264:大時化とザオ・クナップ
「全員持ち場につけぇっ! ザオ・クナップが出たぞぉっ!!」
船長ザサークの声が、甲板中に響き渡る。
「銛を持てぇっ! 構えろぉっ!!」
号令をかけるのは甲板長のバスク。
自らも巨大な銛を手に、船の外へ向かって構えている。
昼前になると、海は大時化に見舞われた。
容赦なく降りしきる雨に、押し寄せる波は高く荒く、船は上下左右に激しく揺れる。
白薔薇の騎士団のみんなが、その船内で揺れに耐えているであろう中、俺たちモッモ様御一行は、船外の船尾楼にて、ザオ・クナップの狩りを絶賛見学中です!
「ねぇっ!? やっぱり中に入りましょうよっ!??」
雨がっぱ代わりのローブに身を包んだグレコが、激しい雨と波の音に負けないようにと、大声で叫んだ。
「でもっ! もう始まるよっ!?」
慌ただしく持ち場について、海に向かって銛を構えるザサーク一団の姿を前に、船尾楼の柵に必死に掴まりながらも、俺のテンションはマックスだ!
本物の船での、本物の嵐!!
前世でだって、こんなの経験したことないはずっ!!!
臨場感半端ねぇえぇ~っ!!!!
「うひょぉっ!? どんな奴が釣れるんだぁっ!??」
こちらもテンションマックスのカービィが、柵の上に身を乗り出しながら、狩の行方を見守る。
釣るんじゃないらしいけどねっ!?
「いざという時は、我がダーラ殿をお守りせねばっ!」
妙な意気込みを見せるギンロ。
しかし、いざという時は俺を守ってくれなきゃ困るぞっ!?
それに、ダーラはバツイチ子持……、ゴニョゴニョ……
商船タイニック号の乗組員総勢十二名、そのうち操舵手であるヘルマン以外の全員が、その手に巨大な銛を持ち、海に向かって構える中、船が大きく左へ傾いた。
「来たぁっ! 右舷だあっ!!」
ザサークの声に、銛を手にした乗組員達が一斉に甲板を走り出す。
すると右舷の方向に、巨大な吸盤を有した、馬鹿でかい蛸の足が現れた。
それも一本ではなく、三本……、いや、四本もだっ!
「うわぁあっ!!!」
「何あれっ!?」
「来たこれ怪物ぅっ!?」
「ぬぬっ!? 我が剣の出番かっ!??」
船尾楼の上でギャーギャーと騒ぐ俺たちを他所に、乗組員達の戦闘が開始する。
「打てぇっ!!!」
甲板長バスクの号令で、一斉に銛を投げ打つ乗組員達。
その姿や、漁師! いや、もはや海賊!! いやいや、やはり海賊と言うべきかっ!??
ウネウネとくねり、ヌメヌメと光る四本の蛸足。
ペタペタと船体にくっついて、船を沈めようとしているのだ。
その足に、乗組員達が投げ打った銛が、ドスドスドスッ! と、次々に刺さる。
「ヴヴォオォォ!?」
生き物のものとは思えないほどに低く、くぐもった奇声が辺りに轟く。
「効いているぞっ! 顔を出す前に、てめぇら次の銛を持てぇっ!!」
「あいあいさキャプテン!!!」
新しい銛を手に、次の攻撃に備える乗組員達。
その表情はみな嬉々としていて、ダイル族の好戦度の高さが伺い知れる。
「おっ!? 顔を出すぞぉっ!?? 構えろぉっ!!!」
バスクの号令に、銛を構える乗組員達。
「顔が出るって!?」
「おいらも見たいっ!!」
二人揃って、船尾楼の柵をよじ登り、身を乗り出す俺とカービィ。
「モッモ! 危ないからやめなさいっ!!」
何故か俺だけを叱るグレコ。
カービィだってやってるじゃんかっ!?
その時だった。
「ヴォヴォワァアァァ~!!!!!」
ぎゃあぁぁっ!?
出たぁっ!?? 化け物ぉっ!?!?
乗組員達が銛を構えている逆方向、左舷の方向から、とてつもなく大きな頭の怪物が、海面から顔を出した。
こいつがザオ・クナップ!?
丸いフォルムに突き出た口!!
ほぼほぼ蛸じゃねぇかこの野郎っ!??
ぬめりを伴ったその体は黒く、白く光る二つの目を持っている。
そいつの登場によって、ズザザザザ~っと、強烈な波が押し寄せて来て、船は激しく左右に揺れた。
「なっ!? 二匹いたのかっ!??」
その存在に、瞬時に反応した船長ザサークが、手に持っている銛を、そいつの目玉目掛けて思い切り投げ打った。
「ウォウォ~!?!??」
銛は、奴の目玉にクリーンヒット!
紫色の血をダラダラと流しながら、悲壮な鳴き声を上げて、そいつは極太の吸盤付きの足を海面から八本も出して暴れ始める。
そして……
「危ないっ! 伏せろぉっ!!」
バスクの声が聞こえたかと思うと、反対側の右舷にいたザオ・クナップが、その足をブワッ! と持ち上げて、俺たちがいる船尾楼へと振り下ろし……
「ぎゃあぁっ!!!」
「きゃあっ!?」
「吸盤でけぇっ!??」
「……斬るっ!」
叫び声を上げる俺とグレコと、キラキラした表情で迫り来る吸盤を見ていたカービィの前で、ギンロが剣を振るった。
危機一髪!
たちまちに、辺りには紫色の血が大量に飛び散って、斬り落とされたザオ・クナップの足が、ビタビタと船尾楼の上で跳ね回る。
ぎゃあっ!? 気持ち悪いっ!!!
「ヴォオォォ~!!???」
右舷側のザオ・クナップは、痛みに悶えて海に帰ろうとするも……
「逃すかっ! 打てぇっ!!」
バスクの号令で、一斉に放たれた無数の銛がその体に突き刺さり、更には銛に繋がっている鎖の為に、身動きが取れずに奇声を上げ続ける。
「ヴォオ!? ヴヴォオッ!??」
船は更に激しく揺れて、俺もカービィもグレコも、ギンロまでもが柵に掴まって、振り落とされぬようにとしがみつく。
そして、次の瞬間!
ドッバァ~ンッ!!!!!
「な~んっ!??」
「モッモ!?」
突如として、後方から襲って来た巨大な波に、船は一瞬海の中へと飲み込まれて……
驚いた俺は、柵から手を離してしまった!
そして、そのまま海の中へと引きずり込まれてしまったのだ!!
「ぶほっ! ばほっ!! 助けっ!!? 助けてぇっ!??? がほがほ……」
やっべ、俺泳げないんだった!
浮き輪体に付けときゃ良かったぁっ!!
荒波の中で俺が目にしたのは、船の船尾部分と、揺れる巨大なザオ・クナップの足。
俺が海に落っこちた事に気づく者は誰一人としておらず、助けが来る気配もない。
必死に手足を動かして、なんとか浮かねばとすればするほど、俺の体は何かに引っ張られるかのように下へ下へと重さを増していき……
ぎゃあっ!?
俺また溺れるのっ!??
なんで毎回溺れなきゃならないのっ!???
そう思った時、リルミユさんのあの予言が脳裏に思い浮かんだ。
「あまり好奇心のままに行動しないようにね。あなた、泳げないんだから、ケロロロン♪」
だぁっ!? この事かっ!??
もしかして、もしかしなくても、今日のことだったのかぁっ!???
もっと先の事だと思ってたよぉおっ!!!!!
と、今更思ったとて、時既に遅し……
ぶくぶくぶくと、俺は海の中を沈んで……、と思ったら、誰かに手を引かれて、俺の体は急浮上した。
「ぶはぁっ! はぁっ!! はぁっ!!!」
空気! 空気吸わなきゃっ!!
「たくっ……、だから! 危ないって言ったでしょ!?」
開口一番叱責するその相手は……
「グ、グレコ!?」
なんと、グレコではないかっ!?
「およ、泳げたのっ!?」
「なっ、失礼ねっ! 泳げるわよっ!!」
やだ、怒らないでっ!
「グレコさ~ん! 大丈夫かぁっ!?」
船の上からそう叫ぶのはカービィだ。
隣にはギンロもいる。
「大丈夫! 浮き輪投げてぇっ!!」
グレコの言葉に、カービィとギンロは二人して周りをキョロキョロするも……
どうやら近くに浮き輪がないらしい。
二人でバタバタと、あたふたとして、その結果……
「拡大! ガーガー!!」
カービィは、ローブの内側のポケットから黄色い何かを取り出して、魔法でそれを大きくしてから海へと投げ込んだ。
波に揺られて、プカプカと、徐々にこちらに近づいて来たそれは、お風呂場でよく見るような、黄色いアヒルの玩具……、それも特大の。
「何これっ!? ふざけてるのっ!??」
キレるグレコ。
「とりあえずそれに捕まって……、のわぁっ!?」
「ぬんっ!?」
またしても、船尾楼を大波が襲って、カービィとギンロが姿を消した。
「ちょっ!? 大丈夫!??」
大声で呼びかけるも、応答はない。
その間にも、船の左舷と右舷での戦いは続けられて、船の周りの海面は、ザオ・クナップの血で紫色に染まっていく。
「モッモ、とりあえずこれに乗って!」
ガシッ! と両脇を掴まれて、ガーガーちゃんに乗せられる俺。
ガーガーちゃんは、その体の真ん中に丸い溝があって、ちょうどいい感じに座れるのだ。
「グレコも乗ったら!?」
「ちょっと待ってね……、ん~、よいしょっ!」
おばさんくさい掛け声と共に、自力でガーガーちゃんに這い上がるグレコ。
「カービィとギンロ……、大丈夫かしら?」
「わかんないけど……。あれ? なんかさ……。船、離れていってない??」
「えっ!? ……あ、ほんとだ」
雨が降りしきる中、激しい波に揺られながら、ガーガーちゃんの上で沈黙する俺とグレコ。
船は、二匹のザオ・クナップと共に、どんどんどんどん離れていって……
「え、僕たち……、遭難した?」
「……かもね」
俺とグレコはお互いを見つめ合って、引きつり笑いをした。




