表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
6/96

第6話 リーテシア 苦難の道中

配給日は終日、レジンが地獄の配給の列に並ぶことになるため、出発後は夕方から夜になるまで孤児院には帰ってこない。そのため、勝手な行動はしないように、孤児院から出るにしても遠くまで行かないように、と日ごろから強めに言われていた。

当然のことだ。

管理者たる院長が不在時に子供らに何かあれば、院長の管理不行き届きとして、信頼喪失から責任問題で孤児院を任される身として大きなダメージを負うことになるのだ。もっともこのレジンという壮齢の女性は、そんな問題よりも子供らの身を案じている気持ちの方が強い。子供たちも彼女がそれを口にしなくても肌では感じ取っているのか、今までは大人しく彼女のルールに従っていた。

レジンからしてみれば、そんな口約束では心許(こころもと)ないため、可能であれば不在時は別の管理者を置きたいところだろう。しかし、それは常時人材不足の砂漠の国。言うまでもなく、そこに人材を割く余裕は国にもなかった。


リーテシアが配給日にも関わらず、良く行く図書館は、孤児院から少し離れた場所ではあるが、立地の関係上、フールが来たとしても隠れることができる建物が道中にいくつもあったため、レジンも渋々容認はしていた。代償としてフールや暴漢対策として、様々な危機対策を夜通しで叩き込まれたのは良い思い出だ。


しかし、いつの時代もそのルールから外れようとする「問題児」はいるのだ。

問題児はその性格によって大きく二つに分かれる。

一つ目は「終わり良ければ全て良し」タイプ。

このタイプはまだ問題児の中でもマシと言えるだろう。当然、巻き込まれる側からすれば迷惑以外、何者でもないのだが、それでもマシと言える。

こういう人種は自分の目的のためならば手段は選ばないが、目的を見据えて行動をしているため、そのゴールまでの道筋は意外と明確だ。もちろん、そのゴールにたどり着くために無茶が必要ならするし、周りにも迷惑を(いと)わないだろう。それに巻き込まれた常識人たちは「死ねばいいのに・・・」と本音が出てしまうかもしれない。それでもその問題児のゴール地点さえ把握できれば、行動を予測することも不可能ではないため、降りかかる火の粉を回避できる可能性も高くなる。

そういう意味で「マシ」なのだ。

ただ二つ目にあげる「後先考えずに突っ走る」タイプは危険だ。

まず何を考えているか分からない。

行き当たりばったりで、当初の目的があっても、道中で興味が惹かれることがあれば、そこを分岐に目的が変わるかもしれない。そして何も考えずに思うがままに行動する。

足元しか見えていないのだ。もしくは足元から半径数メートル程度。

だから遠くにある目的も見失うし、近くにあるものに目が移りやすい。

下ばかり見て歩けば、どういう危険が生じるか。その危険という遠い「点」を見ないがために、本来回避できた問題ですら、後々肥大化して処理しきれない問題へと変化してしまうこともある。

無論、周囲もそれに巻き込まれる。

周囲はその問題児が何を目的に動いているかを予測しづらいため、その末に起こる問題に巻き込まれ、直面して初めて後悔する。

極めて危険である。


ではラミーとサジはどっちなのだろう。

リーテシアは思う。

ラミーは間違いなく後者だと。

まだ端っこ孤児院の出入り口を出たところで、ラミーとサジが何かを話している姿を見つつ、そんなことを考える。


(別に・・・今のところ何か悪いことをしてるわけじゃないんだけど・・・でも、なんかそういうことを考えちゃうんだよね・・・)


日頃の行い。

これは他人からの評価を得るのに、実に重要なファクターであることをラミーが教えてくれた、そんな気がした。


「おや? 珍しい組み合わせだね」


横から聞こえる声にリーテシアは「あ、院長先生」と声の主に言葉を返す。


「お出かけかい? いつも言ってるけど、此処から一区以上離れた場所に行くんじゃないよ? あとスラム化してるカフラ地区には近づいちゃ駄目だよ」


「あ、はい。大丈夫です」


反射的に答えてしまったリーテシアだが、肝心のラミーたちの目的が分からない。

そういえば、さっき咄嗟に作った言い訳の「支援隊を見に行く」に対し、ラミーは「丁度いい」と答えた。つまり、支援隊の来る王城近くに行くつもりなのだろうか。

王城はここから5区先の場所にある。そうなると、これは完璧にレジンの忠告を無視した行動ということになる。というか、その言い訳をみんながいる前で言ってしまったことは大問題だ。これでは後で「リーテシアは約束を破った」という情報がいつレジンの耳に届くか分かったものではない。

打算的に動くとしたら、今からでも孤児院のみんなの誤解を解いておく必要がある。


「まあリーテがいるなら心配はいらないかね。今日は図書館には行かないのかい?」


「え!? あ、いや・・・えっとー・・・、なんか夕方ぐらいには終わるみたいなので、その後に行こうかな、って思ってます」


少し邪な考えを働かせてたため、いきなりの問いかけに声が裏返ってしまう。


「そうかい?」


レジンはそう返し、何を思ったのかリーテシアの頭を撫でた。

突然の行為に彼女も数度、瞬きをしてレジンを見上げた。


「相変わらず、その敬語癖(けいごぐせ)は治らないねぇ。本の読みすぎかね? 年相応の子供らしさがあまり感じられず、まるで大人と会話してるみたいだよ」


レジンは困ったような、心配したような表情を浮かべる。

何故だろう。

何故、そんな表情を浮かべるのか。

年長の人に敬語を使うのは当たり前のことだ。

尊敬している人物であればあるほど、敬語以外の話し方で接するなんて想像もできない。

だからリーテシアも困ったように首を傾げた。


「誰かに気を遣うなんて大人になってからでいいんだよ。まあラミーは遣うどころか、持ち合わせてもいないから、将来が心配になってくるけど・・・あんたは逆の意味で心配だよ。今からそんなこと気にしてたら、いつか早い段階で心が疲れちまうよ。そりゃ、色々と気が回るリーテがいてくれるとアタシも助かるけどねぇ・・・老婆心なのかねぇ・・・」


「ええっと・・・」


何と返したらよいか分からず、口ごもるリーテシアの様子を見て、レジンは苦笑する。


「ああ、ごめんごめん。気にしないでおくれ。そうだねぇ、これは世間話だけど、リーテは本ばかり読んでいるけど、何かなりたいものとかあるのかい?」


なりたいもの。

つまり、将来の職業についてだろうか。

リーテシアは少し考えて気づいた。

将来の職業について、何ら目指しているものがなかったから、ではない。こうして今まで色々な本に興味を示し、読み漁ってきたのだが、何を目的にしてそう行動してきたのか、それが自分自身、分からなかった。

ただ興味があったから。

それは本を読むのに十分たる理由になりえる。何もおかしいところはない。が、リーテシアの中では引っ掛かりを覚えた。


(私は何に・・・何をしたいんだろう)


国を出る。

そういう考えが自分の中に生まれたのはつい最近だ。

日々の暮らしの中で、この国が抱える問題点をいくつもその目で確認してきた。だが、それはこの国の民であれば誰もが感じ、知っていることだ。そんな目で見える範囲ではなく、もっと大きな――国の根幹に根付いている見えない問題がある、そういう不安感がリーテシアの中で日々膨れ上がっている。

では、そういう問題に対し、何か行動をしているだろうか。

例えば本。

国の歴史や外交、他国の状況。そういう系統の本に重点を置いて読んでいるかと言えば、実はそうでもない。

特に「このジャンル」という視点で本を見ているのではなく、ただただ新しい本が入れば、ジャンルに関係なく読み漁っているのが現状だ。

本を読むことと、国に対する不安はあまり結びついていない。

本当に国を出たいのであれば、もっと積極的に分野を絞って本を読む、というより調べることが重要なはずなのにだ。


もしかしたら。


国を出る、という希望なのが願望なのか、そういう想いはあっても、あまりにそれが現実的でないから、自分自身は何をしていいのか分かっていないのではないだろうか。

国を出るには、他国の承認と膨大なお金が必要だ。それは知識として知っている。

そして今の自分に他国との関係を持ったり、お金を稼いだりすることは不可能と言っていい。

だから無意識の惰性に任せ、本を読むことに価値を見出し、無為に日々を過ごしているのかもしれない。


「わかり、ません・・・」


結局、返す言葉はそれしか思いつかなかった。

国を出る、というのはあくまでも願望。それは目的ではなく、ただそうあればいいな、という程度のことなのかもしれない。


(どうしよう・・・なんか不安になってきた)


眉をしかめ、黙ってしまったリーテシアを見下ろし、レジンは「しまった」という表情を浮かべた。


「あー、うん・・・こりゃ逆効果な質問だったね。そんなに深く考えるんじゃないよ、聞いた私が言うのもなんだけどさ。子供っていうのは、何でも気楽に考えてりゃいいのさ。もちろん、大人の言うことを聞いた上でね」


「はい・・・」


「とにかく。あんたはまだ子供だ。それは天地がひっくり返ろうと変わらない。だから何でも自分だけで考え込もうとしないこと。何か不安があれば私でも信用できる大人でもいいから、遠慮なく相談しな。下手に利口すぎると、何でも自分で解決しようと思っちゃうからねぇ。頼っていいんだよ、大人には。それぐらいさせてもらわな、大人も立つ瀬がないってもんさ」


「・・・」


レジンが何を伝えようとしているのかは良く分からなかった。

そんなに悩んだり、塞ぎ込んでいるように見えたのだろうか。

最近の自分を思い返してみたが、そんな記憶はなかった。

何て返そうか、言葉を選んでいる間に時間がきたようだ。

レジンは腕時計を見て「おっと、もう時間だね」と、この会話にピリオドを打った。


「それじゃ、アタシは行くよ」


「あ、はい。気を付けてください。今日はフールも来なさそうな天気だから大丈夫だと思いますけど・・・」


「はいよ、ありがと。ラミー、サジ! あんまし羽目を外すんじゃないよ!」


荷物を固定するための荒縄やシートが荷台に載っているかを確認しつつ、ラミーとサジに忠告を飛ばす。

ラミーとサジは声を合わせて「大丈夫だよ!」と答える。

「元気だけはいいんだけどねぇ・・・」と苦笑しながらレジンは荷車の取っ手に手をかけ、荷車を押し始めた。


「やれやれ・・・年寄りには堪えるようになってきたねぇ、この重労働。それじゃ行ってくるよ! 遅くても夜までには戻るからね。悪いけど、それまでご飯は冷所に置いてあるもので繋いでおくれ!」


「わかりました」


「はいっすー」


「うっす!」


三者三様の返事でレジンを見送る。

少し先の建物を折り返して、荷車が見えなくなったところでラミーがこちらを向いてきた。


「んじゃ、行くか」


「えっと・・・まだ今日何をするのかすら聞いてないんだけど・・・とりあえずどこに行くの?」


「は? 言ってなかったっけ?」


「言ってないわよ・・・」


「まあついて来れば分かるぜ。へへ・・・感謝しろよぉ? 今日はとっておきのツアーだぜ! そこに連れてってもらえるんだから、おめーは一生、俺に頭が上がらねぇな! ひゃっはっは!」


「・・・・・・」


あら嫌だわ。

今日はもう図書館も諦めて、端っこ孤児院の中で静かに一日を暮らしたくなってきたわ。

そんなことを本気で思い始めてきた矢先にサジがフォローに入る。


「ま、ラミーはあんなこと言ってっけど、実はリーテの力が今回は必要なんだよなぁ。わりーな、いきなり呼んじまってさー」


意外と言えば意外なのだが、サジという少年はどうやらラミーと二人っきりの時は一緒に羽目を外しがちだが、そこに第三者がいる場合はフォローやラミーのブレーキ役を担っているようだ。

ブレーキ役と言えば、ネイクは一緒ではないのかと疑問を覚えた。結構ラミーと一緒にいる、という点ではサジと同じぐらいのイメージがある。


「うん・・・それは、いいんだけど・・・。ねえ、そういえばネイクは誘わないの?」


サジがブレーキ役に回ってくれるなら助かることこの上ない。

それに乗せて、更にネイクという第二ブレーキ役がいれば、大分、安心した時間を送れるのではないかと期待して、そんな質問を投げかけてみた。

それについてはラミーが答えてきた。


「あいつは用事があるんだと。せっかくのチャンスをフイにしてよー! 後で自慢して悔しがらせてやるぜ!」


(私も自慢でもなんでもされていいから今日は辞退したいなー、なんて言っても、もう難しいかな、こりゃ・・・)


完全に三人で行動する空気だ。

今から断るのも、無意味に人間関係を悪化させるだけで、それはリーテシアとしては可能であれば避けたいところだった。


「よっしゃ、行くぞー!」


ラミーの号令でサジとリーテシアは彼の背の後をついていく。

見慣れた街並み。

今日は配給日ということもあり、いつもよりも人の気配がないように感じた。

日差しが容赦なく照り付ける。

フールは来ないにしても、いつも通り灼熱の砂漠天候だ。

リーテシアはなるべく建物の陰を歩くようにして、ラミーの背中を見る。

ずんずん、と胸を張って歩くその姿は、自分の行動に何の疑問も不安も感じていないように見えた。

少し羨ましい、というと癪な気持ちもあるのだが・・・やはり羨ましいのかもしれない。

自分が何をしたいのか、どうしたいのかも分からなくなり、本という逃げ場で満足している身としては、自分の行動に迷いがない彼の心情がうまく理解できない。理解はできないからこそ、羨ましいのだ。どうして、そのような生き方ができるのか、と。

ただ羨ましいのはその生き様だけであり、彼の性格は正直好ましいとも思わない。

その生き様も彼の性格があっては醜いものへと様変わりしてしまう気さえする。

何だか分からなくなってきた。

やっぱり羨ましくない、かも?

頭の中がごちゃごちゃしてきたので、リーテシアは気分転換に隣を歩くサジに話題を振った。


「そういえばどうして私の力が必要なの? 特に私、何かできるってわけじゃないと思うんだけど・・・」


「へ? いやいや・・・リーテは少なくともうちの中じゃ色々できっだろ」


何を言っているんだ、と肩をすくめるサジ。

あ、これはダメなパターンになりそう、と感じた。


「だってよー、頭もいいし? 魔法も使えるっしさ。本とか好きじゃん? けっこー色んなことも知ってるもんなー」


「え、あ、いや・・・えっと、そそ、そんなことないから!」


素直に褒められると、すぐに照れてしまう自分の性格が疎ましい。

心の中で平静を保とうとしても、何故だかうまくいかない。

シーフェには何度もさらしてしまう醜態だが、男子にはあまり見せたことがないため、なおさら恥ずかしかった。

照れて、上着の襟で口元を隠すリーテシアを見て、サジはぽつりとつぶやいた。


「おめー・・・かわいいな」


「は、はははは、はい!? な、なななな・・・」


「あーいやいや! なんでもねー。なんでも・・・」


「~・・・・・・」


「・・・・・・」


なぜこんな空気に・・・とフードを深く被り直しつつ思う。


(か、かわいい・・・とか・・・男子はそういうの平然と言うものなの!? び、びっくりしすぎて・・・何が何だか・・・)


後ろでワイワイしているのが気に入らなかったのか、そんな空気にラミーが刃を差し込む。


「おいおい! うっせーぞ、何イチャコラこいてんだ、ああん!?」


すーっと。

こう、すーっと、恥ずかしいだの照れているだのの感情が引いていく。

これは素晴らしいスキルだと思う。また同じように照れることがあればラミーを見れば正気を取り戻せるかもしれない。今度やってみよう、と深く決意する。

お陰様でリーテシアは頬の紅潮を引くことができ、思考も平常運転を開始することができた。

サジもどこか半目になりながら「へーへー、なんでもねーよ」と言葉を返した。


そんなやり取りをしていると、既に端っこ孤児院から一区以上の距離を歩いてきていることに気付いた。

慌ててリーテシアは先頭を歩くラミーに声をかける。


「ラ、ラミー、もう院長先生から言われてる距離を超えちゃうよ!」


「問題ねーよ。そもそも今日みたいな天気の時にフールなんざこねーよ」


「そ、それとこれとは話が違うって・・・」


「何事もなく帰りゃ問題ねーだろ」


「それが原因でいつも怒られちゃってるの忘れたの・・・?」


「へっ! お陰様で先生の拳骨(げんこつ)にも耐えれる石頭になってきたぜ! 今ならワームだろうが何だろうが、俺の頭突き一発で倒せる気がするぜ!」


「それは無理だと思う・・・」


会話している最中でも彼の足取りは緩むことがない。

これは何を言っても無駄なのだろう。

そうリーテシアは判断し、ここが後々分岐になるタイミングのような気がした。


帰るか、一緒に行くか。


この時点で、端っこ孤児院に帰れば少なくともレジンに怒られることはない。

ただ、この二人は構わず進むだろう。リーテシアの力が必要だ、と言っていたにも関わらずだ。無ければ無いで、強引に進もうとする未来が見える。

つまりリーテシアの助力(なんの力を欲しているか分からないが)を得なくても、彼らが事を無理やり推し進める間、彼女は孤児院の中で悶々とそれを心配して待たなくてはならない。

これで何か二人の命にかかわる問題が起こった日には、ここで帰ったことを後悔するかもしれない。

それはそれで嫌だ。

帰るとしても、せめてその目的を聞き出して、危険性の有無を確認してからでないと安心して帰れない。


そして一緒に行く場合、目的地にも依るが、今感じている知的好奇心は満たせるのだと思う。

何だかんだ言いつつも、彼女も今日の目的地、そしてラミーがもったいつけている目的に興味が出ていた。

レジンに怒られる可能性が格段に上がるので、あまり良い選択でないことも理解している。


さて、どうするべきか。


何を判断するにも、目的が分からない以上はどうしようもない。

リーテシアは改めて聞くことにした。


「ねえ、本当に今日は何処にいくつもりなの? 教えてくれないなら、私、ここで降りるわよ?」


「ああ? しょーがねぇな・・・」


そう言いながらラミーはこちらに体を向けて、腰に手を当てる。

何故にそこまで無駄に偉そうなのか。その疑問はそっと心の内にとどめておいた。会話が進まなくなるので。


「今日はな! 聞いて驚け! なんと商人が来るんだ!」


「・・・・・・・・・?」


「驚け!」


「いや、えーっと・・・?」


それだけでは驚くポイントが全く分からない。

人に何かを伝えるための大事な要素が色々と漏れている。


「あー、なんだ? 商人っていうか・・・なんだっけ? ほら、いろんな町を行ったり来たりしてるやつ・・・」


サジの言葉でラミーが何を言いたいか理解できた。


「もしかして・・・行商が来るの?」


「それだ!」


「おお、さすが! やっぱ物知りだなー」


二人に言葉の勢いに若干後ずさる。

行商。

独自の商品を荷馬車に乗せ、各国を歩き回る店舗を持たない商人だ。

生活を支えるのは自身がチョイスした商品の数々と、それを売り込むための営業力。それを糧に商いをするわけだが、なかなか個人でこれをこなすのは難しい。行商は旅をする商人だ。道行くさきざきで仕入れもしないといけないし、自分自身の旅を支えるための物資も必要だ。道中で魔獣に襲われることも多々あるだろう。そういう理由から個人から数人単位で行商をしている人は殆どいないとされている。

殆どの行商は隊を組んだ隊商――キャラバンを成して活動を行う。

それがこのアイリ王国に来る?

まずい。

ちょっとどころか、かなり興味が湧いてきた。


「そ、それは・・・ごほん。ちょっと興味が湧いてきたけど・・・でも、朝さ。ラミーは支援隊を見に行くことが丁度いいって言ってたけど、それとどう関係があるの?」


「支援なんちゃらも、ぎょーしょーも同じようなもんだろ?」


「全然違う・・・」


少しげんなりした。

支援隊は他国からの支援物資を運んでくる者たちだ。厳密に言えば商人ではない。金銭のやり取りは発生するものの、それは国家間で取り決められた約定の元、行われている取引に過ぎない。

これから来るのだろう、行商は完全に国とは無縁の個人経営の商人だ。まったく別物である。


(まあ、支援隊のことは嘘だから特にがっかりとかしないけど・・・行商かぁ・・・)


やはりキャラバンでやってくるのだろうか。

しかし、正直なところ、こんな辺境の地にやってくる意味が分からない。

特産物もない、魅力もない、危険しかない、こんな地へ。

しかも道中は険しい山岳地帯を進まないといけない。これは荷馬車を引く馬にも結構な負担をかけるはずだ。そこまでして来るメリットが思いつかない。


「そういえば・・・どうしてラミーは行商が来るなんて話知ってるの?」


もっともな疑問だ。

そんな情報をどうやって手に入れたのか。そもそも行商は一か所に留まる存在ではない。そんな存在の行き先を、しかもピンポイントで日付まで知っているなど、この閉鎖された国の実情を考えれば、ありえないことだと感じた。

しかしそんな考えを他所に、自信満々にラミーは答える。


「あぁん? あったりまえだろーよ。なんたって俺の親友、いや兄貴と言ってもいい。クラシス兄貴から教えてもらったんだぜ!」


クラシス。

確か水牽き役の一人の名前だったと記憶している。

国の重要な位置にいる人物と関係があることにも驚いたが、クラシスはどうやってその情報を手に入れたのだろうか。

実直に聞いてみることにする。


「クラシス、さんって確か・・・水牽き役の? どうしてそんな情報を?」


「おま、あの人すげーんだぞ! そりゃお前・・・もうアレだ。すげーってもんじゃねーぞ! なめんなよ、お前!」


「・・・凄いのか凄くないのか、よく分からないんだけど・・・」


「あー、確かあの人・・・すげー色んな情報持ってるよな。なんだっけ? 色んな国に知り合いがいる、とかだっけ?」


サジのフォローにリーテシアは少し考える。

閉鎖的な国、と思っていたけど、意外と他所の国と関係がある人もいるのだろうか。

水牽き役も、国とセーレンス川を行き来するだけで他国まで足を運ぶことはないと思っていた。

少し気になったが、気にしても予想するだけしかできないので、頭をスッと切り替える。


「情報通なのかな? でもよくそんなこと教えてくれたね・・・」


「俺の兄貴だからな!」


「そ、それは理由になるの・・・?」


「あたりまえだろ!」


本当にラミーと話していると、会話が進む気がしない。

何となくサジに視線を通わせると、彼も肩をすくめて会話を繋ぐ。

本当に彼は何故、ラミーとつるむと羽目を外すのか。こうして実際に接してみると、喋り方は少し雑だが、実に常識人っぷりを見せてくれる。


「あれだ、うちの近くに酒場があるじゃん。そこに良くいるんだよ、クラシスが。で、けっこー喋るのが好きでさ。ほら、昨日、俺らって先生にこっ酷く怒られたじゃん? その後、気分転換にクラシスいるかなーって酒場に行ったんだよ。そんで、その時に聞いた話がこれ」


凄く分かりやすい。

ラミーとの会話の後だと相乗効果もあって、内容がストンと頭に入ってくる。

心の中でサジにお礼を言いつつ、話を続ける。


「酔っぱらうと口が軽くなっちゃうのかな、その人」


「かもなー」


そのクラシス、という男にも少し興味が出てきた。

もっとも酒場は大人で賑わっている場所だ。時には酔った勢いで喧嘩が始まることもある。そんな場所にレジンが行くことを許可してくれるとも思えないので、酒場以外で会える機会があればいいな、と付け加えた。

因みにこの酒場。水不足の国で酒を注文通りに出せるわけもなく、本来の酒を何百倍も希釈(きしゃく)しているものらしい。その希釈(きしゃく)も、増やす媒体がないため、あらかじめ支援元の国で希釈(きしゃく)をしてもらい、増量した酒を国が購入し、酒場がそれを配給として受け取っている。支援元では水より酒の方が物価が高いので、希釈(きしゃく)して増量した酒もそんなに値は張らないのだ。であれば水も大量に支援してもらえれば、という話も過去に出たが、支援隊の持ち運びできる量も限りがあるため、どうしても必要最低限の枠を出ないのが現状であった。そんな酒だから、非常に薄い。水を飲むのとそんなに変わらないぐらい薄いらしい。それでも国民は微量なアルコールで酔えるほど心身共に疲弊しているのだろう。


「それじゃ山岳側の門の前で来るのを待つの?」


行商が来るとしたら、山岳地帯からだろう。

砂漠の向こうにも国はあるのだが、オアシスが消滅して以降、その国々が砂漠を渡ってこちら側にきたことは一度もないと言われている。理由は明白。とても持参してきた食料や水では砂漠を渡り切ることができないからだ。

それらの国は連国連盟の加盟国だが、オアシスが枯れてからは一度も会議に参加できていないらしい。

支援隊の国も山岳の向こうだ。

武力に長けている国らしく、この山岳地帯の地形にも対応し、出現する魔獣にも全く引けを取らないらしいから凄いものだ。

何はともあれ、消去法で考えるならば山岳方面から行商はやってくるのだろう。

現にラミーの足先は山岳側の門へと向いている。


ところがラミーはそんな彼女の言葉をすかさず否定した。


「あほか、お前! 門の中に入られちゃったら、他のやつに先を越されちゃうだろうが!」


(え、何か買う気なの? というか、配給日なんだから門の前もほとんど人はいないと思うけど・・・)


レジンからのお小遣いは微々たるものだ。

一か月で10ウェン。

これは市場でも一番安い、乾いた干物のような根菜の切れ端を一つ買えるかどうかの額だ。もっともその市場には、保存期間を伸ばすために加工された乾物ばかりしかないので、その根菜がお買い得なのか高いのかも子供達には判断のつかないとこでもある。

コツコツ無駄遣いせずに貯めたとしても、行商から何かを買えるほどの額になるわけもない。


(私の貯金は確か500ウェンぐらいだったかな? うちに置いてきちゃってるけど・・・まあそのぐらいじゃ何も買えなさそうね)


殆ど使うことのない貯金を思い出していると、ラミーが言葉をつづける。


「行くに決まってんだろ? 俺らは男だぜ!?」


「え、どこに? ていうか私、女なんだけど」


「多い方がメインなんだよ! 俺とサジ、男! お前、女! 二人が男だから男でいいんだよ!」


「・・・謎理屈」


別に蝶よ花よと愛でられたいわけではないが、それにしてもこういう扱いは酷くないだろうか、と年頃の女子としてリーテシアは少し泣きたくなる心情であった。泣かないけど。死んでもそんな無様な姿は見せたくない。


「この山に登るの、俺初めてだわ~。なんかワクワクすっな!」


「おう!」


少し傷ついた揺れる心を何とか鎮めようと、口をつぐんでいたのだが、何やら聞き捨てならない言葉がサジから聞こえた。


「え、えっ? い、今、なんて言ったの・・・!? や、山を・・・登る!?」


「おう、そうだ。門の中だと横取りされちまうかもだからな! だったら当然、その前にぎょーしょーとやらに会うのが当たり前だろ!」


「いっやー、楽しみだな! おい、ラミー! 水とかあったらどうする? ちょいと祝杯でもあげちまうかぁ?」


「お、いいね! やったろーぜ!」


祝杯、なんて難しい言葉よく知ってたね。なんて無駄口を挟む余裕もない。

山を登る?

そもそもレジンの言いつけである一区以上離れた場所に行くのでさえリスクが高いのに、その上、国の外に出て山を登る?

自殺行為にしか思えない。


「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ! そんなの駄目に決まって――」


とリーテシアが顔を上げて、二人を止めようとしたとき、既に彼らは遥か前を走っていた。

どうやらテンションが上がりすぎて、行動を抑えきれなくなった模様。

リーテシアの制止の言葉は届いていなかった。


(ふ、二人を止めないと!!)


朝にレジンにかけられた「リーテがいるなら心配ない」という言葉も、彼女の責任感を強くする要因だったのかもしれない。彼女の中に、ここで引き返す選択肢はなかった。


慌てて彼らを追いかける。

思いのほか足が速い。さすが近所に名をはせる悪餓鬼供である。

ラミーとサジが「どっちが速く門まで行けるか」的な競争をし始めた雰囲気も見て取れたので、スピードアップする彼らを追いかけるのが、なおさら辛くなる。


(もう・・・! もう、もうっ! 最悪な日よ、今日は!)


行商の話を聞いたときは心も(おど)ったものだが、さすがに山を登る話で冷水をかけられた気分になった。


(こうなったら・・・門の前の衛兵さんたちに止めてもらおう! 大人の言うことだったら二人も聞いてくれるはず!)


アイリ王国にある門は2つある。

1つは山岳地帯方面。

もう1つは砂漠地帯方面だ。

砂漠地帯方面はもう使用することがほぼないため、無人の門と化しており、その扉が開くことはほぼ無いそうだ。リーテシアも開いたところは見たことがない。

逆に山岳地帯方面は支援隊のこともあり、頻繁に開放される。そのため、そこを守備するための衛兵が常時滞在している。その衛兵にリーテシアは賭けた。門は用がない時は常に閉まっている。つまり開くには衛兵の許可が必要なのだ。間違いなく、ラミーたちは門の前に立ち往生になり、衛兵に諭されるだろう。「家に戻りなさい」と。それで万事解決だ。あとは二人を宥めつつ、「配給日なんだから、門の中でも一番に見れるよ」とでも言葉をかけてあげればいい。よし、そうしよう。


何十分走っただろうか。

女子の中では体力に自信のある方だったが、わんぱく小僧たちの体力には到底敵わなかった。

なんとか彼らの背中を見失わないようにするのが限界で、今や呼吸はとぎれとぎれになっていた。

私の力が必要なんじゃないの、何で置いていくの、と文句を言いたいところだが、そんなことを口にする余裕は一切ない。

足が棒になりそうだ。

脇腹が痛い。

走る時に起こる振動でさえ辛く感じる。

使い古した一張羅の服は汗でビショビショになってしまっている。


「・・・ぜえ、・・・・・・・ぜえ、っ・・・はぁぅ・・・・・・ぜぇっ・・・」


空気が乾燥しているせいもあって、喉が痛くなってきた。

そんな苦悶に満ちる道中は、不意に視界が広くなったことで解放されることとなる。

細い道を抜けた先、そこは門の前の広場だった。

門の前で「俺の勝ちぃー!」とラミーが右手を挙げて喜んでいる。

彼らも多少息は切れているものの、まだ余裕がありそうな様子だった。

サジは肩で息をしながら「くっそー!」と悔しがっていた。


しかし、そんな様子よりも気になる点が。


門が開いている。


衛兵が見当たらない。


(なんでぇーーーっ!?)


よたよたと、何とか彼らの前まで歩いてたどり着いたリーテシアは内心で叫んだ。


「ぜぇっ・・・・・・っ・・・・・・」


言葉にしようとしたが形にならない。

足腰が震えている。

どうやら立っているのも限界のようだ。

リーテシアは地面に腰を下ろして、何とか喋れる状態までに回復できるよう努める。

が、そんな彼女を待つはずもなく、ラミーが言い放つ。


「よっし! 計画通り。さすが俺。さすが俺だ! んじゃ、門が開いているうちに行くぞ!」


「まあ待て待て、。リーテがかなり辛そうだ。少し休んでからでいいんじゃねーか?」


サジの気配りに感謝をする。

口は呼吸を整えるので必死なので、心の中でしか言えないが。


「めんどくせーな! 体力なさすぎんぞ、黒髪! もうアレだ! おぶっていこうぜ!」


「・・・・・・っ・・・・・・・ぅ・・・」


黒髪言うな、と言おうとしたが、やはり言葉は出なかった。


(ま、待って・・・お願いだから私の話を聞いて! ていうか、何で門が・・・何で衛兵がいないの!?)


力むと脇腹に痛みが走る。

その様子を見て、さすがにサジも心配そうに眉を下げる。


「しゃーねぇなっと。おぶってってやるよ」


ひょいと持ち上げられ、軽い荷物を背負うかのようにリーテシアを背負うサジ。


「っっっっ・・・っ!!」


その行為にリーテシアは目を回す。

同年代の少年におんぶをされるなど、初めてのことだ。

それも今は汗で濡れた状態なのだ。そんな状態でおんぶなどして欲しくないのが正直な気持ちでもある。

何とかして、そのことをサジに分かってもらおうとして、言葉を発しようとしたが、口から漏れるのは粗い息だけだった。


「っ! おいおい、耳元で息を吹きかけるなよぉー! こちょましいだろ!」


「・・・っ! ・・・っ、っ・・・!」


そう言われたら、もう静かにする他ない。

彼の耳元に息がかからないように額を彼の肩に預ける。

それが楽な姿勢でもあったのか、疲労がピークだったせいもあり、何だか眠くなってきた。


「お」


彼女を背負ったサジが何かを思ったのか、立ち止まって声を漏らす。


「んだ? どーした?」


ラミーは既に門をくぐろうとしていた。


「いや、なんでもねー」


サジは何処か気まずそうに視線を彼方に逸らし、そう答える。

寝息が背後から聞こえてくる。

どうやら寝てしまったようだが、力が抜けた彼女は全身をサジの背中に預けてきているようだ。

その時に色々な感触が背中に伝わってきてしまい、


「女って・・・なんか軽いし、柔らけーな・・・」


と思わずサジは呟いてしまった。

まだ思春期前の少年はそれ以上の感想は持たず、ラミーを追いかけて門をくぐっていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ