656:「嫌な匂いがしやす」
『第二の試練は至極簡単である! 挑戦者全員で、この扉の先に広がるダンジョンより、上階に向かう為の鍵を探してくるのだ!!』
ほう!? ダンジョンとな!!?
いよいよ塔の攻略って感じになってきましたなっ!!!
「ポポ、鍵? 鍵というのは、先程の第一階層にて与えられた、あの白い宝玉と同じ物ですポか??」
『如何にも! しかしながら、宝玉の種類は違っている!! 即ち、違う色の宝玉を探せ!!!』
ふむ、違う色……
どうせなら何色か教えてよ、勿体ぶらずにさ。
「第一階層の裁定の間に続く扉には、グリフォンの紋章が刻まれていた。そして今回は、同じような扉に小鬼の紋章が……。つまりこの先には、小鬼が待ち構えていると?」
マシコットの質問に、リブロ・プラタは目を細めてゆらゆらと揺れる。
『この先に何が待ち構えているのか、はたまた何も待ち構えていないのか……、我は答えられぬ』
出たよ、お得意の言えません攻撃。
全然ヒントくれないよなぁ~。
『しかしながら、一つだけ忠告しておこう』
お? ヒントをくれるのかい??
『眠る子を、起こすべからず』
……は? え?? それだけ???
「それだけ? どういう意味なの??」
グレコがそう尋ねるも……
『これ以上は何も言えぬ。我は塔の番人、兼案内役であるからして、貴様らに助言を与える権利は無い!』
リブロ・プラタは偉そうに断言した。
言っている事は全くもってカッコよくないのに、自信満々な様がなんとも滑稽だ。
「グリフォンの紋章の扉の先には、幻影とはいえ、グリフォンが存在していた。ならば、この扉の先には小鬼が存在していると考えるのが妥当でしょう」
パロット学士の言葉に、俺はちょっぴり驚いた。
まさか、第一の試練で対峙したあの巨大グリフォンが、幻影だったなんて……
今の今まで知らなかったぞ!
てっきり、本物だとばかり思っていたのに……
何故、誰も教えてくれなかったんだ!?
「ポポゥ、小鬼ポか……。種類にもよるポが、魔法が使えない今の状況を考えると、かなり不利な試練ポね」
難色を示すノリリア。
小鬼といえば、タイニック号の航海士であるライラがそうだ。
だけどライラは、他種族と小鬼とのパントゥーだったはず。
となると、純血の小鬼はあんな感じでは無い、という事か……?
種類にもよるって……、何が?? 危険度が???
「したらば、自分とギンロで先頭を行きやしょう。危険あらば、すぐに引き返せばいいでさ」
ライラックが、ギンロに目配せしながらそう言った。
ギンロは、ようやく我の出番だな? とでも言いたげな、ムフフな顔をして、ずしずしと歩み出てくる。
「ポ、二人とも頼むポよ」
ライラックとギンロに先頭を譲るノリリア。
『準備は出来たか!? ではこれより、第二の試練、開始!!』
リブロ・プラタの水色の一つ目がカッ!と見開き、光を放つと、目の前の扉がゆっくりと開いた。
その先に続いているのは、先ほどとは全く違う、暗い空間だ。
そして何故か、苔むしたような湿っぽい匂いを、俺のよく効く鼻は嗅ぎ取っていた。
んんん? なんだこの匂い??
まるで洞窟の中みたいな感じの匂いだな……
いやいや、まさかね。
だってここは塔の中、建物の中なんだし……、有り得ないよ。
ゆっくりと歩き出すライラックとギンロ。
その後に続く、ノリリア、パロット学士、インディゴとロビンズ。
その後ろに、俺とグレコとテッチャ、最後尾にカービィとマシコットが続いた。
全員が扉をくぐると、後方の扉はゆっくりと閉まって、周囲は真っ暗になってしまった。
「ぬっ!? これでは何も見えやせんな」
ライラックが呟く。
夜目が効く俺でも、急に暗くなると慣れるまで時間がかかる為、なかなか周りが見えてこない。
しかしながら、何故か後方が明るい事に俺は気付く。
光の出所は、メラメラと燃えるマシコットのお顔だ。
すぐさま全員がその事に気付いて、全員の視線が最後尾のマシコットに向かった。
「あ~……、ランプ! ランプに火を灯しましょう!! 皆さん、ランプを出してください!!!」
どうやらマシコット、先頭を行きたくはないらしい、あせあせとそう言った。
騎士団のメンバーは各々の荷物をごそごそと漁り、それぞれに手持ちのランプを取り出した。
グレコとテッチャも持っていたらしく、取り出している。
マシコットは精霊の力で、順番に、全てのランプに火を灯していった。
明かりが増えた事によって、ようやく周囲の様子が見て取れるようになった。
そして気付く、異様な事態……
「ちょっと……、え? ここって塔の中よね??」
手に持ったランプで周囲を照らしながら、少々困惑気味な声色でそう口に出したのはグレコだ。
「ポポゥ……、予想はしていたポが、まさかここまで強大な空間魔法が行使出来るとは……。さすがは大魔導師アーレイク・ピタラス……、恐れ入ったポね」
同じく、ランプで足元を照らしているノリリアが呟く。
そこにある地面は、先程までの赤銅色の金属でできた平な床ではなく、凸凹とした岩肌である。
しかも、ちょっぴり湿っているらしく、ランプの灯りをテラテラと反射している。
「空間魔法というよりかは、異空間に繋がっていると考えた方が良さそうですわね。ここは完全に、洞窟の中ですわ」
インディゴの言葉は、紛れもない真実だった。
塔の2階に居たはずの俺たちだったが、扉を抜けたその先は、全く見知らぬ洞窟だったのだ。
うへぇ~……、匂いが変だな~とは思ったけど、まさか本当に洞窟だとは……
え? どういう仕組みなの??
インディゴは異空間って言ったけど……、さっきの扉がまさか、どこでもドア~♪ っていう未来の道具だったわけ???
「とりあえず進もうぜ~。戻る為の扉が無くなっちまったから、進むしかねぇよ」
いつもの調子で、緊張感のない声を出すカービィ。
「ポポ! ライラック、ギンロちゃん、前に進むポよ!!」
ノリリアの号令で、俺たちは歩き出した。
しっとりとした空気が漂う、真っ暗な洞窟の中を、慎重に。
そして進む事しばらく、俺はその存在に気付いた。
まだ距離はあるものの、何処からか聞こえてくる奇妙な音。
グォ~、グォ~という、まるでイビキのような音だ。
しかも、どうやら一つではなさそうで……
「ね、ねぇグレコ……。なんだか、嫌な予感がするんだけど……?」
隣を歩くグレコの服の裾を、俺は思わず掴んでいた。
「何か……、いるわね」
グレコも何かを感じ取っているらしい。
ランプで辺りを照らしながら、視線を巡らせている。
そして……
「止まってくだせぇ」
そう言って、ライラックが歩みを止めた。
それと同時に、ギンロは背中に装備している魔法剣に手を伸ばした。
「ポポ、どうしたポか?」
まだ異変に気付いていないノリリアが尋ねる。
「嫌な匂いがしやす」
虎の鼻をヒクヒクさせて、ライラックが言った。
そう言えば先程から、周りの空気に、どことなく脂っぽい臭いが混じっている。
何日も何日もお風呂に入ってないおじさんの頭みたいな、コテコテした臭いだ。
隣にテッチャがいるから、そのせいかと思ってたんだけど……、どうやら違うらしい。
「静かに進みやしょう」
野生の勘が働いているのだろうか?
先程よりも更に慎重に、足音を立てず、気配を押し殺して進むライラックとギンロの二人。
二人に合わせて、静かに後に続く俺たち。
イビキのような音は徐々に大きく、数を増やし、あちこちから聞こえてきて……
それと同時に、微かだった脂っぽい臭いも、鼻を摘みたくなるほど強烈なものへと変わっていく。
く……、臭い……
めっちゃ臭いぞこれ。
なんだこれ? おじさんだらけの満員電車に乗ってるみたいに臭い。
俺は空いている方の手で、鼻の穴に指で蓋をした。
「ねぇ、なんだか広くなった感じがしない?」
グレコがそう言って、真横の足元を照らしたその時だった。
「え? ……これ、は??」
ランプの光に照らされた先にあるそれは、何やら生き物の形をしている。
それも、一つではなく、湿った岩肌に半分埋まる様な形で、鮮やかな緑色が無数に点在していて……
「グレコさん! 灯りを遠ざけて!!」
真後ろにいたマシコットが、小声ながらも慌てた様子でそう言って、グレコの腕を掴んで引き寄せた。
「ポポッ!? どうしたポか!??」
「ノリリア副団長! 声を落としてください!!」
マシコットの慌て様に、只事ではない事態を瞬時に察する騎士団メンバー達。
俺はというと、まだいまいち状況が掴めず……
しかし、先程見えた緑色のものが何なのか、なんとなく分かってしまった。
まさかとは思うけど……
え? めっちゃいっぱいいるんじゃ??
もしや、囲まれている???
歩みを止めて、息を押し殺し、周囲にランプの灯りをそっと向ける騎士団のメンバー。
そして俺たちの目に映ったものは、足元にほど近い低い位置の壁に存在する、無数の小さな生き物。
グゥ~グゥ~とイビキをかきながら眠りこけるそいつらは、真緑色の肌を持ち、額に黒い角を一本生やした、醜い顔付きの小鬼だ。
その体長はおよそ30センチほどととても小さく、俺の半分ほどしかない。
するとマシコットが……
「最悪だ……。こいつらは間違いなく、原初の小鬼です」
ごくりと生唾を飲み、燃える顔に冷や汗を流しながら、そう言った。




