『大厄災』
勢いで書いた作品なので、ツッコミどころは多々あると思いますが、温かい目でみて優しく指摘していただけると嬉しいです。
投稿頻度は早くて週一ペースだと思います。
ラグドラル王国、王都メルドリアの商業区にある《熊の寝床》の厨房で、今日も今日とて俺は忙しく働いていた。
「ライル〜!ちょいとこっちに来て火をつけてくれー」
「あいよーおっちゃん」
亭主のランドに呼ばれ、焼き始めた肉が焦げる心配のないことを横目で確認してからダンドのところへ向かう。
さて、ここらで軽く自己紹介をしようと思う。
ん、誰に向かっての自己紹介かって?
さあな、俺にも分からないが、なんかやらないとダメらしいからとりあえずやる。
俺の名はライル。
貴族じゃないからただのライル。
今日で21歳になる、王都を探せばどこにでもいる平民だ。
強いて特徴を挙げるとするならば、
「着火」
簡単な魔法が使えることくらいだ。
「ありがとうライル。いやー本当ライルがウチにいてくれてありがたい」
「おっちゃんには世話になってるからな。いくらでもこき使ってくれ」
「はっはっは、そう言ってくれると助かるよ。サレンもいい旦那をもらったものだな!」
「もう!お父さん!」
声の方は目をやると、そこにいたのは俺の婚約者のサレンだった。
恥ずかしそうに持ったお盆で可愛い顔の下半分を隠し、自身の父親であるダンドのことを可愛く睨んでいる。うん、やっぱり何度見ても可愛いな。
ところで、今の時刻は正午を若干過ぎたぐらいで、一番忙しい時間帯のはずなんだが……サレンはここにいて大丈夫なんだろうか。
「おい!飯はまだか!?いつまで待たせるんだ!!」
「は、はい!ただいまお持ちいたしますッッ!!!」
案の定、店内から怒号が聞こえてきて、顔を真っ青にしたサレンが厨房を飛び出していった。
その様子に思わず俺とダンドは顔を見合わせ、肩を震わせる。
「二人とも!笑ってないで早く料理を作りなさい!」
すると、なぜか飛び出していったサレンが厨房に戻ってきた。
どうやら慌て過ぎて料理を持っていくのを忘れていたらしい。
「ぷ……ふっ、もう無理……ッ!」
サレンのドジっぷりに、俺とダンドは堪えきれず腹を抱えて笑ってしまった。
それを見たサレンは少しの間プルプルと怒りで肩を震わせていたが、客に急かされているのを思い出したのか、恨みがましい視線だけ残して厨房を出ていった。
あちゃーこれは土下座じゃ済まないかもな……。
まあ可愛かったからいいか。
反省の色もなく、婚約者の怒り顔を記憶にしっかり保存しながら俺が持ち場に戻ると、オーク肉の焼ける香ばしい匂いに混ざり、なんだか焦げ臭い匂いがした。
「あ、やっべ」
慌ててひっくり返すと、肉の一部が焦げて黒くなってしまっていた。
「ありゃりゃ、向こうに長くいすぎたか」
これを客に出すわけにもいかないので自分達用にすることに決め、新しく肉を焼き直す。
いつもと変わらない日常。
ずっとこんな日々が続くのだと思っていた。
今この瞬間までは。
「ん?」
不意にゾッと寒気がして、
なんとなしに顔を上げると、
目の前の景色が赤に染まった。
何かが爆発したような、鼓膜を突き破るのではないかというほどの轟音を伴い、店内を殺人的な熱風が奔走した。
堪らず吹き飛ばされた俺は茫然ときれいな青空を仰ぐ。
「……あ?ウチって確か二階建てじゃなかったか?いつからこんな風通しよくなったんだ?」
建物の二階部分が消し飛び、外気に晒された状態で現実逃避気味に呟く。
そうでもしないと正気が保てなかったからだ。
王都の上空を埋め尽くすほど夥しい数のドラゴンを見てしまっては。
ドラゴン、特A級指定モンスター。
A級モンスターが一体で街一つを壊滅させることができると言われているが、ドラゴンはさらにその上。
一体で国すら壊滅させ得る化け物だ。
そんな奴らが群れをなして王都の上空を陣取っていた。
この世の終わりの様な光景に固まっていた俺だったが、耳に愛しい声が響いてきた。
「……ら、いる」
「サレンッ!?サレン無事か!?」
店内は火の海と化していた。
瓦礫に潰されていたり、炎に焼かれていたりと見るも無残な死体が散乱し、吐き気がこみ上げてくる。
サレンを見つけて駆け寄ると、俺は思わず言葉を失った。
「……ライル、無事だったのね。良かった……」
「ああ、俺は無事だ。……だがサレン、お前足が……」
サレンの両足は巨大な瓦礫の下敷きになっていた。
まだ運の良かった方なのだろう。周りある客達はほとんど即死しているのだから。
「はははっ。私ってば本当ドジ。この足じゃもう逃げられないな……」
「何言ってんだサレン!俺が担いでやる!だから安心しろ!」
俺はサレンの足の上にある瓦礫に手をかけるがびくともしなかった。
思わず瓦礫を殴りつける。
無力な自分に対する情けなさで涙が止まらなかった。
「ねえ……ライル。ちょっと顔貸して?」
サレンの手招きを見て、よろよろと顔を寄せる。
すると、サレンは優しく俺に口づけをした。
「私の事はいいから、ライルはお父さんと一緒に逃げて」
思わず目が泳いでしまった。
伝えるべきではなかった。
わかったと、そうひとこと言うだけで良かったのに。
俺の反応を見て、サレンは察したのか小さく息を飲んだ。
「ッ……そっか……お父さ、おと……うぅぅ」
サレンの声に嗚咽が混じる。
俺には、サレンを抱きしめることしかできなかった。
…
「ら、いるは、生きて。……お願い」
「………」
言葉が見つからなかった。
ここから逃げる?
サレンを置いて?
……あり得ないだろそんなの。
「……嫌だ」
「……え?」
「俺は、最後までここにいる」
「……なんで?……ライルまで死んじゃったら、私……」
後悔で胸の内がいっぱいだった。
俺がもっと強ければ、ドラゴンを倒す事はできなくても、サレンと一緒にこの場から逃げられたのだろうか。
「サレンが……サレンが死んだ世界で、俺は生きていく自信がねえ……」
「ライル……ライルは優しいんだね」
「……そんなんじゃねえよ」
本当に、優しさなんていいもんじゃない。
俺のやってる事は、俺が死ぬ原因がサレンだと言っている様なものなのだから。
「ううん、優しいよ。………だっでね、……わだじも、ざいごまでライルと一緒にいだいもん……ッ!!」
俺は強くサレンを抱きしめる。
決して離すことのないように。
せめてもの抵抗として空を睨みつけると、ドラゴンの一体と目があった気がした。
そいつは口を大きく開けると、めらめらと燃え上がる火球を生み出し、こちらに向かって放った。
俺が使うマッチ代わりのチンケな魔法じゃなく、人間を超えたバケモンが放つ本物のドラゴンブレス。もしくらえばひとたまりもないだろう。
火球が着弾するまでおよそ5秒ほど。
許された最後の時間、俺はサレンの顔を見つめる。
4。
大粒の涙を溜め、赤く照らされている彼女は、今この世界で一番綺麗だった。
3。
どちらからともなく唇を重ね合わせる。
最愛の人を魂に刻み込むように。
2。
顔を離し、穏やかな笑みを浮かべた俺達は、同時に口を開く。
1。
「「愛してる」」
0。
目の前が真っ赤に染まり、意識が赤に溶けてゆく。
大事な人を掴んだ指先の感覚が失われていく中、突然目の前にあるものが浮かんできた。
『あなたはこの結末を後悔していますか? はい/いいえ』