厄介な〇〇
「攻撃せずに、待ってくれるとは随分と優しいんじゃのう。のう、黒龍帝よ。」
ルオスの黒龍帝という言葉を聞いて、この場に残っていた18名がザワザワとしだす。恭介はそれを見て、一体なんだ? と思いながらルオスに返す。
「優しいもなにも、別に攻撃する意思なんてさらさらないですからね。これでも温厚って某K.Kさん(桐谷恭介)に言われた事あるんですよ。」
「嘘を言うでない。どこに森を焼き尽くす温厚な奴がおるのじゃ。いたらそいつは頭が狂っているとしか言えんのう。」
「じゃあ俺は狂っているという事ですね。」
ルオスは恭介の言葉を聞い目を見開いた。まさかそんな風に返してくるとは思っても見なかったのだ。予測していた答えとしては、激昂し殴りかかってくる、もしくはそこまで至らなくても、殺気くらいは出す、だった。
しかしそれがどうだろうか。目の前の黒龍帝は殺気どころか、戦う気配すらない。もしかしたらこの男の言う通り、戦う意思がないのかもしれない。
ルオスはそこまで考えて、いやそれはないと否定する。
(それはありえないのじゃ。森を燃やしている時点で温厚という事は絶対にない。となるとこれは妾達を惑わせる作戦‥‥成る程。力だけではなく頭まで回るときた。厄介な黒龍帝じゃ。)
さすが、黒龍の王といわれるだけの事はあるなと、ルオスが思っている一方で恭介は、ルオスとある意味で同じような事を考えていた。
(うわ~ 美人な人だな~。こんなレベルで顔が整った人初めて見たぞ。この人も魔族、なんだよな。なんの種族だ? 目の瞳孔が縦に割れているし、目が血のように赤い。え~っとこれは‥‥吸血鬼か。成る程。顔だけでなく、胸まであるときた。厄介な吸血鬼だな。)
かなりアレでナニな事を考えているが、それは仕方ないだろう。恭介は童貞。思わずたわわに実った果実に目がいく事を誰が責められようか。そして思考があらぬ方向へ飛んだとしてもなんらおかしくはない。
恭介はそれを自分でも若さってすんばらしいと考えながら、 お胸様を見ている。するとルオスは、恭介に見られていると分かっているのかいないのか、手をサッと上げた。そのルオスの行動と同時に混成部隊は恭介を取り囲むように展開する。
各々武器を構え、殺気立っている事から、今からなにが起きようとしているのかは言うまでもないだろう。恭介はこれは果実を見ている場合じゃないなと顔を引き締め、視線を巡らせる。
(相当できるな。槍が5名、剣が6名、ロッドが4名、弓が3名といったところか。槍と剣は対処出来るとして、弓とロッドはちょいと難しいな。弓はまあ、弾くことは出来るが死角からとなると難しい。ロッドなんてあれだろ? 魔法だろ? 初見で防ぐとか、不可能だ。黒龍としての力を使えば行けるかもしれないが、殺すのは得策じゃない。情報源がなくなると困るからな。出来たとしても半殺し‥‥)
恭介はニヤリと笑みを作って、腰を落とし翼を広げた。
(いいね。いいじゃないか。制約付きのバトル。しかも相手は人外の者共。ククク、最高だ。これだけでもファンタジアにきた価値というものがある。それにこの黒龍の体に慣れるのにはちょうどいいだろうしな。)
恭介のその威嚇とも取れるような行動を見た混成部隊はゴクリと喉を鳴らす。今から黒龍と殺し合うという事に、覚悟していたとしても思わずそうなってしまうのは仕方がない事だ。まあ、その黒龍本人は武器を構えられたから受けて立とうじゃないかとなっているのであって、決して自分から行こうとしているつもりではないのだが。
だがそれは混成部隊にはわからない事。森を焼き払い、凶悪な笑みを浮かべている邪悪な黒龍。これが恭介に抱いている印象だ。それを恭介が聞いたら、魔族が凶悪ってマジですか!? と言いそうだが、それはともかく、両者共に気持ちの行き違いで戦闘が始まろうとしていた。
そんなピリピリとした状況で誰もが口を開くのが憚られる中、ルオスが威厳を滲ませた声色で口を開く。
「ベルフォル・ドラグニアと言ったな。一応聞いておくが、妾の領地の収入源であるクァルシスの森を焼き払った罪を受けるか? 」
「奴隷にならないで、俺の言い訳を聞いてくれるのであればね。」
「ほぅ、罪を受けるつもりはないのじゃな? 」
「わざとじゃないって言ったら執行猶予付きで許してくれる? 勿論損害額は払うからさ。」
恭介はニコリと笑顔を浮かべてそう言った。ルオスはそれを聞いて目を見開き、顔を赤らめる。恭介はそんなルオスを見て、あれ、もしかして俺のナイスガイなスマイルを見て、ほの字になっちゃいましたか? いや~困るな~と照れる。しかし、その誰とも付き合った事のない、敏感少年の淡い期待は次のルオスの言葉で木っ端微塵に粉砕される事になった。
ルオスは一歩二歩と後ずさりをして、声を荒らげる。
「シッコ猶予!? な、なな、なんて破廉恥な事を言うのじゃお主! 」
恭介はズコッとこけそうになるのをなんとか堪え、声を荒らげ返す。
「しっこう猶予!! ちゃんと聞いてェェ! 『う』が抜けてとり人間コンテストで優勝できるレベルで飛躍してますけども! 飛躍しすぎて大気圏突破してますけども! 」
「まさか、尿意を我慢する事で己の罪を帳消しにしようとは、思いもよらなんだ‥‥黒龍の膀胱は化け物か。」
「おいぃぃ!! お前の方が破廉恥な事言ってんだろうが! 次から次に破廉恥な言葉が、出てきてますけど!? それにな、そんなに膀胱があれだったらシッコで消火を試みてるわぼけ! 」
「破廉恥で変態で力が強く、頭も回る、最悪な黒龍帝じゃ。ここで妾らが貴様を成敗せねば、のちに厄災をもたらすのは必至。ならばやる事はただ1つじゃ。者共掛かれい! 」
「「「おう!! (はい! )」」」
ルオスは恭介の話を全く聞かず、上げていた手を振り下ろした。すると混成部隊の面々が恭介へと飛び掛る。剣と槍を持った者達が残像が残るスピードで詰め寄り、武器を振るう。
恭介はそれを体を反らす事でスルスルと避けていく。振り下ろされた剣は側面に手を当てて逸らし、槍は掴み、投げとばす事で対処する。しかしそれでも攻撃はやまない。まるで鉄の嵐のようだ。混成部隊の個々の実力がいかに高いかが伺えるだろう。
だが、それは黒龍である恭介も同じ事。恭介は話を聞かないルオスにイラっ、イラっとしながら体に龍気を巡らせて、解き放った。
「人の話聞けよ! くそ吸血鬼がぁぁ!! 」
「「「うわぁぁぁああ!! 」」」
ゴウッと吹き荒れる黒い炎。そしてそれに吹き飛ばされる混成部隊。剣と槍を持っていた者達は黒い炎に包まれている。転げまわり必死にその炎を消そうとするが、全くもって消えない。そればかりか、更に勢いが強くなっている。
それを見たルオスはマズイ! と声を張り上げる。
「魔法使いは、早く黒炎を消すのじゃ! 消さねば、生命力を奪われて焼き尽くされてしまうぞ! 」
「はい! 風よ! 」
「水よ! 」
「氷よ! 」
混成部隊は次々と黒炎で焼かれている人達へと魔法を放っていく。それは風の塊だったり、水の塊だったり、氷の塊だったりと様々だが黒炎を消す事はできた。プシューっと湯気が立ち上りながらも、息をしているのを見てルオスはホッと息を吐いた。
(流石、黒龍帝と言ったところじゃの。まさかたった一撃でシルバーの冒険者、傭兵を戦闘不能に追い込むとは‥‥)
ルオスはう~っと呻いている黒炎に焼かれた人達を見て、冷や汗を流す。身体強化を使っていた者達がただ龍気を浴びるだけで、ここまでになってしまうとは思いにもよらなかったのだ。
身体強化は魔力を体に纏い、その名の通り体を強化する物なのだが、それ以外にも魔力や龍気、天力をすべてではないが、遮断する効果もある。つまり、龍気で攻撃を受けた場合、本来受けるはずだったダメージよりも、低くする事ができるのだ。
それをシルバー以上の上位に位置する者達がやった場合、弱い魔法ならノーダメージという事になるのだ。それほどまでに強固な身体強化に、強靭な肉体が加われば一体どれほどの防御力を誇るか言うまでもない。だというのに目の前の黒龍帝はいとも簡単に、龍気のみで破って見せた。異常なまでの圧倒的な力、それしか言葉として出てこない。
(ま、マズイのじゃ。一応念のために第3階位の天玉を持ってはきたが、今の状況がどこまで持つかわかったものではない。今は温存しておるが、これを使うタイミングは見極めないといかんの。)
ルオスが内ポケットにしまってある天玉の感触を感じならそう考えていると、体に轟々と燃え盛る黒炎を纏った恭介が手をボキッっと鳴らす。
「そっちがそうくるなら、こっちも行かせてもらうぞ。流石に殺されそうになってまで、お話しましょう、じゃあないだろう。ああ、安心しろ。殺しはしない。俺の話が聞けるくらいになるまでボコるだけだから。」
恭介は目を大きく開き、殺気を放出した。その殺気は先ほどまで全くと言っていいほど、殺気を出していなかったこともあってか、とてつもない寒気を混成部隊の面々に与えた。カチャカチャと音を鳴らして、震えているものや、うっと顔を顰めるものなど様々だが、もれなく全員恭介の殺気に当てられて、気分が悪くなった事に変わりはない。
そしてこうも思ったのだ。
俺たち私たちは生きて帰れないと。
混成部隊の面々が顔を絶望に歪めていると、その混成部隊の中で唯一希望を捨てていなかった者達が声を上げた。
「みんな諦めたらダメよ! 黒龍帝と言っても相手はただ1人! やれない事はないわ! 」
「そうだぜ! お前ら考え方を変えてみろ! 黒龍帝を倒したとなれば一生遊んでも余りある金や、美女が手に入るんだぜ? ここでやらなきゃ、男じゃねぇ! 」
「犬の言う通りだ。まあ、私はどうでもいいがな。雑魚が1匹2匹減ったところでなんら問題はない。」
最後のエフィリアの言葉はどうかは知らないが、イリーナとジオの言葉は混成部隊の面々に勇気を与えた。その証拠に、先程まで震えていた手は止まり、顔には希望が戻っている。
それを見たガウェインは1つ頷く。
「そのツラ構えである! 某が先陣を切る故、汝らは後から続いて欲しいのである! ウオオオ!! 」
ガウェインは背中から、大きな黒い大剣を引き抜きドンッ! と恭介がへと突っ込んでいった。恭介は自分に迫ってくる大剣を構えた首なし甲冑を、臆することもなく迎え撃つ。