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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
60/96

第60話 ミリティアの追憶 その1

すみません、ちょっと間が空いてしまいました(´Д` ;)

ルケニアとの邂逅の後、幼いミリティアの意識は少し変わった。


より他者との繋がりに興味を示し、両親に「人の為になるにはどうしたらいいの?」と尋ねたりと、積極的に人を喜ばせるには何をしたらいいか探究を始めたのだ。


母は「ミリティアが幸せなら、私たちも幸せなのよ」と言ってくれる。それはそれでとても幸せな気持ちになるのだが、少しだけ物足りない感じもした。でもそう言ってくれた後に頭を撫でてもらうと、そんなもやもや感も吹き飛んで心が安らいでしまうのは、当時は想像以上に甘えん坊だったのかもしれない。


父は「そうだなぁ、他所の国のことは知らないけど、ここではやっぱり王城に勤めるのが誉れであり、民全体の手助けになるんじゃないかな」と言ってくれた。ミリティアはとっかかりを掴んだ気持ちになり、パァッと笑顔になったが、結局王城に務める、というのが何をどうしたら良いか分からず、最終的には悩みながら寝床につくことになった。


悩んだ次の日は図書館に行くことが多い。

新しい情報を得たり、勉強することは自分が前に進んでいる感じがして充実するし、何より楽しかった。

図書館に行っては、読めない字や意味が分からない部分を持ちかえって両親に聞き、教えてもらったことを頭の中で復習しながら寝る。そんなことを繰り返す日々が続いた。


目的が出来ると活力が沸く。

活力が沸くと活動的になる。

活動的になれば自然と情報を多く手にしたり、様々な経験をするものだ。


ルケニアの笑顔を見たミリティアは「誰かに喜ばれることをしたい」という目的を胸に、図書館で国のことや一般知識を勉強し、下積みを増やしていった後に見る外の光景は色が違って見えた。

今までは色褪せ、静まり返った質素なイメージだったというのに、意識を変えて見た街の風景は様子が違ったのだ。


良く見れば、誰もが暗い表情をしているわけではない。

子供の中でも明るく無邪気に遊んでいる者もいれば、大人でも楽しそうに話し、店を開いている人もいた。

その全員が心から人生を謳歌しているかどうかまでは幼いミリティアには計り切れなかったが、それでもその笑顔は尊いものだと感じた。


中でも兵士に関しては、心の底から「すごい」と思った。


小さな体の自分でさえ、日々の食事に物足りなさを感じ、より活発的に動くようになった今では常に空腹状態だ。激しい運動をすれば、すぐにエネルギー切れになって動けなくなるだろう。

しかし同じ環境下のはずなのに、兵たちは声を張り上げ、模造剣を使って毎日激しい訓練を続けていた。


ミリティアは王城内の教会に行くフリをして、一般兵舎近くの訓練場で汗を流す兵士たちの様子を見ることが多くなっていた。


「わぁー」


訓練場が見える通路の石階段に腰をかけ、思わず感嘆の声を漏らす。


金色の髪をふわふわと左右に揺らしながら、兵たちの動きに合わせるように無意識に体を揺する。

模造剣同士がぶつかる激しい音に時折目をつぶりながらも、興味津々にその様子を眺めつづけた。


やがて訓練が終わり、兵たちがぞろぞろと兵舎に戻っていくのを見届けると、ミリティアも腰を上げて帰宅することにした。


「お尻痛い・・・」


ずっと堅い石階段の上にいたため、臀部にやや痛みがあることに顔をしかめたが、すぐに「今日も充実した一日を送った」と言わんばかりの満足げな表情で帰路についた。


家に帰れば両親が温かく迎えてくれる。

最近は帰宅時間が遅くなってきたため、心配されることも多くなったが、基本アイリ王国は外壁に閉ざされた国。国内にいる以上は砂嵐フールでも来ない限りは滅多なことは起こらない。そういう背景もあってか、両親も「何処で何をしてたのか」は聞いてくるが、その活動に制限をかけるまでは言わなかった。


まだまだ親の温もりが恋しい年頃でもあるミリティアは、帰るなり母に抱き付いたり、父の背中に乗っかったりとじゃれ合う。

彼女にとって、そんな一日を繰り返していくことは何にも替えがたい幸福の時間であった。



*************************************



ルケニアのいる孤児院が外で奉仕活動をする際は、ミリティアも積極的に混ざることにしていた。

体を動かすことは嫌いじゃないし、ルケニアと一緒にいるのが楽しかった。

そして何より、自分の活動が国のために、誰かのためになっていると思うと、俄然やる気が湧いてくるのだ。


ルケニアと砂掃除をしながら会話を重ねていくことで、彼女が自分より年上だと知り、人は見た目では年齢は計れないんだなと本気で驚いたものだ。

因みに逆も然りで、ルケニアもミリティアが同い年か年上だと思っていたらしい。三つも下の子に恥ずかしい姿を見られたことを思い出した彼女は、顔を真っ赤にして「忘れて~!」と懇願されたものだ。


無論、あの笑顔を忘れるわけにはいかないから、発端となる彼女の泣き顔も忘れるわけがない。


「ねぇねぇっ、ミリー!」


すっかり「ミリー」という呼び名が定着したルケニアが、今日も孤児院の子供たちと一緒に箒で砂を掃いていたミリティアに声をかける。


「なぁに、ルケニア」


振り返ると、ルケニアの大きな眼鏡がズレ落ちそうになっていることに気づく。

ルケニアの骨格にあまり合っていないのか、彼女のかけている大きな眼鏡はしょっちゅう落ちそうになる。

気にならないのだろうか? と思うのだが、彼女がそれに対して不満を漏らす場面は見たことが無いので、不便とは思っていないのかもしれない。

それでも眼鏡が落ちて、万が一にも踏んづけて割ってしまっては大事なので、ミリティアはルケニアに向き直ると、そっと眼鏡の位置を直してあげた。


眼鏡の位置が直ったのを見て「よしっ」という表情をすると、正面のルケニアは「ぐぬぬ・・・」という表情を浮かべ始める。


「こ、子供扱いしないのっ~!」


こうやって何かしてあげると、ルケニアはすぐに反論する。

ミリティアが年下だと分かってからは、こういうケースが増えていた。

ミリティアから見て、ルケニアの怒り方は何だか妹のように感じてしまい、どうしても世話を焼きたくなる衝動に駆られてしまう。だから今後も今のように世話を焼いてルケニアの自尊心をつついてしまうことがあるだろうが、おそらく止められないと思う。


ぷんぷんと顔を真っ赤にして抗議するルケニアの頬を優しく掴み、何となく横に伸ばしてみる。


「ほ、ほりゃぁ~~」


モチ肌とはこういうことを言うのか、頬の柔らかい感触に和まされる。

この乾燥に覆われた世界で、保湿を保っているのは珍しいと思う。最近枝毛や乾燥肌を感じてきたミリティアとしては羨ましい限りだ。


(妹がいたら、こんな感じなのかなぁ)


そんなことを感慨深く考えていると、ルケニアが強引に両手を上げて頬を掴んでいた手を離させた。


「あっ」


「えーい、いつまで伸び伸びしとるかぁ~っ!」


「だって・・・」


もうちょっと頬を掴んでいたかったミリティアは残念そうに肩を落とす。


「まったく・・・! こちの方がお姉ちゃんなんだから、そういうことをするのはこちの方なのっ!」


頬を膨らませて腕を組むルケニア。

こういう態度が年上に見えない結果を招いているわけだが、本人はミリティアがコクリと頷いたのを見て、満足そうに笑みを浮かべた。


「それで、どうしたの?」


自分で逸らしておきながら言うのもおかしな話だが、脱線してしまった話題を戻すことにした。

ハッとルケニアは目を開き、「そうそう!」と元の話題に戻っていった。


「ふふふー」


突然含み笑いをする彼女に、ミリティアは首を傾げる。

ルケニアはミリティアの表情になお気を良くしたらしく、上機嫌で数歩ステップを踏みながら後方に下がり、ミリティアに向かって掌を向けた。


「ふふん、見て驚くなぁー」


「?」


彼女の差し出した掌に何かあるのかと思ったが、特に何もなさそうだ。

ますます何がしたいのか分からない。


そんなことを考えていると、ルケニアは掌を地面に向けて力んだ表情になる。

つられて地面を見下ろすが、そこにあるのはこれから掃こうと思っていた砂が薄らと積もっているだけだった。


「むむっー・・・む~っ!」


「ルケニア?」


少し変わったところがある彼女だが、決して馬鹿ではないことは既に知っている。どちらかと言うと頭の回転に対し、言動や体がついてこない――そんな印象が「ルケニア」という人物像となっている。

そのため奇抜な行動にも何かしらの理由があるのだろうと思うのだが、今回ばかりはちょっと何をしたいのかが想像もつかなかった。


ルケニアの表情、手、地面。それらを視線で何度か行き来して待っていると、不意に違和感を感じた。


「・・・?」


ミリティアは思わず周囲を見回す。

特に変わらぬ砂掃除を続ける子供たちのいる風景。そこに違和感らしい何かは感じられない。

ふと、ルケニアの孤児院の院長と目が合ってしまい、院長が「掃除をしなさい」と苦笑交じりに箒を掃くジェスチャーをしてきた。ミリティアは慌ててお辞儀を返して、ルケニアに砂掃除を再開しようと提案しようと彼女の方を見た――その時だった。


ボコ、と低く鈍い音がした。


「ふんむっ!」


同時に力むルケニアの声。

何事かと思い、ミリティアは先ほどルケニアが掌を向けていた地面へと自然に目を向けた。


そこには――僅かに隆起した地面があった。


「えっ?」


先ほどまでは平だった地面が何かに押し上げられるように盛り上がっている。

子供が抱えられるほどの小さな山が出来上がり、ひび割れた表面から粉塵がこぼれだす。

何度か視線を向けていたため、そこが元は平だったことは認識している。何が起こったのか全く理解が追い付かなかった。

乾燥して地面も脆くなっているこの地域の地表だが、さすがに子供の力で何の道具も用いずにこの結果を導くことは不可能だ。


だとすれば可能性は――。


「あっ」


一つ、思い当たる節があった。


図書館で読んだ本に、目の前の現象を行える「方法」が記述されていたのを思い出す。

その仕組みが理解できず、まるで御伽のような感覚であった「それ」は、確か・・・。


「ふふん、驚いて声も出ないみたいね」


「魔法・・・」


「えっ?」


「ルケニア、これって『魔法』なの?」


少しふんぞり返って得意気な顔をしていたルケニアは、ミリティアの言葉に目を丸くした。


「ミ、ミリー・・・知ってたの?」


「うん・・・本で読んだ」


「ぅ・・・そ、そう、なんだ・・・」


彼女の中では目をキラキラして「どうやったの!?」と種明かしをせがむミリティアを期待していたのだろうか、まさかの正解を返され、ルケニアはがっくりと肩を落とした。

同時に年上としての威厳も示すいい機会だと思っていただけに、ルケニアの落胆は思いのほか大きそうだ。


「うぅ・・・ミリーにせっかくいいとこ見せられると思ったのに・・・」


「そ、そんなことないよ? 魔法なんて初めて見たし・・・それに本では大人でないと使うの難しいって書いてたもん。すごいよ、ルケニアっ」


「そ、そう?」


「うん、ほんとーに凄いと思う」


「え、えへへ・・・そ、そうかな?」


先ほどまでの暗い顔が嘘のように、照れて後頭部を掻くルケニア。

周りの子はルケニアのことを「単純」とか言うけど、ミリティアはルケニアのことを「素直な子」と思っている。純粋なルケニアだからこそ心が休まるのだ。その安らぎを大事に思うと同時に、自然とそういう気持ちにさせてくれる彼女を心底尊敬している。


彼女と触れ合うと、もっと彼女を喜ばせたい。

そしてその笑顔を他の皆にも広げていきたい。

そんな想いが日に日に強くなってくるのをミリティアは自覚した。


「むぅ」


と、急にルケニアが膨れる。


「ど、どうしたの?」


せっかくの笑顔が消えてしまったことと、その原因が全く分からなかったため、若干ミリティアは焦り気味に尋ねた。


「ミリー、またお姉ちゃんみたいな顔してるー!」


「ええっ?」


思わず自分の頬を手で触れたが、そもそも「お姉ちゃんみたいな顔」がどんなものかも分からないし、自分自身の顔を確認する術もない。

特に意識して表情を変えたつもりもないため、ミリティアはアワアワして「え、えっ?」と狼狽した。


「あっ・・・ちょっと子供っぽくなった! よしよしー」


そして今度はコロッと機嫌が治って、彼女よりも少しだけ背が高いミリティアの頭を爪先立ちしながら撫で始める。とても眩しい笑顔だ。


「う、うーん・・・ルケニア? ちょっとどういうことか分からないんだけど・・・」


「え、なにが?」


困惑を隠せないミリティアにルケニアは首を傾げた。

彼女の中では特に違和感のない行動の連鎖なのだろうが、ミリティアからすればぶつ切りの景色を見せられているようで落ち着かない。


「えっと・・・その、お姉ちゃんみたいな、顔?」


「う? んー・・・」


傾げる方向を逆にし、ルケニアは先の自分の言動を思い出す。


「あぁー・・・えとね?」


「うん」


「ミリーって、時々お母さんみたいな顔するの」


「お母さん?」


彼女の言う「お母さん」とは彼女の住んでいる孤児院を取り仕切る、院長夫妻のことだ。院長夫妻と言っても、院長が奥さんで、副院長が旦那さんという構成である。


院長のような表情。

どんなものだろうか。


ミリティアは改めて遠目に他の子の傍にいる院長を見る。

院長が優しい人だということは、ここでお世話になってから何度も話す機会があったため、十分に知っている。かと言って、あくまでも彼女からすれば自分は「他所の子」である。言ってしまえば、ルケニアや孤児院の子に接する態度とは異なり、やや「気を遣って」話してくれる節があるのだ。だから彼女がルケニアに接した時の表情がミリティアには上手く連想することが出来なかった。


「でもでも! こちの方がお姉ちゃんだからね!」


「うん、そうだね」


「ああっ、また!」


「ええっ!?」


当時のミリティアにはルケニアの言う表情というのは結局最後まで分からなかったが、ルケニアと接する際に時折覗かせるミリティアの優しく微笑む表情は――何処か自分の子供を愛する親の表情に似ているものだった。


と、気づかないうちに声が大きくなっていたらしい。


「こらこら、あまり騒がないの」


気付けば遠目に見ていたはずの院長が、すぐ背後に立っていた。

言葉は注意を促すものであったものの、彼女の性質のせいか厳しさよりも優しさを多分に感じる口調だった。


「あ、お母さん」


「す、すみません・・・」


ルケニアは嬉しそうに笑って振り返り、ミリティアは申し訳なさそうに頭を下げた。

その様子に院長は苦笑する。


「ルケニア? もう・・・どっちがお姉ちゃんなのか分からないわよ?」


「えぇっ!?」


母と慕う人から改めて言われたことにショックを受け、ルケニアは大きく口を開けて固まってしまった。


「ごめんなさいねぇ、手伝ってもらってる上にこの子の世話までしてもらっちゃって」


「い、いえいえ! 私がしたくてしていることですし・・・何より」


「うん?」


「何より――楽しいです」


小さく微笑むミリティアに院長は目を少しだけ丸くし、「そっか」と静かに笑った。

他の子にするように、ポンポンと頭に手を置かれる。

反射的に目を閉じてしまうものの、優しい感触だ。乾燥してカサカサな手ではあるが、その温もりからは彼女の持つ「穏やかさ」が流れ込んでくるようだ。その居心地の良さにミリティアも徐々にリラックスするように、肩の力を抜いていった。


「ありがとね」


「・・・」


ルケニアとは異なる笑顔。

だがどちらも甲乙つけがたいほど、綺麗な笑顔だった。

綺麗に感じるのは、それが本心から自然と出た表情だからなのだろう。

ミリティアは呆けたようにその顔を見つめた。


「どうしたの?」


「ぁっ、えっと・・・な、なんでもないですっ!」


つい見とれていたことに恥ずかしさを覚え、ミリティアはすぐに視線を外し、俯いてしまった。


ふと、院長が隆起した地面に気づき、笑顔から一転、困ったように眉をひそめてしまった。


「こぉら、ルケニア」


「はっ! え、なに?」


名を呼ばれて現実に引き戻されたルケニアが、目を丸くする。


「無暗に魔法を使っちゃダメって言ったでしょ? 魔法は正しく使って初めて『魔法』なの。悪戯に使うものじゃないのよ?」


「ぁう・・・だって・・・」


「ちょっとしたことでも迷惑になることもあるのよ。ほら、この出っ張りだって誰かが足を引っかけて、躓いてしまうかもしれないじゃない」


「ぇぅ・・・」


小さく息を吐いて院長はしゃがみこみ、ルケニアが魔法で生成した小さな山をポンポンと何度か叩いて平地に戻していった。


対するルケニアは「悪いことをした」という感情が沸き上がってきたのか、徐々に泣きそうな表情に変化していく。

泣くのは良くない。悲しむのは嫌だ。

少なくとも自分の知っている人が、そんな感情に襲われるのはミリティアにとって何としてでも阻止したいものであった。とはいえ、院長が言っていることは正しい。正しいことを何も考えずに否定することは悪い事だ。ルケニアを慰めたい想いと、院長の言い分が正しいと受け入れるべきと思う倫理観に挟まれ、ミリティアは情けないと思いつつも、どうしたら良いか判断がつかず、動けないでいた。


だがそんな幼い葛藤は院長の次の行動で杞憂に終わることになる。


院長はルケニアと同じ高さの視線になるよう屈んだままの姿勢を取り、先ほどのミリティアにしたようにルケニアの頭を撫でた。


「いい、ルケニア。別に貴女を叱りつけたいつもりじゃないのよ? ただ魔法が切っ掛けで要らぬ争いに発展して欲しくないから注意してるだけなの」


「・・・うん」


「貴女の土の魔法は、貴女を取り囲む近しい人、この国の人々、そして・・・国のためにお役にたてるかもしれない尊い力なの。私はね、出来ればその力が原因で争いを生んでほしくない・・・」


「・・・・・・むぅ」


ルケニアにはまだ難しい内容なのか、眉をひそめて目を細める彼女に院長は「そうねぇ」と笑った。


「例えばさっき貴女が作った小さな山で転んだ誰かが、貴女に対して怒っちゃったら・・・ルケニアは嫌でしょ?」


「やだぁ・・・」


「うん、私もルケニアがそんなことで怒られちゃったら悲しい。だって貴女のためにある魔法ちからなのに、それが原因で貴女が怒られちゃうなんて・・・勿体ないと思わない? だから色々と理由はあるだろうけど、そういう可能性があることを無暗にしちゃ駄目。わかった?」


「うん・・・」


こくこくと撫でられながらも素直に頷く少女に院長は満足そうに頷き、ゆっくりと立ち上がった。


その後、何言か院長とルケニアは言葉を交わし、日が傾き始めたこともあり、今日の砂掃除は終了を迎えることになった。

院長は他の子供たちに呼びかけ、随時孤児院への帰宅を促していった。

国内であるということと、滅多に外部から国外の者が入ることが無いためか、院長は特に子供たちを引率することもなく、子供たちのペースに任せて帰路に付くのを見送っていた。


ルケニアも例外ではなく、ミリティアに「またねー!」と声をかけてから子供たちの波に乗るように歩みを進めて行ったが、何度か足を止めては振り返り、こちらにブンブンと手を振ってきた。

ミリティアはやっぱり「妹」を見送る姉の心境で、彼女の行動に合わせるように小さく手を振って見送ってあげた。


最後に院長がミリティアに「今日はありがとね」と別れの言葉を告げた際に、ミリティアは慌てて彼女を止めた。


「あ、あのっ・・・!」


「うん、なぁに?」


前を向きかけた彼女はすぐにミリティアの方に向き直る。


「えっと・・・さっき・・・」


「?」


「ま、魔法は・・・皆のために、なるって・・・」


小さな口から漏れた言葉を拾い上げ、それを頭の中で吟味した院長は「ああ」と手を合わせた。


「さっき私がルケニアに言った言葉のこと?」


「は、はいっ」


食い気味に顔を上げたミリティアに、目を丸くした院長は「それがどうしたの?」と尋ねた。


「ま、魔法が使えたら・・・みんな喜ぶんですか?」


その問いにどう答えたものかと腕を組んだ院長だが、目の前のミリティアが思いのほか真剣な表情だったのを受け、少し考え込んでから口を開いた。


「そうねぇ・・・その使い道によるかしら」


「使い道・・・」


人の迷惑にならないように、というのは先のやり取りで重々理解しているわけだが、ではどうしたら人のために――笑顔になってくれるのかが分からない。魔法をどう使いこなせば、世のため人のためになるのか。


「と言っても、この国じゃその道も限られているんだけどね」


苦笑なのか、自嘲なのか。

曖昧な笑みにミリティアは小首をかしげるが、院長は「ああ、気にしないで頂戴」と話を切った。


「んー、例えば・・・兵士とかが分かりやすいかしら。確かミリティアは教会にもよく足を運んでいたわよね? だったらそこで働いている兵士を見たことがない?」


「あ、ありますっ」


「そう。まあ兵士風の人でも一般兵だったり近衛兵だったりと・・・色々あるんだけど、みんなこの国のために戦っている人たちなのよ」


「はい・・・皆さん、一生懸命訓練してました」


訓練場の風景を思いだしながら、ミリティアは頷いた。


「訓練?」


「あっ、えっと・・・教会の帰り道に」


危うく協会ではなく、勝手に訓練場の近くまで遊びに行っていることがバレそうになり、咄嗟に噓をついてしまった。

院長は「帰り道に訓練場ってあったかしら・・・」と少しだけ考えたが、彼女自身あまり教会には立ち寄らないのだろう。特段深くは考え込まずに「まあいいか」という表情で話に戻った。


「ミリティアは兵士のお仕事って何だと思う?」


「・・・・・・戦うこと、ですか?」


「ふふ、そうね、それが真っ先に思い浮かぶものよね。でもね、戦うことは――護ることでもあるのよ」


「まもる・・・」


「そう。勿論、争いを目的に戦う人もいれば、私利私欲のために戦う人もいるわ。でもうちの国の兵士は何より、護ることを目的に組織されているの」


「私たちを、ですか?」


「ええ。私たちを、国土を、王を・・・護るために彼らは日々の訓練を惜しまない。昔、観光や特産品で栄えていた名残かしらね。どちらかと言うと他者と戦うのではなく、自分たちの土地や人を護ることを目的に彼らはいるのよ」


「でも・・・私はあまり兵士の皆さんが城の外にいるのを見ないです」


「それは、まだその必要がないからね。でも彼らが体を張って国を護るその時が、いつ来るか・・・来るか来ないかも誰にも分からない。だから彼らはいつ何時、その時が来ても対応できるように、日々の訓練を欠かさないの」


「何だか・・・あまり想像がつかない、です」


形のないもの。

具体的な根拠も確証もなく、不可視の未来に転がる可能性の一つを胸に抱き、毎日を訓練に注ぎ込む。

追うでもなく、探究するでもなく、ただ訪れるかどうかも分からない「その時」のために準備をするというのはどういう感情になるのか。それがミリティアには上手く想像が出来なかった。


「でも・・・上手く言えないけど、すごい・・・と思います」


「そうねぇ、多少は優遇されているとはいえ、少ない食料や決して良いとは言えない環境で、ひたすら訓練する・・・しかもその取り組みが実るかどうかも分からない中でやってるからね。私たちの見えないところで、そういう人たちが陰で頑張ってるってことだね」


「こ、今度会ったらお礼を言ってみます!」


「ははっ、いきなりお礼なんか言われても、向こうも困惑するだけだよ。そういうのは彼らが活躍するその日が来たら言ってあげな。まぁ・・・そんな事態は来ないに越したことはないんだけどね」


「は、はい」


院長の話を聞いて、今度訓練場を覗く際に彼らをまた別の視点で見れそうな気がした。

今までは漠然と「凄いなぁ」と思うだけだったが、今後は心から応援してみようと思う。


「あ、でも・・・それが魔法と何の関係があるんですか?」


「おっと、ちょっと脱線しちゃったね。そ、兵士と言えば護る者。例えば大きな砂嵐が外壁を超えて国の中に入ってきたとして・・・建物を一杯壊しちゃった光景を思い浮かべてみて」


言われた通り、本で得た知識を想像に変換して思い浮かべてみる。

ちょっとだけ怖くて、体を小さく震わせた。


「当然、建物の下敷きになってしまう人もいると思う。そういう人たちを救うために兵士たちは日ごろ鍛えたその力で救助に向かうの」


「は、はい」


「でも大人が何人いても持ち上げられない瓦礫があるかもしれない・・・どんなに力を入れても、何十人で持ち上げようとしてもビクリともしない大きな瓦礫。でも瓦礫の下には助け出さなくてはならない国民がいる。そんな事態になった時、どうしたらいいと思う?」


ミリティアはルケニアの放った魔法を思い浮かべる。

彼女の魔法は本当に小さな隆起を地面に起こすだけのものだった、仮にその何倍もの力を生み出すことが出来るとしたら?


「魔法・・・」


「そう! 地の魔法で瓦礫を変形させたり、地面の一部を操作して持ち上げることもできる。風の魔法だったら風で瓦礫を浮かせることも可能かもしれないね」


「わぁ・・・」


「魔法はね・・・人の力じゃどうしようもないことも助けてくれる、選択肢を広げてくれる――立派な力なの」


「はい」


「仮にルケニアが魔法を使って瓦礫を退かし、困っている人たちを助け出したらミリティアはどう感じる?」


「かっこいい!」


すぐに想像がついたのか、災害に合う人々を颯爽と救っていくルケニアの背中を思い浮かべ、ミリティアは目を輝かせて両手を握った。

それは彼女がルケニアのことを良く思っている裏返しでもあり、そのことが嬉しくて院長は思わず笑みを溢した。


「ふふ、ありがとう。格好いいだろうし、助け出された人たちは心から感謝し、笑顔を浮かべてくれると思う。それはとても喜ばしいことよね」


「はいっ」


「でも逆に・・・人を傷つけるためにその力を使う人がいるのも事実。ルケニアがもし間違った道を歩んでしまい、その魔法で人を傷つけるようなことになってしまったら・・・ミリティアは悲しい?」


「ぅ・・・は、はい・・・」


その光景も即座に思い浮かべてしまったのか、ミリティアは先ほどまでの高揚から一転、落ち込んだ表情になってしまう。そんな彼女の頭を撫でてあげつつ院長は言葉を繋げた。


「そう。だから魔法は使い道、なのよ。使い方を誤れば人を悲しませ、正しく使いこなせば多くの人を救うこともできる。ミリティアは魔法を使えば誰かを喜ばせることができるか、と言ったけど、それを選択できるのは魔法を行使する魔法師がどの道を選ぶかによるということね」


「・・・まほうし」


その単語は魔法を知った書物に一緒に書かれていた気がする。

魔法を扱う人の総称だったと記憶していた。


つまり、魔法は手段であって必ずしも望む結果に直結しているわけではない、ということ。

少し考えればそんなことは当然のことわりなわけであるが、幼いミリティアからすれば心を揺さぶるほどの発見に感じた。


院長は「魔法は選択肢を広げてくれる」と言った。


となれば、もし自分も魔法を取得することができれば、大勢の人達のために「何か」を出来る手段が増えるということにもなる。


(魔法・・・)


ミリティアは不意に顔を上げ、上空を見上げた。


「・・・どうしたの?」


つられて院長も上空を見上げるが、そこには陽が落ち始めて寒気が満ちてきた夕暮れの空が広がっているだけだった。


――否。


注視しなければ見逃してしまいそうな、空と同化した一筋の光。

それはやがて一つの陣を結び、型を成していった。


「こ、これはっ・・・!?」


驚愕に目を剥く院長。

そんな彼女にお構いなく、ミリティアは小さく呟いた。


「風が・・・ささやいてる」


小さく、風が吹けば消えてしまいそうな「魔法陣」が砕け散ると同時に、二人の周囲に優しい風が囲うように渦を巻いた。


「ミリティア・・・貴女は――」


思わず胸元に小さな金髪の女の子を抱えてしまう。

魔法とは素質もさることながら、容易には扱えない代物である。

コントロール一つ誤れば術者にも跳ね返ってくる、諸刃の剣にもなり得る力だ。ちょっと使ってみたい、程度の軽い気持ちで扱えるわけがない、はずだったのだが・・・。

院長からすればこの年代の子であれば、ルケニアが特別であり、魔法を使えない子たちが普通なのだ。故にルケニアの背中を追うようにして、いとも簡単に魔法を顕現した幼い子に驚きを隠せなかった。


――一体この子はどんな将来に進んでいくのか。


そんな心配は何処吹く風、ミリティアは抱えられた腕の中から顔だけ出して院長を見上げる。



「これで・・・私も――みんなを笑顔にできるでしょうか」



そう言って、小さな女の子は照れくさそうに笑みを浮かべた。



剣を握り、二種の魔法を駆使するデュア・マギアスとして名を馳せる「ミリティア=アークライト」という未来への扉が開いた瞬間であった。



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