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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
54/96

第54話 決闘は突然に

すみません、仕事が立て込んでおり、大分遅くなりましたm( _ _ )m

枯れた大地に乾いた風が小さく吹く。

棒立ちするだけでも体力を消耗していく、人にとって過酷な環境であるサスラ砂漠だが、今日の気候は比較的過ごしやすいと住人に思わせるものだった。


毛先を揺らす程度の風を受けながら、ヒザキは空を見上げた。


嫌になるほどの晴天。

普段であれば「今日は何処に行こうか」と外出に意欲が出る天候なのだが、どうにも気分はどんよりと沈んでいた。


理由は目の前に――というより「我々」を取り囲む今の状況だ。


周囲にはアイリ王国の要人から、近衛兵、一般兵のトップも出揃って自分たちを囲むように座していた。

フス王の息子であり実質的な王としての権力を持つケルヴィンは姿を見せていなかったが、ベルゴー宰相、近衛兵副長のモグワイ、一般兵の各隊長四名にルケニアという層々たる面々が集っていた。他にも面識はないが、各一般兵部隊の兵と思われる数十名の城の人間がヒザキを遠目にたたずんでいた。


緊張を孕んだ表情を浮かべた者もいれば、物見を楽しむ者もいる。

各々、ここにいる理由や目的は一緒であれど、その心中は様々な思いがあるだろう。そうした好奇の目で注目されるのは実に落ち着かない。


一般兵の総隊長であるギリシアだけ姿が見えないのが気にはなったが、今はそこに意識を割いている場合ではない。


「まあ予想はしていたが、まさかその日に来るとはな」


「・・・」


荒廃した王城内の中庭、その中心にいるヒザキは肩を竦めて正面の人物を見た。


金髪碧眼の美麗な女性はその蒼い目を閉じて、静かに呼吸を繰り返していた。

砂漠からアイリ王国へ戻るまでの彼女の雰囲気は綺麗に消え去り、そこにあるのは一人の騎士の姿だ。

その右手には既に抜身の剣が握られている。彼女の武器であり、戦場を共に駆け抜ける相棒でもあるエストックだ。

国に戻ってから半日も経っていないのだが、剣の手入れをきちんとこなしていたのだろう。眩しいほどの日差しが刃に反射し、よりその刃の鋭さを感じさせる。



――ミリティア=アークライトとの決闘。



何故こんな事態になったのかと嘆くことはない。

こうなることはヒザキ自身も予測していたからだ。

予想外なことと言えば、アイリ王国に帰ったその日に行われたことぐらいだろうか。早くても数日後に何かしらの書面を通して「宣戦布告」が成され、両者賛同の上の決戦場を設けるか、問答無用の国土侵略が開始されるかのどちらかと予想していたのだが、まさかその過程を素っ飛ばして、いきなり国内での決闘を強いられるとは思わなかった。


ヒザキとしては手っ取り早く分かりやすい形で決着をつけられるため、即断で決闘を了承したのだが、気持ちが追い付いていないリーテシアにもう少し配慮すべきだったと今では少し後悔していた。

予め「こうなるかもしれない」ことは彼女に告げていたが、あまりに矢継ぎ早な展開は気持ちや思考を整理する時間すらも与えなかったため、再び彼女に負担を負わせてしまう結果となってしまった。

戦うことは専売特許だが、今後は政治や戦略面でも多少は頭を使って動く必要があると、切実に思う日にもなった。


因みにリーテシアは現在、端っこ孤児院におり、別件で動いている状態だ。

ケルヴィンもいないため、両国の主不在の中での決闘となる。


ヒザキは手に持った愛剣の切っ先を地面に刺し、刀身に映し出された「背後」の景色をこの場の誰にも悟られないように、そっと確認した。自分の肩口に半身を隠すようにそこにいる存在に、ヒザキは顔色を変えずに思考を巡らせる。


(どうも・・・違和感を感じると思えば、なるほどな。地下での出来事から何かしらの異分子が国内に紛れ込んでいるとは思ったが――)


大剣の鏡写しにある姿は、薄汚れたローブに全身を纏わせた存在だった。

ヒザキの肩越し、さらに中庭の内壁の窓枠越しに見える僅かな存在にヒザキは脳内で首を傾げた。

何ともアンバランスな存在、そう思えたからだ。


こうして姿を視認したというのに、一切の気配が感じ取れない。

それだけを考えれば余程の武に長けた人物と見受けられるが、それではヒザキがその存在に気づくはずもない。何故――その存在に気付けたのか。


理由は視線だ。

加えて明確な「目的」は感じるものの、意志に一貫性がない曖昧な視線。

視線の対象もヒザキだけではなく、この中庭全ての人間に対して落ち着きなく降り注がれている。

とりわけその中心にいるヒザキとミリティアに対して視線を送られる頻度が高いものの、目的と標的は「特定の人間」というより「この場所にいる者全て」という方がしっくり来る感じだ。


視線で己が存在を知られる時点で、その者は武に長けているわけではなく、他の助力を得て気配を絶っているという想像が容易に出来た。


となれば、目的は何か。

王城関係者で、ただの野次馬気分での観戦、という線はその風貌からして考えられないだろう。

布を被せられた置物のように静観しているように見えるが、そのじつ、現在に置いても忙しなく視線は動き続けているのが、背中から伝わってくる。


(少なくとも戦闘経験は乏しい奴に思えるが、それにしては気配が無さすぎる。まるで『空気を視ている』ような矛盾を感じさせる奴だな)


確実に居るのに、感覚では居ないと感じる。

何とももどかしい気分にさせる矛盾である。


(地下での経緯や結果は深くは知らないが・・・無関係と切り離すには、あまりに不自然な存在だな。念のため・・・奴にも気を配っておく必要があるか)


問題はそれを眼前の女性がさせてくれるかどうか、だが。

ヒザキはチラッと正面に背筋を伸ばして佇むミリティアを見て、小さく気づかれない程度にため息をつく。


気配が無いものを監視するには、研ぎ澄まされた直感ではなく視覚や聴覚等の五感が求められる。

五感をローブの者に向けつつ、ミリティアと相対するのはヒザキにとっても些か骨が折れる話だ。


(・・・せめて気配だけでも感じ取れるようになれば話は変わるんだがな。・・・――気配?)


不意にヒザキはとある出来事を思い出した。


(・・・そうか。となれば、あの時も――そういうことか)


ヒザキは一つの疑問に対する答えを得て、ひとり心中で納得する。

同時に自省も加えた。


(身に馴染んだ感覚ばかりに頼ってきたしっぺ返しだな。まさか今になって、そんな技法に気づかされるとはな・・・寝首をかかれる前で助かったというところか)


疑問は解消されたが、問題は解決していない。

現状は何も変わらないまま、刻限は着々と近づいていた。


この国の宰相であるベルゴーは手に持つ懐中時計に目を落とし、現時刻を確認した。


その横で石段に座るルケニアは緊迫した空気に気まずそうに口を閉ざして、気を紛らわせるために周囲を意味もなく見渡している。


リカルドはその性格から、こういった展開は喜んで見物するだろうと思っていたが、実際のところ先ほどから仏頂面を崩さない不機嫌っぷりだ。その矛先がヒザキやミリティアでないのは肌で感じていたが、彼は誰に対して不機嫌なのかは分からなかった。とりあえずこちらに対して向かれたものでないことに安心しておくとしよう。

彼の部下も何名かいるのだろうが、地下での一件で負傷者も多い事から、ほとんどの隊員は病室の上だろう。


他にも東門で見かけた長髪の女性、その部下と思われる短めの髪に一部赤いラインが目立つ少女もいた。

長髪の女性はベルゴーやリカルドから少し離れた位置の石段に腰かけ、膝の上に肘を立てて、こちらを面白そうに見つめていた。対する少女はジト目でこっちを見ている。彼女もまたこの場に何かしらの感情を抱いているのか、それとも別の理由なのか。どちらにせよ楽しそうに話しかける長髪の女性に対し、テキトーに「はいはい」と聞き流すぐらいに機嫌は悪そうだった。


「しかし国の要人を揃って招くにしては・・・些か無骨な場所と言えるな」


ヒザキはミリティアに対して話しかけたつもりだったが、それに対してはベルゴーが代わりに言葉を返した。


「・・・まさに我が国が瀕している内情を象徴した場でもありますな。二国の大事を決める場としては相応しくないと存じ上げますが、決闘という作法が存在しない我が国であります故、このような場しか用意できぬことをご容赦いただければ幸いでございます」


「別に決闘場でなくとも、一般兵の訓練場で良かったんじゃないか?」


せっかく答えてくれたのだ。

丁度いい機会なので、小さな疑問を解消することにした。

しかし、この問いも再び話しかけた相手以外の者が答えることとなる。


「ケッ、んなくだらねぇ戦いで俺たちの職場を荒らされて堪るかっての。のみ程度にも残ってねぇプライドなんざ見せつけようとしやがって・・・」


「リカルド!」


「・・・チッ」


リカルドの言葉にベルゴーが一際強い口調で叱責する。

対し、リカルドは小さく舌打ちをしてそっぽを向く。

通常なら処罰対象にもなりかねない態度だが、ベルゴーも配慮の余地がある内容だったのか、特に言及せずに「失礼しました」とヒザキに対し頭を下げた。


「今しがたリカルドが言った兵たちの存意も一因ではありますが、訓練場を使用しない最たる要因は敷地の広さです」


ベルゴーの言葉に今度はミリティアが目を開き、やや眉を下げた。

周囲の人間の表情が一つ一つの情報に対して反応を返すところを見るに、現状についてそれぞれが自身の考えと現状の折り合いに対して葛藤を抱いていることが見えてくる。


精神を集中していたミリティアが僅かに乱す理由は、言わずもがなベルゴーが言った「広さ」だろう。

そこから逆引きして考えれば、自ずと解は見えてくる。


(なるほどな・・・正々堂々を善しとする彼女としては、納得できるものではないか)


彼女の特異な戦域は「接近戦」だ。

それも単騎同士の白兵戦。

そして何より広域の戦場よりも、狭域を好む戦闘スタイルだ。

風魔法をブースターとして使用し、攻撃には雷魔法を付与したエストックの刺突や剣撃。

戦域が狭すぎれば逆に仇となるが、今いる廃庭園程度の広さであればその能力の伸びしろを最大限に活用できるだろう。

風による高速移動に、鋭くも速い刺突攻撃。この広さを戦場とすれば、相手は躱すことも身を隠す余裕も与えられず、ただただ彼女の剣技の餌食になるのだろう。


明らかに相手に有利な状況。

それを造りだしたのは、言うまでもなくこの場を用意した者の意向だろう。


ベルゴーは喉元で言葉を吟味しながら、口を開こうとしたが、


「ああ、特に理由は言わなくて構わない」


とヒザキが先に制した。


ミリティアが目を見開いたが、すぐに慌てて表情を戻す。

ベルゴーも驚いたように口を開いたが、やがて困ったように笑みを溢した。


「――ご配慮、痛み入ります」


ベルゴーの一礼に一瞬だけ空気が和らぐものの、ヒザキは「ん?」と首を傾げ、その雰囲気をぶち壊す発言を真顔で口にした。


「いや別にアンタたちを配慮したわけでなく、そもそも『そんなこと』は俺にとって関係がない、という意味で言ったんだ」


その台詞はあまりにもミリティアの力を軽んじたものだと、彼女の実力を知っている者は一気に沸点を上げさせる結果となる。


要はミリティアに優位な場所であれ、地形であれ、ヒザキにとっては些事であると宣言したようなものだ。

その言葉にこれまた周囲の人間たちの心模様が分かりやすく表に出てくる結果となった。


「ク、ククク・・・! こいつぁ面白れぇ! 敵国のど真ん中で、誰一人味方もいねぇ・・・、敵にはなっから囲まれた最悪な糞みてぇな展開だっつーのに、大した大口じゃねぇか! ガハハハハッ!」


「もう少し慎みなさい、リカルド」


一番機嫌の悪そうだったリカルドがいの一番に鼓膜をつんざく声量で笑い出す。

その態度に対し、頭痛を堪えるようにベルゴーがたしなめた。


「へぇ・・・すごいねぇ。こんな雰囲気じゃ尻尾まいて逃げても誰も責めないってのに、あの人、余裕の勝利宣言しちゃったさねぇ。楽しみになってきたねぇ、パリっち」


「へぇへぇ良かったッスねぇー。あたしはもう明日から憂鬱で憂鬱でそれどころじゃないッスよ・・・」


「まだ拗ねているのかい? 決定したことにいつまでも引きずられてると、人生楽しく生きられないのさ。ほら、我が国きっての戦乙女の戦闘なんてそうそう見られないんだから、今はそれを楽しもうさねぇ」


「んな簡単に割り切れたら苦労しないッス! ていうか隊長、なんか臭い増してませんか・・・? こう、何かが発酵したような何とも言えない臭いが・・・以前より増し増しって感じがするスけど・・・」


「パリっち・・・結構、匂い関連って傷つくから、出来れば遠慮してほしいねぇ」


「だったら決闘なんて見てないで、セーレンス川で全身洗ってきてください!」


「いやだって・・・見たいしねぇ?」


「じゃあ、あたしの罵詈雑言を快く受け取ってください。それが嫌なら即刻水浴びに行くッス! どーせ今日はもう訓練もないんでしょうし、行っても問題ないッスよね!?」


「むぅ・・・・・・それじゃあパリっちの無いこと無いことの悪質な狂言に我慢する」


そう言って両耳を手で塞いで、守りの姿勢を取るマイアー。


「違う、そうじゃない! それだと根本的な解決にならないッス! 我慢しないで水浴びしに行ってくださいッス! そしてあたしは有ること有ることしか言ってないッス!」


ギャーギャーと、パリアーはマイアーの手首を掴んで耳を塞いだ手を放そうとするが、マイアーは必至にそうさせまいと抵抗する。


「・・・・・・古くから『女三人寄れば姦しい』という諺があったようですが、二人でも十分のようですな・・・」


こめかみを抑えながら、ベルゴーは深いため息をついた。

良く見れば、抑えているこめかみには綺麗な青筋が立っていた。


「ふふん、こちは良識ある大人だから、大人しいのよ」


誰に張り合おうとしたのか不明だが、大きな眼鏡をかけた少女は胸を張って主張していた。


「ええ、助かります・・・」


ようやく喧噪の中の拠り所を見つけたのか、ホッとしたようにベルゴーが相槌を打つ。

その際に顔の角度が変わったせいか、晴天から降り注ぐ日光がベルゴーの滑らかな頭皮に反射し、ルケニアの両目を襲った。


「まぶしっ!」


咄嗟に両目を両手で庇い、ベルゴーから降りかかる光の攻撃を防御する。

しかし即座にベルゴーの右手がルケニアの両頬を鷲掴みし、両サイドから潰された少女と目線が合うように腰を落とす。


「誰の頭が眩しいだって・・・あ?」


「ぷぺ、ぴぽぺいぴゃっへ・・・」


「国家間の正式な場だからと我慢しておったが、貴様ら全員、むこう一週間は飯抜きにしてやろうか?」


「ぷっ、ぴゃっぷ」


潰れた頬に邪魔されて上手く喋れないルケニアに、さらに頭部に青筋を立てたベルゴーが睨みを利かせる。


「良いかね? 仮に太陽光が貴様の両目を焼き尽くそうが、悲鳴も上げず、態度も崩さず、この場が終わるまでジッとしていなさい。それが出来ないなら即時退席していただこうか」


こくこくとルケニアは頷き、ベルゴーは一度咳払いをして、頭部に浮き上がった青筋を鎮めた。

ベルゴーの右手から解放されたルケニアは、両頬を擦りながら「なんでこちばっかり、皆強気で来るのよー・・・」と愚痴をこぼしていたが、ベルゴーに一瞥されて大人しくなった。

少し可哀想な気もする。


そしてベルゴーの恐ろしさを知らなかった一般兵の何人かも、その豹変に慄き血の気を失せていた。


「ゴホン! ・・・ヒザキ様、無用な騒ぎを起こさせてしまい、大変失礼をいたしました」


「・・・あ、ああ」


少し引き気味にヒザキが応答する。

その反応に気まずそうに咳払いをした後、ベルゴーは「では」と続けた。


「そろそろ定刻となりますので、始めても宜しいですかな?」


懐中時計は午後二時を指していた。

その言葉を合図に、ヒザキとミリティアが正面から向かい合う。


「戦闘方法に制限は設けません。無論、魔法の使用も認められます。が、広範囲における無差別攻撃は禁止とさせていただきます。武器は自由、この庭園内であれば何処を足場に戦っても構いません。ここまでは先刻お話させていただいた通りですが、変わらずご了承いただけますか?」


「ああ」


「ハッ」


ミリティアは剣を構え、前傾姿勢を取る。

彼女のこの数日で何度か見た、いつもの戦闘スタイルだ。


ヒザキは地面に差したままの剣の柄を手に、そのまま抜かずに口を開ける。


「ミリティア」


「――?」


「先ほども言った通り、どちらが有利かどうかなど、そんなものは俺にとっては大したことのない問題だ」


「・・・・・・」


改めて面と向かって言われる強者としての宣言に、ミリティアは無言で返す。


「だからクダらない事をグダグダ考えないで、全力で来い」


「・・・え?」


庭園内がどよめく。

その言葉は誰も予想しなかったのだろう。

この短い日にちであっても、共に砂漠や地下空洞で過ごした経験値はヒザキにも蓄えられていた。

だからこそ、ミリティアという女性がどういう物の考え方をするかは、触り程度には理解できる。


「そんな些事に気を取られる必要は無い。雑念なんぞ砂漠の彼方に捨て置け。君は俺という相手を見据えて全力でかかってくれば、それでいい」


「――・・・・・・」


思わず、ミリティアは笑みを浮かべてしまった。

庭園にいた誰もが――彼女を良く知る一部を除いた人間の全てが、冷静沈着の近衛兵隊長が微笑むところを初めて見たのだ。リカルドすらも「おお?」と目を大きく開けて驚いていた。


第三者の思惑通り、一方的な有利条件を用意してもらったことは反って彼女の剣を鈍らせる結果になる。

過程が間違っていても、思惑は浅はかであっても、規模が小さくても、国同士の抗争に変わりはないのだ。全力を出せずに勝敗が決するのは彼女にとってもヒザキにとっても、喜ばしくない結果だ。


それが伝わったのか、ミリティアは一度構えを解き、剣を鞘に納める。


そして、


「ありがとうございます。きっかけはどうあれ、この場で貴方と剣を交えることを私は誇りに思います」


と朗かに言った。


後ろからルケニアがミリティアの態度に「ほぇっ?」と驚きの声を上げたが、それを聞き流す。


大剣を大地から引き抜く。

軽々と巨大な剣を右手一本で持ち上げ、ヒザキはその刃に映る自分の顔を確認した。


実を言うと、今は結構気分が良い感情が全身を満たしているはずなのだが、刀身に映る表情はいつも通り無表情だった。砂漠から空洞に至るまで、リーテシアやミリティアには自然と表情を浮かべられた記憶があるのだが、思いのほか実っていなくて内心がっかりする。


一礼を尽くし、ミリティアは再度、剣を抜く。

再び構えたその姿は、数秒前よりも力が抜け、より隙が無くなっていた。


デュア・マギアス。

魔導剣技。

そして近衛兵の隊長を務める剣術の使い手。

魔法と剣技をバランスよく融合させた戦術を担う、アイリ王国最強の騎士がそこにいた。


「胸を借ります、ヒザキ様」


「・・・まだ雑念が残ってるのか?」


「いえ、これは雑念ではなく――謝意です。貴方に感謝することで、その背中を目指すことで――」


「――」


空気が変わる。

まるで目の前の女性から発せられる闘気に呼応するかのように、ピリピリと大気が振動するような感覚に襲われる。

ヒザキは大剣を持つ右手に力を込めた。



「私は今以上に、強くなれる!」



彼女の脚部に風魔法が発生し、瞬間、その姿が視界から消え失せる。


土埃が舞った先を追って、ヒザキは大剣を横薙ぎに左後方に向けて振るう。

同時に剣戟の音が鳴り響く。

一度ではない。六、いや七度の刃がぶつかり合う音が連鎖し、直後にヒザキの肩や脇に刺突による傷跡が刻まれ、そこから鮮血が噴き出た。


(全て捌くつもりだったが・・・予想以上に手数が多いな)


直撃こそ免れたが、躱しきれなかった剣先が三つあった。

傷口を視認する暇はない。

痛覚で自身へのダメージを計算し、ヒザキはまた一つギアをあげることにした。



視線を東西に向ければ、いつの間にか金髪の騎士の姿が佇んでいた。


唖然とする観客に囲まれる庭園。

今の一合を受けきれる猛者が、この場に何人いるだろうか。

マイアーは楽しそうに口笛を吹き、その横のパリアーは茫然と口を開いて言葉を失っていた。

リカルドは既に苦笑いを浮かべており、他の面々は何が起こったのかも分からないほど、ミリティアの聞きしに勝る攻撃速度に体を固めるばかりであった。


「まさか――」


ヒザキが大剣を斜に構え、ミリティアの方へと向き直る。


「これが全力、というわけじゃないよな?」


その挑発に彼女は静かに微笑み、


「勿論です」


と挑戦的に返した。



ここに後の国史の分岐点となる、小さくも大きな戦いが開幕したのであった。


今回はちょっとだけ未来に飛んだ内容にしましたので、次のお話は54話の少し前のお話になります(^ー^)ノ

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