492:憎めない奴
つまり、えっとぉ……、あん?
……うん、一旦落ち着こう俺。
今聞いた事を、頭の中で、ゆっくりと整理するんだ。
まず、白薔薇の騎士団の一員であるはずのレイズンは、本当はゼンイという名前の紅竜人だった。
ただ、全身の鱗が黒いから、他の紅竜人とはちょっと違うようだけど、そこは今は無視しよう。
ゼンイは、このロリアン島の出身で、元々は奴隷だったようだ。
王様に生贄にされて、命を落としかけたけど、影の精霊に助けてもらい、島を出て……
恐らくその後、魔法王国フーガへと渡った、という事だろう。
先日フーガで、白薔薇の騎士団の副団長が一人、巨大な樹人のトゥエガが言っていたのは、この事だったのだ。
レイズンは訳ありだと……
いやいや、訳あり過ぎるだろうがよっ!
奴隷てっ!?
生贄にされたてっ!??
トゥエガめ……、カービィがわざわざ質問したにも関わらず、よくもこんな重大事項を隠してくれていたな……
次に会った時は、葉っぱでワサワサのあの頭に、空手チョップをお見舞いしてやるぅっ!!!
……いや、落ち着け俺。
とりあえず、目の前の事を考えよう。
三人の話から推測するに、ロリアン島の紅竜人が暮らすこの国には、同じ種族間であるにも関わらず、奴隷に貶められている者が沢山いるらしい。
奴隷制度が始まったのは、五百年前の建国と同時期で……、アーレイク・ピタラスの大陸大分断の直後と考えられる。
つまり、これまで経由してきた島々に悪魔が存在していたように、この島にも悪魔がいて、奴隷制度なんていう馬鹿げた政策を行い始めた王族の中にこそ、その悪魔が潜んでいるのではないか、とゼンイは考えているわけだ。
……うん、なんだろうな。
なんか、めちゃくちゃややこしい事になってきたんじゃなかろうか?
「国を壊すって……、どうする気だよ、ゼンイ」
「何か策があるのか?」
スレイとクラボの言葉に、ゼンイは小さく頷く。
「この国を壊す為にすべき事、それは……、王族を一人残らず抹殺する事だ」
まっ!? 抹殺ぅうっ!!?
「抹殺ってお前……、正気か?」
「お前、分かってるのか? 都で国王の配下についている兵士の数は、およそ二千にのぼる……。それを相手に戦うつもりか??」
兵士が二千人もっ!?
めちゃくちゃ繁栄してるな紅竜人!!?
「いや、兵士は相手にしない。彼等も同じ紅竜人だ、傷付けたくはない……。諸悪の根源である王族だけを、暗殺するんだ」
あああっ!? 暗殺ぅううっ!!?
「暗殺って言ってもよぉ……。王宮の警備に穴なんざねぇぜ? 鼠一匹だって忍び込めやしねぇ」
「スレイの言う通りだ、王宮の警備は固い。どうしてそんな事知ってんだって顔だな。何を隠そう、俺とスレイは今、その王族の命令で盗みを働いてんだ。その関係で、ちょくちょく王宮に足を運んでんだよ。で……、お前も知っているだろうが、この島には資源がねぇ。五年前よりも更に枯渇している。つまり、島外からの珍しい物を手に入れようと思うと、王族ですら売買するのに手こずる始末だ。だからあいつらは、俺たちのような奴隷を使って、港で盗みを働かせてるのさ」
う~わ、マジかそれ……
なんちゅう王族だよ、奴隷とはいえ国民に盗みを働かせるなんて……
てか、富もないのに王族って……、何で王族を名乗れるわけ?
意味分かんない。
「そんな事が……、余りに酷いな」
「いやまぁ、そのおかげで俺たちゃ、昔に比べれば随分とマシな暮らしをしているんだがよ。生きていけるだけの食い物も、服も、水も……、たまには酒だって手に入る。トルテカにいた頃に比べりゃ、今なんて楽園のような生活だぜ、なぁ?」
「そうだな。俺もクラボも運が良い。お前は知らねぇだろうが……、お前が居なくなってからしばらくして、トルテカは大火事に見舞われたのさ。街にいた奴隷の半分が逃げる事すら叶わず、塀の中で焼け死に、残りの半分は混乱に乗じて街を逃げ出した。だが、逃げ出したはいいものの、みんな行く当ても無し……、島内を彷徨う事になっちまった。俺たち二人は都の近辺まで逃げ延びたが、そこで運悪く王族配下の兵士に見つかっちまってな。危うく処刑されそうになったが、今やってる汚れ仕事を引き受ける事で、なんとか生き延びたんだ」
「そうだったのか……。大変だったな」
「まぁな。けど、あの世に行きかけたお前に心配される程の事じゃねぇよ。俺もスレイも生きている!」
「ギャハハ! 全くだ!!」
おぉう……、すっげぇ~鋼の精神だな。
奴隷という身分に貶められ、大火事に襲われて、命からがら逃げ出したのに捕まって、処刑されない代わりにやりたくもないであろう汚れ仕事をさせられているというのに、それら全てを笑い飛ばすとは……
このスレイとクラボは、見た目に違わぬ強い心をお持ちのようです。
「そいで、王宮だが……、あそこはまるで監獄のようだぜ。そこかしこに兵士がいてな。悪い事は言わねぇ、侵入なんて、とてもじゃないが無理だぞ」
「そうだな。王族を暗殺なんざ不可能さ。ばれりゃあ即処刑されちまうだろうよ。せっかく助かった命なんだ、こんな国の為に捨てるこたぁねぇよ」
スレイとクラボは、釘を刺すかのように、宥めるような口調でそう言った。
しかしゼンイは……
「無理だとしても、不可能だとしても、やらなければならない。ジピンの為にも、僕は……」
両手をきつくギュッと握り締め、ゼンイは俯く。
怒っているのだろうか? 体は小刻みに震えていて、その瞳には決意の炎が揺れている。
ゼンイが放つ気迫に、スレイとクラボは返す言葉が見つからないようだ。
「時に聞くが、この辺りに小さな獣人が来なかったか?」
ゼンイはパッと表情を変えて、スレイとクラボに尋ねた。
「獣人? いや、見てねぇな」
「そうか……。実は、僕の計画には、ある者が必要不可欠なんだ。その者は、悪魔を倒す事の出来る、唯一の力を持っている。彼がいないと、例え王宮に忍び込めて王族を根絶やしに出来たとしても、その中に潜んでいる悪魔を倒す事は出来ないだろう」
おや? 小さな獣人??
悪魔を倒す事の出来る、唯一の力???
「そいつが……、その獣人が、あくまって奴を倒してくれるのか?」
「強い奴なんだな?」
「いや……、強くはない」
スレイとクラボの問い掛けに対し、ゼンイは鼻で笑う。
「正直、何故あの様な小物に神は力を与えたのかと……、何故僕には力が無いのかと、常々思い悩んでしまうほどに、彼は弱く、情け無い」
……それさ、誰のこと?
もしかして、俺のこと??
「弱いだけに留まらず、頭も悪い。記憶力も無ければ学習能力もなく、何度も過ちを犯しては仲間に叱られている」
うっ……、俺のこと???
「それに加えて馬鹿みたいに能天気で、いつもヘラヘラと笑っていてな……。何の不自由もなく、これまで幸せに過ごしてきたのかと思うと、見ているだけで虫唾が走る」
ひ、酷く無い????
そんな風に思ってたのねっ!!?!?
「だが……、どこか憎めない奴なんだ。妙に正義感があってな。彼の行いには、時折ハッとさせられる。出会って日も浅い赤の他人の為に、命を投げ出して、全力で駈けずり回ったりして……。僕も、こんな風に生きられたら良かったのにとさえ、思った事もあった」
そ……、そうかしら? 褒められてる??
……えへ♪
「彼なら、僕が事情を話せばきっと力になってくれるはずだ。当初の予定では、島外で出会った僕の仲間に力を貸してもらうつもりだったが……、少々事情が変わってな、そちらは当てにできないだろう。だから彼に事情を話して助力を得たかったのだが、数時間前から行方不明なんだ。それで、仲間と手分けして捜索して……、そうしたら偶然、二人に再会できたんだ」
ゼンイはそう言って、スレイとクラボに向かってニコリと笑った。
「なるほどな……。弱いが、あくまとやらを倒す力は持った小さな獣人か……」
「どんな外見なんだ? 特徴とか無いのか??」
三人の会話を聞き、俺は口にはまったままの猿轡をギュッと噛み締める。
なんだか、とっても複雑な心境だ。
めっちゃディスられて、でも頼りにされていて、でもでも縄で縛られていて……
「毛色は金色に近い茶色で、背の高さはこれくらいだ。鼠に似た獣人だが、顔付きはとても愛らしい。衣服を着ているから、野鼠とは間違えられないはずだが……」
ゼンイの説明を聞いて、スレイとクラボは無言で見つめ合う。
そして、同時にクルッと顔をこちらに向けた。
港から盗んだ物の間にちょこんと座っている俺を、無表情で見つめている。
まさか……、こいつが? そんな声が聞こえてきそうな顔である。
……あぁそうさ、俺だよっ!
小物で弱くて情け無くて、頭が悪くて記憶力も学習能力もない、能天気でヘラヘラしている俺ですよっ!!
早く縄を解いて猿轡を外しなさいよっ!!!
きぃいぃぃ~!!!!
俺は、有りっ丈の恨みを込めて、スレイとクラボを睨み付けた。




