753:嫁候補
「駄目ですっ! ピュア・オカカは、ピタラス諸島原産の特定保存植物ですっ!! よって、私益を目的とした苗木および種子の取引は、世界貿易法で禁止されていますっ!!!」
見るからに融通が効かなさそうなガリ勉タイプの、分厚い眼鏡をかけた女ドワーフが、ピシャリと言い放った。
「そこをなんとかっ! 秘密裏に頼むっ!!」
食い下がるテッチャ。
「駄目ですっ! 法律に違反しますっ!! 我々ドワーフの名誉の為にも、断じて看過できませんっ!!!」
折れない眼鏡女ドワーフ。
「そこをなんとかっ! 王家の者の頼みじゃぞっ!?」
権力をちらつかせながら、尚も食い下がるテッチャ。
「尚更駄目ですっ! 王家の者が法律を破ったと世間に知られれば、デタラッタの名は地に落ちるでしょう!! あなた、第一王子だかなんだか知りませんが、恥を知りなさいっ!!! 恥をぉっ!!!!」
ビシィッ! という効果音が鳴り響きそうなほど真っ直ぐに、テッチャの鼻頭を人差し指で差して、叫んだ眼鏡女ドワーフ。
見た目には、歳の頃はかなり若そうなのだが……、このピタラス諸島支部の代表らしく、かなり真面目で、責任感の塊! って感じである。
その言葉、相手が王家の者であるというのに全く怯まない高圧的なその態度に、先に折れたのはテッチャの心の方でした。
「くぅ……、駄目か……、ぬぅうぅぅ~………」
めっちゃ悔しそうな顔で、地面の一点を見つめるテッチャ。
はぁはぁと肩で息をしながら、興奮を冷ます途中の眼鏡女ドワーフ。
バコロ先生を含め、そんな二人の攻防を、ハラハラしながら見守る事しかできないドワーフ達。
そして、色んな意味で、沈黙する俺とギンロ。
さて……、何故こんな事になったのかを簡単に説明しよう。
テッチャがここ、ドワーフ貿易商会ピタラス諸島支部に足を運んだ真の目的は、ピュア・オカカと呼ばれる果物の苗木を手に入れる為だった。
知人であるバコロ先生に挨拶したい、というのは完全なる建前で、ここへ来る口実でしか無かったようだ。
なら最初からそう言えばいいのにって思ったけど、金儲けの為だと邪推されるのが嫌だったそうで、素直に言えなかったらしい。
というのも、今回は金儲けの為では無いそうだ。
ピュア・オカカの果実は、それはもう甘くて美味しいらしく、それを使ってテッチャが故郷のデタラッタでよく食べていたお菓子を作り、テトーンの樹の村のピグモル達に振る舞いたいらしい。
そのお菓子の名はガトーショコラ。
俺の前世の知識が正しければ、それは濃厚なチョコレートケーキのはず。
つまりピュア・オカカとは、チョコレートの原料であるカカオ、だと思われる。
……話を戻そう。
そのピュア・オカカの苗木を分けて欲しいと、テッチャはバコロ先生に掛け合った。
しかしバコロ先生は医者であり、ここの責任者では無い為に、その要望には答えられないと言う。
仕方なくテッチャは、この集落をまとめている支部長に、直々に掛け合ってみる事にしたのだが……
残念ながら彼は、今目の前で撃沈してます、はい。
まぁ、法律があるのなら仕方が無いさ、眼鏡女ドワーフちゃんの言っている事は至極まともだ。
そして、テッチャが権力をかざして強引に事を進めるやり方は、やっぱり間違っていると俺も思う。
つまり……、うん、やっぱり眼鏡女ドワーフちゃんが至極まともなのである(2回目)
しかしながら、意気消沈してシュンとしているテッチャを見ていると、可哀相というか何というか……
これまでいつも、豪快に、自分の思い通りに事を進めてきたテッチャを知っているだけに、こんなにけちょんけちょんに言われて、項垂れている姿なんて見た事が無いから……
今回は金儲けが目的では無いだけに、なんだか不憫に思えてしまう。
その時だった。
俺はふと、気付いた。
ん? あれ??
ピュア・オカカってつまり……、オカカの実、だよな???
いつぞやの森で、ゴリラ顔の女ケンタウロスが振る舞ってくれた焼きオカカの実。
それがもう美味しくて美味しくて、グレコと二人でバクバク食べた記憶がある。
そして、グレコの無茶振りを、ケンタウロスの彼女は快く引き受けてくれて……
彼女は、オカカの実の苗木を5本、俺に譲ってくれたのだ。
大層大きなその苗木を、俺とグレコの二人で力を合わせて、俺の神様鞄の中に無理矢理に押し込んだ記憶があるぞ。
おおおおっ!?
今気づいたけど、もしかすると俺……、いやもしかしなくても!!?
ピュア・オカカの苗木、持ってるぅうっ!!??
項垂れるテッチャを、尚も鋭い視線で睨み付ける眼鏡女ドワーフ。
俺は静かに前に歩み出て、彼女に問い掛ける。
「あの……。そのピュア・オカカっていうのは、この島に生えている木なんですか? それとも別の島の……??」
敢えて知らないフリ作戦である!
正直、嘘をつくのは気がひけるが……
仲間のテッチャの為なのだ!!
仕方があるまいっ!!!
「ピュア・オカカの原産地はニベルー島で、アーレイク島には存在しない植物です」
眼鏡女ドワーフの答えに、俺は右手でギュッと拳を握り締める。
よっしゃ!
ニベルー島産のオカカの木なら、俺は持ってるぜぇっ!!
「テッチャ、もう諦めろ。ここの長が無理だと申しておるのだ、引くべきである」
ナイス、ギンロ!
そうだぞテッチャ!!
大丈夫、俺が持ってるから!!!
「うぬぬぬぬ……、し、仕方ない…………。おいっ! お前さん、名はなんというんじゃっ!?」
テッチャは威圧的な態度で、眼鏡女ドワーフに向かって指を差し、問い掛けた。
はっ!?
テッチャ、何する気っ!??
まさか……、王家の者に仇為す者は成敗するっ! とか言う気なんじゃ……!?!?
「わっ!? 私はっ!!? …………私の名は、チノイ。チノイ・シーダ、です」
めちゃくちゃ動揺した様子で、答える眼鏡女ドワーフ、改めチノイ。
そりゃそうだ、第一王子の頼みを断ったんだもの、その上で名前なんて尋ねられちゃ~、構えるよね。
チノイと、その周りを囲うドワーフ、そして何故か俺までもが、テッチャの次の言葉を待ち、心臓をドキドキさせる。
が、しかし……
「チノイか、覚えておこう……。邪魔したのぅっ! モッモ!! 帰るぞっ!!!」
はぇ? それだけ??
どうしてだか分からないけど、1秒前までシュンとしていたはずのテッチャは、コロッと上機嫌になってそう言った。
そしてクルリと背を向けて、集落の出口へと歩いて行こうとするではないか。
何が……、何なの???
「世話になった」
ギンロもペコリと頭を下げて、テッチャについて行く。
え? えっ?? 帰るの???
俺、チノイ、バコロ先生、その他のドワーフ達は、何が起きたのか分からずポカーン。
だけど、俺は二人について行かなければならないので……
「あ、えと……。あははっ! それじゃあまたっ!!」
ポカンとするドワーフ達に向かって、よく分からない別れの挨拶をした俺は、慌ててテッチャとギンロの後を追った。
集落をぐるりと囲う木製の柵、その一部に設けられた木製のアーチの外側で、テッチャとギンロは足を止めていた。
追いついた俺に向かってテッチャは……
「モッモ、すまんかったな、無駄足になってしもうて」
苦笑いしながらそう言った。
「お……、ううん、いいよ。それよりさ、さっきの苗木の事なんだけど」
「あ~、まぁ~もういいんじゃ! 仕方ないでの!! チノイの言うとる事が正しい、大人気なく駄々をこねたわしが悪かったんじゃ!!!」
あ……、えと、そうじゃなくて……
俺ね、その苗木をね、持ってんだよね。
「まぁそれに……、全くの無駄足とはならんかったからの、ガハハハハッ!」
またしても、上機嫌に笑うテッチャ。
意味が分からん……
「何か得たものがあったと?」
ギンロが尋ねる。
するとテッチャは、焦げ茶色の頬をポッとピンク色に染めてこう言った。
「うむ……。わしの、未来の嫁候補を見つけたからの、ふふふふ」
…………は? 嫁候補??
何が、誰が……、まさか、チノイが???
「なるほど、それで名を尋ねたのだな?」
妙に理解が早いギンロ。
「ガハハッ! そうじゃ!! いや~、なかなかに肝が座った女ドワーフじゃったの!!! こりゃ~、次代のデタラッタも安泰じゃて!!!! ガハハハハハハッ!!!!!」
あ~……、えと~……、うん……
いろいろ言いたい事はあるけれど、とりあえず一言だけ。
まだ結婚出来るって決まってないぞっ!?
チノイにも選択肢はあるんだからねっ!!?
それこそ王家の権力をちらつかせようもんなら、あのチノイの事だ、絶対に嫌われちゃうよっ!?!?
(三言になっちゃいました、ははは)
こうして、俺とテッチャとギンロのプチ遠征は、不発に終わったのでした。
そしてテッチャは……
「手ぶらではテトーンの樹の村へ帰れん! わしもフーガに行くぞっ!! せっかく外界に出たんじゃて、皆に土産を持って帰らんとなっ!!!」
という事で、テッチャも魔法王国フーガへ同行する事となったのです。
あ……、てかその、ピュア・オカカの苗木がね、俺の鞄の中にね、その……、ゴニョゴニョゴニョ。




