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499:自由を掴み取る為

モーロクと言う名のジジイが言うことには、


「我ら奴隷が自由の身になる事は、決してない」


……だそうだ。


小一時間に及んだモーロクの昔話は、とっても長くて、とっても聞き辛くて、更には内容がとっても暗くって……

聞き終えた後、俺はかなり神経をすり減らしていた。

それに加えて、最後の言葉がこれだもの。

もう、どうしたらいいわけ?


モーロクの話を簡単にまとめるとこうだ。


今から百五年前(モーロクは御歳百三十歳らしい)、ここリザドーニャ王国では、奴隷制度に意を唱える若者たちによって反乱が起こった。

反乱の首謀者は、モーロクを含めた十二人の若い奴隷達。

国王軍の中でも奴隷制度に納得していない者の力を借りて武器を調達し、およそ四百人の奴隷達で都に攻め入ったらしい。

けれども、数千に及ぶ国王軍の前に、奴隷達はあまりに無力だった……

結果、反乱は失敗。

圧倒的武力を前に生き残った奴隷は、四百人中たったの十五人だったという。


この、文字にすると数行にしかならない昔話を、モーロクは当時の状況や自分の心境などを交えて、それはそれは事細かに説明してくれたもんだから、もう俺が疲れたのなんのって……、ふぅ~。


「我ら奴隷がいくら力を合わせて、自由の為に戦おうとも、その先に待つのは死のみ。死んでしまっては、元も子もない……。例え奴隷としてこの身を傷付けられ、また幼い子らを同じように傷付けたとて、死に急ぐよりは幾分もましじゃ。生きているという事は、それだけで素晴らしい。故にわしは、ゼンイの策には乗らぬ。ここにいる全ての奴隷が、自由を求めて戦う事は断じてない」


耄碌しているかと思いきや、モーロクの言葉はなかなかに力強くて、言葉の一つ一つが重くて、俺には返す言葉が見つからない。

すると、今の今まで寝てるんじゃないかと思うほど静かだったクラボが、口を開いた。


「そうは言うがモーロクさん、ゼンイはもう止まらねぇ。あいつは……、ジピンの仇を討つつもりなんだ。あんたらも覚えてるだろ? 五年前、俺たち奴隷の為に立ち上がろうとしてくれた、ジピン・レイズンの事を」


……ジピン、レイズン?

レイズンって、ゼンイが騎士団の前で名乗ってる名前よね??

何か関係があるのかしら???


「ジピン・レイズン。そのような者もおったな……。しかし、あやつもまた、我ら奴隷の自由の為に身を滅ぼした。いつの時代も、争いは死を招く。我ら奴隷が、奴隷として生きる道を受け入れさえすれば、あやつも若くして死ぬ事は無かった。我らが自由を求めれば、多くの尊い命が犠牲となる。わしは、ゼンイの策には賛同できん」


モーロクの言葉に、周りの年寄り紅竜人達は、顔を渋くしながらコクコクと何度も頷いた。

どうやら、ここにいる全員が、ゼンイがやろうとしている事を否定するつもりらしい。

それはつまり、このトルテカの町に暮らす奴隷達はみんな、奴隷解放の為に戦おうとしているゼンイには協力しないと……、そういう事なのだろう。


俺の隣に腰を下ろしていたクラボは、見るからに怒った顔をしていた。


「……そうかよ。それがあんたらの総意だってんなら仕方ねぇ。けどな、ゼンイの言葉はみんなに伝えさせてもらう」


クラボは力強く立ち上がった。


「なんじゃと!? それは許さん!! 皆を煽って何になるっ!?? 死に急ぐだけじゃっ!!!!」


慌てたモーロクの言葉に同調するように、周りの年寄り紅竜人達も、口々にクラボを止めようとする。

国王に逆らってはいけない、奴隷は奴隷として生きるしかない、生きている事が大事なんだ、死んでしまっては全て終わりだ、わざわざ危険を犯す必要などない、と……


「じゃあ聞くが……、あんたら、本気でそう思ってんのか? 未来永劫、奴隷は奴隷のままでいろって、本気で言ってんのか??」


クラボの問い掛けに、モーロクと年寄り紅竜人達は一斉に口を噤んだ。


「あんたらも分かってんだろ? このままじゃいけねぇって……。五年前、ジピンが命を懸けてくれたおかげで、俺たちは今こうして生きてられんだ。あいつが国王の命令に逆らって、俺たち奴隷に薬蝋(やくろう)を届け続けてくれたから、生きていられんだよ。あいつが行動を起こさなければ、今俺はここに居なかったかも知れねぇ……。外にいる餓鬼共もそうだ。あいつらが生きていられんのは、ジピンのおかげだろ?? ジピンが残していった意志が、数少ない賛同者に受け継がれているからだろ??? その意志を、あいつも……、ゼンイも受け継いでんだよ。だからゼンイは戦おうとしてんだ。俺たちの為に。あんたら、それが分かんねぇほど落ちぶれちゃいねぇだろ、なぁ????」


熱のこもった言葉とは裏腹に、クラボの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。

年寄り紅竜人達は返す言葉が見つからずに、視線を下へと向けるばかりだ。


「ゼンイは止まらねぇ。一度死にかけて、せっかく助かった命だってのに、自ら捨てようとしてやがる。それも、他ならぬこの町の奴隷の為にだ。俺はあいつを放ってはおけねぇ。俺はゼンイと共に行く。スレイもだ。そして、今このトルテカの町にいる奴隷達の中には、同じ思いを持っている奴が沢山いるはずだ。胸ん中に自由を求める気持ちがある奴らが、いるはずなんだ……。だが、ゼンイの策には、俺たち二人は勿論、この町の奴隷達の事なんざ含まれてねぇ。あいつは全部一人でやる気なのさ。全部一人で背負ってやがる……。けど、一人より二人、二人より三人、仲間は多い方がいいに決まってる。だったら俺は……、俺たちは、あいつと共に行く事を選ぶ。自由の為に……。俺たち自身の手で、自由を掴み取る為に」


やっべ……、クラボ、かっけぇ~。

そんな事考えてたなんて全然知らなかったし、なんならそんな事考えられるような知能なんてこいつらには無い、なんて思っていたけど、やばカッコいいじゃねぇかよこの野郎っ!


「……好きにするが良い」


クラボの真っ直ぐな目と、決意のこもった言葉に、モーロクは諦めたかのようにそう言った。


「お前の言葉、ゼンイの思いに応えたい者がいるのなら、連れて行け。ただし……、大人のみじゃ。子らを戦いの場へと連れて行く事を、わしは断じて許さぬ」


モーロクは、義眼であるはずの両目で、恐ろしいまでの殺意のこもった眼差しを、真っ直ぐにクラボに向ける。

ビビりまくる俺とは対照的に、クラボは全く臆する事なく、納得したかのように小さく頷いた。


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