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85:マンドレイク、マンドラゴラ


 ***


 【マンドラゴラ】という魔物をご存知だろうか?

緑豊かな山間部に生息する、恐ろしい植物型魔物だ。


ナス科の【マンドレイク】という植物がある。

主成分として神経毒が含まれているその植物は、使い方次第で劇薬にも治療薬にもなるのだが、そのマンドレイクが魔物化したもの、それがマンドラゴラだ。


森を歩いていて、マンドレイクを見つけたら、気をつけて欲しい。

薬になるからと、安易に引き抜いてはいけない。

もしそれがマンドレイクではなく、魔物化したマンドラゴラだったら、果たしてどうなるか……

 あなたは想像できるだろうか?




『世界植物魔物事典』より抜粋


 ***










「よし、これでいいかな♪」


テレポート先であるダッチュ族の里の導きの石碑に、ポポから預かった小さな白い花束をお供えする俺。

 本当は、亡骸を埋葬して、お墓を作るつもりだったのだが……

 あの惨劇から数日経った今となっては、里にはもう、何も残っていなかった。

 まだ周囲に血生臭さは残るものの、無惨な死体も無ければ、それに群がる虫型魔物もいない。

 この先、きっとこの場所は、静かに、森の一部となって行くのだろう。

 まるで最初から、何も無かったかのように……


前世の名残から、俺は両手の掌をピタッと顔の前で合わせて、黙祷する。


 ポポの母ちゃん、父ちゃん……、そしてその他大勢の、犠牲になったダッチュ族の皆様方……

 どうか、安らかにお眠りください。

 そして、テトーンの樹の村で暮らす事になったポポ達を、お空から見守っていてあげてください。

 なむなむ~………


「変な祈り方ね」


真面目に祈っている俺に向かって、グレコはかなり失礼な事を言った。


 変って何さ!?


 するとグレコは、俺の隣に膝を着き、両足とも立膝になって、胸の前で両手の指を絡めた繋ぎ方で黙祷している。


……うん、俺は仏教で、グレコはキリスト教ね。


「近くに魔物はいなさそうだ。とにかく、北へと向かおうぞ」


ギンロの言葉に、俺とグレコが頷いた。


小雨の中、北へと向かうモッモパーティー。

目指すは北西の港町ジャネスコ。

商船に乗せてもらって、南のパーラ・ドット大陸まで行く為だ。


虫型魔物がうようよといるこの森を、テクテクと歩いて行く。

途中、何度か不届き者の虫型魔物が襲ってきたが、我らがギンロ様の一刀両断により、旅は順調に進んでいた。


半日ほど北へ歩いて行くと、森の風景が少し変わってきた。

木々の数が減り始めて、そこかしこに見慣れない植物が姿を現し始めたのだ。

紫色の花をつけたその植物は、この辺りに群生しているらしく、四方八方、見渡す限り広がっている。

微かに漂うその香りから、何やら強力な毒素が含まれている事が分かる。


「これ、なんだろう? 凄くいっぱいあるね」


「恐らくだけど、マンドレイクじゃないかしら? 里の書物で見た事があるわ。なんでも、回復魔法や薬学に使われる薬草なんだけど、毒素が強いから、使い方には気をつけなくちゃいけないって……」


 ちゃっかり物知りなグレコがそう言った。


 ふむ、マンドレイクとな?

 なんだか聞いた事があるような無いような、曖昧な響きの名前だな。


「なるほど、それで……。先程から少し、鼻がスーンとするのだ」


 鼻をクンクンさせるギンロ。

 その仕草はもう、犬丸出しである。


「あ、それ僕も〜」


「そうなの? 私は何も……?? 二人は鼻が効くからね、あんまり息しない方がいいんじゃない???」


え~、息しないなんて無理~。

てか、匂いのするしないは関係無くない?

 吸っちゃ駄目なら、グレコも息しちゃ駄目よ??


「せっかくだから、少し採取して行こうかしら。エルフの村に持って帰れば、薬性ポーションの原料に使えるしね。モッモ、鞄を開けてちょうだい」


あ……、はい、こちらに入れておくのですね。


グレコに言われるまま、背負っていた俺の魔法の鞄を地面に下ろし、マンドレイクを引き抜くグレコの隣にドサっと置いた。

グレコは何やら、真剣な眼差しで選別しながらそれを引き抜いているので、俺が手伝う事は出来なさそうだ。

しばらく、時間がかかるかな?


ギンロとお喋りでもしておこうかと視線を向けたが……


「……ん? 何してんのギンロ??」


ギンロは、グレコに言われた通り、極力息をしないようにしているらしい、顔が妙に無表情だ。

うん、やっぱり君は十五歳だね、ギンロくん。


すると、俺のよく聞こえる耳が、誰かの……、何かの声を聞きつけた。

小さな小さなその声は、ウーン、ウーンと唸っているようで……


「ねぇ、何か声がしない?」


しかし、ギンロは首を軽く横に振る。


う~ん? おかしいなぁ??


キョロキョロと辺りを見回して、声の主を探す俺。

どうやらそれは、足元から聞こえてくるようだ。

ふと視線を下にやると……


「え? 何これ??」


何やら、紫色の花をつけた、橙色のつるんとした生き物が、土にまみれて苦しんでいるではないか。

つぶらな二つの目に、取って付けたような口と鼻。

その大きさは、俺の手に乗せられるほど小さい。

細い紐のような腕をバタバタさせて、湿った土から抜け出ようと必死にもがいている。


魔物……、なのだろうか?

 それにしては可愛らしい姿だな。

 ツルツルの人参みたいだ。

 ……何をしているんだろう?

 うっかり土に埋まって出られない、とか???


すると、こちらに気付いたその生き物は、バッと両手を俺に向かって伸ばしてきた。

潤んだ瞳をキラキラさせて、まるで助けてくれと言っているようだ。


「君、そこから出たいの?」


俺の言葉に、コクンと小さく頷くその生き物。


くっ!? 可愛いなこいつっ!??


あまりの可愛さに、へらへらと笑いながら、俺はその生き物の小さな手を握って、ゆっくり上へと引っ張り上げた。

ポンッ! と小気味いい音がして、その生き物は地面から抜けた。

思っていた通りの小ささで、下半身は植物の根っこそのものだが、二股に分かれて足になっている。


 不思議な生き物だなぁ〜。

 植物の魔物だろうか?

 言葉は話せないのかな??


なんて、俺が呑気に考えていると、そいつは俺の顔を見てニパッ! と笑い、そして………


「ジジッ、ジジジッ……、ジェッ!!!! ジェエェェ~!!!!!」


 ぬぉおわぁああぁぁぁぁあっ!?!?


そいつは、何の前触れもなく、物凄い音量で奇声を上げ始めたではないか。


「なっ!? 何っ!!?」


グレコが咄嗟に叫ぶ。

ギンロが慌てて耳を塞ぐ。


せっ!? 世界の終わりだぁっ!!?


可愛らしい外見からは想像もつかないような、超音波のようなその甲高い金切り声に、あまりにビックリしすぎて失神寸前の俺。


「ジェエェェェ! ジェエェェェ!! ジェエェェェ!!! ジェジェッ!!!! ジェエェェェ~!!!!!」


耳がおかしくなるかと思われるほどの大きな鳴き声が、辺りに響き渡る。

俺もグレコも、その声に意識が飛びそうになりながら、なんとか両手で耳を塞いだ。


「なっ!? 何なのこいつっ!??」


「モッモ!? やってくれたわねっ!!? そいつはマンドラゴラよぉっ!」


マッ!? マンドラゴラだとぉおっ!??


 その名前には聞き覚えがあった。

 前世の記憶の中にある、ゲームや小説に登場する植物型の魔物の名前だ。

 先程、マンドレイクという名前を聞いて、聞き馴染みがあるような無いようなと感じたのは、マンドラゴラという名前に似ているからだったのだ。


 けど、マンドラゴラって確か……

 はっ!?

 鳴き声を聞くと死んじゃうっていうやつ!!?

 やべぇえっ!?!?


「急ぎここを離れるのだっ! 仲間が目を覚ますっ!!」


 仲間だとっ!?

 それってもしかして……、ここに生えてる全部なんじゃっ!??


「離れるったって、これ全部、こいつらじゃないのっ!?!?」


 足元にも、前にも後ろにも、右にも左にも、同じような紫色の花が咲いている。

 見渡す限りの周囲全てに、その花の姿が確認出来るのだ。

 しかも、先程までただの花だったはずのそれらが、何やらモゾモゾと動いているように見えて……


「ジジッ……、ジェェエェェ~!!!!!」


「ぎゃあぁあぁぁぁ~!?!??」


「きゃあっ!?」


「ぬぐぅっ!??」


こまっ!? 鼓膜が破れるぅっ!??


各々に耳を抑え、それでも尚聞こえてくる鳴き声に顔を歪ませながら、俺たちは全速力で走り出す。

しかし、辺りは一面マンドレイクの花畑。

どれがマンドラゴラなのか、どれだけ数がいるのか、どこまで逃げればいいのか、全く分からない。


すると、最初の一匹の鳴き声に反応して、花畑から次々と、マンドレイクに扮したマンドラゴラが姿を現し始めたではないか。


スポッ! スポスポッ!! スポポンッ!!!


小気味いい音を立て、地面から次々と抜き出てくるマンドラゴラたち。


「ジジッ、ジェエェッ!!」


「ジェッ! ジェッ!!」


「ジェエェェエェェ~!!!」


ひえぇえぇぇ〜〜〜!!!

いったい、どこへ逃げればいいんだよぅっ!?!?


あまりの鳴き声に意識が朦朧としながらも、前を走るギンロの背中を、俺は必死に追い駆けた。


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