってるの?」

「……魔法回路の構成、かな」

 どうにも声が小さくなる。自分の不出来を自ら人に語るのも、なかなか気が重たい。

 が、妖精は顔を明るくすると、宙でくるりと一回転した。

「なんだ、平気だって。魔力の注入は感覚的なものだから面倒だけど、回路の構成は訓練で鍛えられるから」

「いや、先生もさじ投げたし……」

「ふふん、あたしにお任せだぜ! 解決法はすでに考えてあるっ」

「なに?」

 この妖精の妙な言葉を信じられずに、リュータは疑いのまなざしでエミルを見た。

 彼女は人差し指を立てて、当然のように言ってくる。

「どうせ親友はお決まりの、教科書に載ってるめんどい訓練を受けたんだろ?」

「あ、ああ」

 妖精の言葉はあまりにも乱暴だったが、否定できるところもないため、一応うなずく。それに気をよくしたのだろう。妖精は満足げな笑みを見せながら、リュータに言ってくる。

「そういうパターンで挫折するのは、細部になるほどはっきりと描けない奴が多いけどな。親友、それはイメージ力が欠如してるからだぜ」

「いや……だからこそ魔法回路を暗記して、必死に思い起こそうとするんだろ?」

 リュータが反論すると、彼女はふっふっふと笑って見せた。

「それは根本的な解決法にはつながらないぜっ。イメージ力を鍛えずに、魔法回路の構成だけしようとするから、みーんなしっぱいするってわけだ」

「…………」

 リュータは決して、エミルの話を鵜呑みにするわけではなかったが。それでも彼女の意見を、否定しきれないのは事実だった。

 すがるような気持ちでリュータが横を見やると、アイリも首を傾げるばかりで、妖精の話の信憑性を判別できずにいるらしかった。

 エミルは朝の日差しの中を舞いながら、どこかうれしそうな口調で語る。

「つまりだぜ。親友のイメージ力を鍛えることが、魔法を使うための早道ってことだっ!」

「そ、その方法は……?」

「おうっ! これから実践だぜ……!」

 ぐいっ、とエミルが顔の前に近づいてくる。いつでもはしゃぎまわって楽しげな妖精が、目を細めてこちらを至近距離で見据えているというのは、さすがに不気味さを感じないでもなかった。だが、それだけエミルも真剣と言うことなのだろう。

 わずかににぎやかさを含み始めた朝の空気の中、緊張とともに自分の口の中の水分が失われていくのをリュータは感じた。

 もしかしたら――自分も魔法を使えるようになるのだろうか。そうならば。これからの自分の生活は、まったく違ったものになるだろう。

 エミルの瞳は真剣で。

 彼女は、厳かに告げてきた。

「まず、目を閉じて」

 言葉通りに目を閉じる。

 訪れた暗闇の中、まぶたを透過して入ってくる日の光だけが感じられた。

「いいか? イメージするんだぜ? 目の前には乳白色の柔らかい壁があるんだ。手を伸ばして、それをさわってみる……感じられるか、親友」

「う、うん」

 イメージの中で手を伸ばし、柔らかい感触を確かめる。けれども、実際にはまったく体は動かしていない。

「柔らかい壁。触っている指。その自分の指はどんな感じだ? 指の太さや色、つめの長さとか生えている毛は? ……ぼんやりとしたイメージじゃなく、はっきりと思い浮かべるんだ。それがイメージ力の強化につながるぜ」

 妖精に言われてやっと、自分が指を正確に思い浮かべていなかったことに気づく。どうにか再現しようとしても、映像は霞むばかりで思い通りにならない。

 それを何度も繰り返し、時間がたって、ようやくリュータは声を出した。

「できた……と、思う」

「うっし、上等だぜ。じゃあ親友。今度はまた、手を動かしてみるんだ。握って、開いて……はっきりと自分の手を思い浮かべたまま」

 想像の中で、想像の手を動かす。意志に従ってそのイメージが変化する度に、指の輪郭がぼやけ、イメージが拡散していく。

 それでも、どうにかイメージできそうになったとき。

「あ、チャイムなった」

 授業の予鈴と、気の抜けた妖精の声がすべてを台無しにした。


「えー、気を取り直して……エミルと!」

「いや、あの、それもういいんじゃないかな」

「むぅっ、なんだと親友! せっかく気合いを入れようと思ったのに」

 エイルーク魔法学園の校舎の一つ、その屋上近くのテラスにリュータたちはいた。

 朝と違い昼休みは生徒たちが昼食を食べるのにあちこち散らばっているため、もう朝の庭は混雑し魔法の練習に最適ではなかった。なので授業が終わると同時に一瞬でエミルがこのテラスを確保したらしい。

 こういう時でもないとこんな場所へくる機会はないが、テラスからの眺めは悪いものではなかった。

 遠くには荘厳にそびえる巨大な王城が見え、西にはこの国の主要施設ともいえる大市場が広がっている。

 中立国家ラクシスはその特性上、交易国家としての側面も持ち合わせていた。むしろ国々の狭間にあってラクシスが国として成立を許されたのは、交易による利益を考えてのことと言ってもいい。ラクシスを仲介にして四方の国々はよその国と商売を行っていた。ゆえに市場は大きなものであり賑わっているが、学生であるリュータたちはたいして関わりを持っていなかった。大市場の成り立ちを、詳しく知っているわけでもない。

 それを知りたいのならば。

 目の前の小さな吸血鬼に訊ねれば、機嫌さえ良いのなら事細かに答えてくれるのかもしれない。

「なあ」

 エミルが手すりの上にプカプカと浮かびながら、不思議そうに少女へ――ファーミエルへ訊ねた。 

「……なんであんたがここにいるの?」

「あんた呼ばわりか……このちび妖精」

「ぐわ……っ!?」

 イラっと吸血鬼が不機嫌そうな様子を見せたとたん、その迫力にエミルは気圧された。

 そんな自分が許せないかのように、桃色髪の妖精は無理矢理声をあげる。

「ぐ、結局どうしたんだよっ!」

「いやまあ……暇だっただけだ」

「……」

「……」

 奇妙な沈黙の後。

 ぽつり、とエミルはつぶやいた。

「もしかして……友達少ない?」

「必要あるか、そんなもん!」

「えー? でもー?」

 嬉しそうに妖精が、小さな吸血鬼の周りを飛び回る。その妖精をファーミエルがぺちんとはたいて、その小さな妖精の身体が、リュータの斜め前に座るアイリにぶつかった。

 アイリは手でエミルを受け止めて無感情な瞳で見下ろしていたが、むんずと彼女を掴むとテーブルの上に下ろした。

「うにゃ」

 エミルの奇怪な鳴き声。

 そちらには興味がないように、ファーミエルは優雅な様子で椅子に座ったまま言ってきた。

「なあ」

「……え、うん」

 呼びかけられて、リュータは曖昧にうなずく。さすがに相手は吸血鬼で、しかもこの国をつくることになった偉人である。そんな彼女に対して、恐怖がないわけではない。

 そんなリュータを見ながら、ファーミエルは目を細めた。

「やっぱりお前、噛まれてみないか」

「う。それは、ちょっと……」

「だめだな、一度興味がでると、気になってしょうがないというか。最近はそうでもなかったんだが……」

 なにやらひとりごとのようなことを言いながら、小さな吸血鬼はわずかに笑んで見せた。

「大丈夫……ちょっと試しに噛んでみるだけさ。死ぬわけじゃない。たぶん」

「たぶん!?」

 叫ぶが、吸血鬼はなにも否定してはこなかった。

 誘いを聞かなかったことにして、リュータは無理やり視線をアイリ達のほうへ移した。視界の隅で、ファーミエルがつまらなそうな顔をするのが見える。帰る気はないらしい。

「それで、魔法講座だけど……」

 リュータの言葉を聞いて、エミルがテーブルから静かに浮かび上がった。

「おおう。じゃ、親友、さっそく朝の訓練の続き……もいいんだけどさ」

「ん?」

「とりあえずさ、心構えでも聞いておこうかと思って。親友って、どうして魔法使いになんかなろうと思ったんだ?」

 くるくると回転して上下逆さまになりながら、エミルが訊ねてくる。妖精だからなのか、黄色い花びらのようなスカートは逆さまになっても下がってこない。

 なんともなしに目をそらしながら、リュータは煙の立ち込めるビルのことを思い出していた。

「昔、すごい魔法使いがいてさ。ほら、エンスジョン通りのデパートで火事があったんだけど、その魔法使いはたくさんの人をデパートから助け出したんだ」

 テーブルに置かれた紅茶のカップに指を触れる。

 陶器の取っ手は、ひんやりと冷たかった。

「僕は無力で、なにもできなかったけど……魔法を覚えたら、あの人のようになれるんじゃないかって」

「ふーん」

 予想できなかったわけではなかったが、エミルの反応は自分から聞いてきたにもかかわらず薄いものだった。べつにそれほどなんらかの反応を期待していたわけでもなく、リュータは苦笑した。

 なにを考えているのか分からないが、桃色髪の妖精は上下逆さまのまま落下して、こつん、とテーブルにぶつかる。

「あたしはあれだ、母さんから教わったかな」

「待て。妖精の母に会ったのか?」

 軽く言うエミルに声をかけたのは、どこか疑わしげ眼差しをしたファーミエルだった。妖精は、頭のてっぺんをテーブルにつけた格好で、そのままうなずいた。

「おうっ。簡単な魔法だけだったけどね。そんなに会ったことないし」

「そんなに会ったことない……?」

 会話に不思議さを感じて、リュータはつぶやいていた。自分の母親にそれほど会えない理由とはなんだというのか。

 ファーミエルはリュータをちらりと見ると、やや嘆息してから答えてくれた。

「妖精の母。すべての妖精の源……妖精を司る導き手。妖精霊。世界に数えるほどしかいないと言われる、精霊のひとつだ。妖精はすべてその精霊から生み出される。それが妖精霊の力なんだ。授業で習わなかったか?」

「むぅ……妖精、興味なくって」

「なんだとぉ!?」

 逆さのままわめいているのはエミルである。

 だが、ファーミエルはそれを無視して話を続けた。

「ふん。魔法も使えず知識もからきしじゃ、ただの役立たずだな。とにかく妖精ってのはその精霊から生み出されるわけだが、聞いた話じゃ生み出すための場所に薄い膜が作られて、その膜の中から妖精たちがいっせいに出てくるらしい。生まれるその場所に妖精霊が立ち会う必要はないとかなんとか」

 視線がエミルに集中する。そのことについてなにも思うことがないのか、彼女は目をぱちくりさせた。

「本当に会ったのか、お前。大多数の妖精は会うこともないって話だぞ」

「なんで嘘つかなきゃなんないんだよ。本当だって! ええい、アイリはどうなんだよ。きっかけ!」

 その言葉に、無言のままのアイリを見た。彼女はいきなり話を振られたにもかかわらず落ちついた様子でいた。

 無感情な瞳がエミルを見下ろしている。

 ゆっくり、その薄い唇が開かれた。

「……昔、すごい魔法使いがいて」

 沈黙。

 少しして、エミルがうろたえたように訊ねた。

「……え、なに? 親友と同じ出だし? ていうか、まさか同じ結論?」

「……」

 アイリはなにも答えてこなかったが、小さな吸血鬼、ファーミエルは手を伸ばし、わめくエミルの足をつまみあげた。

 ぎょっとするエミルをつまらなそうに眺めてから、彼女は口を開く。その奥に、小さく犬歯が見えた。

 そして、語りはじめる。

「昔な。すごい魔法使いが……」

「あたしだけ仲間はずれかよっ!?」

 叫ぶエミルはじたばたと暴れてようやく吸血鬼の細い指から解放された。ひゅん、と光の軌跡を残しながらテーブルの上を一周すると静止し、エミルは短い指をこちらに突きつけてきた。

「よし、親友。さあ、魔法講座を始めるぞ!」

「なんだったのさこの茶番」

 ぜえはあと息を整えているエミルを見やりながら、リュータはつぶやいた。

 が、その話を聞かなかったことにしたように、エミルが彼のまぶたをつついてくる。

「さー、目を閉じろ」

「む、……」

 魔法講座は自分の望んだことでもある。

 リュータは言われるままに目を閉じようとして――

 がたん!

 いきなり、大きく椅子の音を鳴らしてアイリが立ち上がった。普段は大抵無表情だが案外表情が素直に出るアイリが、顔を真っ赤にしていることにさほどは驚きはしなかった。

 だが、なぜ急に立ちあがったのか。

 そして、落ちつかない様子で彼女が顔をどこかに向けているのは珍しいことに思えた。

「……」

 そのまま、静かにアイリが席に着く。どうやら他者が自分を見る視線に気がついたらしい。

 けれども顔は赤いままだった。

「…………?」

 彼女の行動の意味をはかりかねて悩むが、結局リュータは答えが出ない。

 心配そうにエミルはぱたぱたとアイリの前で手を振っていたが、気を取り直したようにリュータへ向き直ると言ってきた。

「ええと、そんじゃ目を閉じて」

「あ、ああ」

 言われるまま、今度こそ暗闇が訪れる。自分の意思で、テラスも、知り合いの姿も見えなくなる。感じられるのは、近くを通り過ぎる人々の雰囲気と、いまだに口をつけていない紅茶の匂い。

 興味深そうなファーミエルの声。

 そして妖精は、最初のように厳かに告げてきた。

「また、乳白色の壁を思い浮かべて」

「浮かべた」

「それを触る自分の指」

「触っ……た」

 朝の訓練のおかげなのか、ここまでは容易にイメージすることができた。指を複雑に動かそうとすれば難しくなるが、それも訓練になるのだろう。

 妖精は次のステップを指示してきた。

「じゃ、じゃあ、くっ、視点をもっとうしろに引いていって」

「え?」

「乳白色の壁を、親友はその目で見てるんだろう? イメージの中で顔をゆっくりと後ろに持っていくのさ。いいか、ゆっくりだぜ?」

「わ、分かった」

 あくまでもイメージの中で、顔を後ろへと持っていく。想像の中で、大きく見えていた自分の手のひらがやや遠くなっていく。

「いいか親友。遠くから見ると、分かってくるものもあるぜ……」

 聞こえてくるエミルの声は、どこか震えていた。

「自分の手、指、乳白色の壁、その壁はぷにっぷににやわらかい、アイリのから――」

「…………。ぶっ!?」

 エミルの言葉の意味を急速に理解してリュータは噴き出した。顔を真っ赤にして目を見開く。

 眼前では桃色髪の妖精がげらげらと笑ってた。その向こうでファーミエルはうつむいて握った拳をテーブルに押し付けているが、笑いをこらえ切れていない。

 当のアイリは依然として頬を赤く染めたまま視線をそらしてこちらを向いていない。

「くっ、いや、だってさあ親友、訓練だって、ほら、やる気の出るものを想像したほうが効果出るって。はっ、あはははは!?」

「その声ですでに真面目さが感じられないだろ!? ふざけんな!」

「あは、あひ、うぅ~……っ」

 そして妖精の笑い声に包まれて、本日の、エミルとアイリのドキドキ魔法講座は終了した。

 リュータは確かにドキドキしていた。


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