458:金の鍵
「ママン、もう行くの?」
「えぇ。欲しい物は手に入ったし、用は済んだからね。長居は無用よ」
「そんな……、久しぶりに会えたのに……」
ニベルーの懐中時計を懐にしまい込み、帰り支度を始めたアルテニースに対し、クリステルがしゅんとした声を出す。
「そんなしょげないのっ! それより……、これを渡しておくわね」
ローブの内側をごそごそと探って、一枚の紙切れを取り出し、クリステルに差し出すアルテニース。
「なぁにこれ? ……マドーラ??」
「そこに書いてあるのが今の私の住所よ。いろいろと落ち着いたら、子供と一緒に訪ねて来なさい♪」
「子供って……、えぇっ!? どうして知ってるの!??」
顔を真っ赤にして驚くクリステル。
咄嗟に足が内股になってしまっていて、かなり気持ち悪い。
「私を誰だと思ってるのよ。天下の大予言者、アルテニース様よ!? 自分の息子の未来くらいお見通しよ!! クリステル……、あなたは今のままでも十分魅力的だし、彼女もそれを許してくれているけれど……。子供を持つんだから、しっかりしなきゃダメ。クリステルのままでもいいけど……、家族はちゃんと守りなさいね、バイバルン」
アルテニースの言葉に、俺とグレコは眉間に皺を寄せる。
クリステルに、子供が生まれる?
そんな……、なんの話だ??
クリステルは男で、オカマで……
彼女だって???
オカマのくせに、ちゃっかり女の子と付き合って、子供が出来ちゃったと????
……くっ、さすがは半分ケンタウロス。
父方の好色の血が色濃く流れてますなっ!
「あ……、はぁ~……。さすが、あたしのママンね。分かったわ。全部ちゃんと落ち着いたら、三人でママンを訪ねに行くわ」
「ふふ♪ 四人だけどね♪」
「え? ……えっ!? それってどういう事っ!??」
「あはははっ! 楽しみにしてるわねっ!! それじゃあモッモ君、グレコちゃん、またね♪ 今度は空の上で会いましょ!!!」
空の上ってそんな……、縁起でもない。
アルテニースは一人、愉快そうにケラケラと笑いながら、クリステルの家から出て行った。
残ったのは、机の上に置かれたニベルーの遺産である金の鍵と、呆然とする俺とグレコ、そしてクリステルの三人。
「……とても、迫力のある人だったわね」
ポツリと零すグレコ。
その言葉通り、なんともまぁ……、嵐のような女性だったなと、俺は思うのであった。
「モッモちゃん、グレコちゃん、お元気でね。またこの島に来る事があれば、お店に顔を出してちょうだいね♪」
クリステルに別れを告げて、俺とグレコはケンタウロスのお尻を後にした。
空はまだ明るくて、雲一つない快晴だった。
俺とグレコは小道を抜けて、大通りへと歩き出た。
すると、なんともタイミング良く、町へと戻ってきたノリリア達とばったり出くわした。
「ポポ!? モッモちゃん、グレコちゃん!??」
俺たちにいち早く気付いたノリリアが、険しい形相で駆け寄ってくる。
「お~、モッモ~!」
のんびりとした様子で手を振っているのはカービィだ。
まだ少し、眠そうな顔をしていた。
その他には、ギンロとライラック、アイビーにマシコットにカナリー、ブリックとチリアンとレイズンと、ミルクとパロット学士、最後尾にはミュエル鳥を複数従えたモーブとカサチョが一緒だった。
「ニベルーの遺物は見つかったポか!?」
猛ダッシュの末、至近距離にまで近付いてきたノリリアが、前のめりになって尋ねてきた。
「うっ!? うんっ!! あったあった!!!」
俺は、ストップ! の意味も込めて、体の前に両手を突き出した格好でそう答えた。
可愛らしいながらもかなり真剣なお顔のノリリアは、いつもより鼻の穴が膨らんでいてとても面白く、それでいて勢いがありすぎて怖い。
「これ……、えっと……。森で見つけたんじゃないんだ。そこの……、バーで、さっきアルテニースと会って……」
金の鍵をノリリアに手渡しながら、もごもごと口籠もりがちに説明する俺。
「ポッ!? アルテニース!?? アルテニース・パラ・ケルーススポかっ!?!?」
目をパチクリさせて驚くノリリア。
その声のボリュームがかなり大きかった為に、後からこちらに向かって歩いてきていたカービィ及び他の騎士団の耳にもそれが届いた。
「んん!? アルテニースだって!??」
最初に反応したのはカービィだ。
パッと目の色を変えて、俺たちの元へと小走りでやって来た。
他の騎士団のメンバーも、只事では無い様子で駆け寄ってくる。
「うんとね……。そこの角を曲がった先にある、ケンタウロスのお尻っていうお店の店主であるクリステルが、アルテニースの息子さんなのよ。それでね……」
グレコが、先程までの出来事を簡単に、ノリリア達に説明した。
そして、既にアルテニースは去ってしまった事も伝えた。
「くぁあっ!? 大予言者アルテニース!! 一目でいいから会いたかったぜぇえっ!!!」
真底悔しそうに悶絶するカービィ。
「ポポポゥ……、アルテニース・パラ・ケルースス……。三十五年前に国立学会から失踪し、未だに国家捜索特級行方不明者に認定されている超有名な未来予知魔法の使い手ポね。それをみすみす取り逃がすなんて……。団長にバレたら、ただじゃ済まないポよ……」
頭を抱え、表情を強張らせるノリリア。
「ま……、まぁ、そこはほら……、報告書を少し濁しておこうか」
気休めを言うアイビー。
「ノリリア、その鍵とやらを見せて頂けますかな?」
パロット学士に言われて、ノリリアは金の鍵を手渡した。
しげしげとそれを観察し、少しばかり険しい顔付きになるパロット学士。
「ふむ……、どうやらこれは、ニベルーの遺物に間違いないようですな。この持ち手部分の装飾の形……、コトコの遺物と同じく、【サルヴァトル】のものです」
パロット学士は、何故かコソコソと、ノリリアにそう耳打ちした。
とても小さな声だったし、聞き慣れない言葉が混ざっていた為に、俺にはよく理解できなかった。
でも、どうやらこの金の鍵がニベルーの遺物である事は間違いないらしい。
無事に役割を果たせた事に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ポポ。なら、今回の探索調査も一応の成功とみなせるポね。なんとかこれで、プロジェクトを続行させられるといいポが……。とりあえず、一度船に戻るポよ。モッモちゃんとグレコちゃんも一緒に」
ノリリアの言葉に俺たちは皆一様に頷いて、商船タイニック号が停泊する港へと向かったのだった。




