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90:高原ベリー

「モッモ、起きろ、着いたようだぞ?」


「……はへ?」


(よだれ)を垂らしながら眠りこけていた俺を、ギンロが優しく揺り起こした。

それと同時に、何やら爽やかな甘酸っぱい匂いが、スーンと鼻に届いてきた。


「着いたえ。ここがトケット地方最南端にある村、オーベリー村だえ!」


おぉっ!?

 おおおおっ!!?

 村だぁっ!!!


馬車を降りてすぐ、目の前に広がったのは、とっても趣のある、素敵な村の風景。

煉瓦造の茶色い家が建ち並び、大きな石垣がそれらを囲んでいて、どことなく中世ヨーロッパの雰囲気が漂っている。

道には見たことのない、猫のような風貌の獣人たちが沢山行き交っていて、かなり活気がありそうな村だ。

ここがこの村の入り口なのだろう、近くに《オーベリー村》と書かれた木製の立て看板があった。


「おいはこのまま、カウ乳を卸屋に届けるえ。道案内はここまでだの」


 エッホはそう言って、豚っ鼻をヒクヒクさせた。


「本当にありがとうございました。泊まらせて頂いた上に、ここまで送ってもらって」


「かたじけない。恩に切るぞ、エッホ殿」


ぺこりとお辞儀をして、エッホにお礼を言うグレコとギンロ。

 俺もお礼を……、いや、俺はお礼も言わずに、キョロキョロと忙しなく視線を動かして、周りを観察するのに必死になっていた。


すげぇっ! すげぇっ!!

猫が、めっちゃ沢山いるっ!!!

勿論ただの猫じゃ無くて、獣人だからみんな服を着ているし、靴を履いて二足歩行してるのだ!!!!


 視界に映るのは、猫、猫、猫、猫、猫……、猫型獣人ばかりである。

 初めて見る彼らの姿を前に、俺は沸き立つ興奮を抑えられずにいた。


それではここで、彼らの特徴を少しばかり説明しよう。

 平均して、大きさはグレコより背が低く、150センチ前後の者がほとんどで、体型は皆かなりスレンダーだ。 

 猫特有の滑らかな体躯が、なんとも言えぬ曲線美を描いている。

それに、猫というよりは、(ひょう)に近いようにも思えるな。

 何故ならば、彼らの全身を覆っているのであろう薄茶色の体毛に浮かぶ黒い斑ら模様が、彪のそれにとてもよく似ているのだ。

 ただ、斑らの浮かび具合は個体差があって、斑らだらけの者もいれば、ほとんど斑らが無い者もいるようだった。

 そして……


んんんっ!?

 あそこで売ってる物はなんだっ!??


 視線をキョロキョロと動かしていた俺の目に、何やら魅力的なものが映り込んだではないか。

 新たなる興味の矛先へと、すぐさま駆け出そうとする俺。

 しかし……


「はい、モッモもお礼を言ってね!」


走り出そうとした俺の鞄を、グレコがむんずと掴んだ。


あうっ!?

 くっ! 首が締まるぅっ!!


「ゲホォッ!? ゲホゲホッ……、あ、ありがとうございました、エッホさん、ゲホッ……」


 むせながら、お礼を言う俺。


「ええんだぁ~。お前さんたち、気をつけて行けよ~。また会おうの~」


にこやかに別れを告げて、エッホを乗せた馬車は遠ざかって行った。


「ふぅ……。なんとか無事に、村まで着いたわね」


「うむ。しかし、想像以上に栄えておるな」


「そうね、もっと小さい村かと思っていたけど、結構立派ね。とりあえず、今晩泊まる宿でも探しましょうよ。こんな村で野宿なんて出来ないからね、怪しまれちゃう……、って……、あれ? モッモは??」


 俺がいない事に気付くグレコ。


「あそこだ」


 俺の事を見張っていたらしい、指を指すギンロ。


当の俺はというと、近くにある商店らしきものの店先に売られている果物に興味津々で、店番をしている猫型獣人のおばさんに声をかけていた。


「すみません! この果物は何ですかっ!?」


 小さなその商店の店先では、赤と黄色が入り混じった不思議な果物が、文字通り山のようにかごに盛られて、沢山並んで売られている。

 村に入った瞬間に感じた爽やかな甘酸っぱい匂いは、恐らくこの果物のものだろう。

 苺のような……、酸味が強そうな甘い匂い。

 なんとも魅力的なその香りが、俺の中にある食への好奇心をくすぐり、居ても立っても居られず、自分自身でも気付かないうちに、店番のおばさんに話し掛けていたのである。

 

「いらっしゃ……、んん? んんんっ!? おやおや、可愛らしいお客さまだこと! 坊や、一人なのかい??」


おばさんは、ニッコリ笑って俺を見下ろした。

 おばさんの質問に答えようと、俺が口を開きかけたその時。


「モッモ!? 勝手に動いちゃ駄目でしょうっ!??」


「ひゃあっ!?!?」


少し離れた場所から駆けてきたグレコに、容赦なく叱責されて、その声の大きさに俺は軽く飛び上がった。

驚いて振り向くと、呆れたような顔で笑うギンロもいる。


「おやまぁ、エルフかい? これまた珍しいねぇ。この子はお嬢さんの連れかい??」


おばさんの言う「この子」とは、俺の事である。

おばさんは瞬時に、俺の事を商談相手から外したのだ。

 つまり、最初に声を掛けた俺ではなく、後からやってきたグレコと話を進める気らしい……、くそぅ。


「あ……。すみません、私の従魔が勝手に……」


ぺこぺこと謝るグレコ。


おいグレコ!

 俺は別に、悪い事は何もしてないぞ!!

この果物は何かって聞いただけなんだから、そんなに何度も頭を下げなくったっていいんだぞ!!!

 

「いやいや、いいんだよ。ここに来るのは初めてなのかい?」


「あ、はい。初めてです」


 俺の事そっちのけで、会話を続けるおばさんとグレコ。


「そうかいそうかい。この子は、この果物に興味があるようだね。これは、この村の特産品で【高原ベリー】って言うんだ。甘酸っぱくて、とても美味しいよ♪」


 おぉ~、高原ベリーとな!?

 素敵なお名前!

 この村に漂う甘酸っぱい匂いの正体は、間違いなく、この高原ベリーだろう。

これはもう……、絶対美味しいぞっ!!


「買いますっ!」


 右手をピシッと上げて、即答する俺。

 ギョッとするおばさんとグレコ。


「おやまぁ……、ありがとうね。いいのかい?」


 ちらりとグレコを見るおばさん。


「あ〜、はい。じゃあ……、三人分、頂きます」


 苦笑いしながら頷くグレコ。


 やったぁ!

 高原ベリーが食べられるぞっ!!


「三人分だね。そしたら、一人100ラムほどで……、全部で300ラムでいいかね? お代は90センスになるけれど」


 おお? なんか、思ったより安いぞ??

 「ラム」って単位はよく分からないけれど、三人分だし、たぶんそれなりに量はあるはずだ。

 それが全部で90センスって……、かなり安くないか???


 頭の中で、シャンシャンと計算をして、お買い得なのでは!? と判断した俺は、またしてもピンッと右手を高く上げた。


「それでいいですっ!!!」


 俺の返事におばさんは……


「おやまぁ……、あはははっ! 元気な従魔を持つと、エルフさんも大変だねぇ!!」


そう言って、豪快に笑いながら、掌サイズの茶色い紙袋を取り出して、高原ベリーをその中へと入れ始めた。

 ゴロゴロと、次々に袋の中に入っていく高原ベリー。

 あまりにも、おばさんが躊躇なくどんどんと入れていくので、そんなに沢山入れていいんですか? と不安になる俺。

 右に同じく、グレコとギンロもかなり戸惑っている。

 そして、袋がいっぱいになると、おばさんは二つ目の袋を取り出して、また高原ベリーを入れ始める。

 二つ目がいっぱいになると、三つ目へ。

 つまり、袋一つで一人前、100ラムという事だ。


 おいおいおい……、袋三つで300ラムで、これが90センスだと?

 めちゃくちゃお買い得じゃないのこれ!?


 鼻の穴を膨らませる俺と、予想外だったのであろう、目をパチクリするグレコとギンロ。


「はいよ! 三人分で300ラム!!」


おばさんは、一番荷物が持てそうなギンロに、高原ベリーが入った紙袋三つを手渡した。


 おっと! お代を払わなくちゃ!!


 俺は慌てて、鞄から財布を取り出す。

 財布は嫌に分厚くて、中にはグレコの父ちゃんから頂いた、この世界のお金がたんまり入っているのだが……

 

 あ〜っとぉ……、お金の事、まだよく知らなかったな。

 とりあえず、財布の中には紙幣しか入って無いけど……

 紙面に「1000」って書いてあるから、これでいけるだろう、たぶん。


 紙幣を一枚、おばさんに差し出す俺。


「おやまぁ!? 紙幣をお持ちとはね! こりゃ驚いたよ!!」


んお? 何かまずかっただろうか??


「あの……、そのお金、使えますよね?」


不安気に尋ねるグレコ。


「あぁ、いやいや、使えはするんだよ! ただ、紙幣なんざ、ここらではあんまり見ないからね。珍しくて、少し驚いちまったのさ。すまないね、余計なこと言って」


すると、紙幣を受け取ったおばさんは、手元にある木箱をジャラジャラと漁り、九枚の金の硬貨と、一枚の銀の硬貨を取り出して、俺に手渡した。


「はい。お代90センスで、1000センスのお預かりだから、お釣りは910センスだね。毎度あり~♪」


なるほど、ふむふむ……

なんとなくだけど、この世界の貨幣の種類が理解出来たぞ。

 紙幣は一枚1000センスで、金貨は100センス、銀貨は10センスのようだな。

 たぶん、大きな町へ行けば、1万センス紙幣とか、きっとあるんだろうな〜。


 手元の金貨銀貨を眺めつつ、俺がそんな事を考えていると、隣に立つグレコが、サッと小さな革の巾着を差し出してくれた。

 硬貨はこれに入れておきなさい、というグレコの視線に従って、俺は金貨銀貨を巾着の中に入れ、財布と共に、大事に鞄の中へとしまった。










お店から少し離れた場所まで移動して、ギンロから高原ベリーの入った紙袋を一つ、受け取る俺。

 ワクワクしながら、高原ベリーを一粒取り出し、早速口へと運んでみると……


「オー! デリシャスッ!!」


思わず言葉が欧米化してしまうほど、高原ベリーは瑞々しくて美味しかった。

 口の中いっぱいに広がる、ジューシーな甘酸っぱい果汁に、俺は夢見心地な気分になった。


「もう、何言ってるのよ……。ほら、宿屋を探すから、ちゃんとついてきてね、モッモ」


 呆れた様にそう言って、歩き出すグレコ。


「大丈夫だグレコ、我が見張っておる」


 ギンロも、キリッとした様子で歩き出す。


 俺は、そんな二人の後ろを、パクパクと高原ベリーを食べながら歩く。

 周りを見て、本当に猫だらけだよな〜、なんて呑気に考えながら……


 するとしばらくして、不自然にチラチラと此方を見るギンロの様子に気付いたのである。


 さてはギンロ……、高原ベリーを食べたいんだな?


「ギンロも食べたら?」


 言わずもがな、ギンロは高原ベリーの袋を二つ持っているのである。

 食べたければ、食べるがよろし!


「……うむ。では、一粒」


パクッ、モグモグ


「ぬんっ!? なかなかに美味であるな……」


 鼻の穴を膨らませて、感激するギンロ。

 すると今度はグレコが、そんなギンロをチラリと見て……


「グレコもどうだ?」


「え? じゃあ……、いただこうかしら」


 グレコに一袋手渡すギンロ。


パクッ、モグモグ


「やだ!? 何これ!!? 美味しいぃ〜♪」


 満面の笑みで喜ぶグレコ。


「ふふん♪」


 俺は、勝ち誇ったように含み笑いをした。


ねっ? 買って良かったでしょ??

美味しいでしょ???


日が傾き始める中、高原ベリーを食べながら、俺たち三人は、宿屋を探しに村の奥へと歩いて行った。


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