気づけば真っ白な世界にいました
気づけば俺は真っ白な世界にぽつんと佇んでいた。
絶望の象徴であったドラゴンの群れも、目の前にいたはずの最愛の人も、身を焼く熱さでさえも消え失せていた。
この世界に存在するのは、俺と……目の前にあるメッセージのみだった。
『あなたはこの結末を後悔していますか? はい/いいえ』
いわゆる死後の世界というやつだろうか。
死ぬ寸前に見るものと言えば走馬灯が定番だろうが、こんな何もない場所に行くことになるとは知らなかった。
改めて俺はこの世界で唯一自分以外に存在を主張するその文言に目を向けた。
「………後悔、か」
もし、あの地獄を事前に知り得ていたのなら。
もし、俺に状況を覆すだけの力があったなら。
もし、もし、もし、
サレンを助ける方法があったのなら。
「後悔してるに決まってんだろ」
俯き、吐き捨てるように俺はそう溢した。
どうにもならないと分かっているのに。
自分の命よりも大切な人を失くしたという事実は、後悔となり俺の心に重たくのしかかっていた。
「………あ?」
なんとなしに、再び文字に目をやると粒子状に崩れ始めた。
どこか神秘的な光景に俺の喉から間抜けな声が鳴る。
俺がそれに見入っていると、やがて完全にただの光の粒と化した文字達は新たな形を形成し始める。
『あなたはこの結末をやり直したいと思いますか? はい/いいえ』
得られたのは新たな問いだった。
空中に文字が浮かんだり崩れたりする様は不可思議な現象であったが、この場所自体がよくわからないため、俺はあまり気にならなかった。
それより質問の内容だ。
「やり直したいか……だと?」
これがありきたりな物語のバッドエンドなら、消しゴムで消して望みのストーリーを書き直せばいい。
しかし、これは紛れもない現実なのだ。
現実とは不可逆であり、やり直しはできない。
だから俺は今、これほどの後悔に駆られている。
「やり直せるもんだったらやり直してぇよ。でももう手遅れなんだ……もう俺にはどうすることもできねえんだよッッ!!!」
地面に膝をつき、俺は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
その時、地面が大きく揺れた。
いや、空間そのものが振動している。
真っ白でどこまで続いているかと思われた空間が端の方から崩れ、暗闇に呑まれはじめていた。
俺は、その光景を諦観に支配された目で見やる。
現実の世界で俺の意識が完全に途絶えようとしているのか、はたまた体が完全に燃え尽きたか、何にせよこの世界にいられるのも後少しらしい。
ふと宙へ浮かぶ文字に目をやると、また粒子となり新たな何かを形作ろうとしていた。
「もう間に合わねえよ」
明らかに文字が形作られるより、世界の崩壊の方が早い。
死ぬ間際にこんな体験をしたなんて、もし俺が生きていたらいい酒の肴になっただろうが、もうそれも叶うまい。
とうとう足元まで崩壊が及び、俺の足場も支えを失ったように落ちる。
どこかこそばゆい浮遊感を伴い俺は落ちていく。
落ちていく俺の目には、何故か「頑張って」という文字が見えた気がした。
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「俺と結婚してくれ」
日もほとんど落ち、夜の帳が王都を支配しようとしていた。
そんな時間にメルヘンやロマンのかけらもなく、見飽きた《熊の寝床》の店先アンドいつものエプロン姿で俺はサレンにプロポーズをした。
プロポーズならもっとおしゃれなレストランとか行けよだとか、もっとマシな服を着ろだとか、言いたいことは分かる。分かるが、店先を掃除するサレンが可愛すぎて思わず言ってしまったのだから仕方ない。
そう、そんな些細なことは問題じゃないのだ。
もっと問題なのは、
俺がサレンへプロポーズするのが二度目だということだ。