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398:細胞のなんたるか

「テジー・パラ・ケルースス……。この名前は間違いなく、ニベルーの妻の名前ですね」


青い手帳の1ページ目をしげしげと眺めながら、マシコットは頷いた。


「けどよ、ニベルーの妻って確か……?」


「はい。ニベルーが、かつてのムームー大陸への現地調査に出発するその前夜に、ニベルーの息子を出産すると同時に他界しています」


マシコットの言葉に、俺たちは重い空気に包まれた。


机の下から這い出た俺とカービィは、テジーの日記が書かれていた青い手帳を、マシコットとカサチョにも確認してもらった。

二人とも、最後のあのページを見て、眉間に皺を寄せていた。


「他界って……、死んじゃったって事だよね? じゃあ、この日記を書いたのは、いったい誰なの??」


疑問を呈する俺。


「おそらくだけど……、この日記を書いたのは、ニベルーが作り上げたホムンクルスではないかと」


オーノウ……

まさかとは思ったけれど、やはりそうなのか。

だって、日記の最初のページに、自分は生まれて三日目だとか、わけわかんない事が書かれていたものね。

普通、どんな種族であろうと、生まれて三日で文字なんて書けやしないよ。

前世の知識がある俺だって、そんなの無理だったんだから。

それが可能だという事は即ち、この日記の中のテジーは、自然界の生物ではない、という事だ。


「さすれば、故ニベルー・パラ・ケルースス殿は、自らが作り上げた造出生命体に、亡くした妻の名を付けたという事でござるか?」


カサチョの問い掛けに、マシコットは重く頷いた。


うへぇ~、そうかな~とは思っていたけど、本当にそうだったとは……

相当にやばい思考の持ち主だったんだな、ニベルーさん。

実際にその、ホムンクルスであるテジーを見てないから分からないけれど、仮にも自分が作り出した生き物に、亡くした妻の名前を付けるだなんて……

けど、旅立つ前夜に最愛の人を亡くして、その後はこの島で、たった一人で暮らしていたのなら、精神的におかしくなっても仕方がないか……

病みの極みだったんだろうな、ニベルーさん。


「だけどよぉ、仮にそれが真実だとして……、なんか引っかからねぇか?」


「そうですね。順序がおかしい」


ほへ? 順序??

……と、言いますと???


頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺に気付き、マシコットが説明をする。


「先ほど話していた、史上最悪の錬金術師、ボン・バストスは、悪魔の助言によってホムンクルスを完成させた。しかし、この日記を読む限りでは、ニベルーは自らの力でホムンクルスを生み出した、そう捉えられる」


ほう? ……そうなのか??


「日記の途中から、ヴァッカとかいう男が一緒に暮らし始めたろ? そいつの額には角があって、背中には黒い翼があるって……、んなの、まんま悪魔じゃねぇか。だけど、そいつがニベルーと暮らし始める以前に、ニベルーはホムンクルスのテジーを生み出していた。つまりニベルーは、悪魔の手を借りずに、自らの魔力、自らの錬金術の知識のみで、ホムンクルスの製造に成功したって事になる」


ほほうっ!? なるほどねっ!!!


「しかしながら、疑問が残るでござるな。果たして、そのような事が可能なのか……?」


「そうだな。何百年も何千年も、いろんな錬金術師達が造出生命体の製造を試してきたってのに、成功した例はボン・バストス以外はいねぇんだ。なのに、どうやってそれを可能にしたのか……」


カサチョとカービィはそう言うと、双方共に、全く同じ顎に手を当てたポーズで首を傾げた。

……毛の色は違うけど、二人とも猫型の獣人で顔の系統が似ているし、なんだか双子みたいだ。


「その事なんですが……、カサチョ、カービィさん、これを見てください」


マシコットはそう言って、床の上に一冊の大きな本を広げた。


……ねぇマシコット、俺の名前も呼んでくれていいんだよ?

俺だって、真相解明の為に、頑張って協力するよ??


名前を呼んでもらえなかった事に多少卑屈になりながらも、俺はカサチョとカービィと一緒に、開かれた本を覗き込む。

そして、すぐさま覗き込んだ事を後悔した。


「うっ!? わぁ~……。酷い」


俺は口に手を当てながら、ゲロを吐かないようにと気を付けつつ、それを凝視した。


開かれた本には、とてつもなくグロテスクな、アジの開きさながらの野鼠の開きの絵が書かれていた。

それも、何故かカラーで……


イッツア、ベリーベリー、グロテッスクゥウゥッ!!!


「この、隅の所を見てください。ここだけ書き込みがあったのですが……」


「んん? これは……、女のサイボウ……?? サイボウってなんだ???」


カービィが目を細める。

マシコットが言う隅の所には、手書きの文字でこう書かれていた。


《男の生殖細胞のみでは、造出生命体の製造は不可能に近い。女の生殖細胞を合わせる事で、造出生命体の製造は限りなく可能に近付く》


これはつまり……、あれだな、保健体育で習うあれだ。

 たぶん、男女がチョメチョメして、普通に子どもを作る方法の事を指しているんだと思われる。

しかしながら、どうやらカービィ達三人は、細胞という言葉の意味が分からないらしい。


「この、サイボウというものが何かは分かりませんが、生殖と書かれている限りは、僕たちの知っている命を生み出す行為に等しいものかと思われます」


ふんわりと、オブラートに表現するマシコット。

そういう言い方だと、なんだか神聖な響きだね。


「しかし、日記の中には、このテジー殿以外に女子なぞ一人も出てこなかったでござるよ。ニベルー殿は何者とまぐわったのか……?」


古い言葉ながらも、ストレートに表現するカサチョ。

その言い方だと、一気に現実味を帯びるね。


「女と××××して出来たなら、そいつはもはやホムンクルスじゃなくて普通に生物じゃねぇか。それとも何か? ××××しながら、××××××して、×××××したってのか??」


ぎゃあぁぁっ!?

カービィこの野郎!??

下品にもほどがあるぞ下ネタエロ魔獣めぇっ!!??

ニヤニヤすなぁあぁぁっ!!!!!


「真相は分かりませんが……、女性の持つサイボウというものを用いれば、ホムンクルスは作れるという事で間違いはないでしょう」


カービィの下ネタなんぞほぼほぼ無視して、マシコットはそう言い切った。

だけどもやはり、細胞という言葉を知らない三人は、腑に落ちない顔をしている。


「えっと……、僕が説明しようか? その……、細胞の事」


遠慮がちに小さく手を上げて、俺はそう言ってみた。


「説明って……、モッモおまい、このサイボウってのが何なのか、知ってんのか?」


「あ~、うん。分かるよ」


俺の返答に、三人は一様に驚いた顔をする。


「どうして!? いや……、それよりも、このサイボウとはいったい何なんだいっ!??」


食い入るように俺を見つめるマシコット。

カービィもカサチョも、ジッと俺を見て、俺の口が開くのを待っている。


……うん、なんだかちょっぴり、優越感♪


「よしっ! この化学の申し子モッモ様が、細胞のなんたるかを教えて進ぜようっ!!」


ドーン! と胸を張り、ノリノリで俺はそう言った。


前世の記憶の中にある、細胞と生殖の話。

学校の理科の生物の授業で習ったような、生物の体を構成している細胞の事。

保健体育の授業で習ったような、男女の生殖機能の事とか、生命が誕生する仕組みなどなど。

俺は、かな~り簡単に、三人に説明した。

三人共、瞬きすらせず、必死に話を聞いてくれて……

俺はこれまでになく、とても気分が良くなった。


「にわかに信じがたい話だが……。モッモ、おまいが今話した事は、おいら達の知っている医学では、全くもって解明されてない事ばかりだ。生物の体が、そのサイボウとかいう小さな粒が集まって出来ているなんて……、なんか、気持ち悪りぃな」


心底嫌な顔をするカービィ。


ははっ! うん、まぁ……、そうだよね。

この世界じゃ、化学はとうの昔に滅んだ学問なんだもの。

そこから派生するはずだった機械も技術も、全てこの世界には無いんだものね。

それをいきなり、細胞だの何だの言われても、ちんぷんかんぷんだよね、ははははっ!!


「でも……、しかし、ニベルーの妻であるテジーは、亡くなっていたはず……?」


「マシコット殿、こうは考えられぬでござるか? 故ニベルー殿は、死した伴侶の体を埋葬せずに、自ら持っていたのではないかと……」


「まさか!? そんな……。いや、でも有り得るか……」


げっ!? 死んだ妻の遺体を持ったままで、旅に出たって事!??

そんなの、いつかは腐っちゃうじゃないか……、ゲロゲロ~。


「ニベルーほどの魔導師なら、保存魔法なんか朝飯前だろうさ。死んだ奥さんのサイボウ使って、ホムンクルスを作っちまった、って事だろうな」


おおう!? なるほど保存魔法かっ!??

……うん、なんだかそれなら出来ちゃいそうな気がするな。


「ホムンクルス製造の必須素材であるイリアステルの製造方法は、フーガの禁書保管庫にあるボン・バストスの乱の記録に残されているはずです。ここにある実験装置から推測するに、おそらくニベルーはそれを閲覧したのでしょう。ニベルーほどの者であれば、禁書を閲覧する事も可能だったはず……。となると……、ニベルー・パラ・ケルーススは、ボン・バストスの残したイリアステルの製造方法を元に、自らの考察した女性のサイボウを使う新たなる方法によって、ボン・バストスの作り上げたホムンクルスよりも完成度の高い……、つまりは、完全なるホムンクルスの製造に、成功したのかも知れない……」


マシコットが導き出した結論に、俺たちは揃って頷くと共に、みんな緊張した面持ちになる。

何か、とてつもなく巨大な何かが、何処からともなく襲って来るかのような……、そんな鬼気迫る感覚に、俺は小さく身震いした。


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