宇宙より、愛を込めて
「あの人はみんなが思ってるような、天才じゃ無い。」
そう言って、泣いた。
想いと一緒に、たくさんの涙があふれて流れた。
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―――僕は宇宙へ行く。進むことしかできない、片道切符を握りしめて。
「そう言ったらかっこいいな。」
ちょっとした主人公になった気分だ。
でも、きっと未来永劫、語り継がれる話になる。
人の役に立っている。
「自慢してやろ。」
やっと、母さんのところへ行ける。
本当に、時間が、かかった。
人は自ら死ぬと、天国には行けないらしい。
でも、僕がたくさんの人の命を救うんだ。
それなら、いいだろ?
「母さん。昔みたいに、褒めてくれるかな?」
どんなに成功しても、賞賛されても、どこか悲しかった。
一番、喜んでほしい人は、もうここにいない。
僕の一番は、ずっとあの人だった。
「褒めてほしいな・・・」
モニターに映し出された地球を眺めた。
もう何度も何度も繰り返し見ている光景だ。
だけど、何度見ても感慨深かった。
「地球って、大きいんだなぁ。」
この間まで、あの星で暮らしていた。
宇宙船に乗ったのはつい先日だ。だけどずっと昔のことに思える。
100パーセント。
この数字を出すためには、どうしても有人飛行を行う必要があった。
放っておけば地球に落ちてくるこの隕石を、搭載されたミサイルと爆薬で散らす作戦だ。
隕石が軌道を外れてしまったら、地球は滅びてしまう。壊れてしまう。
たった一人の犠牲で、多くの命が救えるのなら。
隕石が近づいている。
正確に言えば、隕石に近づいているわけだけど、どっちでもいい。
僕の命は、まもなく消える。
ふと、彼女の顔がよぎる。彼女はいつも怒っていた。
この方法は非情で、悲しすぎると。
「せめて、笑った顔を思い出したかったなぁ。」
仕方ない。
彼女の笑顔を見たのは、もう一年以上前だ。
この作戦が始まってから、一度も笑顔を見せることはなかった。
「手紙、読んでくれるといいな。」
脱出用のポッドを乗せるのも、断った。
人は最後に何をするかわからない。
迷いになるものを、作りたくなかった。
「やっと会える・・・。」
最後の瞬間が、目の前に迫っていた。
僕はゆっくりと目を閉じ、その瞬間を迎えた。
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気づけば、病院にいた。
宇宙船が飛んだとき、急に呼吸が苦しくなって、そのまま意識を失った。
意識が戻ってからは、食事も受け付けず、ただ、病室のテレビで宇宙船の様子を見ていた。
そして、先ほど、宇宙船が予定通りの航海を終えた。
隕石は四散し、地球へ落下してもさほど大きな被害にはならないだろうと宇宙局の職員が記者会見をしていた。その中に、責任者である彼の姿はない。
彼は死んだのだ。隕石と一緒に、四散した。宇宙船に乗って。
はじめは彼を、尊敬できる上司だと思っていた。
IQが高く、誰もが考えつかないような発想をし、様々な発明を行っているのに、偉ぶった様子も無い。
あの人の部下になれて、幸運だったと思っていた。
いつからだろう、あの人の人間らしさに気づいたのは。
夢中で仕事をして徹夜してたと思えば、ところ構わず眠っていたり。
うまく行かない時、落ちこむ顔を見せたくないからと、一人屋上でタバコを吸ってたり。
コーヒーがないとイライラして爪をかんだり。
動物が好きで、週末には動物園に行っていたり。
それらがだんだんと、愛おしくなっていったのは。
母が訪ねてきた。現在の状態を聞いて、遠い土地から心配して訪ねてきてくれた。
それからというもの、毎日見舞いに来てくれた。少しでも食べてほしいと、私が好きだったものを作って持ってきてくれたが、断った。点滴だけ、新しいモノに毎日変わる。
そんな中、郵便物を持ってきた。
手紙なんて古風なモノ、今の時代には珍しかった。
メールやビデオメッセージで情報を送れるのに、わざわざ紙を使ったのが不思議だった。
裏面に書かれていた名前を見て、手が震えた。
あの日宇宙船とともに散った、彼だった。
「どうして・・・」
その場で手紙を広げた。字なんて、ちゃんと書いてるのを見たことなかった。案の定、字は汚かったけど、なんとか読めた。
『心配してくれて、ありがとう。
できれば、君には生きてほしい。
生きて、幸せになってほしいから。
これは、僕のわがまま。
本当に、ありがとう。』
感情があふれた。気づけば目から滴がこぼれ落ちてとまらない。胸が締め付けられ、のどが痛む。力を入れすぎて、持っていた手紙はくしゃっと音をたてて形を変える。
こっちは返事を送ることもできない。卑怯じゃないか、こんなの。
寝ぼけた様子のあの人へコーヒーを入れることも、オフィスからいなくなった彼を捜しに屋上へ行くことも、週末の動物園に付いていって一緒に写真を撮ったり、おそろいのストラップを買うことも、もうできない。
代わりなんていない。
「あの人はみんなが思ってるような、天才じゃ無い。」
自分の感情があふれるとともに、出てきた言葉は止まらなかった。
「私、出発の前の夜、宇宙船が飛ばないようにわざと細工していたの。
ばれないように、いろんなところをいじった。
だから、中止になると思ってた。
そしたら、飛んじゃうんだもの。
管理室から見てたけど、びっくりよ。
あの人ね、全部、修理してたの。設備も、システムも、壊したとこ全部。
それで、何も無かったように、行っちゃった。
天才なんかじゃない。馬鹿よ、あの人は。とんでもない、馬鹿。」
母は最後まで、黙って聞いていた。聞き終わった後、そっと背中をなでてくれた。
あなたにいてほしかった。最後の瞬間まで、一緒にいられればいいと思った。
こんな作戦で彼へすべてをゆだねたこの世界が憎らしかったから、道連れになってもいいと。本気で考えていた。
「こんなこと言われたら生きるしか無いじゃない。」
その日は、夜までずっと泣いていた。だけどそれもくたびれて、眠った後、空腹感で目が覚めた。はじめは戻していたけど、少しずつのどに食事が通っていくようになった。
宇宙局での仕事は、辞めた。母と一緒に故郷へ帰る。
「さようなら。」
いつかあなたと会うとき、笑って会えるように。
さすがにクリスマスにあげるのはやめました(笑)
恋人たちに幸あれ。