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31:母ちゃん、大好きぃっ!!!

「ピギャー! ピギャー!! ピギャー!!!」


 お腹を空かした双子の妹達が泣き喚く中、俺とグレコは村の近くの小川まで帰って来た。


「あ……、ありがとう、ございました……。送って、頂いて……、うぷっ!?」


 思わず吐き出しそうになるのを必死に堪えながら、深々とお辞儀をする俺。


「礼には及ばぬ。それより、我が直々にピグモル達に謝罪せぬのはいかがなものか?」


 怪訝な顔をするガディス。


「駄目よ。今あなたが行ったら、みんなびっくりしちゃうから、謝罪はまた後日ね。とりあえず、今日の所はここまでにしておいてちょうだい」


 泣き喚く双子の入った揺り籠を抱えながら、臆することなくガディスと話すグレコはもう、何というか、さすがですね、ほんと……


「ふむ、承知した。では、しばし時を見図ろう。また会おうぞ、小さき者達よ」


 そう言い残して、ガディスは森の中へと走り去った。


「うっ、ぐっ……、はぁはぁ、参った……」


 喉を上がろうとしていた胃の中のものを下へ戻そうと、ふさふさと毛の生えるお腹を擦る俺。

 いや〜しかし……、酷い目に遭ったな、ふぅ〜。


 西の森にて、なんとかガディスと和解出来た後、お腹を空かせた双子の妹達が大絶叫と共に目覚めたので、俺達はみんなして慌てふためいて……

 何をしても泣き止まない妹達を前に、一刻も早く村へ連れ帰らねば! とかなんとかガディスが言って……

 俺とグレコに何の説明も無いままに、俺とグレコの首根っこを噛んで引っ張り上げ(食われるかと思いました)、俺とグレコを自らの背に乗せて、ガディスは森を大疾走。

 その速さ、その迫力、まさに森の王者! な〜んて、お気楽だったのは最初の三分だけだった。

 あまりの揺れと、流れる景色の速さに完全に酔ってしまった俺は、すぐさまグロッキー状態となった。

 なんとかここまで耐えたものの……、胸のムカムカが治まらな~いっ!! 


「あら、そんなに? 私は全然平気だけどな」


 揺り籠を手に、スタスタと村へ向かって歩き出すグレコ。


 嘘でしょ? なんで平気なの??

 三半規管どうなってんの???


「あぁ……、待ってよぅ~」


 さっさと行ってしまったグレコの後ろを、俺はふらふらとついて行った。







 

「あぁっ!? モッモ! マノンにハノンもっ!!?」


「おおっ! 帰って来たぞっ!!」


「モッモ! 無事だったかっ!!」


「さすがだモッモ!!!」


 村では、みんなが心配そうに俺達の帰りを待っていた。

 わーっ! とみんなが駆け寄ってきて、俺とグレコを囲む。

 グレコは手に持った揺り籠を、優しく母ちゃんに手渡した。


「あぁ! あぁっ!! ありがとうっ!!! 本当にありがとうよぉ~!!!!」


 涙ながらに、グレコにお礼を言う母ちゃん。

 言葉は通じないけれど、その様子から感謝されていると、グレコはしっかり分かっているのだろう、にこにこと優しい笑顔を称えている。


 俺は、みんなに事の経緯を説明した。

 西の森に暮らすガディスの存在と、ガディスが俺達ピグモルを長年に渡って見守っていた事。

 そして、今回の事はガディスの早とちりで、今後この様な危機は決して訪れない事などなど。

 みんな、最初は不安そうな顔をしていたけれど、俺が説明を終える頃には、すっかりいつもの様子に戻っていた。


「皆の者! モッモの勇気と、グレコ様の勇気を讃えよ!! そして、無事に帰還された事を祝おうぞっ!!! 宴じゃあぁ~!!!!」


 長老は両手を広げて、声高々に宴の開催を告げた。


「うおぉおぉぉぉ~!!!!!」


 村中のみんなが飛び跳ねて、満面の笑みで喜ぶ。

 ようやく村に、いつもの明るさが取り戻された。

 さあ、これから楽しい宴が始まるぞっ!


 しかし、俺はというと……


 つ、疲れた…… もぉ〜限界っ!!!

 お願いだから、静かな場所で横にならせてぇ〜ん。

 も、もう無理ぃ~、おえっぷ……


 もはや、倒れる寸前だった。








 遠くで、宴の音頭が聞こえている。

 沢山のピグモル達の陽気な大合唱と、グレコの楽しそうな笑い声も聞こえてくる。

 宴が開かれている広場では、俺の鞄で持ち帰ったタイニーボアーの肉を焼いているのだろう。

 開け放たれた窓からは、美味しそうな肉料理の匂いと、酒の匂いも漂ってくる。


「モッモ、具合いはどうだい?」


 双子の妹達を寝かしつけた母ちゃんが、自室のベッドで横になる俺の様子を見に来てくれた。


「うぅ、まだくらくらするよぅ……」


 ゆっくりと身を起こす俺。

 どうやら、ガディスの背に乗った事だけではなく、ここ数日間の旅の疲れがいっきに出ているようだ。

 全身がダルンダルンで、倦怠感が半端ない。


「仕方ないさ。これまで、どんなピグモルも経験した事のないような大冒険を、あんたはしてきたんだからね」


 母ちゃんはにっこりと笑って、俺の頭を優しく撫でる。

 母ちゃんに撫でて貰うと、不思議と気分が良くなった。

 この柔らかい手が、俺は大好きなんだ。


「……ねぇ、母ちゃん」


「なんだい?」


 俺は、母ちゃんに言わなきゃいけない事がある。

 もしかしたらそれは、母ちゃんを悲しませてしまうかも知れない。

 沢山、心配をかける事にもなると思う。

 だけど……、だけど俺は……


「僕、また旅に出なきゃいけないんだ」


 振り絞る様な声で、俺は言った。


「……そうかい」


 柔らかな笑顔のまま、頷く母ちゃん。


「それも、ずっと遠くに行かなきゃならないんだ」


 チラチラと、母ちゃんを見る俺。


「それは……、大変だねぇ」


 笑顔だけど、母ちゃんはちょっぴり寂しそうだ。


「あ……、でも、神様が便利な物をくれたから、村へはいつでも帰って来られるんだ。だから、ずっと会えないって事はないよ!」


 母ちゃんに少しでも安心してもらいたくて、出来るだけ明るい声を出す俺。


「そうかいそうかい! それなら母ちゃんも安心だよ!!」


 ニコニコと笑ってくれる母ちゃん。

 その笑顔を見た途端、俺の中にある何かが、グラグラと揺れ出して……


「うん。でもね……」


「……どうしたんだい? モッモ??」


 俺は俯く。


 本当は、旅になんて出たくないんだ。

 俺は、ずっとこの村で、母ちゃんと、家族と、村のみんなと一緒に、平和に暮らしていきたいだけなんだ。

 だけど……、だけど俺が旅に出ないと、世界の均衡とやらが保てなくなって、弱者であるピグモルは真っ先に滅んでしまうんだ。

 だから……


 でも、俺なんかがそんな、世界の均衡を保てるのかな? 

 俺なんかで、村のみんなを守れるのかな??

 不安しかない……、本当に、こんなちっぽけな俺なんかが、そんな大それた事、出来るのかな???


 体調を崩すと、精神も弱くなるものだ。

 今の俺は、超絶ネガティブくそ鼠に違いない。

 すると母ちゃんは、俯く俺を、ギュッと抱き締めた。


「大丈夫だよモッモ。モッモは一人じゃないからね。母ちゃんがいる、父ちゃんもいる、コッコにトット、マノンにハノン……、家族だけじゃない、村のみんなだっている。それに、あのブラッドエルフの女の子だって、一緒にいてくれる。お前は決して一人じゃないよ、大丈夫! やるべき事、任された事を、しっかりやるんだよ!! それがどれだけ難しい事か、母ちゃんには想像も出来ないけど……。けど、とりあえずやってみな!!! もしも駄目だった時は、一度立ち止まって、みんなで考えればいいんだからね。母ちゃんは、いつだってここで、あんだの帰りを待ってるから。大丈夫……、大丈夫だよ」


 母ちゃんは、俺の背中をトントンと優しく叩きながら、力強く励ましてくれた。


 母ちゃん……、母ちゃん、ぐすん……


 そして、俺の目を真っ直ぐに見つめて、こう言ってくれたんだ。


「それと、遅くなったけど……。お誕生日おめでとう、モッモ! お前は、母ちゃんの自慢の息子だよ!!」


ううぅ~……

 母ちゃん、大好きぃっ!!!


 俺は、母ちゃんに負けないくらい、ギュッと母ちゃんを抱き締める。


「母ちゃん! 僕!! 僕っ、頑張るっ!!!」


 母ちゃんの腕の中で、ボロボロと涙をこぼしながらも、俺は決意を新たにしたのだった。


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