627:自分は必ず勝ぁあーーーつ!!
この臭い、間違いない!
これは悪魔の臭いだっ!!
ティカの全身から放たれる黒い煙は、以前リザドーニャの王宮で、宰相イカーブと悪魔アフープチから放たれていたものにそっくりなのである。
臭いも見た目も本当に同じで、嫌な予感しかしない。
「どうした? 何か起きておるのか??」
同じくティカを見つめているギンロが言った。
「何かって……、ほら、ティカから黒い煙が出てるじゃないかっ!?」
ティカをビシッと指差しながら、ギンロの背をバンバン叩く俺。
「黒い煙? ……どこからだ??」
「はんっ!? 何言ってんのギンロ!?? ほら、ティカの頭とか体とかから、もくもくって!!!!」
「もくもく? ……いや、我には見えぬ」
「えぇえっ!? なんでっ!!?」
嘘っ!? 本当にっ!!?
あれが見えてないのっ!!??
どうやら、ティカの体から発せられている黒い煙が、ギンロには見えていないらしい。
グレコやカービィにも確認したいけど……、封印の結界を行使するとかなんとかみんなで相談していて、なんか忙しそうだ。
「中級悪魔カイム……。ええどぉ~、捕獲したいっけぇ~」
はっ!? いたのかボナーク!!?
みんなの輪に入らずに、ボケーッとしている奴が俺達の他にも一人。
ボナークの目は、ティカの向こう側にいるカイムに釘付けだ。
「ボナーク殿、土の竜はどうした?」
ギンロが尋ねた。
そういや、ポインシェラの姿が見当たらない。
またどっかで土食ってんじゃないか?
「ポインシェラはここだど」
そう言ってボナークは、何やら懐から丸いガラス玉を取り出した。
中が茶色く光っているそのガラス玉に、俺はとても不思議なパワーを感じた。
「ふむ、その中に土の竜が入っていると?」
は? いやいやギンロ、そりゃ無理でしょ??
あんなでっかいポインシェラが、こんなちっこい玉の中に入るなんて……
「そうだど」
出来るんかぁーーーいっ!?
物理の法則どこいった!!?
質量の法則どこいった!!??
てか……、ほぼモンスターボールじゃんかそれ、パクリかよっ!!?!?
「うふふふふ。その気配はアフープチのもの。まさかとは思いますが……、あなた、アフープチを喰らったのですか?」
はっ!? こっちも忙しいっ!!?
耳元で聞こえたカイムの声に、視線をバッ!とティカに戻す俺。
なんとティカは、黒い煙を放つだけでは飽き足らず、赤黒い炎を全身から立ち上らせているではないか。
見るからに禍々しいその炎は、ティカの手足と尻尾を貫いていた黒い羽に燃え移り、一瞬の間に消し炭にしてしまった。
「ぬぉっ!? ティカが燃えているっ!!?」
ようやくティカの異変に気付いたらしいギンロが叫ぶ。
黒い煙こそ見えないようだが、赤黒い炎は見えているらしい。
そしてその叫び声に、この場に残っていたグレコとカービィ、ノリリアが、一斉にティカを見た。
「あいつ……、何やってんだ?」
「ポポ!? 燃えてるポッ!!?」
しかしながら、その炎がティカの肉体を傷付ける様子はない。
(残念ながら、衣服は燃えてしまっているので、もはや半裸である)
ティカはゆっくりと立ち上がって、首を左右に振ってコキコキと鳴らした。
「貴様の過去など、自分にはどうでも良い。しかし、貴様が悪魔であり、倒すべき相手である事は事実……。自分はなんとしてでも、貴様の首をとるっ!」
ティカは、カイムに向かって駆け出した。
ほぼ裸の格好で、武器も無しに、己の身一つで向かっていくその姿は、なんともカッコ……
「馬鹿じゃないのっ!? 何してるのよあいつっ!!?」
ヒィイィィっ!?
そ、そそ、そうですよねっ!??
カッコよくなんか無いです無いですぅっ!!!
グレコのガチ切れに、震え上がる俺。
ギンロも、また毛がふわっとしている。
「うふふふふふ。そっちがその気なら、私も全力でいかせてもらいましょう!」
カイムは不適に笑い、両手を高く空へと向けた。
そして、大量の黒い煙を、爆発的に全身から放出させたではないか。
ブォーン!という爆風が吹き抜けて、空中のハーピー達はその多くが何処かへと吹き飛ばされていく。
そして、強烈な腐敗臭が俺の鼻を襲った。
「うわっ!? 臭っ!!?」
思わず涙目になりながら、鼻を摘む俺。
「どうしたモッモ!?」
うぅ~、どうしたもこうしたもないよギンロ~。
煙が見えなけりゃ、臭いも感じないわけぇ~?
どうやら、この黒い煙と異臭は、俺にしか感じ取れないものらしい。
グレコもカービィもノリリアも、爆風に驚きはしたものの、全く臭がったりしていないのである。
これは一体全体、どういう事だ……?
そんなどうでもいい余計な事を考えているうちに、ティカとカイムの戦闘は開始していた。
ティカは、全身から赤黒い炎を巻き上げながら、その両手の鋭利な爪で、カイムの首を狙っている。
カイムはそれをいとも簡単に避けて見せているが……、そのスピードはほぼ互角と思われる。
ティカの爪先が、カイムの首元にある羽飾りを掠って、美しい羽が幾枚も宙を待っているのだ。
カイムはというと、両掌から真っ黒な球をいくつも放出させて、ティカ目掛けて投げている。
その球はバリバリと電気を帯びているように見えて、当たったらかなりヤバそうだ。
「ポポッ!? ティカちゃんっ!?? グズグズしてられないポ、カービィちゃん、やるポよっ!!!」
「ほいさぁっ!!!」
杖と魔導書を取り出し、長くて難しい呪文を唱え始めるカービィとノリリア。
開かれた魔導書からは光が溢れ、杖の先端から光の糸が生まれる。
その光の糸は地面を伝って、少しずつ少しずつ、ティカとカイムの元へと伸びていく。
光の糸は、カービィとノリリアからのものだけではない。
カイムとティカを取り囲むようにして待機していた騎士団のメンバーが、各々に密かに光の糸を伸ばしているのだ。
それは少しずつ少しずつ、カイムとティカの周囲を取り囲み、地面に不思議な魔法陣を描いていく。
「ありゃ~、光の牢獄っけぇ~」
「光の牢獄?」
何それ、カッコいいな!?
「んだ。悪魔とかぁ~、滅ぼそうにも滅ぼせねぇ相手に対して使う、封じ込めの結界術だど。こんだけの人数でやるんだっけ、中級悪魔とて、そう簡単には破れねぇだど」
なるほどそうなのか!?
じゃあ、大丈夫かっ!??
「しかし……、ティカはどうするのだ? モッモ、あのままだと、ティカも悪魔もろとも封印されてしまうぞ??」
「えっ!? ……確かに」
ギンロの言う通り、ティカとカイムがやり合ってる場所は、完全にその光の牢獄という名の封印結界の魔法陣の中心なのだ。
ノリリアがどういうつもりでいるかは分からないが……、このままだと、たぶん……、いや絶対に、ティカも封印されてしまう!?
俺は、繋がったままの絆の耳飾りに意識を集中させて、ティカに話し掛ける。
「ティカ、聞こえる!? モッモだよ! 落ち着いて聞いてね。今その悪魔を封印する為の結界をみんなが作っているんだけど、このままだとティカも一緒に封印されちゃうんだ!! だから今すぐ、そこから逃げて!!!」
俺にしては簡潔に、分かり易く説明出来たと思う。
だがしかし……
「逃げる? はっ、逃げるだと?? 戦士たるもの、敵に背を向けるなど言語道断! 自分は必ず勝ぁあーーーつ!!」
やっべ、完全に言い方ミスったな。
ティカの奴、全然戻る気なさそぉ~。
「うひゃひゃっ!? 何を叫んでおられるのですっ!!? あなたごときが私に勝つなど、不可能に決まっているじゃあありませんかぁっ!!!」
無数の黒い球を発生させ、ティカ目掛けて投げ続けるカイム。
その何発かがティカの上半身にぶつかり、激しい爆破音と共に白い煙が上がったのだが……、ティカはダメージを受けていなさそうだ。
よく見ると、なんとティカの体から燃え上がる赤黒い炎が、その球をすぐに蒸発させてしまっているではないか。
「うひゃあ~!? なんという強靭な体!?? やはり時の神の使者は殺し甲斐がありますねぇっ!!!」
何故だか興奮するカイム。
……いや、ティカは使者じゃないんだけどね。
「モッモちゃん!?」
「はひっ!?」
少し離れた場所で魔法を行使しているノリリアに不意に名前を呼ばれて、俺は驚いて変な声が出てしまった。
「もうすぐ魔法陣が出来上がるポ! けど、このままだとティカちゃんが邪魔で、魔法が行使出来ないポね!! なんとかしてポよ!!!」
ぬぁっ!? なんとかしてってそんな!??
無茶振り過ぎるぅうっ!!!
「モッモ!」
「ひゃい!?」
今度はなんと、ボナークに呼ばれました。
再度驚いて変な声が出ました。
「あんの悪魔、わしゃが捕獲してぇど! おめぇさ時の神の使者っけ!? なんとかするだどぉっ!!」
おまっ!? この状況でまだそんな事言うわけっ!??
いい加減諦めろよボケェッ!!!
「モッモ! ティカを呼び戻せっ!!」
と、カービィ。
「ティカ! 聞こえるティカ!? そこから下がって!!!」
自ら絆の耳飾りを使ってティカに話し掛けるグレコ。
しかしティカは攻撃を止めない、退避しない、グレコの言葉なんて全く聞いていない。
(そんなティカを見て、勿論グレコはキレている)
いったいどうすれば……、どうすればいいんだよぉっ!?
もう、ティカは俺の言う事なんか聞かないし、周りは俺に期待し過ぎだしで、何をどうしたらいいのか全然分かんないっ!!!
「モッモ、我に考えがある」
ギンロがボソッとそう言った。
「どっ!? どんな考えっ!??」
この際なんでもいいっ!
何か良い案があるのなら、教えて頂戴ギンロ様っ!!
「お主が、奴の前に姿を現すのだ。そして自分が真の時の神の使者であると告げるがいい。さすれば双方の交戦は中断するはずだ」
なるほど、その手があったか!
……って、えぇええぇぇぇ~~~~~!?
俺、また囮になるのぉおぉおおぉぉぉ~~~~~!??




