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主人公の死

「女の子に、モテたい……」

 それは切実な願いだった。

 エイルーク魔法学園の校庭近くの道。その脇にある芝生の上に寝転がって、リュータ・アストレイムはため息を吐いた。

 男なら誰だって女の子にモテたいという心を持っているはずだし、リュータもたくさんの女の子といちゃいちゃしたいと思っていた。

 だが、魔法使いとして最低位であるFランクのリュータに、女の子がすり寄ってくるはずもない。

(僕なんかには、人間としての価値なんかないってことなのかな)

 見上げた空はわずかに赤く染まっていて、小さな雲がゆっくりと流れていく。それから校舎に目を向けようとしたが、少し高い段差があって見えなかった。

 校舎を見るのを諦めて校庭へと目を向けようとした、その時。

 ――空から女の子が降ってきた。

 実際には、段差の上から落ちてきただけではあったが。

 リュータはとっさに、その女の子を抱きとめた。思わぬ衝撃を受けて、身体の痛みにうめく。

 少女が驚いたような声を上げた。

 しばらくリュータは痛みに苛まれていたが、どうにか落ち着きが戻ってきた。腕の中を見ると、小柄な体格をした栗色の髪の少女が抱えられている。

 その白く柔らかい肌が、指先に触れて心地良い。もしかしたら少女の匂いまで伝わってきそうで、リュータの胸が激しく不規則に鼓動を打った。

「……ごめんなさい」

 少女は小さく呟くように謝りながら顔を向けて、じっとリュータの顔を見つめてきた。女の子の顔がこれほど至近距離にあった経験などリュータにはなく、思わず顔が赤くなる。

 と、少女も頬を紅潮させて顔を逸らした。

 慌てた様子でリュータの身体の上からどいて、少女が立ち上がる。仕方ないこととはいえ、なんだか残念な気持ちになった。

 間近で見ても少女は十分可愛かったが、身体が離れて全体を把握できるようになると、なお可愛らしく見えた。茶色のブレザーにミニスカートといった制服姿がとても似合っている。

 リュータは少女に問いかけた。

「あの、だいじょうぶ?」

「ん……へいき」

 少女が答えてくるが、どこかそっけなかった。

 けれども頬を赤く染まっているところをみると、まだ先ほどの出来事に照れているだけなのかもしれなかったが。

(やっぱり、可愛いなぁ……)

 心の中でしみじみと呟く。と、何故だか少女の身体がぴくりと震えた。

 なんとも言えない沈黙が続いていたが、不意に少女が顔を上げる。どうやら段差の向こうを気にしているようだった。

「えと、それじゃ」

 言葉少なに呟くと、少女はいきなり走り出した。リュータは思わず少女へと手を伸ばすが、彼女は校庭のほうへと去って行ってしまう。

 思わずため息をつく。今の出会いをもっと有効に活かせたなら、もっと楽しい学園生活が送れただろうに。

 そう考えた瞬間――目の前に人間が降ってきた。

 男女の二人組。リュータはぎょっとして、前へと伸ばしていた手を引っ込めた。その二人組はリュータに気づいた様子もなく、少女を追うように走り去っていく。

 姿はどんどん小さくなり、やがて見えなくなった。

「なんだったんだ……?」

 ただ一人取り残されて、リュータは呆然と呟いた。


 校庭を抜け、学外へ。

 それでも二人組は諦めずに追いかけてきているようだった。すでに日も暮れようとしている。

 このまま家に帰るわけにもいかず、アイリは、目についた近くの公園へ駆け込んだ。周りには木々が生え茂り、公園の中央にはそこそこの大きさの噴水があった。幸いこの時間帯には、人は誰もいないようだった。

 アイリは足を止めて二人組を待ち構えた。彼らが追いついて来るまで、ゆっくりと精神を落ち着けていく。

 だんだんと物事を考える余裕が出てきた。いままでのことを思い返してみる。

 神器。聖杯。そして、神器を狙ってきた二人組の男女。そういえば、さっきぶつかった少年はなんだったのだろうか。

『可愛い……』

 アイリは少年の言葉を思い出し、顔を赤くすると、ゆっくりとかぶりを振った。

 最後にそんなことを言われたのはいつだっただろうか。最近は気味悪がられるばかりで、そんなことを言われたことなどない。

 アイリにとって少年の言葉は十分に恥ずかしいものだった。

 たとえそれが――実際に言われた言葉ではないとしても。

 少年の考えも、そしてその他の人間の考えも、しょせんは他人なのだから気にする必要はない。

 そう自分に言い聞かせて、アイリはまっすぐに前を見据えた。

 忌まわしい二人組がすぐそこまで迫っている。

『左右から挟み撃ちにする!』

 聞こえてくる言葉。妥当なところだろう。魔法使いの連携は普通、片方が攻撃して片方が防御するというものだが、下手をすれば相手が逃げだしかねない状況では当てはまらない。

 二人組は確実にこちらを仕留めようとしている。

 アイリのすることも決まっていた。二人を同時に相手などできないのだから、各個撃破するしかない。

 左右に分かれた二人にタイミングを見計らい、アイリは右へ、女のほうへと姿勢を低くして駆けだした。相手に動揺はない。

『焼き払ってあげる……』

 呟きとともに、女の腕が前へと突き出される。

 女が炎の魔法を開始するのと寸分の差もなく、アイリも対抗するために水流の魔法呪文を唱え始める。あり得ない速さの対応に、女の顔にも驚愕の色が広がった。

 放たれた炎と水流が激突する。

 一瞬だけ拮抗したあと、水流が炎を打ち破り、飛沫を上げながら女を吹き飛ばした。

 だが、

『くっ、この小娘……』

 苦しそうにうめいているが、それだけだった。仕留めそこなった。

 この状況は好ましくない。

『くらいやがれっ』

 聞こえてくるその声に、アイリは横から襲ってきた男の拳をバックステップで避けた。拳の風圧がアイリまで伝わってきている。

 今のアイリにとっては敵に対する恐怖よりも、どちらかと言えば苛立ちのほうが強かった。

(……手ごわい)

 できるだけさっさと片付けよう。



 教室に戻ったリュータが帰る準備をしていると、階段のほうで賑やかな声がした。なにがあったのかとそちらを向くと、一人の男子がたくさんの女の子たちに囲まれている。

 囲まれているのは上級生であるクオン先輩だった。

 顔も人当たりも良く、さらにはAランクの魔法使いでもある。そんな先輩が女子にモテるのはなかば当然のことで、女子からは黄色い声が飛び交っていた。

 リュータはしばらくその光景を羨ましく眺めていたが、情けなくなって目を逸らした。かばんを片手でひっ掴むと、教室を出る。

 校舎の外はもう日も暮れかけていて、薄暗くなっていた。道路では車の騒音が響いている。

 いらいらしながら家への帰り道を歩く。いったい、自分とあの先輩はなにが違うというのだろうか。顔も、魔法も、すべては生まれ持った才能の違いのはずだ。

 なんでそんなもので人生を決められなければならないのだろう。

 もっと違う生まれ方をしていれば、自分だって……。

 空を見上げると、きらきらと星が輝いていた。その満天の星空の中で、一筋の尾を引いて流れ星が飛んでいく。

 リュータは幻想的とも思えるその光景を見ながら、ぽつりと呟いた。

「もっと女の子にモテるように……僕の、人生を変えてください」

 言い終わるのと同時に、流れ星も消えていく。非現実的なことだと分かっていたが、それでも願いが叶ってくれたらと思わずにいられなかった。

 そしてまた、情けなさがこみあげてくる。

 リュータはそっと、ため息をついた。

 空を見上げていた顔をおろして、また道を歩きはじめる。学校でぼんやりと考え事などしていたせいで、帰る時間がかなり遅くなってしまった。近道のために、いつもは迂回していた公園の中を突っ切って帰る。

 人の声も車の騒音もどこか遠く感じられる。夜の公園はひと気もなく静かだった。

 けれども意識のどこか奥のほうで、リュータはその音を感じ取っていた。なにかの音がしている。人の声ではない。

 等間隔に置かれた電灯が辺りを照らしていた。

 得体の知れないものを感じながら、明かりの中を進んでいく。

 と、

「……!?」

 ――飛んできた。女の子だった。身体を地面に打ち付けて、リュータの足元で止まった。

 栗色の髪をした小柄な少女。それは学園で、リュータの上に落ちてきた少女に違いなかった。少女は何度かむせたように咳きこんで、苦しげに息を吐きだしている。

 リュータは訳も分からずにうろたえた。

 公園に足音が響く。

 闇の中からぬっとにじみ出るように、男の姿が現れる。少女を追って行った二人組の片割れだった。

「さぁて、神器を回収させてもらおうか」

 男の低い声。

 神器という言葉には、リュータも少し聞き憶えがあった。だがそれを思い出す暇はない。

 男が空へかざした手の先に、魔力で形作られた漆黒の剣が出現する。その剣先は、違うことなく少女の身体へと向いている。

 理解は一瞬だった。

 その剣は間違いなく少女を打ち抜くつもりだ。うめいている少女が防御魔法を唱えようとしてもおそらく間に合わない。そして、リュータは魔法を使えない。最低位のFランクとはそういうことだ。

 剣が夜の冷気を切り裂いて飛来してくる。

 なにもできないと頭では考えているのに、自然と身体は動いていた。思考は後からついてくる。少女の前に立ちふさがり、受け止めるように両手を広げた。

 不思議とその行動に後悔はなかった。

 瞬間が引き延ばされ、リュータの目には、すべての出来事がゆっくりと動いていくように見えた。それは、結局のところ錯覚でしかなかったが。

 急速にやってきた寒さに肌が震える。この時期にこれほど寒いはずがなかった。身体の一部が、異常なまでに熱を持っている……。

 音も、光景も、周囲の出来事はどこか遠くに感じられ、心は自然と落ち着いていた。

 熱源を見下ろすと、漆黒の剣が自分の胸を貫いているのが見えた。

 どこか、遠くで少女の声が響いた気がした。

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