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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
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第8話 剣士ヒザキの戦い

正直、少し焦った、と思う。

隻腕の剣士、ヒザキは先ほどの自身の心に走った不安感をそう捉えた。

先ほどまで背負っていた男性、名をベルモンドと言う。彼を背負っている間は大剣も使用できない上に、手傷を負わせた自分を狙い続ける魔獣にどうしたものかと思っていたのだが、助け舟は予想しないところから来てしまった。

無謀にも魔獣に立ち向かっていった彼に、魔獣の注意は逸らされた。

おかげでベルモンドを降ろすことができたが、少年を助けに行こうと思ったときには既に遅かった。

ベルモンドを背負ったままでも少年を助けるべきだった。そういった後悔と焦りが彼の心の中に生じたが、またしても、その助け舟は予想外なところから生じたのだった。


風の魔法。

威力は低いが、少年を魔獣の攻撃外へ吹き飛ばす効果は十分に担っていた。

割り込んできた風の魔法のおかげで少年は無事であり、ヒザキも魔獣と子供たちとの間に割って入ることができた。

まだ子供たちは外見から、10歳を超えたあたりに見える。

少年が均衡状態を破るために行動したのか、少女が計算して風の魔法で少年の命を救ったのか。

真偽はヒザキには分からなかったが、ただ「大したものだ」と素直に思った。

素早く吹き飛んだ少年と魔獣の直線状の間に体を滑り込ませ、大剣の切っ先を魔獣に向ける。


「さて、先ほどは殺し損ねて悪かったな」


刀身120センチメートルほどの両刃剣を右手で構え、未だ涎をこぼしつつ唸り声をあげる魔獣に言う。


「今度はきっちり冥土に送ってやる。安心して逝け」


言葉は通じていないのだろうが、煽られていることは理解したのだろう。

魔獣は歯ぎしりをしながら、口腔内に溜まった涎を吐き出しながら声を上げる。


「ギィィイィィイィィィィィィィアアアアアッーーーー!!!!」


魔獣の拳は容易に岩を砕き、その爪は人など布のように引き裂くだろう。

そんな相手の間合いにいながらも、ヒザキは顔色一つ変えずに、その大剣を突き刺す。

鋭い一線。

少しのブレもなく、綺麗な線の軌道を描いた突きは、しかし魔獣に反応され、かわされてしまう。

それを予期していたのか、すぐに手首を捻って剣を持ち直し、左に避けた魔獣の腹部めがけて横一線に薙ぎ払う。

この大剣を手首の力だけで軌道を変えるのは相当な力が必要なはずなのに、ヒザキは当たり前のことをするように実行する。

既に一度左に避けた魔獣の重心は左に傾いている。この状態で右から迫ってくる攻撃を更に左に避けるのは難しい。そのため、当然相手は後ろに飛びのく選択をした。そして、それをヒザキも読んでいた。


さらに軸足を踏み込む。


後方に避けた魔獣は、十分な力を足に入れられる体制ではなかったため、数メートル飛びのいただけになった。そこを飛びのくスピード以上の速さでヒザキが間合いを詰める。

魔獣がその赤い相貌を見開くのを感じる。


(――入る)


自分の攻撃と、相手の防御・回避のイメージが噛み合い、自身の攻撃が相手に届くと直感的に確信する。ヒザキは迷いなく右手を伸ばし、大剣を突き出した。


剣先が肉を引き裂き、その内部まで侵入していく感触が刃から柄へ、柄から手に伝わってくる。

すかさずヒザキは突き刺した大剣の刃を、さらに右横へ薙いだ。

魔獣の腹に突き刺さった剣がその動きに沿って、腹部を横に引き裂き、肋骨ごと切断される。


「ギィッ!! ギィェェェェェェェァァァァァァァッァァッ!!!」


激痛に魔獣が悲痛な叫びをあげる。

従来の生物ならこの時点で絶命しても何ら不思議はない。

しかし、この魔獣という生物は、その枠を超越した存在である。

腹部の半分を裂かれたにも関わらず、魔獣は倒れずに地に留まった。尻尾を地面に突き立て、何とかして倒れまいと耐えているようだ。


「タフだな。見たことのない種だが、それなりに強い部類だったのかもな」


刃に付着した血を、軽く地に向けて薙ぎ払って血を飛ばす。


「ゲェ・・・ッ! ギイィィィイィィィ・・・!!」


口から腹から逆流した血液と、泡のような涎が零れ落ちている。

すぐに絶命しないにしても、致命傷であることは間違いないようだ。


ヒザキは相手の足が止まったことを確認して、周囲に注意を広げた。

どうやらベルモンドと、一緒にいた女性二人、セルフィとヴェインも少年一人を連れ立って戦線を離れたようだ。こういった危機的状況においての正確な判断は非常に助かる。向かった方角を考えると、アイリ王国の方面に向かって、山を下っていったように見える。

ここは山岳地帯の中でも最も背が低い場所なので、降りるまでの時間はそうかからないだろうと思う。

アイリ王国は二つの門と、それを囲む巨大な塀がある国であることはヒザキも知っていたので、国の中に入って門を閉じてさえしまえば、何の心配もないと判断する。

問題は――、先に戦況を動かした子供二人になるが。

もっとも、ここでこの魔獣を倒してしまえば、そんな心配も杞憂(きゆう)に終わる。


そう考えていた矢先に、ヒザキは異変に気付いた。


「これは・・・」


その異変に対し、状況を整理する前に、目の前の魔獣が唸り声と叫び声が入り混じったような奇声をあげながら、その右腕を振り下ろしてきた。


「その腹で良く動くっ!」


思考を切り替え、その攻撃を体を捻って回避する。


「どうやらお前だけに構っている暇はなさそうだな!」


その回避行動の延長線上とでも言うかのように、体を回転してその右手にある大剣を魔獣の首元をなぞるように振るった。

もう魔獣には回避するための余力がなかったのか、成す術もなく、その首は大剣によって斬りおとされた。

切断面から勢いよく噴き出す血が、この一帯を赤く染める。

あまり見ていて気分のよくなる光景ではなかった。


「さて・・・」


切っ先を下げて、ヒザキはこの一帯に注意を払う。


「てっきり個体で活動する(たぐい)かと思っていたが・・・」


今、首から上をなくし、倒れこんだ魔獣と同じタイプの魔獣が山頂から次々に顔を出してくる。

1、2、3・・・5体。

見える範囲でその数である。

山の奥にも何体潜んでいるかは分からないが、それ以上いると見込んで動くのが妥当だろう。


「まさか群れで行動するタイプだったとはな」


姿を現した魔獣はこちらの存在に気が付いているようだ。

あの魔獣の足の速さなら、今、下山途中のベルモンド一行も国につく前に追いつかれ、襲われるだろう。


つまり、ここで足止めをしなくてはならない。


(あまり、こういうやり方は趣味ではないんだがな・・・やむを得ないか)


ヒザキは倒れた魔獣の首から切り離された頭部を、思いっきり蹴り飛ばした。

方向は言うまでもなく、追加投入された魔獣の方へだ。

瞬間、


「ギィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!」


「グォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


「ギィィッィィィィィァァァァァァッ!!!」


魔獣たちの怒りの咆哮がサラウンドで耳に届く。

群れを成す動物は、個体では外敵から身を守ることができない弱い動物が多く、集団で動くことにより生存の確率を高めることを目的とすることが多い。

しかし、この魔獣は単体でも他の魔獣に劣らないほどの強さは備えている。

では、なぜ群れを成していたのか。

ヒザキは、この魔獣は集団行動による生存確率を高めるための群れではなく、種族や家族などの繋がりによる群れと想定した。いわゆる血縁集団というものだ。前者であれば仲間を殺されても集団が生き残るために、「数」というバリケードを形成しながら何処かへ逃げるだろう。しかし後者である血縁集団であるのならば、仲間を殺されれば怒り狂うものだ。


結果、奴らは怒りに満ちた気迫を容赦なく、こちらに向けてきている。

予想は当たっていたようだ。

ならば、魔獣の群れがベルモンドを追うことはそうないだろう。

一つ問題が解消されて、若干安堵する。

もう一つの問題も解消すべく、ヒザキは間髪入れずに山岳地帯を駆けあがっていく。


リーテシアたちを逃がすためだ。


ヒザキが彼女たちよりも高い位置で戦闘を始めれば、魔獣はその位置に留まるだろう。

その間に山を降りて、国の中に逃げ込んでもらう。

それが現時点での最善策と見ていた。


駆けていく最中に通り過ぎる岩場に目を向けた。


(地の魔法、か。普通なら腰が抜けて、そんなことも考えられないぐらいになるものだが・・・随分と勇ましいお嬢さんだ)


リーテシアとラミーの姿は一見どこにも見当たらない。

しかし、その二人の気配をヒザキは感じ取っていた。

どうやら最初の魔獣と戦っている最中に、ラミーを連れて地の魔法を使用して岩場を形成し、その影に隠れているようだ。


「俺が引きつける! さっさと逃げろ!」


この短い時間の中でリーテシアの行動を鑑みて、頭が切れる子供とは思っているが、それでも万が一意図が通じず、取り返しのつかない事が起こっては意味がない。

ヒザキは彼女たちに聞こえるように大声で避難を指示して、そのまま駆け上がっていった。

動揺した気配を背後に感じたが、それを無視してヒザキは前方に集中した。

一番近くに位置する魔獣は牙を剥いて、こちらに向かってくる。

他の個体は距離をとったり、いつでも動けるように前傾姿勢をとっていたりする。


(群れで動く、ということは何かしらの戦術を持っている可能性も考慮すべきだな)


ここで一斉にかかってくるのであれば、群れを成しているとはいえ烏合(うごう)の衆と判断し、上手く捌けると思っていたのだが、どうにも当てが外れたみたいだ。

そんな考えを肯定したかのように、こちらに向かってくる魔獣よりも先に別の攻撃が襲い掛かってきた。


岩だ。


手ごろな岩を持ち上げ、それを投げてきたのだ。

いかに大剣と言えど、岩を斬ることは不可能だ。砕くことに成功しても、剣としての寿命は終わるか、縮まるだろう。この戦況でそんな行為は無意味に他ならない。必然的にヒザキは身をひるがえし、迫る岩を回避する。岩が落下した衝撃が足の裏から伝わってくる。


「ちっ!」


その岩の死角を狙うかのように、先ほどの一番近い魔獣が、落ちた岩の裏側から襲い掛かってくる。

バックステップは――、駄目だ。

もう一発、岩を投げてくる気配を感じる。視線をそちらに向ける暇はないため、ヒザキは自身のその直感を信じた。

二発目の岩は、おそらく自分が後ろに飛ぶことを見越して、その地点に飛ばしてくるだろう。

ヒザキは逆に前に重心を傾け、襲い掛かる魔獣の爪をかわし、落ちた岩に沿うように移動し、魔獣の眼前に迫った。直後、背後でズゥンと二発目の岩が地面に激突する音が聞こえる。


「ふっ!」


軽く息を吐きながら大剣を薙ぎ払う。

魔獣は驚きに目を見開きながらも、何とか岩の陰に隠れるようにしてその一撃を回避した。お陰様で大剣の刃が岩と激突し、ギィィンと鈍い音を立てた。()こぼれが心配だ、と切実に思った。


これが一対一なら、仕切り直しのタイミングだろうが、残念ながら多対一の状況では、ヒザキに休む暇は与えてもらえない。

攻撃をかわした魔獣は一旦、後方に跳ねるように下がっていき、かわりに二体の魔獣が左右から襲い掛かってくる。


右斜め上から爪が、左横から蹴りが来る。

ヒザキは少し後ろに下がり、先ほどの岩を右に盾代わりに配置し、右からの攻撃を対応する。

想定通り降り降ろされようとしていた爪は止まり、左横からの蹴りに対しては、低く態勢を(かが)めることで回避。当てる対象がいなくなった蹴りはそのまま頭上を素通りし、右にあった岩に激突する。

その隙を見逃す手はない。

素早く逆袈裟斬(ぎゃくけさぎ)りのような形で、左下から斜めに刃を振り上げる。


魔獣の右足が付け根から斬り飛ばされる。

尋常ではない力だ。

魔獣の筋力は岩をも砕くもので、大腿囲も80センチメートルはあるであろう太さだ。

如何に切れ味のある剣を使用したところで、常人には真似ができない芸当だ。

足を片方失くしてバランスを崩す魔獣の喉元に剣を突き刺そうとしたが、それはすぐ近くの魔獣の攻撃により阻まれた。


一歩、二歩と軽いステップを踏むように、後ろに下がる。


先ほどの怒りに満ちた咆哮は聞こえない。

このヒザキという男を警戒し、戦略的に攻めても掠り傷一つ付けられていない現状に、喉奥を鳴らすような唸り声ばかりが辺りを響かせている。


「どうした?」


表情は変わらない。

まるで呼吸をするのと何ら違いがないかのような、涼しい顔のままヒザキは言葉を続けた。


「遠慮せずにかかってこい。なに、どう足掻いたところで――」


剣を地に突き刺し、真っすぐに魔獣たちを見据える。


「結果は変わらないんだからな」



その言葉を皮切りに、ヒザキと魔獣たちの第二ラウンドが始まった。


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