789:真夜中配送社[ミッドナイト・デリバリー]
「なははははっ! ひっさしぶりだなぁ、ノーチェ!! 何年ぶりだっ!? 相変わらず逆さまなんだなぁっ!?? てか、よくここが分かったな!!! おいら、今はもう響石持ってねぇんだけど……?」
いつも通りヘラヘラと笑いながら、天井を見上げて、カービィはそう言った。
その視線の先にいるのは、俺が見た事の無い姿、出会った事の無い種族の者だった。
細長く骨張った足の指先に生える鋭い爪を天井の隙間に引っ掛けてぶら下がり、逆さまになった状態で此方を見下ろしているその姿は、どこからどう見てもコウモリだ。
光沢のある艶やかな黒をした体は俺よりも小さく、腕があるべき場所にはビニールのようなツルンとした質感で、折り畳み傘のように収納可能な節のある大きな翼が生えている。
顔は、大きく真っ赤な目、ツンと上を向いた豚のような鼻、裂けているのかと思うほどに大きな口と、馬鹿にでかくて薄い耳。
一見すると魔物のようにも見えなくはないが、制服のようなキチッとした衣服を身に付けているので、おそらく獣人に分類されるのだろう。
上半身に赤いチェック柄のチョッキ、下半身にも同じ柄の短パンを履いており、頭の上にはこれまた同じ柄の小さな唾のある帽子を被っているのだが、それは逆さまでも落ちないようにとベルトで顎に固定されている。
背中には、小さな体には似合わない、大きな、パンパンに膨れ上がった革のリュックを背負っており、とても重そうだ。
そして………
「いやはや、本当にお久しぶりでっ! 私の記憶が正しければ、およそ5年と3ヶ月ぶりでございます!! 相も変わらず逆さまですとも、それが我々【ワトワト族】の習性でございますから!!! ここへはボナーク様の響石を頼りにやって参りましたです、はいっ!!!!」
まるで超音波のような甲高くて耳障りな声で、ノーチェと呼ばれたコウモリ獣人はそう言った。
俺が、窓に張り付くノーチェに驚いて、野太い声で叫んだのがおよそ1分前。
その声を聞いて、慌てて駆け付けてくれたカービィ、ギンロ、ティカの三人。
ノーチェの姿を見て、すぐさま戦闘モードになったギンロとティカだったが、カービィが二人を制止した。
そしてカービィは、「顔見知りだ!」と言って、ヘラヘラと笑いながら窓を開け、ノーチェを船内へと引き入れたのだった。
「良かったわね、カービィの知り合いで」
少しばかり怯えたままの俺に目配せしながら、グレコがニヤニヤと笑いながらそう言った。
「何者だ?」
威圧感たっぷりな声色で、ティカが尋ねる。
「おとととっ!? こりゃ失敬!」
慌てた様子でノーチェはそう言うと、バサバサと音を立てながら、翼の先にある小さな手でチョッキの内側を探り、小箱を一つ取り出して開くと、中から小さな紙切れを1枚引き抜き、ティカにそれを差し出した。
ティカは、まじまじとそれを見て、眉間に皺を寄せた。
何が書いてあるんだろう?
確かティカは、公用語が読めるはずだけど……??
まさか、読めないんじゃ……???
「真夜中配送社? ……なんだ、これは??」
紙面の文字を声に出して読んだティカは、くいっと首を傾げた。
ミッドナイト、デリバリーだと?
それってつまり……、配達屋さんって事なのかしら??
「挨拶が遅れまして、申し訳ありませんです、はい。初めましての皆々様、どうもこんばんは。私めは、全世界対応の夜間配送会社、【真夜中配送社】所属の配達員、ノーチェ・ラーゴでございます。種族名はワトワト族、学術名を【マジク・メガバット】と申します。我が社は夜間専門の速達配送社でございまして、巷では『伝書バット』という通称で呼ばれる事もございます。以後、お見知り置きを」
若干早口でそう言って、ノーチェはぺこりとお辞儀をした。
伝書バット? はて??
何度か聞いた事のあるワードだぞ???
どこで聞いたのか、全く思い出せないけど……
するとティカは、手に持っていた紙切れを俺に手渡して来た。
おそらくこれは、名刺なのだろう。
紙面には、荷物を背負ったコウモリを模したロゴマークの横に、『真夜中配送社』の印字があって、その下に『一級配達員』という文字と、ノーチェの名前が書かれている。
「ふむ……。して、ノーチェ殿は、何用があってここへ? この様な夜更けに??」
胸の前で両腕を組み、尋ねるギンロ。
たぶんだけど……、今の質問から察するに、ギンロは、ノーチェの自己紹介の内容が全く理解できていないに違いない。
だからそんな、当たり前な質問ができるのだ。
夜間専門の配達屋さんだって、今ノーチェが説明してくれたじゃないか!
だからきっと、誰かに、何かを配達しに来てくれたんでしょっ!?
すると、ギンロの問い掛けを華麗にスルーしたノーチェは、背中に背負っている大きな革のリュックをごそごそと漁って、中から小さな茶色の小包を取り出し、俺に差し出した。
「えっ!? 僕っ!??」
予想外の事に、ビクッと体を震わせて、硬直する俺。
なんで俺っ!?
誰が、何を送ってきたの!!?
「はい! ピグモル族のモッモ様へ、白薔薇の騎士団副団長ノリリア様から、お届け物でございます!!」
ニコリと笑うノーチェ。
(ノーチェのコウモリスマイルは、口が異様に横に引っ張られている感じで、ちょっと怖い……)
ノリリアから!?
それもまたなんでっ!??
訳が分からず、差し出された小包を受け取る俺。
小包には見た事のある字で、《モッモちゃんへ、ノリリアより》と書かれている。
「ノリリアから? 何かしら……??」
開けてみろと言わんばかりの周囲の視線を受けて、俺は小包の紐を解いた。
すると中には、どこかで見たような形の、麻紐で繋がった赤褐色の石が二つと(たぶん、カスタネットだこれ)、折り畳まれた羊皮紙が一つ。
「ありゃ? 響石じゃねぇか?? なんで???」
首を傾げるカービィ。
俺は、カービィの言葉はスルーして、カサカサと折り畳まれた羊皮紙を開き、中を確認した。
《モッモちゃん、お久しぶりポ。と言っても、まだ数日しか経っていないポが……。モッモちゃん達は、今はまだ海の上ポね? あたちは、アーレイク島の封魔の塔の調査地にいるポよ。それで、手紙を書いた理由ポが…… 単刀直入に言うポ! モッモちゃんに、試して欲しいことがあるポよ!! ピタラス諸島の第三諸島であるニベルー島から、第四諸島であるロリアン島までの内海航路で、幽霊船と遭遇した事を覚えているポ? あそこには、元ハイエルフで、今現在は呪いの力で体が煙化してしまっている乗組員達が、まだ船で待っているはずポが…… モッモちゃんには、一度あの幽霊船に戻ってもらって、彼らの煙化の呪いが解けるかどうか、試して欲しいのポ!!!》
おおんっ!?
呪いが解けるかどうか、試して欲しいだとっ!??
俺が……、どうやってさ!?!?




