裏野ドリームランド・・・本当の話は・・・
なんでこんなことになったのか?自分でも分からない。ここに閉じ込められてもう1週間が立つ。こうして生きているのが不思議なくらいだ。確か、あの日、職場の同僚のTが私の所にやってきた。そいつとはそれほど親しい仲でもない。どうしたわけだろうか?と理由を聞くと私に裏野ドリームランドの話を聞きたいと言ってきた。今思えば、それが最大の失敗だった。あれさえなかったら・・・
「で、兄ちゃん、何が聞きたいん?」やや不機嫌そうな声で話したのを覚えている。確か、仕事帰りの居酒屋でのことだったかな。あまり記憶にはない。多分、相当飲んでいたのだろう。そういえば、相手の方もかなり飲んでいたはずだ。相手というのは、同じ会社で働いているTという男で本業は作家なのだそうだ。
もっとも、作家と言ってもピンからキリまであるらしく、作家の仕事(どんな仕事だか知らないが)だけでは食べていくことが出来ないので、こうして派遣社員として働いているそうだ。もっとも、俺もこの歳まで派遣やバイトをしながら生きてきたため、偉そうなことは言えないのだが。
「晴場さん、昔裏野ドリームランドで働いたことあるって聞いたんで、ちょっとお話を聞きたいと思いまして」バカににやけた顔をしてTが話を切り出してきた。「裏野・・裏野ドリームランド?」懐かしい名前だ。記憶の奥にしまいこんでいたものが、目の前の赤ら顔の小男のおかげで蘇ってきた。
「ああ、裏野な」懐かしい名前だ。T県のY市にあったこの遊園地は2013年に閉園したが、その後も得体の知れない怪談話が流れており、未だに心霊スポットとして地元住民だけでなく県外からの来訪者が、後を絶たない。施設の一部は数年前に地元の業者が安値で買い取り、病院兼介護施設として再開発したので、跡地を見に来た連中の多くは真っ新な病院の建物を見て失望しながら帰っていく。もっとも再開発のための予算が不足していたらしく、病院兼介護施設の隣にはまだドリームランドの残骸というか、要するに買収資金が足りなかったために放置されている敷地があり、その敷地内に裏野ドリームランドの唯一の遺産とでもいうべき観覧車が、かろうじてその栄光の時代の残骸をとどめていた。もっとも、この観覧車も近々買収が決まり次第、別の建物が建つそうだが。
「なに?怪談話でも聞きたいんか?」やや切れ気味に聞く。どうやら酒が本格的に脳みそに回り始めたようだ。身体がやや火照っている。相手が話を切り出す前に軽くスーパーアサメを4、5杯は飲んでいたから無理もない。「まあ、そうですね」Tが嬉しそうに答える。ようやく待ちに待った瞬間が来たというような表情だ。
「最初に断っとくけどな、俺あそこで働いたことあるけど、あそこ普通の遊園地やぞ。営業中から妙な噂が流れてたけど、そんなもん実際にはなかった」やや早口で感情的になりまくし立てるように話したのを覚えている。自分は、その噂のせいで貴重な職場を失い、正社員として働ける可能性を失い、今、こうして50に手が届きかけているのに、未だに定職にも就けずに、こうして派遣社員として不安な日々を過ごしている。「あの、変な噂さえなかったら・・・」怒りが胸の奥から込み上げてきた。
「はっきりと言うけどな、あの、ネットで流れとる噂。子供が度々園内から消えるとかいう噂、あれガセやからな。」早口で言った。「ガセ?ですか?」Tが聞き返す。声が妙に小さく感じた。「そうや。ガセや!俺があそこで働いてた時期、行方不明の子供なんか一人も出んかった。迷子はいっぱいいたけど、そんなもん館内放送鳴らしたら親がしばらくしたら引き取りに来よったよ」
「じゃあ、あのジェットコースターの話は?」Tが聞く。「ああ、あれな。俺が居た時に一回だけ整備不良で開園時間直前に機械が動かなくなって、そのまま施設の中全部点検するってことで、その日一日臨時休業になってもうた。それをネットの連中が勝手に話造って『人が死んだ』とか『乗客積んだまま燃えながら走った』とかいう話が独り歩きしてる」思いだすだけで腹が立つ。勢いに任せてコップの中の残っている半分くらいのアサメを一気に飲み干した。
「でも、ネットじゃ死んだ人数や日にちまで書かれてますけど」Tが言った。「地元紙のバックナンバーを読むかヨホーの質問箱で質問するなりしたらをええ。そんな事故一行も書かれてない」やや大きな声で言ったようでTがやや恐縮した表情でこちらを見ていた。
「じゃあ、あれはどうですか?」Tが恐る恐る言った。眼がやや怯えている。いかん、いかん。どうやら酒が入ったこともあり、聊か興奮しているようだった。「あれって何?」やや声色を和らげて話した。「いや、あの、」Tが言いかけたのを遮って言葉を継いだ。「ああ、あれ、アクアツアーの謎の生物?それともミラーハウス?」「アクアツアーです」Tが言葉を続けた。
「ああ、アクアツアーねえ」やや不機嫌な声で答えたのを覚えている。「あの、開園中から噂になってた。怪物かなにか得体の知れない生き物か何かが住んでたって話・・です」Tが言う。「ああ、あの、池の中に得体の知れない生き物が居て、今でも池の中に居るってやつやろ?あれはな、絵や。動物の絵」「絵・・ですか?」Tが拍子抜けしたような声で聞いた。「そうや。絵や。機械を据え付けとった池の底の方に大きな魚とか恐竜とかそういうのを描いとったんや。それが天気のいい日にはかすかに見えたのをバカな連中が騒ぎ立てて噂になったんや。ついでに言うとくけどな。あのミラーハウス。あれ何もないからな。」やや興奮気味にまくしたてて話した。もう自分でも感情を制御できなくなっているようだった。
「で、でもあそこ、入った人間がまるで別人のようになって出てくるって話聞いたことありますけど」Tがややムキになって反論してきた。「あそこから出てきた人間が中身が入れ替わったっていうやつやろ?ネットでバカどもがあおってたやつな。あれ、うちの会社でも調べたんや。変な噂が立って大変なことになったから。それで新聞や雑誌に広告まで出して情報提供を呼びかけたら・・どうなったと思う?」やや声が震えてたように思う。「・・・どうなったんですか?」Tが重い声で聞いてきた。「一人も現れんかった。ガセネタ寄越した奴はおったけどな」ややヤケクソ気味に話したのを覚えている。Tはあっけにとられている。口をぽかんと開けたままだ。「とんだ迷惑や。警察に被害届出してもネットでの噂だと碌に捜査もしてくれん。今から考えたらこれが響いたんかもしれんなあ・・倒産へのカウントダウンが」怒りが込み上げてきた。そうだ、自分はこの得体の知れない連中が面白おかしく書き込んだ風評被害のせいで職場を失い、正社員にもなるたった一つの可能性をぶち壊され、時給千円にも満たない派遣社員として50に手が届きそうな歳になっても働いているのだ。思わず身体が口惜しさで震えてきた。
「すいません」Tが落ち込んだ声で謝った。こちらとしてはこいつに謝られたところで失った職場が帰ってくるわけではない。そもそも目の前の男は自分の過去の不幸とは何の関係もない人間だ。その程度の思慮分別は落ちぶれたとはいえ自分にもある。まして、職場の同僚であり、次の日も会社で顔を合わして仕事をする人間だ。ここで嫌なシコリを残してはまずい。「まあ、その、なんだ。ネットの話なんてものは嘘が多いってことや。はははははは」やや気まずい空気を振り払うかのように声を和らげて話した。
「ついでに言っておくけどな。あの地下の拷問室の話。あれもガセやからな。ドリームキャッスルに地下室なんてない。あったのは機械のメンテのための部屋や。ははははは。それが遊園地の解体の際に地下の機械室の空っぽの部屋の写真がネットに出回って変な噂が広まっただけ。大方、どこかのバカが面白半分で広めたんやろうな。それにメリーゴーランド。誰もいないのに回ってるとか明かりがついてるとかいう話。あれもガセや。灯りが点いてたり回ってるのは誰もいない時やなくてメンテの時に業者が点検で機械を回してる時や。おおかた、どこかのドアホがメンテ中に写真撮ったのがネットに出回ったんやろうな。ははは。」Tがこちらの眼をじっと見つめている。恨みがましい目で。もういいか。そう思ったのは酒で感覚がマヒしていたのが大きかったと思う。「ああ、そうそう、そう言えば観覧車の近く通ったら小さな声で『出して』って声が聞こえるって話し合ったやろ。あれな、当時のバイト仲間だったS川って男が造ったガセやで。俺もその場にいたからよーく覚えとるわ。ははあっはあっはははは」自分でも嫌になるような嫌味たっぷりな笑い声で笑ったことを覚えている。やはり感情を制御できなかった。目の前のTに口惜しさをぶつけることで何年も貯まったうっぷんを晴らそうとしたのかもしれない。
「そう・・・ですか」Tが力のない声で言った。「そんなもんやで。怪談話なんてもんは。よく言うやろ。幽霊の正体見たり枯れ尾花って。あんなものはな。お宝伝説と一緒でガセが多いもんや。まあ、夢のある話ではあるけどな。ははは。はははは」話を最後まで聞くこともなくTはその場から出て行った。無言でだった。おそらく相当怒っていたのだろう。明日、職場で顔を合わせた時のことを考えると、やや気まずくなったがもう後の祭りだった。
半ばヤケになって、その後も一人で飲み続け店を出たのは22時を回った頃だったと思う。Tにはやや悪いことをしたと思いつつ夏の暑い夜の街を家路に着いた。明日どうしようか?途中からTの奴の目付きが異常な狂気を帯びていたような気がする。まあ、明日謝ればいいかな。
「ドス」鈍い音がしたと思うと背中に鋭い痛みを感じた。前のめりに倒れ、そのまま意識が遠のいていく。どうやら刃物か何かで背中を刺されたようだ。苦痛で身体が動かない。声すら出て来ない。まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚が身体の奥底から痛みと共に全身を駆け巡った。T・・・か?
「知っていますか」上からしゃがれた声が聞こえてきた。「裏野ドリームランドの話。あれはね。続きがあるんですよ。7つの話全てを他人に話したら悪魔が来て魂を抜かれるって」声がやや無機質に聞こえる。聞き覚えのない声。いや、人間の声ですらない。
あれこれ考える暇もないほど意識が急速に遠のいていき、徐々に眼の前を暗闇が覆っていく。「・・・7つの話を全て話した人はね・・」かすかに声が聞こえた気がするが、今となってはよく覚えていない。気のせいか身体がゆっくりと上に登っているような気がする。目の前の景色がゆっくりとゆっくりと登ったり下がったりするような感じがする。どうやら眠っていたようだ。うん?ここは・・どこだ?ペンキがやや剥げ落ちた金属製の長椅子から起き上がると目の前にはどこかで見た懐かしい光景が見えた。目の前の景色はゆっくりゆっくりと上に上がっている。ここは・・まさか・・・うそだろ?
それから、どのくらい時間が経ったかは覚えていない。ただ、回り続ける部屋の中で窓を叩き続け、喉がカラカラになるまで叫び続けた。ただ一つの言葉を。
「出して・・・」
今回、夏のホラー2017に投稿させて頂きました。皆様のご感想をお待ちしております。