勇者
魔王との対面は、呆気なく幕を降ろした。
「よくきたな、勇者よ。これで・・ようやく解放される・・。」
レオンの姿を視界にとらえた、玉座にいた魔王とおぼしき人物は、呟くようにそう言うと、砂のように崩れ去ったのだ。
唖然とするレオンは、次の瞬間、ものすごい力で引っ張られ、玉座に座らされていた。
座った瞬間から、彼は長い夢を見た。
仲間たちの形見をもって、王宮にいくと、大歓迎され、魔王討伐の報告を王の前でした。
散っていった仲間の勇姿を事細かに伝え、形見を差し出した。
涙ぐむ者もいた。ちゃんと伝えられて一安心したその時、
「それで、勇者どのは、魔王とどのような戦いを?」
と尋ねられた。
レオンは言葉に詰まった。
(俺は・・。)
最後に魔王を倒す力を温存するため、レオンは最終局面では守られる側だった。
戦わなかったわけではない。
致命傷も与えたし、たくさん魔物を倒した。
だが、あったはずの魔王との死闘は、なかった。
言葉が出ないレオンに、微妙な空気が流れ、
「勇者どのもお疲れじゃろう?今夜は休みなさい。」
王の言葉でやっと退席する。
退席の際に感じた、周囲のひそひそ話や視線。
戸惑い、憶測、そして、疑惑。
それらは、直接責め立てはしないがレオンを消耗させ、その夜、彼を一睡もさせなかった。
パレードもパーティーもなく、レオンは村への帰途についた。
ミナに会える。
それだけが生きる力だった。
ミナと抱き合うことができたら、勇者としての自分などどうでもよくなる。
一人の男として、ミナと生きられるなら、村で静かに日々の営みを繰り返していきたい。
その当たり前の幸せのために、魔王討伐に向かったのだから。
村につくと、年老いた父と母が迎えてくれた。
温かい食事に、涙が出そうになる。
はやる気持ちを抑えて、
「ミナは?」
と聞くと、両親は一瞬微妙な表情を浮かべてから、
「村長の屋敷に・・。」
と言った。
そのあと何か言おうとしたが、レオンは堪えきれず飛び出す。
ミナに会いたい。
ミナを抱き締めたい。
ミナの声を聞き、ミナの温もりに触れたい。
村長の屋敷の扉を叩くと、中から声がして、扉が開く。
中から出てきたのは、ミナだった。
「レオン!?」
「ミナ!!」
!?
「よお、よく帰ってこれたな。」
抱き付かんばかりになったレオンは、そう言ってミナの肩を抱く男によって阻まれた。
「アルフ・・。」
ミナはレオンを見つめていたが、レオンが視線を戻すと目をそらす。
「ミナは、先月俺の妻になった。そういうことだから、これからは馴れ馴れしくしないでくれよ。」
その言葉と共に、屋敷の扉は閉じた。
ミナに、ほんの少し触れることもかなわずに。
家にすぐに帰れず、森にふらふらとはいったレオンは、小さなスライムをみつける。
以前なら、すぐにやっつけていた小さな魔物。
相手も攻撃の意思を隠さなかったが、今は戦いを挑むというよりは寄り添うように近づく。
(魔王が消えても、魔物は消えないのか。)
『マ・・オウサマ』
不意に声がして、見回すが、誰もいない。
目の前のスライムが発していると気づいた時、レオンは、魔王を受け継いだことを、急激なスピードで理解する。
これは、今までの幾多の勇者と呼ばれた者の末路。
そして、自分がたどる道。
夢は、奇妙な現実味でレオンをさいなむ。
時々うっすらと覚醒すると、そこは冷えきった魔王の玉座。
夢の中では、人間界での絶望。
自分が相対した魔王が、かつての勇者であったことはもはや疑いようもない。
そして、自分もここでむしばまれ、聖魔法は闇に染まり、次の勇者が来るまでに、魔王になっていくのだ。
(それもいいのかもしれない。)
戻って、現実で絶望を味わうくらいなら。
悪夢だけで、ここにとどまる方がましなのかもしれない。
(ミナ・・。)
ミナは本当にアルフと結ばれるのか。
待っているのではないか。
その可能性は頭をよぎったが、それでも、もしも、を考えると足がすくんで動けなくなった。
「・・ミナ?」
玉座で唯一考えた存在だからか。
人影が見えたとき、レオンの口から、その名がふともれた。
そんなはずはないのに。
ミナがここにくるはずはない。
毎晩夢を見ながら、どのくらい時が過ぎたか分からなくなっていた。
薄暗いせいでよく見えないが、髪が短い少年に見えた。
(もう、次の勇者が・・?)
「レオン?」
だが、その人影から聞こえたのは、愛する人の声だった。
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かつて、世界は魔物の恐怖に怯え、魔王の支配を恐れていた。
今も魔王領は存在する。
近づく者を聖なる力で阻む結界の中に。
そこは、かつて勇者が自らを犠牲に魔王を封じた場所。だから、魔物たちも多くがそこに封じられ、もう人々は恐怖に怯えなくてよい。
一説では、魔王封印には聖女も関わったとされる。
その物語は語り継がれ、皆が知る『神話』だ。
だが、結界の中には、楽園がある。
そこでは、行き場のない魔物達が、平和に暮らしている。
そして、仲睦まじいレオンとミナがその中心にはいる。
その物語もまた、魔物達の中で共有される『神話』だ。