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この世界には山田しか居ない

作者: かわばた

山田は苦悩していた。


この世界で自分が唯一無二の山田であるという証明は一体どうすれば得られるのだろうか。


「おう山田、ちーっす!」

「おはよ山田」

「おい山田、宿題やってきた?」


なんてことのない日常だが、この異変に気がついているのは山田だけだった。

「おっす山田、どうしたんだよ暗い顔して。なんかあったか?」

「……おう」

なんかあったかじゃない。そもそもお前も山田なら俺も山田だ。俺がお前でお前が俺で。

「そういやさ、聞いたか山田?山田、学校辞めるんだってさ。残念だよなーあいつ面白かったのに」

「……そうだな」

そうだなって一体どの山田だよ。そもそも全員山田じゃねえか。

そう思っても山田にはそれを立証する方法が無い。

山田は自分が唯一の山田である確信があった。

しかし、この世界には山田しかおらず、つまり山田がどんなに山田であることを主張しても、唯一の山田である事を証明する方法が無い。

いや、いまだ見つかっていないだけで、絶対に山田が山田であると証明する方法はあるはずだ。

そう山田は信じていた。

山田の前で山田が話を続けた。

「でさ、山田の奴、なりたいものがあるんだってさ。だから学校辞めてそっちに進むんだって。スゲーよな」

そりゃそうだろう。

こんな山田であふれた世界の中に所属していては先は山田になるしかない。

例え山田になるしかなくても、真の山田になるにはきっと信じられないくらいの苦悩を超えなければならないだろう。

なにせ、山田は知っているのだ。

この世界は山田でしか構成されておらず、山田以外の選択肢が存在しないということに。

そんな世界を山田は許容できない。

いくら山田しか選択肢がないとはいえ、唯一の山田たる生き方が、山田にはあるはずだ。

山田として生きる意味。

自身が真の山田である証明。

それこそが、山田の求めるものだった。

「そういやさ、山田の奴、山田と付き合うんだってさ。悔しいけどお似合いだよな」

誰と誰だよ。

山田と山田か。いやそれは判っている。

判っているんだ。

この世界には山田しか存在しない。

山田以外の山田はおらず、山田じゃない山田も存在しない。

自分自身もまた山田であり、世界もまた全て山田である。なんてことだ。

世界中が山田であるならその世界の中で一体自分は何の山田であるのか証明しなければならないのに、その証明方法がわかるはずが無いではないか。

「山田と山田がこのまま結婚でもしたら、どんな子供が生まれるんだろうなぁ」

楽しげに山田が言うが、そんなものは決まっている。

子供だろうが大人だろうが、この世界に生まれたからには山田以外の選択肢など存在しないのだ。

山田、山田、山田。

この世界は山田でできていて、山田で構成されている。

逃れることができない、山田以外のなにものにもなれないなら、唯一の山田になるしかないではないか。

しかし、唯一とは一体何なのか。

どうすればこの山田の連中に、お前は山田で山田以外のなにものでもなく、またお前以外も全員山田なのだと教えることができるのか。

しかし、と山田は考える。

山田しか存在しないということをしらないこの山田に、世界が山田だらけでそれはおかしなことなのだと伝えたとする。

そうしたらどうなる?

―――――きっと絶望だ

世界が山田だらけといえばきっと山田は笑うだろう。そんなことはこの世界では当たり前の事だ。

山田と言えば山田の事だし、山田でなくとも山田のことだ。つまりなにもかもが山田であり、全ては山田で山田じゃない全てのものも山田である。

「おい、さっきからなにくらい顔してんだよ。あ、おまえひょっとして山田のこと好きだったのか?」

だからどの山田なんだよ。その山田によっちゃノーマルかホモかも決まってしまう。そんなことすら判らないのになぜこの世界は山田だけで構成されているんだ。なぜ誰もこの異変に気付かないんだ。

なぜだ。

山田は絶望を覚える。こうして毎日毎日山田と言う意義に疑問を覚え、考え、存在をふりかえり、自身が山田であるという証明をつくりながらも結局は山田以外のなんでもなく、そして結局どんなに考えても所詮山田から逃れることはできないということを毎日毎日知らされてしまう。

この恐怖。

誰も気付かず、誰にも理解されず。

ただひたすらに世界を山田で埋め尽くされて自分自身も山田でしかないことを思い知らされるこの世界からどうすれば救われるのか。

山田はどんなに考えても、山田以外の考えが浮かんでこない。なぜなら山田は山田でしかなく、山田以外のなにものでもないからだ。

「山田、本当に大丈夫か?」

心配する山田に、山田は静かに頷いた。

「ああ、大丈夫だ。いつものことだ」

所詮この世界の山田のなかのたったひとりのひとつぶの山田でしかない山田には、世界をどうすることもできない。

山田は絶望の混じったため息を吐いた。

「おい席に着け。出席とるぞ」

「お、やべ、山田だ」

そういって慌てて山田が自分の席につく。

教室中に散らばっていた山田が席に戻る。

「出席とるぞー。山田」

「はい」

「山田」

「はーい」

「山田……は休みか。次、山田」

「へーい」

「山田」

「……」

「山田!」

「……」

「おい、山田!」

自分のことか、と気付き山田は返事をした。

「はい、」

「もー、毎朝おまえなんで返事しねーんだよ。ちゃんと目をさませよ山田」

「……」

「じゃ次、山田」

「はーい!」

今日もまた山田としての一日がはじまる。


山田。

この世界を構築する全ての基本。


山田で世界は出来ていて、

すべての世界は、山田である。




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