706:再スタート
気を付けろって……、何を気を付けろってんだ?
もう試練は終わってるんだから、この先には危険なんてないはずだ。
……え、あるのか、危険が??
イヤミーが残していった意味深なセリフに、俺の小ちゃなマイハートがドキドキと音を立てる。
だけどもノリリアは、
「ポポゥ、なんだポ、あいつ? めちゃくちゃ態度悪いポね」
イヤミーの言葉など全く気にしておらず、代わりにその態度に腹を立てているらしく、イヤミーが居なくなった何も無い空間を睨みながら呟いていた。
俺の考え過ぎ……、かしらね???
「ははは……、ま、まぁ、いつもの事だよ。それよりほら、結界が解けた!」
「ポッ! 助かったポね!!」
イヤミーの事は気にするだけ無駄なので、俺もノリリアも扉に視線を向ける。
目の前の金の扉は、やはり今までの扉とは少し違っていた。
まず……、小さい、とても小さい。
階下の試練の間へと続く扉は、少なくとも天辺まで3メートル以上はあったのだが、今目の前にある扉は、せいぜい2メートル弱ほどだろう。
たぶん、ライラックの身長とさほど変わり無い。
それに伴って横幅も狭く、片開きで、可愛らしい丸いドアノブがついている。
次に、扉の表面には、レリーフなどの模様は一切無い。
ツルンとした凹凸のないそれは、まるで鏡の様にこちらを映している。
そして何処となく立体的で、物質的で……、なんていうか、これまでの金の扉は、どちらかというとまるで幻覚のような、ホログラムのような、フワッとした印象の扉だったのだが、この目の前の扉はずっしりとした重みのある印象だ。
それはまるで、覚悟の無い者はこの先へ入るな! と、警告しているかのように俺には思えた。
「中に何があるのか分からないポ。ライラックはここで待機しててポよ」
ノリリアの言葉に、ライラックは無言で頷く。
「さぁ、行くポよっ!!!」
意を決して、ドアノブを握るノリリア。
そ~っと、回してみると……
ガチャリ
「開いたポッ!?」
「開いたぁあっ!!?」
あまりに普通に開いたので、俺とノリリアは逆に驚いて叫んだ。
ゴクリと生唾を飲み、ゆっくりと扉を開くノリリア。
扉の向こう側に現れたのは……?
「ポ……、ポポゥ、これは……??」
「……へ、部屋???」
そこは、部屋だった。
めちゃくちゃ普通の……、どちらかというと狭い、ただの部屋だ。
具体的に説明すると、広さは十畳程度で、床は板間のフローリング、壁は白い漆喰塗りのような感じで、右側には作り付けの大きな本棚が二つ並んでおり、左側にはゆったりとした書斎用の机が置かれている。
そして、二階があるのだろうか、向かい側の壁には階段が設置されており、その階段下にあるスペースには、大きなガラス窓のついた扉があって、その窓から見えるのは……、んんん!?
「ねぇノリリア……。あの景色って……?」
「ポポゥ、気付いたポか? まさかとは思うポけど、あれは……、フゲッタの街並み??」
俺の予想通り、それは魔法王国フーガの王都である、フゲッタの街の風景だ。
一度見たら忘れる事は無いだろう、淡いパステルカラーのキラキラとした街並みが、窓の外には広がっている。
俺とノリリアは、意を決して、静かに部屋の中へと入った。
その際、なんかこう、グニャッてなる気持ち悪い感覚を、額のこめかみ辺りに感じた。
「んあ? なんだろう今の??」
頭をプルプルと横に振る俺。
それ以外は特に何とも無いので、ゆっくりと歩を進めながら、部屋の中を慎重に見ていると……
「ポポ、モッモちゃん……。へ、平気ポ?」
嫌に弱々しい声を出すノリリア。
振り返ると、扉から部屋にニ歩入った場所で、ノリリアは酷く顔を顰めながら疼くまり、頭を押さえているではないか。
顔色も、一瞬にして真っ青になっている。
「どっ!? どうしたの!??」
驚いた俺は、慌ててノリリアに駆け寄った。
ノリリアの体は、小刻みに震えている。
「ポポポ、頭が……。ここは、空間の歪みがとてつもないポね。一旦戻るポよ」
ノリリアは、フラフラとした足取りで昇降機内へと戻り、俺も後に続いた。
昇降機で待機していたライラックがこちらに気付き、フラフラとするノリリアに手を差し伸べた。
ノリリアはライラックの手を取り、静かに床に腰を下ろす。
「ありがとポ。ふぅ……。なかなかに強烈な場所だったポね。まだ頭の中がグルグル回ってるポよ。とてもじゃ無いけれど、あたちはあそこには居られないポ……」
下唇を噛みながら、凄く悔しそうな様子で、ノリリアはそう言った。
まだ気分が優れないようで、立ち上がる事も出来ずに、額に手を当てたまま項垂れている。
「そんな……。せっかくここまで来たのに……?」
なんとも言えない気持ちになって、俺はギュッと拳を握り締めた。
先程、扉を通った瞬間に感じた、あのグニャッという気持ち悪い感覚。
あれが恐らく原因だろう。
俺は、気持ち悪いな〜くらいで済んだのが、ノリリアは駄目だったらしい。
くっそ〜、あとちょっとなのに!
この塔の攻略は、ノリリアの宿願なのだ。
ノリリアじゃないと、意味が無い……
ノリリア自身が、ちゃんと、求める物を見つけられないと、ここまで来た事が無駄になっちゃう!!
「ポポゥ……。ライラック、試しに行ってみてポ? もし平気なら、モッモちゃんと中を探索して欲しいポよ」
ノリリアの言葉に、ライラックは……
「大丈夫」
そう言って、その大きな手をノリリアの頭の上にポンッと置いた。
「ポ? 何ポ??」
怪訝な顔で、ライラックを見るノリリア。
すると、ほんの一瞬、ライラックの掌から光が放たれたかと思うと……
「ポ……、ポポッ!? ポポポゥッ!!?」
突然ポポポポ言ったかと思うと、ノリリアはスッと立ち上がった。
「だっ!? 大丈夫なのっ!??」
ほんの数秒前とは別人なその様子に、俺は焦る。
しかしながらノリリアは、わさわさと体を動かしながら、顔色も随分と良くなっていて……
「治ったポッ!?!?」
「えぇえっ!?!!?」
嘘だっ!?
今の今まで死にそうな顔してたのにっ!??
「ライラック!? 何したポよっ!??」
ノリリアの問い掛けに、ライラックはにんまりと笑い、人差し指をピンと立てて口元に当て、シーッというポーズをとった。
つまり……、秘密ってこと?
「ポポ、何だかよく分からないけど……、ありがとポッ! 今なら行けそうポよ!!」
「えっ!? 本当にっ!!? 入ったらまた同じ事になるんじゃ……?」
「大丈夫ポ! なんとなくだけど……、体がこう、スッと軽くなっているポよ!! 次はきっと大丈夫ポッ!!!」
……本当かなぁ?
さっきの部屋、何がどうなのか俺には分からないけれど、また気分悪くならない??
……てか、ライラックのやつ、いったいノリリアに何したんだ?
掌が光っていたけど、治癒魔法か何かかな??
ライラックが、治癒魔法……、筋肉馬鹿のくせに???
それに、ここは封魔の塔だ、魔法は使えないはずでは????
むむむ……、謎過ぎる。
「ポ? リブロ・プラタはどこポ??」
え?????
周囲を見渡すも、リブロ・プラタの姿はどこにも無い。
ついさっきまで、この辺りでフワフワ浮いてたのに……
「中に」
ライラックはそう言って、金の扉を指差した。
「ポ!? 中に入って行ったポか!??」
えっ!? そうなのっ!!?
いつの間に!?!?
どうやらリブロ・プラタは、俺とノリリアと一緒に扉をくぐり、中へと入ってしまったらしい。
しかし……、何故中に?
「と、とりあえず……。大丈夫そうなら、もう一度行ってみようよ。中を探索して……、えと……、何を見つければいいんだっけ?」
そもそもが、俺は、ここへ何を探しに来たのかよく分かってない。
解呪の方法を探しに来たわけだけど、それっていったいどんな物なのだろう?
書物??
あるいは石版だろうか???
「ポポ、あたちにも、求める物がどんな形をしているのか分からないポよ……。ポッ!? そうポよっ! モッモちゃんの羅針盤で探してポッ!! ほら、精霊が宿っているやつポッ!!!」
「あっ! その手があったね!!」
毎度の事ながら俺ってば、便利な神様道具の存在をすっかり忘れていたぜ!
俺は、首に引っ提げている羅針盤を胸元から引っ張り出し、心の中で願う。
俺達が求める、解呪の方法の在処を教えてください!!
すると、羅針盤の金の針は、真っ直ぐに金の扉を指した。
「よしっ! 行こうノリリア!! 解呪の方法を見つけよう!!!」
「ポポッ! ライラック、待っててポッ!! 行くポよ、モッモちゃん!!!」
封魔の塔、最上階、第八階層。
ノリリア、モッモ……、探索調査、再スタート!




