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180:クッキーをポリポリ

「いやぁ……、一時はどうなる事かと思ったよ」


安堵の息を吐いて、ズズッと紅茶を飲む俺。


「本当に……、けどまぁ、フェイアが根っからの悪女じゃなくて良かったわね。下手したらギンロ、今頃海の底よ?」


呆れたような口振りでそう言って、ズズッと紅茶を飲むグレコ。


「……今度はいつ、フェイア殿に会えるのだろうか?」


ボンヤリとした様子で、遠くを見るような目をするギンロ。

出された紅茶に手もつけず、完全に心ここに在らずといった感じだ。

骨抜きとは、まさにこういう事を言うのだろう。


「しっかしまぁ……、何なのあれは? どうしてあんな奴に、あんなに沢山、ファンがいるわけ??」


訝しげな表情で、視線の先にある奇妙な光景を睨みつけるグレコ。

そこにいるのは、テーブルで忙しそうにペンを動かすカービィと、宿屋の外にまで及ぶ大行列を成した人々の群れ。

何やら、カービィのファンだとかいう輩が大勢やってきて、サインをしてもらおうと順番待ちしているらしい。


ここは、隠れ家オディロンのロビーの端にある休憩スペースだ。

受付のカウンターを真ん中に、左側にはゆったりとした三人掛けのソファーが三つと低いテーブルが一つ、右側には椅子が六脚と小さなテーブルが三つある。

俺たちは左側のソファーでゆったりと紅茶を飲み、カービィは右側の椅子に座ってセカセカとサインをしている。


無事に港から宿屋に帰り着いた俺たち三人は、宿屋の入口前にある大行列に驚いた。

列に並ぶ者達は、みんな嬉しそうにはしゃいでいて、その手にはサインを書いてもらう為の紙とか色紙とか羊皮紙の束なんかを持っている。

なんでも、かの有名な虹の魔導師カービィ様が、港町ジャネスコにやってきた! と、この町のみならず周辺の村々まで広まったらしく、カービィを崇める信者達がこのジャネスコに大集合しているようだ。


「仕方ないですね。カービィちゃんはね、世界中で有名な虹の魔導師なんだからねぇ~、ゲコゲコ」


妙に久しぶりな感じがするタロチキが、紅茶に合うクッキーを山盛り持って来てくれた。

ナッツ類が練りこまれたもの、ドライフルーツが乗っかってるもの、チョコチップ入りのものなど、いろんな種類があってどれも美味しそう♪


「虹の魔導師って、そんなに凄いものなの?」


「そりゃもう! 凄いも何も、カービィちゃんみたくどんな属性の魔法でも使いこなしちゃう凄腕の魔導師はそうそういないからねぇ!! 魔導師界では有名なはずさ。それに、このモントリア公国には、有名な魔導師なんていないからね。魔導師自体は沢山いるみたいだけど、なんて言ったかな? 階級ってやつが低い魔導師ばかりだねぇ。だからみんな、虹の魔導師なんて聞いたら、一目見たいと思ったんだろうねぇ、ゲコッ」


「ふ~ん……。そんなに凄い奴だったのね、あの変態ピンクマンは」


変態ピンクマンって……、なんちゅうネーミングセンスだよグレコ。


まぁ、凄い奴だなぁ~とは思っていたけど、本当に凄い奴だったんだな、カービィめ。

しかしなんだ、若い女の子が相手だと鼻の下が伸びっぱなしじゃないか。

あ~あ~、デレデレしちゃってもう……

せっかく有名なんだから、こう、もうちょっとキリッと出来ないもんかね?


「これは、何の意味があるのだろうか……?」


ギンロは、まだ自分の世界に浸っているようだ。

フェイアに手渡されたピンク色の二枚貝を見つめて、ボンヤリと呟いた。


「……持っていてって言ってたんだから、きっと何か大切な意味があるのよ。それよりギンロ、あなた、不意打ちとはいえフェイアと夫婦の契りを交わしたんだから、今後どこかで可愛い子と出会っても、好きになっちゃダメよ?」


「……ぬ? 何故だ??」


「なっ!? 何故ってそんなの、パートナーがいるんだから当たり前でしょっ!??」


呆れ顔のグレコに対し、キョトンとするギンロ。

……ギンロは案外惚れっぽいからな、すぐに浮気しそうだ。


「グレコは……、ブラッドエルフは、一人の夫に一人の妻なのか?」


「そうよっ! えっ!? ……もしかして、フェンリルは違うの??」


「いや、まぁ……。一人の夫に一人の妻である夫婦もいるにはいるが、夫が一人に妻が複数、逆に夫が複数で妻が一人、双方ともに複数という事もある。まぁ、お互いが良ければの話だが……」


「え~何それ~。フェンリルって結構不埒なのね……」


「ふ、らち? どういう意味の言葉だそれは??」


「あ~うん、いいや。フェンリルの風習がそうなら私は何も言えないもの。……けどね、あなたは父親になるんだから、その辺りはしっかり肝に命じておきなさいよ!」


「うむ、勿論である。我は今後、生まれてくる子に恥じぬよう、一層精進し、心身共に強くなり、正しき道を歩んで行こうぞ」


なるほど、フェンリルは基本、多夫多妻制なわけね。

別にそれをどうこう言うつもりはないけれど……、ちょっぴり羨ましいのは何故だろうな?


しかし、ギンロは何て言うか、肝が座っているというか……

弱冠十五歳で、それもかなり強引に父親にされたというのに、この堂々たる雰囲気。

まさかファーストキッスで子どもが出来ちゃうなんて、夢にも思わなかっただろうな。

なのに、この余裕綽々な台詞。

……あまり事の重大さを理解していないともとれるけど、これだけドーン! と構えていられるなら、きっといつか、お父さんの跡をしっかり継いで、一族の王にもなれるはずだよ、うんうん。


タロチキが出してくれたクッキーをポリポリ食べながら、何とも言えない表情のグレコと、何故だが満足気な顔をしているギンロを交互に見る俺。


うん、やっぱり世界は広いよ、母ちゃん。





「あ~! やっと終わったぁ~!!」


テーブルにペンを放り投げて、グーンと伸びをするカービィ。

さすがに疲れたのだろう、背もたれにデローンと寄り掛かって、かなり脱力している。


そりゃ疲れるだろうよ、あんな風に一人一人に良い顔して笑いかけて、ダラダラと長話をしていたらさ……

売り出し中のアイドルだって、あんなに愛想良くないぞ?


山盛りのクッキーが皿から無くなる頃、ようやくカービィのサイン会が終わった。

時刻はもう午後二時。

紅茶とクッキーを頂いたものの、さすがにちゃんとした昼食をとらないと、お腹が空いて夜までに餓死しちゃいそう……


「お疲れのところ悪いけど、何処かでお昼ご飯にしましょ? さすがにクッキーだけじゃ足りないわ」


そう言ったグレコの髪は、いつもよりか少し茶色がかって見える。

……うん、君に足りないのは食べ物じゃなくて血だと思うよグレコ。

頼むから、清血ポーション、定期的に飲んでね?


クッキーがお口に合わなかったらしく、ほとんど食べなかったグレコは、空腹が限界に来ているようだ。

それに相反して、出されたクッキーのほとんどを一人で食べてしまったギンロは、未だボンヤリとしたままで無口を貫いている。


「おいらも腹ペコだ~、飯行こうぜ~。って、あ、モッモ。さっき、おまいさんが駐屯所に行ってる間に、万物屋のモーンが会いに来たぞ?」


「へ? モーンてあの……、エセピグモル??」


「あ~うん、そう、エセピグモルのモーン」


「……何か言ってたの?」


「いや? いないって言ったら帰ってったよ」


ふ~ん……、何だったんだろうな?


「とにかく! お昼ご飯っ!! 食べた帰りに万物屋に寄ればいいでしょ?」


「あ、うん、じゃあそうしよう」


せっかちグレコさんに促され、俺たちは町へと出掛けた。


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