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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
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第9話 リーテシア 苦難の分岐点

目まぐるしく変わっていく状況に、もういっそのこと何もかも忘れて眠ってしまいたくなる。

リーテシアは倒れているラミーを抱き起し、近くの岩場に彼を引きずりながら移動した。移動した、と言っても数メートル先でしかない。が、これが限界であった。

どうやらラミーは極度の緊張と、魔獣の攻撃が目の前まで迫ってきたショック、そして予想しない方向からの衝撃が入り混じってか、意識を失っているようだ。


少女の腕力では、子供とはいえ、気を失っている人間一人を国まで運ぶのは不可能である。

そして、ここはまだ魔獣のすぐ近くである。

隻腕の剣士が魔獣を引き付けてくれてはいるが、いつその牙と爪がこちらに向くかは魔獣のみぞ知ることだ。下手な期待は捨てて、今よりもより安心できる位置まで逃げる必要がある。


ラミーを連れての長い距離の移動は難しい。

時間がかかるうえに、その状態を狙われたら回避することすらできない。

つまり、少しの移動でも今以上の安全を確保できる方法を考えなくてはならない。

リーテシアは「なんでこんなことに・・・」と今に至るまでの今日の自分に後悔を抱きながら、必死に生き残る確率を上げる案を考えた。


魔法には回数制限が存在する。

それは自身でも何回使用できるか、まったく把握ができない上に体調なども影響して動的に変化する、魔法師にとって厄介極まりない制約である。

魔法は一回使用した。

二回以上の使用は経験がないため、上手く扱えるかどうかの保証はない。

かといって、今試しに何らかの魔法を使用して使えることを確認し、その後の本番で使用できなくなりました、というオチでは笑えない。


不意に岩場の向こう側から、体の芯から強張らせる声が聞こえる。


「ギィィイィィイィィィィィィィアアアアアッーーーー!!!!」


魔獣の咆哮だ。

心臓が高鳴る。

早くこの場から逃げないと。

魔法の回数をいつまでもうだうだと考えている場合ではない。

駄目なときは駄目。

その時に考える。

そう決心し、リーテシアはラミーを小さな体で背負い、「ぅ、~~~~っ!」と両足に全力を注いで立ち上がった。

こちらに魔獣がこないよう護るかのような剣士の背中を横目に、それとは逆方向に足を向ける。

少しでも遠くへ。

一歩、二歩、とフールによって荒らされた禿げた山岳地帯に足を取られそうになりながら、全力で走る。走る、というのはリーテシアの想いであるが、実際はラミーの重さに負けて、よたよたとふらつきながら歩いているようにしか見えない。

背後から二つの気配がぶつかるのを感じる。


「~~~~~~~~っっ!!」


歯を食いしばって、懸命に足を動かす。

背負ったラミーを固定する両手も痺れてきた。

それでもここで弱音を吐くわけにはいかない。なので考えないようにして、とにかく歩いた。

山岳の斜面を降りるようにして、20メートルほど進んだあたりだろうか。

リーテシアは足が棒になる感覚に襲われ、ここが限界と踏んだ。

彼女の中では1キロメートルは進んだ気がしたが、後ろを振り返ると、剣士と魔獣との距離はさほど開いてなかった。

ショックを受けている暇はない。

ここは遮蔽物(しゃへいぶつ)の少ないアイリ王国側の山岳地帯。

身を隠すには岩場が適当なのだろうが、フールによって頻繁に削られた山肌には大きな岩場は少ない。

先ほど子供二人分の身を隠せる大きい岩場があったのは、運が良かったとしか言えない。


魔法を発動させる。

属性は地。


リーテシアは魔法陣を宙に描き、両の手のひらを地面に触れさせた。

魔法陣が砕け散り、同時に触れた手のあたりの土が盛り上がってくる。地の魔法による土の干渉。それによる地面の隆起であった。

地面の隆起はやがて硬質化し、近くにある岩場と同様の形へ擬態していった。

その最中、少し上で起こっている戦いに目を向けていたが、おそらく魔獣にも気づかれていないと思う。


「はっ・・・はっ・・・はっ・・・!」


呼吸が粗い。

必死に正常に戻そうとしても、

心臓の動悸が、

手足の震えが、

頬を伝う汗が、

リーテシアの意に反して、阻んでくる。

極度の緊張状態に加え、ラミーをここまで連れてきた疲労が原因だろう。

眩暈や頭痛もするし、吐き気もする。

先ほどから視界はぐるぐると回転していたり、歪んで見えたりする。

もちろん実際の景色がそうなっているわけではなく、彼女の脳が現状を処理しきれず、オーバーヒートしている結果だった。


唾を飲み込もうとして、上手くいかず(むせ)そうになる。

この場面で声を出そうものなら、魔獣にいつ殺されてもおかしくない。

リーテシアは目をつぶり、喉を押さえながら、必死に咳が出るのを抑えた。咳は抑えられたものの、その代わりに喉奥や鼻奥になんとも言えない痛みが広がってくる。


(最悪・・・もう色々と最悪よ! うぅ・・・・・・泣きそう・・・)


あと魔法は何回使用できるのか。

ラミーを吹き飛ばすのに一回。

この隠れ(みの)を作るために一回。


(お腹痛い・・・)


腹部も「早くこの現状をどうにかしてくれ!」と主張するかのように、痛みで訴えかけてくる。

そんなことは分かっている、と自分の腹部に叱りつけたくなるが、何ともアホらしい行為なので、すぐに真面目な思考に切り替えた。


(まだ・・・魔法は使える、と思うんだけど・・・)


リーテシアの魔法では、あの凶悪な魔獣を倒すには到底及ばない。

何千発打ち込んだところで、傷すら負わせられないだろう。

だから戦いに魔法を使用することはない。逃げるか、回避に。できれば、安全にこの戦域を退避するために駆使したいところだ。


そんなことを考えている矢先に、魔法で生成された岩の向こうから耳を塞ぎたくなるような痛々しい叫びが聞こえる。


「ギィッ!! ギィェェェェェェェァァァァァァァッァァッ!!!」


言うまでもなく、魔獣のものだ。

リーテシアは額の汗をぬぐって、岩の横影から顔を出して、様子をうかがう。

そして目を見開いた。

剣士の青年が持つ大剣が魔獣の腹を裂いたのだ。

そして傷の痛みに耐えるように、踏ん張っている魔獣の前に青年が淡々ととどめを刺そうとしている。


「す、すごい・・・・・・」


片手で持つ大剣だけで、あの魔獣を圧倒している。

リーテシアは先ほどまで色々と考えていたもの全てがその光景に吹き飛ばされ、食い入るように剣士と魔獣の様子を見ていた。

不意に青年が何かに気付いた素振りをするが、それは一瞬に終わり、魔獣の反撃の対処をしていた。

その対処も華麗なもので、回避する動きから攻撃へ。流れるような動きで魔獣の首を斬り飛ばしていた。

魔獣の首が飛んだことで、リーテシアは思わず目を(つぶ)る。

そんなことをしても何か意味があるわけでもないのだが、倫理的・生理的に思わずそうしてしまった。


そして次に目を開けたとき、彼女の目は今まで以上に大きく見開いた。


「う、そ・・・・・・」


青年も山頂方面を見上げている。

その先には、複数の同タイプの魔獣が思い思いに声をあげ、こちらに向かってきていた。

そして、何を思ったのか青年は斬り飛ばした魔獣の首を、その群れの方へ蹴り飛ばし、魔獣たちの怒りを買っていた。いや、誘いだしていた。

魔獣たちの怒りの声をものともせず、彼は山岳を駆け上がる。

と同時に声が響いた。


「俺が引きつける! さっさと逃げろ!」


それは明らかにリーテシアたちに向けられた言葉だった。


「は、はぃっ!」


思わず返事をしてしまい、慌てて口をふさぐ。

魔獣たちは仲間を殺した剣士に夢中で、どうやらこちらには気づいていないようだ。

内心ホッとしつつ、どうするかを考える。

まあ目標に関しては考えるまでもなく、何とかしてラミーを連れて、国に逃げ込む。

これ以外に目標はない。

考えるのは手段だ。

どうやってラミーを連れて、門の向こう側まで安全に移動するか、だ。

そこで、ハッとリーテシアに一つの懸念事項が頭をよぎった。


(門を・・・抜けて、国に逃げ込む・・・? あれ? だって・・・今、門は・・・?)


慌てて傾斜の下を覗き込むように見下ろす。

小さく見える門の様子は、依然変わらずウェルカム宜しく、と言わんばかりに全開である。

もし仮に無事に門を抜けたとして、それは安全を確保したと言えるのだろうか。

もし今、善戦をしている剣士に何かがあったり、数で押されて国内に退くことがあったとして、魔獣がアイリ王国へ攻め入ってきたとき、国は外敵から身を護れる状態だろうか。

答えは明白に、否、である。

解放された門は簡単に魔獣をも受け入れ、国内は騒然となるだろう。

国力が著しく低下しているアイリ王国で、魔獣と対抗できる戦力は、王の側近兵である近衛兵と、水牽き役、次いで門番たる衛兵ぐらいだ。閉鎖的な性格のアイリ王国では、外敵対策は門が担っており、あまり国内での戦いは想定されていない。想定したくても、国にその運用を構築する余力がないのが現状だ。そのため、一般兵等は最低限しか雇われておらず、それも王城付近に配置されている者ばかりだ。

つまり、国民が多く暮らす街においては、それを護る役目は衛兵と高い塀、というわけだ。

それが突破されれば、国民に抗う術はほぼ無いと言っても過言ではない。


――きっと、多くの人が殺されるだろう。


(やっぱり・・・ダメだよ・・・)


国への不安感は、より型を成していく。

やはり、この国はマイナスの方向へ、一歩一歩確実に傾いていっている。

国を出たい、という漠然な想いとは、こういった背景を直接ではないにしろ肌で感じていたから生まれた感情だったのだろう。今回の件でそれはより鮮明に形成され、想いは強くなっていく一方であった。


(私たちが戻ったら、もしかしたらそれに気づいた魔獣が追いかけてくるかもしれない・・・。ううん、考えたくないけど・・・あの人に何かあっても、それは同じ・・・だから・・・、っ)


ギュッと、小さな手を握りしめる。


(ここで・・・・・・、魔獣を食い止めないと、いけない・・・)


あの剣士は強い。

今まで何かとの戦い、というのを目の当たりにしたことがないので、比較するものはないのだが、それでも肌で感じるものはあった。

おそらく魔獣との一対一なら、負けることはそうないのだろう。

しかし、今は相手は5体いる。


(あの人は・・・逃げろと言ってくれた、けど・・・)


国で暴れ回る魔獣の姿を想像すると、身震いが走る。

先に逃げ込んだサジや行商の人たち、レジンやシーフェや端っこ孤児院の子供たち。そして配給日の行列で身動きがあまり取れない大人たち。

多くの人たちの阿鼻叫喚(あびきょうかん)が国中に響き渡るのだろう。


「ごめん、ラミー・・・もうちょっとだけ、ここで待ってて・・・」


もし、この先で後悔することがあるとしたら、自分の命を失うか、ラミーを巻き込んでしまうか、そのどちらかになるかもしれない。

ここに残る、その選択をした自分の判断が間違いなのかどうかは未来の結果が教えてくれる。だが、今は誰であっても、それが正しいかなんて分からない。だから後悔しないように、その判断が正しかった、と言われるように全力で努力する。

自分も死なないし、ラミーも死なせない。

リーテシアはその年齢に見合わない――覚悟した表情で岩の陰から剣士の戦況を確認した。


願わくば、あの剣士が全ての魔獣を倒してくれることを願って。


(でも・・・)


先ほどまでは逃げることに魔法を使うことで頭が一杯だったが、今は違う。


(あの人が危ない目に合いそうになったら・・・私の魔法で・・・、魔獣の気を逸らすことぐらいは・・・できる、といいなぁ・・・)


少し、いやかなり自信はないが、それでも皆を護ってくれた、あの剣士も死なせたくない。

できれば無事、皆で元気に国に戻って、その時に護ってくれたお礼を言いたい。

だから出来る限りのことはするつもり。

その想いを(かて)に、リーテシアはこれからの戦いと魔獣の動きに細心の注意を払って監視する。


(絶対に・・・帰るんだから!)


国を出たいと思っても、やはり「故郷」という思いはあるのだろう。

帰る、という表現を心の中で表しながら、リーテシアは強く口を結んで、この苦難を乗り越えると決意した。

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