59:死んで詫びるがよい
太陽が西の空に沈み、どこからともなくやってきた夕闇の中、森の中はしんと静まり返っている。
俺たちは、茂みに身を隠し、息を殺して、今か今かとその時を待っていた。
……いやいや、おいおい、待て待て。
おかしいだろっ!? この状況!??
森の主と呼ばれる魔物が現れるらしいお供えの地に、今、俺たちはいる。
大きな平たい石の上に、俺とかポポがすっぽり入れそうなくらいの生贄を入れておく籠が置かれていて、その周りには何やら妙な匂いがする草がたくさん撒かれているのだが……
この匂いはおそらく、生き物を蒸すか焼くかした際に発生する煙の匂いだ。
つまり、わざわざその匂いを草につけて、籠の近くに撒いているわけ。
こんなことして、その森の主とやらをおびき寄せてまで生贄を喰わせようとするとは、なんとも恐ろしい考えを持つ種族だな、ダッチュ族は……
いくら生贄を出さないと里が襲われるからって、普通ここまでするだろうか?
……いや、生贄に普通もくそもないんだけどさ。
生贄を喰らうという恐ろしい森の主を倒してやろうと、今か今かと心待ちにする、旅の剣士ギンロ。
ガタガタと震えながら、祈るようなポーズでその時を待つ、ダッチュ族の女の子ポポ。
そして、何故ここに自分がいるのか、その理由すらわからず沈黙している、最弱種族ピグモルの俺、モッモ。
なんで?
どうして??
こんなことに???
いやほら、ポポが森の主を倒してってお願いするのは分かるよ、生贄になりたくないだろうし、故郷の里を襲われるのも嫌だろうし。
ギンロはほら、修業中の旅の剣士で、腕に自信があるだろうし、森の主と呼ばれる魔物を倒してみたい! って感じだから、ここにいる理由があるよね、うんうん。
……で、俺は? 俺は何故ここにいる??
ポポの頼みを、ギンロは快く引き受けた。
そこまでは良かったんだけど、この森は危険な魔物がわんさかいるということで、俺とポポを二人きりにしておく事はギンロが容認できない、ということで……
「ポポ、そしてモッモよ。お主達には、我がその森の主とやらを、完膚なきまでに打ちのめす様を、その目でしかと見届けてもらおう」
……というギンロの一存で、ギンロの森の主討伐に、ポポと、何故か俺まで付き合わされているのだ。
だから…………、何で俺、ここにいるの???
あ~も~俺ってば! いったい何をしてるんだ!?
俺は、グレコを探さねばならんのだ!!
なのに、何が楽しくて、こんな場所で身を潜めているのか!??
俺には隠れ身のローブがあるし、万呪の枝もあるし、本当に身の危険を感じた時は精霊だって呼べるのだ!!!
こんな所に隠れて、息を殺してる場合かぁあっ!?!?
今更ながら、『実はいろんな事ができる自分』を思い出し、昼間泣いていたことを後悔する俺。
正直、ここにいる意味が分からないし、危険だし……
隠れ身のローブを使って、一人この場からそっと抜け出そうかとも考えたが……
ギンロが隣にいる以上、隠れ身のローブは意味をなさないだろう。
彼なら、俺の姿が見えなくなっても、恐らく足音で気付いてしまう。
万呪の枝は……、さすがに、彼に向かって使うわけにはいかない。
呪いをかけるわけだからね、何の恨みもないのに呪いかけるなんて酷いこと、俺にはできないよ。
なので、抗う事も、そっと離れることさえもできないままに、コンパスの金の針が指す方向とは全く逆のこのお供えの地に、俺は留まっているのであった。
しばらく身を潜めていると、遠くの方で、微かに、何かが動く音がした。
どうやらギンロもそれを感じ取ったようで、両腰の剣の柄に手を伸ばす。
ポポはというと……
こいつっ!? 結構図太いな!
ついさっきまでは、怯えて震えていたくせにっ!!
俺とギンロに挟まれて、温かくて眠くなってしまったのだろう、ポポはうとうとと舟をこいでいる。
「モッモ、お主も感じたか?」
ギンロの問い掛けに、俺は頷く。
「南東の方角だ。少しずつ、近付いてきている……、気を抜くな」
あ……、はい。
でもあの、その……、俺は戦わなくてもいいんですよね?
なんだかその言い方だと、まるで俺も戦わなくちゃいけないように聞こえるのですが??
…………え???
息を殺し続けること数分。
何者かの動く音がどんどんと近づき、腐敗臭にも似た悪臭が鼻をつく。
すると、ガサガサガサ! と音がして、反対側の茂みから、何かが姿を現した。
闇夜の中でも、ピグモルの目はとてもよく働く。
特に今夜は月が明るく、昼間以上によく見えるくらいだ。
大きく長い体、無数の足、二本の鎌のような腕と、虫特有のレンズのような目、そして動物の肉をいとも容易く噛み切れそうな強靭な顎。
そいつの姿には見覚えがある。
クロノス山を北に向かって下っていた際に遭遇したあいつ……
忘れもしない、あの巨大な鎌手の虫型魔物だっ!!
「くっそ~、あいつぅ~」
思わず、小さく呟く俺。
「モッモ、あれを知っておるのか?」
コソコソと尋ねるギンロ。
「知っているも何も、あいつのせいで、僕はグレコとはぐれたんだよぅ!」
「グレコ? 仲間の名か?? ならば……、確実に仕留めねばな」
ギンロはそう言うと、この場でザッ! と立ち上がった。
えっ!? 立つのっ!??
わざわざ隠れていたのにっ!???
驚く俺を他所にギンロは、臆することなく茂みを出て、スタスタと歩いて行く。
「キッ!? キシャァァァッ!!!」
ほら見ろ! 言わんこっちゃないっ!!
ばれたじゃないかっ!!!
鎌手の虫型魔物はギンロに気付き、寄生を上げながら、鎌の腕を大きく振り上げた。
あんな鎌でやられちゃひとたまりもないっ!
ギンロっ!! 避けてぇっ!!!
あまりの恐怖に、俺は両手で顔を覆う。
(指の隙間から、前方の様子はしっかり見えているんだけどね……)
「か弱き種族の、幼き童を喰らうなど、なんと卑劣な行いか……。死んで詫びるがよい」
ギンロの鋭い瞳がキラリと光り、両手に握った二本の剣が空を舞った。
そして……
ザザザンッ!!!!!
月明かりの下に、黒い血飛沫が無数に飛び散る。
決着は、ほんの一瞬の間についてしまった。
叫び声を上げることもなく、ごろりと地面に転がった、鎌手の虫型魔物だったはずの死骸……
ひぃっ!? ひえぇぇぇぇ~!!?
こりゃまた、とんでもない奴に出会ってしまったぞぉおぉぉっ!?!?
冷や汗を抑えきれない俺に向かって、くるりとこちらを向いたギンロは、優しくにこりと笑った。




