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498:耄碌

剥ぎ場を出たクラボは、隣接する小さな赤岩の建物へと入って行く。

中には、見るからに年老いた紅竜人たちが数名、地面に敷物を敷いた上に座って、俺たちを待ち構えていた。


年老いた紅竜人たちは、クラボやスレイ、その他の奴隷紅竜人たちと同じく、その体に痛々しい無数の傷跡を残している。

そして、長年その体を守り続けてきたのであろう彼等の鱗は、本来ならば鮮やかな赤色であるはずなのに、老齢故に茶色く濁った色に変色していた。


クラボは、俺が入っている竹籠を静かに地面に下ろし、自分は地面に膝をついて、年老いた紅竜人たちに向かって深々と頭を下げた。


「長老がた……。さっき話した、ゼンイが立てた奴隷解放の策に欠かせない者、時の神の使者と呼ばれる者を連れてきた」


決して丁寧な物言いではないものの、これまでと違ってかなり改まった様子でクラボはそう言った。


「ふむ、時の神の使者とな……? その方の姿を見せよ」


しわがれた声が聞こえたかと思うと、俺はヒョイと小脇をクラボに掴まれて、竹籠の外へと強制的に出された。


きゃあぁっ!?

まだ心の準備がぁあっ!!?


まるで人形か何かのように、ポンッと地面に降ろされた俺に降り注ぐ、年老いた紅竜人たちの視線。

一斉に向けられたその鋭い眼差しに、俺は体が石になるのではないかと思うほどに緊張し、身動きひとつ取れなくなった。


きょ……、きょわいよ……

こ、こんなの、蛇に睨まれた蛙のようではないか……?


ちびりそうなのを必死で我慢して、周囲からの視線の嵐に耐える俺。


「小さいのぅ、実に小さい……。ともすれば踏み潰してしまいそうじゃわい」


年老いた紅竜人の一人が、しみじみとした様子でそう言って、目を細める。

もはや言われ慣れた言葉ではあるけれど、そんな風に言われると、改めて俺って本当に小さいんだな~って実感しちゃって……、なんかすごく嫌だ。


「小さいが、肉付きは大層良いのぅ。丸焼きにすれば旨そうじゃ、ひっひっひっ」


年老いても変わらない、野性味に溢れたギラつく瞳を俺に向けて、別の年老いた紅竜人はそう言った。


まぁ……、自他共に認めるポッチャリ体型だから、確かに食べたら美味しいでしょう。

けど、仮にも俺は、奴隷の皆さんを解放しようとするゼンイの作戦に協力する為にここにいるのだから、どうにかあなたの食物カテゴリーから外してくれませんかね?

お願いしますよぅっ!


「時の神の使者とは、久しく聞かぬ者の名じゃのぉ……」


年老いた紅竜人達の中でも、最も皺くちゃで、パサパサな顔をした……、なんなら半分ゾンビみたいな感じの、パッと見で生きているか怪しいくらいな、身体中ボッロボロの爺さん紅竜人がそう言った。

すると、それまでジロジロと俺を観察していた他の紅竜人たちは、揃ってその視線を爺さん紅竜人に向けた。


ふむ、どうやらこのパサパサなジジイが、この中で一番偉いと俺は見たぞ!


「その方、もそっとこちらに来なされ」


なんだか古めかしい言い回しでそう言って、ジジイがゆっくりと手招きする。


……いやぁ~、行きたくねぇ~。

何する気だこいつ?

なんか……、喋り方も変だけど、それ以上に、目がかなり変なのだ。

視点が定まってないというか、眼球が不自然にあらぬ方を向いていて……、どこ見てんだこいつ??

まさか、ボケてないよな???


かなり失礼な事を考えながら、依然として体が硬直したままの俺が一歩も動かずにいると……


「ほれ、行け」


「わわっ!?」


クラボが俺の背をチョンっと小突いた。

その力が思ったよりも強かった為に、俺は前のめりになって倒れそうになりながら、意図せずジジイの直ぐそばまで寄ってしまう。

なんとか倒れずに踏み止まったものの、ジジイが手を伸ばせば捕まえられてしまいそうなくらいの距離にまで、俺は近付いてしまった。

そして、予想通りジジイは、手招きしていた手をおもむろに俺に向かって伸ばし、スッと頭の上にその大きな掌を置いたではないか。


ひゃあぁぁっ!?


ゾワゾワとした気色の悪い感覚が、触られた頭のてっぺん部分から背中を伝ってお尻まで届き、自慢の愛らしい丸まった尻尾がピーン! と上を向いて立ってしまった。

しかし、ジジイのお触りはそれだけでは終わらず、その大きな両手で俺の顔を左右からギュッと挟み込み、頭から耳、耳から頬、頬から目、目から鼻を通って口元、隅々まで細かく触られて……

結局俺は、首から上の全てを、ジジイのゴワゴワした手に厭らしく撫で回されたのだった。


ひょおおぉぉっ!??

ふぁあぁああぁぁぁっ!?!?

ほげぇえええええぇぇぇっ!?!!?


声にならぬ叫びを、心の中で絶叫する俺。

心臓がバクバク、呼吸がゼハゼハ、汗がダラダラ。

今にも死にそうな勢いで、俺の体は全身でその手を拒否していた。


そして、ようやくその手が俺の顔から離れると、ジジイは一言こう言った。


「ふむ……。クラボの言うた通りに、確かに可愛らしい顔付きをしておるわい。ひ~ひっひっひっ」


気味の悪い声で、笑っているとは思えないほどに口が左右に裂けた恐ろしい形相でそう言ったジジイに対し、俺は再度心の中で叫んだ。


か……、可愛いかどうかを確かめる為だけに、俺の顔を撫で回したのかっ!?

なんか、なんかもっと、他の重要な事の為に触ってたわけじゃないのっ!!?

顔付きとか……、どうでもいいだろそんなのぉおっ!?!?


有りっ丈の恨みを込めて、俺はジジイを睨み付けた。

しかしながら勿論、俺の睨みに効力などあるわけもなく、ジジイは平然とした様子で話し始める。


「時の神の使者よ、よくぞこの地に来て下すった。わしの名はモーロク。この奴隷の町トルテカで、最も長く生きておるジジイじゃよ、ひ~っひっひっ」


未だ視線が宙を泳いでいるジジイはそう言って、また不気味に笑った。


……てか、名前がやべぇよ。

耄碌(もうろく)て、まんまじゃねぇかっ!?

まさか、生まれた瞬間からこんな感じだったのか!??

んなわけねぇだろっ!?!?

しかし、なんちゅうネーミングセンスだよおいっ!?!!?


またもや心の中で、目の前の初対面のジジイを馬鹿にする俺。

しかしながら、俺はすぐさま自分の思考を恥じる事となる。

その見た目と名前だけで相手を判断し、相手の本質を見抜けなかった自分を恥じたのだ。

何故ならば……


「モッモ、モーロクさんは両目が義眼でな。物を見る事が出来ねぇんだ」


クラボが静かにそう言った。

怪訝な顔でモーロクを見る俺を、律する為に。


両目が義眼って……、え?

それって、全く何も見えない状態だってこと??

だから、手で俺の顔を触って……


「モーロクさんは、百年ほど前に起きた奴隷解放紛争で、最前線に立って王の軍勢と戦い、ただ一人生き残った伝説の男なんだ。その時に両目を失ったらしいが……、どうにか今日まで生きてきた。お前はモーロクさんに話を聞くべきだ。これまでに起きた事と、これから起こるであろう事を、モーロクさんは知っている」


クラボの言葉に俺は、未だ両目があらぬ方を向いたままのモーロクを、先程までとは全く違った眼差しで見つめた。


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