85:マンドレイク、マンドラゴラ
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【マンドラゴラ】という魔物をご存知だろうか?
緑豊かな山間部に生息する、恐ろしい植物型魔物だ。
ナス科の【マンドレイク】という植物がある。
主成分として神経毒が含まれているその植物は、使い方次第で劇薬にも治療薬にもなるのだが、そのマンドレイクが魔物化したもの、それがマンドラゴラだ。
森を歩いていて、マンドレイクを見つけたら、気をつけて欲しい。
薬になるからと、安易に引き抜いてはいけない。
もしそれがマンドレイクではなく、魔物化したマンドラゴラだったら、果たしてどうなるか……
あなたは想像できるだろうか?
『世界植物魔物事典』より抜粋
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「よし、これでいいかな♪」
テレポート先であるダッチュ族の里の導きの石碑に、ポポから預かった小さな白い花束をお供えする俺。
本当は、亡骸を埋葬して、お墓を作るつもりだったのだが……
あの惨劇から数日経った今となっては、里にはもう、何も残っていなかった。
まだ周囲に血生臭さは残るものの、無惨な死体も無ければ、それに群がる虫型魔物もいない。
この先、きっとこの場所は、静かに、森の一部となって行くのだろう。
まるで最初から、何も無かったかのように……
前世の名残から、俺は両手の掌をピタッと顔の前で合わせて、黙祷する。
ポポの母ちゃん、父ちゃん……、そしてその他大勢の、犠牲になったダッチュ族の皆様方……
どうか、安らかにお眠りください。
そして、テトーンの樹の村で暮らす事になったポポ達を、お空から見守っていてあげてください。
なむなむ~………
「変な祈り方ね」
真面目に祈っている俺に向かって、グレコはかなり失礼な事を言った。
変って何さ!?
するとグレコは、俺の隣に膝を着き、両足とも立膝になって、胸の前で両手の指を絡めた繋ぎ方で黙祷している。
……うん、俺は仏教で、グレコはキリスト教ね。
「近くに魔物はいなさそうだ。とにかく、北へと向かおうぞ」
ギンロの言葉に、俺とグレコが頷いた。
小雨の中、北へと向かうモッモパーティー。
目指すは北西の港町ジャネスコ。
商船に乗せてもらって、南のパーラ・ドット大陸まで行く為だ。
虫型魔物がうようよといるこの森を、テクテクと歩いて行く。
途中、何度か不届き者の虫型魔物が襲ってきたが、我らがギンロ様の一刀両断により、旅は順調に進んでいた。
半日ほど北へ歩いて行くと、森の風景が少し変わってきた。
木々の数が減り始めて、そこかしこに見慣れない植物が姿を現し始めたのだ。
紫色の花をつけたその植物は、この辺りに群生しているらしく、四方八方、見渡す限り広がっている。
微かに漂うその香りから、何やら強力な毒素が含まれている事が分かる。
「これ、なんだろう? 凄くいっぱいあるね」
「恐らくだけど、マンドレイクじゃないかしら? 里の書物で見た事があるわ。なんでも、回復魔法や薬学に使われる薬草なんだけど、毒素が強いから、使い方には気をつけなくちゃいけないって……」
ちゃっかり物知りなグレコがそう言った。
ふむ、マンドレイクとな?
なんだか聞いた事があるような無いような、曖昧な響きの名前だな。
「なるほど、それで……。先程から少し、鼻がスーンとするのだ」
鼻をクンクンさせるギンロ。
その仕草はもう、犬丸出しである。
「あ、それ僕も〜」
「そうなの? 私は何も……?? 二人は鼻が効くからね、あんまり息しない方がいいんじゃない???」
え~、息しないなんて無理~。
てか、匂いのするしないは関係無くない?
吸っちゃ駄目なら、グレコも息しちゃ駄目よ??
「せっかくだから、少し採取して行こうかしら。エルフの村に持って帰れば、薬性ポーションの原料に使えるしね。モッモ、鞄を開けてちょうだい」
あ……、はい、こちらに入れておくのですね。
グレコに言われるまま、背負っていた俺の魔法の鞄を地面に下ろし、マンドレイクを引き抜くグレコの隣にドサっと置いた。
グレコは何やら、真剣な眼差しで選別しながらそれを引き抜いているので、俺が手伝う事は出来なさそうだ。
しばらく、時間がかかるかな?
ギンロとお喋りでもしておこうかと視線を向けたが……
「……ん? 何してんのギンロ??」
ギンロは、グレコに言われた通り、極力息をしないようにしているらしい、顔が妙に無表情だ。
うん、やっぱり君は十五歳だね、ギンロくん。
すると、俺のよく聞こえる耳が、誰かの……、何かの声を聞きつけた。
小さな小さなその声は、ウーン、ウーンと唸っているようで……
「ねぇ、何か声がしない?」
しかし、ギンロは首を軽く横に振る。
う~ん? おかしいなぁ??
キョロキョロと辺りを見回して、声の主を探す俺。
どうやらそれは、足元から聞こえてくるようだ。
ふと視線を下にやると……
「え? 何これ??」
何やら、紫色の花をつけた、橙色のつるんとした生き物が、土にまみれて苦しんでいるではないか。
つぶらな二つの目に、取って付けたような口と鼻。
その大きさは、俺の手に乗せられるほど小さい。
細い紐のような腕をバタバタさせて、湿った土から抜け出ようと必死にもがいている。
魔物……、なのだろうか?
それにしては可愛らしい姿だな。
ツルツルの人参みたいだ。
……何をしているんだろう?
うっかり土に埋まって出られない、とか???
すると、こちらに気付いたその生き物は、バッと両手を俺に向かって伸ばしてきた。
潤んだ瞳をキラキラさせて、まるで助けてくれと言っているようだ。
「君、そこから出たいの?」
俺の言葉に、コクンと小さく頷くその生き物。
くっ!? 可愛いなこいつっ!??
あまりの可愛さに、へらへらと笑いながら、俺はその生き物の小さな手を握って、ゆっくり上へと引っ張り上げた。
ポンッ! と小気味いい音がして、その生き物は地面から抜けた。
思っていた通りの小ささで、下半身は植物の根っこそのものだが、二股に分かれて足になっている。
不思議な生き物だなぁ〜。
植物の魔物だろうか?
言葉は話せないのかな??
なんて、俺が呑気に考えていると、そいつは俺の顔を見てニパッ! と笑い、そして………
「ジジッ、ジジジッ……、ジェッ!!!! ジェエェェ~!!!!!」
ぬぉおわぁああぁぁぁぁあっ!?!?
そいつは、何の前触れもなく、物凄い音量で奇声を上げ始めたではないか。
「なっ!? 何っ!!?」
グレコが咄嗟に叫ぶ。
ギンロが慌てて耳を塞ぐ。
せっ!? 世界の終わりだぁっ!!?
可愛らしい外見からは想像もつかないような、超音波のようなその甲高い金切り声に、あまりにビックリしすぎて失神寸前の俺。
「ジェエェェェ! ジェエェェェ!! ジェエェェェ!!! ジェジェッ!!!! ジェエェェェ~!!!!!」
耳がおかしくなるかと思われるほどの大きな鳴き声が、辺りに響き渡る。
俺もグレコも、その声に意識が飛びそうになりながら、なんとか両手で耳を塞いだ。
「なっ!? 何なのこいつっ!??」
「モッモ!? やってくれたわねっ!!? そいつはマンドラゴラよぉっ!」
マッ!? マンドラゴラだとぉおっ!??
その名前には聞き覚えがあった。
前世の記憶の中にある、ゲームや小説に登場する植物型の魔物の名前だ。
先程、マンドレイクという名前を聞いて、聞き馴染みがあるような無いようなと感じたのは、マンドラゴラという名前に似ているからだったのだ。
けど、マンドラゴラって確か……
はっ!?
鳴き声を聞くと死んじゃうっていうやつ!!?
やべぇえっ!?!?
「急ぎここを離れるのだっ! 仲間が目を覚ますっ!!」
仲間だとっ!?
それってもしかして……、ここに生えてる全部なんじゃっ!??
「離れるったって、これ全部、こいつらじゃないのっ!?!?」
足元にも、前にも後ろにも、右にも左にも、同じような紫色の花が咲いている。
見渡す限りの周囲全てに、その花の姿が確認出来るのだ。
しかも、先程までただの花だったはずのそれらが、何やらモゾモゾと動いているように見えて……
「ジジッ……、ジェェエェェ~!!!!!」
「ぎゃあぁあぁぁぁ~!?!??」
「きゃあっ!?」
「ぬぐぅっ!??」
こまっ!? 鼓膜が破れるぅっ!??
各々に耳を抑え、それでも尚聞こえてくる鳴き声に顔を歪ませながら、俺たちは全速力で走り出す。
しかし、辺りは一面マンドレイクの花畑。
どれがマンドラゴラなのか、どれだけ数がいるのか、どこまで逃げればいいのか、全く分からない。
すると、最初の一匹の鳴き声に反応して、花畑から次々と、マンドレイクに扮したマンドラゴラが姿を現し始めたではないか。
スポッ! スポスポッ!! スポポンッ!!!
小気味いい音を立て、地面から次々と抜き出てくるマンドラゴラたち。
「ジジッ、ジェエェッ!!」
「ジェッ! ジェッ!!」
「ジェエェェエェェ~!!!」
ひえぇえぇぇ〜〜〜!!!
いったい、どこへ逃げればいいんだよぅっ!?!?
あまりの鳴き声に意識が朦朧としながらも、前を走るギンロの背中を、俺は必死に追い駆けた。




