589:これで、良かったのかも知れない
「治癒の光」
真っ白な杖を俺の頭に向けて、魔導書を手に呪文を唱えるのは、騎士団の衛生班の一人、サンだ。
体が痛むと訴えた俺に、何やら治癒魔法をかけてくれるらしい。
杖の先から温かな光が放たれたかと思うと、それはムニャムニャと生き物のように形を変えて、俺の体をやんわりと包み込んだ。
ちょっと見た目は気持ち悪いけど、お日様の匂いがするその光は、ポカポカと俺の体を優しく暖めてくれた。
「これで大丈夫! 後回しにしちゃってごめんね、モッモさん!!」
テヘペロ☆って感じで謝るサン。
その顔……、あんまり悪いと思ってないだろそれ?
まぁいいよ、治してくれたんだから。
「ありがとう。……おぉ、凄い! もう痛くな~いっ!!」
椅子から立ち上がって、背伸びをする俺。
全身打撲のせいでバッキバキのビッキビキだった体は、もうすっかりいつも通りに戻っていた。
「良かったわねモッモ。ごめんねサン、呼び止めちゃって」
「ううん、いいの! ついでだからっ!!」
ついでって……、思ってても口に出すんじゃないよ、お馬鹿。
グレコとサンの会話は少々気になるが、どうせろくな事を話さないだろうから、俺はくるりと背を向けた。
テクテクと歩いて向かった先は、ティカのベッドだ。
そこには衛生班リーダーのロビンズがいて、ティカの上半身に巻いた包帯を慎重に外している途中だった。
「モッモ、体はもういいのか?」
ニヤリと笑いながら尋ねるティカ。
「うん、もう大丈夫! ティカの方は……?」
「私も大した事無いだろう。もう痛みはない」
いやいやいや……、そんな事絶対ないと思うぞ。
そもそもあんた、なんで生きてんのさ?
玉座の間で、宰相イカーブこと邪術師ムルシエに、心臓えぐり取られてたよね??
まさか不死身なの???
怪訝な顔でティカを見つめる俺。
すると、ロビンズが包帯の最後の一巻きをハラリと取り外して……
「信じられん。治っている……」
かなり焦った顔でそう言った。
ベッドに近寄って、恐る恐るティカの上半身を確認する俺。
筋肉隆々なその肉体には、悪魔の依代とされたが故の黒い痣は残っているものの、胸にポッカリと空いていたはずの穴は綺麗さっぱり無くなっている。
ただ、穴があったであろう場所には、奴隷達の体にあるものとよく似た、鱗の無いあの生々しい傷跡が出来ていた。
ロビンズは、白い光を宿した手の平を、ティカの胸の傷跡にかざす。
何かを探るような手付きで、真剣な眼差しを向けている。
「まさかとは思ったが……。やはり、心臓が再生している」
若干冷や汗をかきながら、ロビンズは半笑いになった。
「心臓が再生している、とはどういう事だ?」
尋ねたのはギンロだ。
何故か偉そうに腕組みをしながら、ティカのベッド脇に立っている。
どうせギンロの事だ、ティカの心配をしているんじゃなくて、心臓を取られても生きていた理由が知りたいだけだろう。
なんなら、自分もそれくらい出来るんじゃないか? とか考えていそうだ。
「私にもサッパリ分からん。この紅竜人は玉座の間にて、邪術師ムルシエの手によって、その身に悪魔を宿され、生きたまま心臓をえぐり取られ殺害されたのだ。そしてその心臓は、ムルシエが持ち去ったと聞いていたのだが……。他の紅竜人達によってここへ運び込まれた時には既に、呼吸が安定し、傷も治りかけていたのだ」
「ふむ……。では、自然治癒したと?」
「そう考えるのが妥当だが……。失われた心臓を自ら再生するなど不可能だ。そんな話は聞いた事が無い」
「なるほど……。心の臓は、自然治癒する事が可能、という事か」
……いや待てギンロ!
話聞いてたっ!?
ロビンズは、不可能だって言ったんだよっ!!
可能なわけあるか阿呆っ!!!
ニヤニヤすんなっ!!!!
「おそらく、神に、助けられた」
ティカが突然、片言でそう言った。
どうしたんだ!? と俺は焦ったが、ロビンズとギンロはもっと驚いた顔をしている。
「お前……、ヴァルディア語が話せるのか?」
「少しだけ」
ロビンズとティカのやり取りから、どうやらティカが公用語であるヴァルディア語を口にしたらしい。
「ティカ!? 僕らの言葉が話せたの!??」
「少しだけだ。幼少期より師に教わっていた。将来王国の為に働くのなら、島外の言葉も必要になるやも知れんと言われてな」
ほうっ!? そりゃまぁ、英才教育ってやつですなっ!??
ティカはいいとこの生まれだから、なかなかに多才!!!
「神に助けられたとは、どういう事だ?」
またもや偉そうに尋ねるギンロ。
自然治癒では無いと言われるのが嫌なようだ。
不機嫌な顔はおやめなさいよ、変な奴め……
「詳しく、覚えてない。しかし、神に、助けられた。生きろと、言われた。神が、自分に、心臓を、与えた」
真っ直ぐな目で、答えるティカ。
「それって……、チャイロの事?」
「いや、あのお方はチャイロ様ではない。おそらく、チャイロ様の中におられた、別のお方だろう」
という事は……、イグが?
「神の力……。そう言われてしまえば、我々魔導師の出る幕は無さそうだ。ティカと言ったか? 起き上がって平気なようならば、もうここにいる必要はない。怪我人はまだ沢山いる。ベッドを空けてやってくれ」
珍しくニコリと笑ったロビンズはそう言うと、くるりと背を向けて、スタスタと歩いて行ってしまった。
「……大丈夫? 歩ける??」
「平気だ。おっと……、すまないな、ありがとう」
フラフラとするティカに、ギンロが肩を貸す。
今の言い方だと、たぶん言葉は通じてないけれど、ギンロは満足気に笑った。
ロビンズが去った後、俺はティカに、これまで何があったのかを話して聞かせた。
嘘偽りなく、全てを……
恐らく、ティカには理解出来ない事柄も含まれていたと思う。
生贄の祭壇がある奈落の泉の底にはロリアンがいて~とか、ティカを殺したのは邪術師で~とか。
省く事も出来ただろうが、どこからどこまでを話せばいいのか、俺には判断出来なかったのだ。
だから、全部話した。
蛾神モシューラが邪神と化していた事も、大昔から金山の中に封印されていた事も、チャイロの中にいるイグが、その邪神を解き放った事も、その邪神の手によってリザドーニャが滅んだ事も……
ティカは時折、視線を頭上へと向けながらも、長い俺の話を最後まで黙って聞いてくれた。
そして、話が終わると唐突に、もうここを出なければならないなと言って、自ら立ち上がったのだった。
「どこへ行きたいのだ?」
ギンロの問い掛けに、ティカは建物の外を指差す。
「太陽の、下へ」
ギンロに支えてもらいながら、ヨタヨタと歩き出すティカ。
まだ完快には程遠いようだが、それでも外に出たいらしい。
後ろから、静かについていく俺。
謀反の罪で捕まえられて、切り落とされてしまったティカの尻尾の断面を見て、まるでバームクーヘンみたいだな、なんて考えながら……
建物の外に出ると、眩しいくらいの太陽が頭上に輝いていた。
時刻は昼過ぎ、空は雲一つない快晴で、辺りは穏やかな温かさに包まれている。
晴れやかな顔をした元奴隷達は、配られた煮込み豆のスープを嬉しそうに食べていた。
みんな、いつのものかは分からないけれど、全身傷だらけで、見るからに痛々しい姿の者たちばかりだが……、みんな生きている、みんな笑っている。
大人達は出来る事を探して、忙しく動き回り、疲れてしまったらしい老人達は、日陰に集まってのんびり世間話をし、子供達はそこら中を無邪気に駆け回っていて。
みんながみんな、初めて得た自由の喜びを、全身で噛み締めていた。
すると、そんな彼らを目にしたティカが、ぽつりと呟いた。
「これで、良かったのかも知れない……」
言葉とは裏腹に、その赤い瞳には、大粒の涙が溜まっていた。




