617:痛いっ!
「うぉあぁぁ~っ!!!」
雄叫びを上げながら、力一杯、魔法剣を振り回すギンロ。
ひんやりとした冷気を纏った魔法剣は、その刀身に水色の魔力を帯びて、周囲の空気ごと凍らせながら、ハーピーの胴体を斬り裂く。
ザシュッ!
「ギェギェ~!?」
傷口から赤い血が噴き出すのもほんの一瞬、すぐさま氷漬けになるハーピーの腹部。
傷を負ったハーピーは、苦しそうに悶えながら地面に落下し、バタバタともがいている。
「くらえっ! 落雷!!」
魔導書と杖を手に、晴天の空から雷を呼び寄せるカービィ。
バリバリバリィッ! と激しい音を立てながら、ピカッ! と光る一筋の閃光は、ハーピーの脳天に直撃した。
「ギェッ!?」
あまりに一瞬の出来事過ぎて、ハーピー自身は何が起きたか分かっていないだろう。
カービィの雷魔法の餌食となったハーピー達は、全身から白い煙を上げながら感電し、白目を向いて地面にバサバサと落ちていく。
グレコは、無言のまま淡々と、魔法弓より黒い荊の矢を放っている。
一応、ハーピー達を絶命させてしまわないようにと考えているのだろう、グレコの放った矢は全て急所を外れており、足や翼に矢を受けたハーピーは痛々しい声で鳴きながら、どこかへと飛んで行った。
そんな三人に守られながら、内心めちゃくちゃハラハラしながら、キョロキョロと視線を周囲に巡らせて警戒する俺。
瞳を真っ赤に光らせた興奮状態のハーピー達は、倒しても倒しても、何処からか湧いて出てくるのだ。
これじゃあキリがないぞっ!?
と、その時……
「ギィギェエェェェー!!!」
「ひゃっ!?」
三人の猛攻を掻い潜り、頭上から俺目掛けて襲いかかってくる一羽のハーピーが!
その姿を目視して、小さく悲鳴を上げる俺。
だけど、俺だってやられてばかりではないのだっ!!
「えぇ~いっ!」
決して格好良くはない声を上げながら、俺は右手に持った万呪の枝を振り上げた。
眠っちゃえ! 心の中でそう唱えながら。
すると……
「ギ!? ギューーーー」
間抜けな鳴き声を漏らしながら、深い眠りに誘われたハーピーは、ドサッと地面に落ちた。
スピースピーと、心地良さそうな寝息が聞こえてくる。
ふ、ふぅ……、危なかった……
ひとまず危機は去った。
俺は大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
心臓はドキドキで、脈拍はバクバクである。
それにしても……
「全然減らないじゃんっ!?」
誰に言うでもなく、俺は叫んでいた。
ワラワラワラワラ、ワラワラワラワラワラワラ湧いてきてさ、なんなのっ!?
どっから湧いてくんのっ!??
てか、どんだけ倒したら終わるわけっ!?!?
「多分だけど! おいら達が戦ってるから、近くにいた奴等が全部、ここに群がって来てんだよっ!!」
はんっ!? マジでっ!!?
それって逆効果じゃないのっ!?!?
「それは好都合であるな! 我らで全て倒してやろうぞ!!」
はんっ!? 何言ってんの!??
全てって……、全てってどんだけよっ!?!?
「馬鹿言わないでっ! 魔力が持たないわよっ!? 隙を見て逃げましょっ!!!」
良かった! グレコはまともだっ!!
なんなら今すぐ逃げようぜっ!!!
グレコの言葉に俺が、一瞬気を緩めた……、次の瞬間。
「ギェエェェッ!!!」
「はっ!?」
背後から迫っていたハーピーに、俺は気付けなかった。
そして……
ガシッ! ブシュッ!!
「いっ!? 痛っ!!?」
「モッモーーーッ!?!?」
両肩に、鈍い痛みが走った。
何か刃物で刺されたかのような感覚があって、凄く凄く痛いのだ。
グレコの叫ぶ声が聞こえたけれど、その姿は見えない。
何故なら俺は、既に空中へと連れ去られているから。
「なっ!? ひぇっ!?? くぅっ!!??」
どんどんと遠ざかっていく地面。
バッサバッサという大きな羽音は、俺の真上から聞こえている。
痛みに耐えて見上げると、そこには馬鹿でかいハーピーの姿があった。
奴の両足が俺の両肩をガッシリと掴み、その鋭い爪が俺の胸と背中に突き刺さっているのだ。
嘘っ!? 俺、捕まったっ!??
「ギェギェギェーーーー!!!」
うぅっ! うるせぇえぇぇ~っ!!
てか、痛てぇえぇぇ~っ!!!
ハーピーが大きく羽ばたく度に、俺の体は激しく上下して、落とすまいとするハーピーの爪は更に深く肉に食い込んでいく。
焼けるように痛む両肩から、血が流れ出ているのが分かる。
生温かい俺の鮮血が、じんわりと服の外側に滲み出ているのだ。
経験した事のない激痛と、あまりの恐怖に俺は、大粒の涙をポロポロと流した。
痛いっ!
痛い痛いっ!!
離せっ!!!
離してくれぇえっ!!!!
もがこうにも、両肩が痛過ぎて何も出来ない。
左手にはエルフの盾を、右手には万呪の枝を握ったままだが、肩に力が入れられず、持ち上げる事すら出来ないのだ。
どうしよう!? どうすればっ!??
そうこうしている間にも、ハーピーはぐんぐんと上昇していく。
森の木々の上へと飛び出たハーピーは、上昇をやめて滑空を始めた。
ど、何処へ行く気なんだ?
俺をどうするつもりなんだ??
痛みと恐怖で混乱した頭に浮かび上がったのは、ガレッタが言っていたボナークの言葉だ。
「見慣れない黒い鳥が現れて、ハーピー達を操っている」
グレコの推測が正しければ、黒い鳥というのが悪魔で……
つまり、ハーピー達は悪魔に操られている。
そのハーピーが、俺を連れていく場所なんて……、悪魔の所っ!?
やややや、ヤバいっ!
このままじゃ確実にヤバいぞっ!!
どどどどど、どうにかしなくちゃっ!!!
動揺し焦った俺は、肩の痛みを一時忘れていた。
右手に握りしめた万呪の枝の先を、頭上に見えるハーピーのお尻に向けて構える俺。
そして、この状況から逃げ出したい一心で、こう唱えた。
「石になれっ!」
すると次の瞬間、ハーピーはピタリと動きを止めた。
そしてそのまま急落下!
肩を掴まれたままの俺も勿論、一緒に急落下!!
「あぁああぁぁ~!?!?」
完全ミスったぁあぁぁ~!?
このままじゃ、地面に体を強打して即死するぅうぅぅ~!??
嫌ぁああぁぁ~~~!?!?
本日二度目の走馬灯。
懐かしい記憶が蘇っては消えていき……
『あたくしを下に』
「はっ!? この声はっ!!?」
突然響いたその声は、いつぞやの折に俺を助けてくれた彼女の声だ。
見ると、左手に装備しているエルフの盾が、やんわりと緑色の光を帯びているではないか。
間違いない、これは盾の心の……
「ぽっちゃりエルフのマーテル!?」
『ぽっ!? い、いいから早くっ!! あたくしを下に向けて下さいませっ!!!』
ちょっぴり怒ったような声でそう言ったマーテルは、姿こそ見えないが直ぐそばにいるようだ。
俺はマーテルの声に従って、エルフの盾を体の下へと向けた。
すぐそこまで、森の木々の天辺が眼前まで迫っている。
そして……
『防御!』
何か呪文のような言葉を唱えたマーテル。
すると、エルフの盾の表面から、波打つ光が生まれて、その反動で俺の体は一瞬ふんわりとその場に浮いた。
しかしながら、石化したハーピーの体は重く、その効力を得られず落下。
俺の肩をガッシリと掴んでいたハーピーの二本の足は、ズボッ! という音を立てて俺の肩から離れた。
爪が抜ける際、更なる痛みが身体中に駆け巡り、俺は歯を食いしばった。
「ぐぅうっ!?!?」
痛いっ!
でも、ハーピーからは逃れられたぞっ!!
けれど、喜びも束の間。
盾による浮力は一瞬にして失われて……
ズザザザザザザーーーーー
「ぎゃあぁああぁぁぁ~~~!?!?」
生茂る木々の枝葉の間を突き抜けながら、俺は地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。




