401:白骨死体
わぁああぁぁあぁっ!?!??
なんでっ!?
どうしてっ!??
白骨死体ぃいいいぃっ!?!??
小さな体をプルプルと震わせ、口を変な形に開けたまま固まってしまった俺は、目の前でユラユラと揺れているそれらを無意識に数えていた。
七、八、九……、きゅ、九体だ。
ニベルーの小屋の地下室には、鉄の鎖で縛られた九体の白骨死体が、天井からぶら下げられていた。
こ、怖い……、怖いよぅ。
どうして小屋の地下室にこんなものが……?
それも、九体もだなんて……
「こいつは……、死んでるよな?」
「は……? はんっ!? 死んでるよっ!!!」
馬鹿なのカービィ!?
死んでるに決まってるでしょうがっ!??
むしろこれで生きていたらそっちの方が怖いわっ!!??
腰を抜かし、先ほどまでここを満たしていた緑色の水のせいで濡れている床に尻餅をついたままだった俺は、カービィの間抜けなその言葉で正気を取り戻し、スッと立ち上がる。
こんな所にいつまでも居てはいけない。
さぁ、早く上に戻らないと! と、思ったのだが……
ツンツンツン
「何してんのさぁっ!?」
カービィは、手に持っている杖の先っちょで、一番近くにぶら下がっている白骨死体を突っついている。
よくもまぁ、そんな事が出来るもんだな。
杖の使い方、大いに間違ってないかい?
「ふむ……。ちょいと調べる必要がありそうだぞ」
そう言うとカービィは、杖を持って居ない方の腕の袖を捲り上げた。
そして……
「ふぁっ!? うぇえっ!??」
俺が止める間もなく、素手で、その白骨死体に触れたではないか。
さわっ!? 触ってるぅっ!??
静かに目を閉じ、何かに集中するカービィ。
すると、白骨死体のカービィが触れている箇所が、ほんわりと青い光を帯び始める。
その光は徐々に増していったかと思うと、途端にスッと消えてしまった。
「ん~、駄目だな。さすがに時間が経ち過ぎてる。ぼんやりとしか見えなかった」
カービィはそう言って、白骨死体から手を離した。
どうやら何か、魔法を行使していたらしい。
「ぼんやりとって……、何か見えたの?」
俺はカービィに問い掛ける。
「ここにある骨なんだけど……、全部同じ顔の人間だった」
……は? 同じ顔の人間??
「え……、何それ? どういう事??」
「そのまんまの意味さ。九人とも同じ顔の女だ。けど、十人目に殺されたんだ」
「え!? ……え、待って待って。全然分かんないんだけど」
「おいらもよく分かんねぇよ。とにかく……、おまいが探してた懐中時計を探そうぜ」
白骨死体から興味が逸れたらしいカービィは、テクテクと部屋の奥へと歩き出す。
天井からぶら下げられている九体の白骨死体を、すっすっと避けながら。
……いやぁ~、ちょっとお待ちくださいよ。
この状況で、よくそんな平常心を保てますねあなた。
頭の中、どうなってるんですか?
目の前に広がる、リアルお化け屋敷みたいな光景を前に、俺は足を踏み出す勇気など持てない。
出来る事といえば、せいぜいこの場に突っ立って、カービィが戻ってきてくれるのを待つ事のみだ。
カービィが奥へと進んで行った事によって、杖の明かりが遠くなる。
そうなる事で逆に、ピグモルは夜目が効くので、辺りの様子がハッキリと見えてきた。
白骨死体は、部屋の中央に位置する天井に、密集してぶら下げられているようだ。
みんな、後ろ手に縛られた格好で、胴体を鎖でグルグル巻きにされている。
素人目に見る限りでは外傷が無く、あるべき場所に綺麗に骨が残っている。
となると……、死因は、刺殺とか撲殺とかでは無さそうだな。
壁際には、小動物を閉じ込めておくのにピッタリな鉄の檻が全部で十個、二段重ねで並んでいる。
先ほどまで水没していた為に、所々が錆びて変色して、朽ちていて……
檻の中は勿論、空っぽだった。
部屋の隅には木製のベッドが一つあるけれど、こちらも水没の影響か、かなり腐っていてドロドロだ。
その横には本のない本棚があって、机があって……、カービィは、その机を遠慮なく物色していた。
「お!? あったぞ!! これじゃねぇか!??」
嬉しそうな声を上げながら、カービィは机の引き出しの中から何かを取り出した。
見るとそれは、カービィの杖の明かりを反射して、キラリと光る銀製の懐中時計だ。
「おぉ! 凄いっ!!」
まさか、この状況で本当に見つかるとは思っていなかったので、俺は素直に驚いた。
「はっはっはっ! おいら様にかかれば、これくらいお手のもんよっ!! ……ん? これ、開くんじゃねぇか??」
カチャカチャと音を鳴らしながら、懐中時計をいじるカービィ。
「え……、やめときなよ。変な物が入ってたらどうすんのさ」
「お……、開いたぞ。ん???」
俺の忠告なんか全く無視して、懐中時計をパカリと開いたカービィは、ピタリと動きを止めた。
……何? どうしたの??
まさか、呪われた???
「こいつ……、こいつらだな」
また、訳の分からない事を言い出すカービィ。
開いた懐中時計はそのままに、無表情で此方へと戻ってくる。
え……、それ、閉じなよ。
俺まで呪われたらどうすんのさ?
え、てか……、呪われてないよね君??
いつもの訳分からん普通のカービィ君ですよね???
ちょっぴり身構えつつ、カービィを迎える俺。
「ほれ、この女だよ」
そう言ってカービィは、開かれた懐中時計の中にある、何者かの写真を俺に見せてきた。
恐る恐る、目を細めながらそれを確認する俺。
そこに写っているのは、一人の女性。
セピア色に色褪せてはいるけれど、とても綺麗な顔立ちの、人間の女性だ。
にこやかな笑顔からは、何処と無く気品が感じられて、身分が高い人なのだろうと推測できる。
「この女、あの骨たちだ」
そう言ってカービィは、天井からぶら下げられたままの、九体の白骨死体を指差した。
「……え? ……うぇっ!? 本当にっ!?? ……えっ!??? 九体ともっ!?!??」
「たぶんな。あの白骨死体に薄っすらと残っていた記憶に、この女と同じ顔した九人の女が、これまた同じ顔の女に次々と縛り上げられて、悲鳴を上げている映像が残ってたんだ」
「なっ!? ……そんなものが見えていたのね君」
よく、そんな映像を見て、平常心を保てるね、カービィさんや。
君の図太さには、感心を通り越して呆れるよ。
……いや、むしろ脱帽ですよ、はい。
怪訝な顔をして見つめる俺に対し、カービィはキョトンとした顔をする。
懐中時計は、水に浸かっていたせいか、その動きを止めていた。
所々が黒く変色しかかっているものの、草花をモチーフにした装飾は、かなり繊細で美しい。
とても腕の良い職人が、丹精込めて作ったんだろうなと、俺は思った。
そして……
「あ……、カービィ、ここ見てよ」
それに気付いた俺は、懐中時計の蓋の裏側を指差した。
そこには見た事のない紋章と、ニベルーの名が刻まれていた。




