フェチとは人の数だけあるようだ
「うぃ〜っす」
「おつかれさまっす」
「あの…こんにちは」
ガチャ。
僕と先輩しかいなかった部室の扉を開けて入ってきたのは2人の男と1人の女。ネクタイの色を見るに2年生だろう。
「お?何この子、新人?」
「涼、いきなりちょっかいかけるとビックリさせるだろ」
「えっと、あの、はじめまして」
「…あ、はい。はじめまして」
金髪のチャラい人に、筋肉隆々のいかつい人。
典型的な文学少女をイメージさせるお下げ髪に丸眼鏡をかけた人。…濃いな。
「部長やりましたね〜
廃部回避じゃないっすか」
「当然だろう。私で最後の代にする気はないよ。」
僕を他所に会話が進んでいるところをぼんやりと見つめる。
部長はフフンっとでも言うように長い髪を後ろにバサッとかきあげる。
「まぁそれでも、また来年になればまた1人入れる必要はあるがな。」
「おや佐久間。委員の仕事はもう終わったのかい?」
「佐久間先輩おつっす〜」などという2年生達の言葉に返事をし、The・インテリ眼鏡という様子の佐久間先輩は部室の中に入ってきた。
「あぁ。…で、その子が新入部員か」
「そうだよ。黒崎翔馬くん。ピカピカの1年生だ。」
「あ、えと。黒崎翔馬…です。よろしくお願いします」
部長の有無を言わさないオーラに気圧され、思わず頭を下げる。
あぁ、どうしよう。どうすれば入らずに済むか考えていたところだったのに。
「そうか、俺は佐久間詩音。3年で副部長をしている。よろしくな」
眼鏡を指で押し上げながら佐久間先輩が自己紹介をすると、それに続き次々と先輩が自己紹介を始めた。
「俺は足立涼って言います!よろしくね〜黒崎チャン」
「俺は御筋隼人。涼も俺も2年だ。よろしくな」
「えと!私は指原楓…です。2年生です。よろしくお願いします…」
「そして!私が部長の宮原香絵だ、よろしく頼むよ黒崎くん!」
「…よろしくお願いします」
きっと辞めることなどできないのだろうなぁと察した僕は、部長以外の先輩方が普通だったことに安堵していた。
「で、黒崎チャンは何フェチ?」
のだが、その安堵が一瞬にして崩れ去っていく。
「え…?」
「俺はね、脚!いいよね〜脚!
背伸びをすればうっすら見える筋肉!スラリと伸びた脚!
人が行動するには必要不可欠な体の部位!脚は神秘だよ、ほんと」
足立先輩が頬をほんのりと赤く染め、うっとりとしている。
油断すればヨダレすら出てきそうな勢いだ。
「相変わらずの脚フェチ具合だな。俺はまぁ強いて言うなら筋肉だな。筋肉はいいぞ、鍛えれば鍛えた分だけ答えてくれる。黒崎も一緒にどうだ?」
「いや、遠慮します。」
御筋先輩は一点の曇のない笑顔で誘ってくれているが、僕はそこまで筋肉に執着はしていない。
「御筋は人のを見るより自分のを鍛える方が好きだからな。」
佐久間先輩がやれやれ…というように静かに笑う。
この人はまともなのかもしれない…と思ったのも束の間。
「俺は耳フェチ。いいぞ、耳は。人それぞれ形が異なる。
触れれば様々な感触で手に心地よい。
…ハァ…それに…君の耳は非常に俺好みだ…」
ゾワッと全身に身の毛がよだった。
僕の耳に触れながら間近でそう言った佐久間先輩は、心無しかハァハァと興奮している。
「黒崎くん、気をつけてね…佐久間先輩、耳のことになると男女関係なく食べたくなる人だから」
ゾワゾワっと全身に鳥肌が立つ。
正直に言おう。僕にそっちの気はない。
「えっとね、私は指フェチなの。」
控えめにそう言う指原先輩はモジモジと少し恥ずかしそうにそう言う。
…フェチな人でも全員がオープンな変態なわけじゃないのか。
「なーに大人しくしてんの。好みの指みたら性格変わっちゃうくせに」