483:ロリアン島に行けば分かる
「ぬあぁっ!?」
突然耳元で聞こえたグレコの声と、隣に座るウィルが俺の髭を触ったのがほぼ同時だった為に、俺は妙な声を上げてしまう。
「モッモ!? どうしたのっ!?? モッモ!!??」
元々焦っているような声色のグレコが、更に焦った様子で尋ねてくる。
「だ、大丈夫! ……ウィルさん、もうやめてくださいっ!!」
小声でウィルに釘を刺し、グレコの方に意識を向ける俺。
どうやら例によって、絆の耳飾りを使って交信してきたらしい。
いったい何の御用?
帰りが遅いから心配してるのかな??
「モッモ、あなた今一人なの!? カービィは!?? ノリリアはっ!?!?」
「あ、えと……、ノリリアは今席を外してるけど、カービィは隣にいるよ」
未だクッキーを食べ続けているカービィは、俺が絆の耳飾りを使ってグレコと話しているのだと気付いた途端、パッと表情を変えて無駄に近寄ってきた。
「グレコはんかっ!? 代わっへくへっ!!」
馬鹿か……、電話じゃないんだから代われるわけないでしょうがっ!
それに、口の中の物を飲み込んでから喋りなさいっ!!
「そう! 一緒なら良かったわ!!」
そう言ったグレコは、まるで運動している最中かのような荒い息遣いである。
何をしているのだろう?
船にいるのでは無いのだろうか??
「どうしたのさ? 何か……、走ってるの??」
「走ってはいないけど、ちょっと……。とにかくモッモ! 今こっちに戻っちゃ駄目よ!!」
「へ? なんで?? もうすぐ戻ろうかと思って」
「駄目っ! 今こっちは大変な事に……、あっ!? きゃあっ!!?」
「えっ!? ぐ、グレコ!?? ……お~い? もしも~し?? グレコぉ~???」
短い悲鳴を上げたかと思うと、グレコとの交信は途絶えてしまった。
……なんだ? 何なんだ??
「グレコさん、なんらっへぇ~?」
およそ十枚目のクッキーを齧りながら、カービィが尋ねてきた。
「分かんないけど……、なんか、大変な事にって言ってた……。何かあったのかな?」
「何っ!? グレコさんがピンチ!?? 今すぐおいらが戻って助けなければっ!!!」
「うわっ!? 汚いっ!!」
ガタッと椅子から立ち上がり、口からクッキーの欠片をパラパラと撒き散らしながら、叫ぶカービィ。
俺は咄嗟に、飛び散ったそれらを払い除けた。
しかしながら、何があったというのだろう?
大変な事にって……、何が??
「だっはっはっはっ! 思ったより元気じゃねぇか!!」
ふと聞き覚えのある声がして、振り返ってみると、休憩室の入り口に馬鹿でかい木が生えている。
「お? どうしたトゥエガ??」
あ……、違ったわ。
木じゃなくて、副団長の一人、樹人族のトゥエガでした。
ほんと、動いていないと本物の木に見えちゃう。
森に突っ立ってたら絶対に気付かないな、これ。
「いや、お前も魔力を使い果たしちまったんじゃねぇかと思ってよ。俺様特性、超高濃度エリクサーを餞別に持ってきてやったのさ」
トゥエガは、頭部に生い茂る葉をガサガサと揺らしながらこちらに歩いてきて、その手に持っていた小さな木箱を机の上にポンと置いた。
中には見た事のない、七色に煌めく不思議な液体が入った小瓶が八本並んでいる。
俺には魔力が無いので気のせいかも知れないが、とても強力なパワーがその小瓶の蓋から漏れ出ているような……、そんな風に感じられた。
「おぉっ!? サンキューな!! いや~、さすがに全力のローズを相手にしたんじゃ、おいらもこの有様でよ。セーラが手当てしてくれたから、火傷はすぐ治ると思うんだけど……、確かに魔力はかなり消費しちまってたんだ。助かるぜ!!!」
そう言ってカービィは、これまた器用に指先だけで小瓶を一つ摘み上げ、蓋を開けて中の液体をグイッと飲み干した。
栄養ドリンクでも飲むかのように、こう、グイッとね。
「残りはもしもの為にとっておけや。お前の事だ、どうせ無茶するつもりなんだろ?」
ニヤニヤと笑うトゥエガ。
「なははっ! どっちみち、悪魔と対峙したら逃げるのだって一苦労なんだ。まぁ死なねぇ程度に、やれるだけやってやるさっ!!」
相変わらず、ヘラヘラしながら恐ろしい事を口走るカービィ。
「だっはっはっ! 変わんねぇ~なお前もっ!! おっと、ジオーナから言伝預かってんだ。今度会った時は、酒場でゆっくりと悪魔退治の土産話を聞かせろ、だとよ」
「あぁんっ!? あいつめ……、ローズの前では口が裂けてもんな事言えねぇのになっ!! なっはっはっ!!!」
「全くだぜっ!? あいつほど世渡りが上手い奴はいねぇよっ!!!」
……何やら大声で盛り上がるカービィとトゥエガ。
以前からの知り合いらしいが、この二人、かなりウマが合うようだ。
というか、カービィが社交的なんだろうな。
さっきまでは、ライネルとも馬鹿笑いしてたしな。
「ところでトゥエガ。レイズンは何もんだ?」
突然笑うのをやめて、低い声で尋ねるカービィ。
レイズンとは、今現在はタイニック号に残っている、ピタラス諸島探索調査のメンバーの一人で、通信班に割り振られている。
確か、影の精霊とのパントゥーだとかで、いつもローブのフードを深々と被っていて、俺はその素顔を一度も見た事がない。
「ライネルに聞きゃあ、あいつはおまいが騎士団に引き入れたらしいじゃねぇか。そいで、入団して日も浅いというのに、今回のプロジェクトに参加する事になったとか……。どういう経緯でそうなった?」
カービィの問い掛けに、トゥエガも笑うのをやめて真顔になる。
その視線はライネルへと向けられたが、ライネルは腕組みをしたまま何も言わずに、トゥエガを見るだけだ。
「……まぁ、隠しても仕方がねぇか。あいつは……、レイズンは、ちょいと訳ありでな。ピタラス諸島のプロジェクトには、俺がローズに頼んで参加させたんだ」
トゥエガは、別段慌てる素振りも見せず、淡々とそう言った。
「訳ありって……、どういう?」
「お待たせポォオォォ~!!!」
カービィが次の言葉を発するより先に、ノリリアが全速力で休憩室へと駆け込んできた。
その背には、かなり大きな、パンパンに膨れ上がったリュックを背負っている。
「はぁ、はぁ、重いポ……。衛生備品の補充も楽じゃないポねぇ~。薬品は苦手ポよぉ~」
疲れた様子で、肩で息をするノリリア。
「なははっ! 常日頃、衛生班に頼りっきりだからそんななるんだよっ!! ロビンズに感謝するんだなっ!!!」
「ポポ? カービィちゃんに偉そうに言われる筋合いはないポねっ!!」
ノリリアにピシャリと反論されて、カービィはピッと口を噤んだ。
「さぁ~て! モッモちゃん、船に戻るポよっ!?」
「あ、うん。でも……、なんか、さっきグレコから連絡があって、今戻っちゃ駄目とか言ってて……」
「ポポポ? 戻っちゃ駄目?? なんでポ???」
「いや、なんでかは分かんないんだけど、その……」
戻るなと言われて、それを無視して戻ったとして……、その後グレコに叱られるなら、今は戻らない方がいいんじゃなかろうか? とも俺は思うわけです。
「いや、すぐ戻ろう! グレコさんがピンチかも知れないからなっ!!」
思い出したかのように急にヤル気を出して、カービィはグッと拳を握り締める。
(自由な数本の指をキュッと丸めただけだけどね)
「ノリリア、次はロリアン島に行くんだよな?」
トゥエガが尋ねる。
「そうポ! 紅竜人の暮らすリザドーニャ王国に向かうポよ!!」
「ふむ……。カービィ、レイズンの事なら心配はいらない。あいつは……、訳ありだが、俺たちの敵ではない。ま、ロリアン島に行けば分かるさ」
トゥエガは、かなり含みのある言い方をする。
そこまで言うなら、ちゃんと説明してくれればいいじゃない? と俺は思ったのだが……
「そか! 分かった!! じゃあ……、モッモ、ノリリア、戻ろうぜっ!!!」
カービィは何やら納得出来たらしい。
長い付き合いなのだろう、トゥエガの言葉を信じるようだ。
「ポポ! ライネル、トゥエガさん、ウィル、ありがとポ!! みんなと協力して、必ずやクエストを達成してみせるポね!!!」
決意を新たに、ノリリアは力強く宣言した。
こうして、俺とカービィとノリリアは、トゥエガ、ライネル、ウィルに見送られて、白薔薇の騎士団本部を後にした。
導きの腕輪を使い、ピタラス諸島周辺海域を航行中のタイニック号へとテレポートした俺とカービィとノリリア。
するとそこには……
「ワーーーープッ! ん?? ……ぎゃっ!!?」
「おわおっ!?」
「なっ!? 何ポッ!??」
瞬きするほどのほんの一瞬で、魔法王国フーガからタイニック号の甲板に転移した俺たちを待っていたのは、見知らぬ白い影の集団。
衣服を身に付けてはいるものの、およそ人とは思えないその体は、まるで煙のように揺らめいている。
「おやぁ~? へへへ……、なんだお前たちは??」
黒いキャプテン帽を被り、赤いマントを身に付けた一際大きな白い影が、俺たちを見てニンマリと笑った。




