鎌鼬
「お父様・・・・・・どうして?」
父親の躯を抱きながら、私は嗚咽を漏らした。
「これで、私ひとりぼっちだ・・・・・・もう誰もいないのね。」
情緒不安定になっていた私の感情が、抑えきれずに溢れ出す。私はそれに抗おうとする。周囲に弱い人間だと思われたくないからだ。しかし、そんな思いとは裏腹に、涙が止まることはなかった。そう、この時の私はきっと壊れていたのだ。そう・・・・・・信じたい。
動けなくなっている私を見かねて侍女が近付いてくる。
「シャイ様、お気持ちは分かりますが、私たちがここにいては邪魔になります。あとは任せて、我々は部屋に戻りましょう。」
そのノイズを背に、私は部屋へと戻った。
月明かりが闇夜を照らす。その時間になり、ようやくお父様の詳しい情報が入ってきた。
「死因は創傷による大量出血だったみたいです。」
侍女が横で報告するのを、ベットに顔を埋めながら聞き流す。そんなことはどうでもよかった。いくら血がつながっていないとはいえ、私をここまで育ててくれたのは、他ならぬお父様だったのに。
なんで、いなくなっちゃうの?
肉親同様の存在を失い、私の心は維持できなくなっていた。もう、体裁を保つのも限界だった。だが、次に侍女から発せられた言葉を、無視することはできなかった。
「どうやら他殺みたいですね。それにしてもこの傷、どうやったらつくんでしょうね。」
私は侍女の手から、お父様の体躯の写真を奪い取る。さっきは動揺して注視していなかったが、よく見ると不審な点がある。
傷の形状が不可解なのだ。躯に刻まれた無数の創傷。それは、けして人がつけられるような代物ではなかった。
傷口が黒い。いや、それだけではない。そこから流れ出ているはずの・・・・・・血が、ないのだ。
「死因は大量出血なのに・・・・・・どうして?」
私はふと、侍女に問いかける。
「そこが不思議なんですよ。実は、国王様の躯の司法解剖が先ほど終わったのですが、体内から血液がほぼすべて抜き取られていたんです。」
「で、でも、外見は普通だったじゃない。」
「血液の、成分だけ抜き取られていたんですよ。血管は傷ついていなかったみたいですが。
さっきの国王様は言うなれば水風船のようなものだったんです。」
もう、わけが分かんない。
瞼が重くなる。ショックが重なったのもあり、私の意識はすぐに眠りの深淵へと消えていった。
私の中で世界が切り替わる。その日、夢を見た。その内容は今日一日と相反していた。
自然豊かな小さな村。まわりには平野が広がっている。それが、初めに見えた風景だった。まるで幽体離脱をしているかのように、景色が眼下に広がっている。そこからズームインして、村にある一軒の家へと近付いていく。すると家の中が透けて見えてくる。不思議だったが、「まあ、夢だからいいか。」と、納得する。
その家には父と母、そして二人の赤ん坊がいた。母親は洗濯物をたたみ、父親は休日なのか赤ん坊をあやしている。仲睦まじく暮らす家族。それは、私だけでなく、誰もがうらやむ理想のシルエットだった。
しかし次の瞬間、その繋がりが希薄で、あくまで表面上のものでしかないことを、私はまじまじと見せつけられた。
平和だった家に、一人の男を中心にして集団が押し入ってきたのだ。その身なりは、いかにも身分が高いというようなもので、男はどうやら村の長のようだった。それに気付いた父親が首を垂れている。すると突然、長が片方の赤ん坊を指し、父親に何か言った。ここからでは声が聞き取れない。何故だかわからないが、私の中でこの会話は聞き取らないといけないような気がした。もう少し近付こうと、体を動かそうとする。しかし、いくら信号を発しても私の意志では体は操作できないようだった。
「夢だから仕方ないか・・・・・・。」
そう思い様子をうかがう。
父親はしばしの間何かに逡巡していたようだったが、決意の表情を浮かべた。刹那、長が指していた赤ん坊をつまみ上げる。そして、それを長に渡そうとする。それを見ていた母親が縋り付き、父親に必死に訴えかける。詳細は分からなかったが、「子供を守る。」
その信念だけはひしひしと伝わってきた。しかし、そこにいるはずの父親は、既に別の人間に代わってしまっていた。父親が母親を突き飛ばす。それが、家庭崩壊の序章だった。
私は、この時点でひどい憤りを感じていた。
「何があったかは分からないけど、なんで自分の幸せな現状を手放すの? 誰も、幸せにならないのに・・・・・・。」
私は母親の思いを汲み取ろうと、せめてもの思いで父親を睨みつける。
その時、父親が抱えた赤ん坊の胸元に何かが見えた。それは、名札のようなものだった。
シ・・・・・・ャ・・・・・・イ。
そこには確かにそう刻まれていた。声にならない声が漏れる。
次いで、息が止まる。それは、決して比喩的なものではなく死をリアルに感じさせるものだった。
意識が切断される。周りがブラックアウトし、鈍い感覚が体を流れる。
私はそれが夢なのも忘れ、必死に抗った。
「誰か、誰か助けて!」
見えない空間に必死に手を伸ばす。
その手をつかんだのは、アナザーワールドの人物だった。
「おかえりなさいませ・・・・・・シャイ様。」
更新が遅れて申し訳ありません。受験が終わるまではこのペースが続くと思いますので、よろしくお願いします!
そして、まことに勝手ですがタイトルを一部変更させていただきました。申し訳ありません。
この作品で、あなたの世界観に何か変化はあったでしょうか?
これからもよろしくお願いいたします。