494:全て耐えてみせる
「ちょ……、ちょちょ、ちょっと待って!? 献上品になる? 僕が?? ……えぇえっ!??」
何言ってんだこいつっ!?
頭ん中に虫でも湧いてんのかぁあっ!??
目をパチクリさせながら、俺はゼンイを見つめた。
「スレイとクラボが言うように、王族の住む王宮へ忍び込む事は難しい……。けれど、内部に内通者がいれば話は別だ。モッモ君、君はこのままスレイとクラボの二人に捕らえられた形で、国王への献上品となって王宮に忍び込んで欲しい」
は……、はぁあぁぁっ!?!?
「いっ……、やぁ~、それは……。ちょっと厳しいかなぁ~……?」
無理よ、無理無理、危険すぎるわよ。
献上品って……、要は、お供物の事よね?
スレイとクラボが生きる為に、王様に差し出す盗品の事よね??
俺に……、それになれと???
「おぉ、名案じゃねぇかっ! こんな愛くるしい顔と珍しい毛色の鼠なら、国王だって喜ぶに決まってらぁっ!! 食い物にされずに、ペットとして可愛がって貰えるだろうよ!!! 」
あぁんっ!? ペット!??
スレイこの野郎……、ちょっと黙ってろっ!!!
「ケツァラ語が理解できるんなら、王宮の内情も探れるだろうな。ただでさえもあそこは広くてややこしい造りなんだ。王族を暗殺するなら、何処に何があるのか分かってねぇと話にならねぇ」
クラボてめぇ……
そっと後押しするんじゃないよっ!
「後生の頼みだ。モッモ君……、引き受けてはくれないかっ!?」
小さな俺に向かって、頭を深く深く下げるゼンイ。
その誠意ある姿に俺は胸を打たれ、心動かされ……、るはずがないだろうがぁあっ!!!
「無理だよっ! そんなの……、そんな事……」
この俺が、見知らぬ国の見知らぬ王宮に、献上品として一人で潜入する……
それも、この国の主導者である王族を暗殺する為に……
ついでに、そこには悪魔が潜んでいるかも知れない、だと……?
「ぼ、僕に……、僕にそんな事が出来ると思うっ!? 世界最弱の、ピグモルの僕にっ!??」
もし、王様が俺の事を気に入らなかったら?
もし、周りの兵士が俺の事を怪しんだら??
もし、悪魔が……、俺の存在に気付いたら???
俺には何の力もない。
魔力も、腕力も……、最近だと、知力も欠けてるんじゃないかと思える始末なのだ。
精霊を呼ぶ力はあるけれど、それだって、縄すら解けないんだぞ?
そんな俺が、たった一人で潜入捜査だとっ!?
自殺しに行くようなもんだろうがっ!!!
それに……、それにぃいっ!!!!
「グレコに怒られちゃうぅっ!!!!!」
悲壮な表情でそう叫んだ俺の事を、ゼンイは無表情で見つめ、スレイとクラボは軽く首を傾げた。
こいつら、分かってないんだ……、俺の今の状況を……
「さっきからずっと……、い、今は来てないけど……、グレコからずっと連絡が来てて……。でも、僕は返事が出来なくて……、そ、そしたらグレコ……、めっ! めちゃくちゃ怒ってるんだ!! これ以上心配かけるのは……、駄目だ、駄目なんだよ!!!」
そうなのである。
グレコは今、ものすごく怒ってて、それ以上に、ものすぅ~っごくっ! 心配しているのである。
きっと、これまでにないくらいの剣幕で……
昨日、あの幽霊船より無事タイニック号に帰還した俺達を待っていたのは、世にも恐ろしいグレコのお説教タイムだった。
帰ってくるなと言ったのに帰ってきた俺とカービィ、更にその矛先はギンロにも向けられて(幽霊船に乗り込む事を止めなかった事などを理由に)、グレコは小一時間キーキーと喚いていたのだ。
「モッモを危険に晒すなんて、何考えてるのよカービィ!?」
から始まって……
「モッモ!? 私の言う事を何故聞けないのっ!??」
と続き……
「あなたもっ! 得体の知れない船への潜入に同伴させるなんて、止めなさいよギンロ!!」
かなりヒステリックな金切り声を上げ、しゅんとした状態で正座する俺達三人に向かって、ガチギレしておられたのです、はい。
幽霊船から助けてやったというのに、グレコのやつ……、恩を仇で返すとは正にあの事だろう。
あの鬼のような形相が、脳裏に焼き付いて離れない。
しかしながら、グレコがそうなってしまったのには訳があるのだ。
ニベルー島にて、ホムンクルスの城へと潜入した時、俺は悪魔と化した十番目のテジーにまんまと捕まってしまった。
そして、妙な機械に神の力を吸い取られて、危うく死に掛けたのである。
エルフの盾の心だとかいう、ぽっちゃり体型のマーテルが助けてくれたから良かったが、九死に一生を得たと言っても過言では無い、とても危険な状況ではあった。
でもまぁ、結果としては助かったわけだから、それはいい。
問題は……、その後の俺の行動だ。
それらの出来事全てを、俺はグレコに話して聞かせてしまったのだ。
それも、面白おかしく、いつも通りヘラヘラと笑いながら……
武勇伝のつもりで語った俺だったが、話を聞く内に、グレコの顔はみるみる青くなっていった。
そして最終的には、自分が付いて行けばそんな事にはならなかったかも知れない、自分が付いて行かなかったからモッモは命を落としかけた……、という思考に至ってしまったらしい。
だからたぶん、今も……
絆の耳飾りから聞こえてきた言葉は、かなり荒っぽくて乱暴で、いつものガチギレ状態には変わりないのだろうけれど、その内心はとても心配していると思うのだ。
仮にもグレコは女の子だ。
女の子に、そんな風に心配させるなんて、男の名が廃るってもんだぜっ!?
……それに、また怒られるのは勿論嫌だ。
このまま、スレイとクラボに捕まったフリして(さっきまでは本当に捕まってたけど)、一人で王宮に乗り込んだりしちゃった時にゃもう……、うぅう……
その後の事を考えると、俺の小さな胃が恐怖に怯えて、キリキリと痛むのだった。
「ならば……、グレコ君には、僕から話しておく」
ふぁ?
「な、に、を? グレコに?? 僕が一人で、王宮に潜入……、するって???」
「そうだ」
ばっ? 馬鹿かこいつっ!?
「そっ!? そんな事言ったら、君が怒られるよっ!??」
こいつ、グレコの怖さ知ってんのかぁあっ!??
「構わない。グレコ君の叱責など、僕には痛くも痒くも無い」
うっ!? ……な、なんちゅう目をしてんだこいつ。
ゼンイの目付き、顔付きは、もはやこの世に怖いものなど無いと……、平気で言ってのけそうなほどに真っ直ぐで、強い。
「例え彼女に叱られ、罵倒されて……、或いはこの身に危害を加えられたとしても、それはこれまで僕が経験してきた痛みや苦しみに比べれば何の苦でもない。僕が今、ここにこうして生きている意味……、成さねばならぬ事、使命……。それを成し遂げる為ならば、この身にどんな災厄が降りかかろうとも、全て耐えてみせる。それくらいの覚悟はあるつもりだ。だからどうか……、どうか、力を貸して欲しいっ!」
ゼンイは、すっくと立ち上がって、再度俺に深々と頭を下げた。
こんな、グレコに怒られる事に恐怖し怯えているような、男の風上にも置けない、情け無い俺に対し、深々と……
なっ!? なんちゅう格好良さだよおい!!
ゼンイは……、いや、レイズンとは、これまでまともに会話した覚えが無い。
レイズン自身、騎士団のみんなと少し距離があって、気付けばいつも一人で居るし、カービィも知り合いじゃないって言うし……
影の精霊とのパントゥーとか言うだけに、影が薄い奴だなぁ~、なんて思っていた事もあった。
けどどうだ?
その影の中身は、こんなにカッコいい奴だったんだぜ??
使命の為なら、どんな苦しみにも耐えてみせるって……、どんだけクールなんだよおいっ!!!
この時俺は、完全に、この目の前にいるレイズン……、いや、紅竜人のゼンイに……、心底惚れてしまったのだった。




