第41話 ベルモンドの小さな算段
今回はいつもより短めですm( _ _ )m
さて、未だあらすじに全然沿っていない内容ですが、そろそろあらすじと合流していきたいと思います(笑)
「おーい、ヒザキ!」
孤児院の玄関をくぐって開口一番に目的の男の名を呼ぶが、孤児院の中には静寂だけが広がっていた。
いや、幾つかの裸足で駆けつける小さな足音が聞こえてきた。
「あ、べりゅ!」
元気な呼びかけにベルモンドは片膝を折って、走ってくる少女を迎える。
抱えて持ち上げられた少女は嬉しそうにベルモンドの顎鬚を掌で左右に撫で回し始める。手から伝わってくるジョリジョリ感に病みつきになっているようだ。
「おー、ええっと・・・」
「カナちゃんですよ、カナちゃん。せっかく懐いてくれているのに、名前忘れるのは失礼ですよ」
「い、いま思い出すとこだったんだよ」
背後から顔を出したセルフィに的確に突っ込まれ、反射的に言い訳をしてしまう。
「物忘れ激しい奴が言い訳するときの常套句だなー」
「お前には言われたかないわ!」
便乗して乗ってきたヴェインには、理性的に言い返す。
確かに正論だが、同じく人の名前を憶えようとしない人間であるヴェインには言われたくない話だ。
「じょりじょりー」
和むように人の髭を撫でるカナを一旦床に降ろそうとするが、泣き出しそうに眼を潤ませたため、慌てて抱え直す。
「じょりー」
引き離されそうになった顎鬚に再び近づいたことにご満悦なのか、泣きそうな顔は何処かへ旅立ち、再び和んだ表情で髭を撫で始めた。
「どったらいいの、これ」
「飽きるまでお相手してあげてください。可愛いじゃないですか」
「いや、まぁ・・・可愛いは可愛いんだけど、動きにくい。ていうか前が見辛い」
「ふふ、微笑ましい光景ですよ」
セルフィはそう言って、他にも集まってきた年少組の子らの頭を撫でつつ「みんな何処に行ったかわかる?」と優しく尋ねる。
口々に子供たちは「しごとー!」「そとー!」「つとめー!」とセルフィに伝える。
子供好きのセルフィは、抱っこをしてほしそうに手を伸ばしてきた子を流れるように抱きかかえ、小さく上下に揺らしながらあやす。
その様子を見上げていた子供たちは次々とセルフィの服を引っ張り始める。
「ままー」
「おかーさんー」
「まーま!」
「あらあら」
セルフィの優しい雰囲気にあてられたのだろう。次々と母と慕う子供たちに満更ではない様子で嬉しそうに破顔するセルフィ。
「おー、すんげー懐かれてるなー」
両手を後頭部に回しながら他人事のようにその様子を見るヴェインだが、そんな彼女の周りにも何人かの子供が集まってきた。あまり子供慣れしていないヴェインとしては「ぅっ」と小さく後ずさりしてしまう。つぶらな瞳がヴェインを見上げている。やがてヴェインに指を差して子供の一人が呟く。
「じゃあ、ぱぱ?」
その言葉を聞いて何に納得したのか、他の子供たちも「パパ!」「パパだ!」と連呼し始めた。
「なんで私は性別の壁を越えた判定になんだよ!」
「ヴェインパパ~、怒らないでよぅ~! 今日も男勝りでイカすぅ~」
「ぐっ! ベ、ベルモンドォ~!」
ここぞと言わんばかりに参戦し始めるベルモンドに対して拳を握るが、声を荒げたことで周りの子供たちが不安そうに表情を曇らせたことに気づく。ベルモンドと子供を交互に見やり、子供たちの視線に耐えれなくなったヴェインは根負けした。
「パ、パパだぞ~・・・」
大人が見れば茶番にしか見えないが、まだ純粋な子供たちは自分たちが叱られているわけではないと理解するや否や、すぐにヴェインにも群がっていった。
「あらあらアナタったら、照れ屋さんなのね」
「随分とノリノリっすね、セルフィさん・・・」
服や腕を引っ張られながら、こちらの様子を微笑ましく見ていたセルフィに言葉を返す。
彼らにどう対応していいか分からないヴェインは、成すがままの状態で口元は無理に作った引き攣った笑いで固まっていた。
「そんなに難しく考えなくてもいいと思いますよ。子供たちの行動に深い理由はないんですから。ただ、こうして触れ合っているだけで十分。この子たちぐらいの年頃は人との温もりを感じることで安心するのだと私は思います」
「未婚の癖に~」
「だからこそ! 花嫁修業の一環ですよ」
「うへぇー」
あっという間に出来上がった即席夫婦の姿を見て、カナもセルフィの方が気になり始めたようだ。「ままー」と呟きながら髭をむしり始めた。幸いベルモンドの無精髭は短かかったため、本当にむしられることは無かった。
「よーし、ママのところに行っておいでーっと」
もう一度カナを床に降ろすと、今度は泣きそうにならずにセルフィの方へと歩いて行った。
その様子を見送って、次の子供に捕まる前にベルモンドは近くの個室へと逃げ込んだ。
「子供はパワー有り余ってんなぁ・・・ヒザキもいないみたいだし、街の中でも見て回ってくるかな」
ベルモンドは背負っていた布に包まれた――ヒザキの新しい鞘を、彼とヒザキの借り部屋の角に立て掛ける。
孤児院の中の様子から、レジン始め上の子供たちは国から指示された奉仕活動に向かったのだろう。ヒザキはまた砂漠の方に出向いてしまったのかもしれない。
「って言っても・・・本当に見て回るだけになりそうだからなぁ、この国。商人としちゃ商売目線で美味しい話がねーか探しちゃうもんだけど・・・金もないし食い物もないからなぁ。観光にしても目ぼしいものは王城ぐらいだし・・・どうせ中には入れないだろうしなー」
独白を続けるにつれ、見て回る意義すら無くなってきた気がしてきた。
いっそのこと外で孤児院の奉仕活動をしているレジンたちに合流して体を動かすのもアリかもしれない。
・・・いや、外壁で守られているとはいえ、国内でも細かい砂塵が風に乗って待っている状態。暑さと乾燥もベルモンドが活動拠点としているレディナス王国に比べると、圧倒的に酷い。そんな慣れない環境で彼らの手伝いをする等、気軽に言えるものでもない。逆に足手まといになってしまうと、非常に気まずい。やっぱり思い直そうかな、と顎鬚をさすりながらベルモンドは息をついた。
「ま、お目当ての物が手に入っただけで幸運といったところか」
ベルモンドは布に包まれた鞘をポンポンと叩き、今日の出来事を思い返す。
そもそもヒザキに鞘の調達を申し出たのは考えがあってのことだった。この国を全て見て回ったわけではないが、ただでさえ国力も兵力も年々低下し続ける中で、ヒザキの持つ大剣のような特殊剣の鞘なんて代物を配備しているとは思えない。需要される物すらままならないのだ。需要が無い物を補充・管理しておく余裕は微塵もないと見ていいだろう。
では何処に調達のツテがあったのか。
正直に言えばツテはない。
レディナス王国に戻れば、今までに培ってきたツテは腐るほど持っているが、隊商が魔獣によって崩壊し、この国に逃げ込んできた身としては、すぐに切る事のできる手札は無かった。
手札も無く、資源が枯渇しているこの国で、特殊な鞘を調達することは難しい。時間があれば可能かもしれないが、この数日で手にすることは不可能と言える。
だがこの国は「経済を回す」余裕がないだけで、過去の産物は残ったままのケースが多い。
先ほど、需要が無い物を補充・管理しておく余裕はないとアイリ王国の現状をくだしたが、需要が無い物でも「使わなくなった物」は多く存在していることをベルモンドは、この孤児院に連れてこられるまでの道中で確認していた。
言ってしまえば「無用の長物」というものだ。
ベルモンドはここに来る道中で見かけた雑貨屋に、セルフィやヴェインと共に朝から出向いていた。
雑貨屋の主人は久しぶりの客だったせいか、店に足を踏み入れるベルモンドを見て酷く驚いていた。入店したベルモンドも、店内のあまりの品薄に驚いてしまった。レディナスならば間違いなく一両日中には店を畳むしかなくなるほど、閑古鳥が鳴いていた。おそらく配給だけで食事を繋いでいるのだろう。掃除する気力もないのか、陳列された品には砂や埃が被っているのが目立っていた。
やっぱり引き返そうかな、と思ったベルモンドだが、砂や埃等の汚れを見なかったことにして見てみれば、それなりに「使えるもの」があることが分かった。
ベルモンドは目当ての物を購入し、それらを布に包んで孤児院に戻ってきた。
それが壁に立てかけた鞘――、いや鞘となる「材料」だった。
「この国に商機は感じないが、どーもねぇ」
ニヤニヤと算段を含んだ笑いを浮かべ、ベルモンドはヒザキの姿を思い浮かべた。
「アイツには感じるんだよな。デカい商売に繋がりそうな気配、ってのがな」
鞘はセルフィとヴェインに組み立ててもらう。
幸い剣自体も孤児院に置きっぱなしだったため、採寸をしつつ鞘を製作することが可能だろう。というか、抜身の剣を置いたまま、というのはベルモンドからすれば不用心すぎる話だが、ここでは「丁度良かった」と思うこととしよう。
さすがに子供たちが残っている中で堂々と居間に置いたりはしておらず、大剣はベルモンドたちの借り部屋の棚と壁の隙間に隠れるように置かれていた。
「作業は子供たちが近づいてこないところでした方がいいかもな」
鞘の製作はいわゆる「きっかけ」だ。
ヒザキの鞘を調達ではなく、製作することでより彼との関係を強くすることが目的の一つ。
もう一つは製作にかかる人件費。それを彼との交渉材料として使う。彼の性格を見極めたわけではないが、おそらく等価交換を是とする性格と見ている。つまり製作にかかる正当な費用を要求すれば、彼は支払ってくれる人間だということだ。しかしベルモンドは鞘の費用を彼に要求するつもりは無かった。何故ならそれは交渉でなく、ただの商売だからだ。まだ見ぬ機会に対して、彼と「話をする」手札を溜めておき、大きな商機が来たらその手札を以って、彼との交渉に多少の優位性を得る。
もっとも来ると見込んでいる商機自体が、ベルモンドの見込み違いで終わる可能性もあるので、無駄となってしまうかもしれない。
そうなれば普通に鞘代を請求し、今まで通りの商人としてレディナスに戻る予定だ。その帰り道の傭兵として依頼するかもしれないが、彼との関係はそれで終わるだろう。
「どっちに転ぶかな。外れることも多いけど・・・当たった時の高揚感は堪らないからなー。頼むぜ、ヒザキ! でっかいの頼む!」
賭けごとを楽しむかのように笑うベルモンド。
その様子に呆れたようにため息を吐いて、セルフィとヴェインが部屋に入ってきた。
「お、もう子供たちはいいのか?」
「ええ、今は大部屋の方で遊んでますよ」
「ったくー、一人だけ逃げ出しやがって! 少しは助けろよなぁ~」
「逆だったら助けねーだろ?」
「うん」
「ったく、悪びれもなく・・・」
ヴェインとの会話に髪をグシャグシャと掻きながら、ふと彼女が手に持っている麻袋に気づいた。
「ん? それ持ってきたのか? 数余ってたから、リーテシアちゃんにあげたつもりだったんだけど」
前夜、ヒザキを待つ少女に冗談交じりに渡した麻袋だ。
紐通し部分の下に補修した跡があるので、間違いなく彼女にあげた袋だ。他にも幾つかほつれが見られる麻袋だ。処分がてら彼女に渡した記憶があるので間違いない。
「あ、そうなの? 落ちてたから持ってきちゃった。あれ・・・、じゃあ中身って何処かに移動させた? 確か・・・この袋って商品の一部を入れていたわよね」
「ああ、新しい袋に移したはずだけど。近くに無かったか?」
セルフィとヴェインは顔を見合わせた後、ベルモンドに首を振る。
「おいおいー、希少価値の高い商品をそこに入れといたんだから、無くなったら泣くぜ、俺」
「そもそも、何で小さい袋に入れたんだよー。全部まとめてリュックにしまえばいいだろ?」
ヴェインの言葉に「おいおい」とベルモンドは肩を竦めた。
「あのなぁ、今回の魔獣騒動じゃ何とかリュックごと持ってこれたけど、もし大荷物すら持って逃げれない状況が来たらどーすんだ? そういう場面が来てもいいように小分けしてんの。高い商品だけでもすぐに持っていけるようにな? 後は移動時にリュックの中ってのは結構ぐちゃぐちゃになるからなー。簡単な仕分け的な意味も持ってるわけ」
「おおー」
「前にも説明した記憶があるんだが・・・ま、いいや。それより袋ごと無くなるのはマズイぞ。とりあえず、そいつを見つけてから鞘の製作に移ろうか」
「そうね、袋はこれと同じ種類なのよね?」
「ああ。昨日は寝る前だったからなぁ・・・後でしまおうと思ってテキトーな場所に置きっぱなしにするんじゃなかったぜ」
とはいえ、そこまで大きな施設ではない、この端っこ孤児院。
簡単に見つかると高を括っていたのだが、思いのほか姿が見えない。
徐々に引き攣った笑いへと変貌するベルモンド。
と、その裾が誰かに引っ張られる。
視線を移すと、そこにはカナが物欲しそうにこちらを見上げていた。
「あー、ごめんな。今、ちょいと立て込んでるから後でいいか?」
「うー、それ!」
他の子供たちのところへ戻るよう促してみたものの、カナは首を振って麻袋を指さした。
「あたしも入りたいー」
「んあ?」
「あたし『も』?」
カナの言葉にベルモンドは引っ掛かりを覚える。
セルフィとヴェインは思い当たる節が無く、意味を理解できずに首を傾げた。何故かカナも真似をして首を傾げる。
「入る・・・袋に、入る」
昨日、軽い冗談でリーテシアに「心配なら荷物に紛れてみたらどーだ」と言って、この麻袋を残していったことを思い浮かべる。
そういえば・・・中の商品を移動したのも、移動した新しい麻袋を置きっぱなしにしたのも同じ場所だ。
ベルモンドが厳選した商品のみを麻袋に入れたため、その総量は少ない。入ろうと思えば、リーテシアぐらいの体積なら余裕で入れるぐらいの空きはあったはずだ。
リーテシアは賢い子だが、悪事を働く子には見えない。悪性の心を持っているのであれば、山岳でのラミーを助けようとした勇敢な行動は起こらないはずだ。
その見解を基軸に考えると、まず転売目的による窃盗はあり得ない。
では麻袋を何かに使用しようとして――それこそ本当に袋に入ってヒザキについていこうとしたところで、袋を間違えるだろうか。賢いあの子なら、それもあり得ないと言っても過言ではない。
過言ではないが、
(浮かれたり、慌ててたりした? いくら頭の回る子と言えど、まだ子供だ。特にヒザキのことはやけに気にしていたみたいだし・・・あり得るか?)
と考えをすぐに改めた。
ベルモンドはカナに空の麻袋を渡し、満足して袋とじゃれ合うカナを大部屋に戻してから、再び借り部屋へと戻っていった。セルフィが「いいの?」と視線を合わせてくるが、元々破棄しようとした麻袋だったため、頷いて肯定を意を伝えた。
部屋に戻って、ヒザキの寝ていたあたりを見渡すと、想定していた物がそこにあった。
「ヒザキの背嚢だ。昨日はこれを持っていったはずなのに、今日はここにある。ってこたぁ・・・持っていくのを忘れてしまうほどの荷物が出来た、ってことなんかねー」
「どういうこと?」
ベルモンドの行動の真意が分からず、女性陣は眉をひそめて彼に尋ねる。
「あーいや、まぁなんだ・・・。普通なら目ん玉飛び出るほど焦る事態なんだが」
髭を指で撫でながら、ベルモンドは口の端を上げて笑う。
「なんでかなぁ、仮に全部無くなったとしても――その損失を上回る商機ってのが来そうな予感もあるんだよなぁ」
理性ではそんな予感、当てにもならないし、信用ならない。何より根拠が何一つない。
商人は計算と市場把握、需要と供給、価値と価格。そういった要素を数値化した上で、最も利益を得るラインを見定め、そこを軸に動くのが常だ。根拠のない予感なんてものを軸に動けば、ほどなく破産して商人としての人生の終焉を迎えることだろう。
ベルモンドは博打に出る性格ではない。
それは理性できちんと理解している。
だからベルモンドは、仮にリーテシアが持って行ってしまった商品が全て手元に戻らない最悪のケースを想定し、その損失額とそれを取り戻すためにはどれだけの利益を出さなくてはならないかを計算する。マイナス出発で考えた損益分岐点は中々にハードルが高い位置にあるが、一年程度で取り返せる自信もある位置だ。
つまり一年分の価値があの麻袋の中の商品にある。
失えば一年分の損失。
何事も無く戻れば、損失も利益もない。
大体はこの二通りの結末だろう。
だがもし、それを上回る商機が発生したら?
一年分の損失すら補うほどの商機、かつその発生に自分たちの商品が絡んでいると猶更良い。
(壊れ物はないし、失くさない限りは十中八九、戻ってくるだろうけど・・・ちょっと楽しみになってきたな)
一人、脳内でぐるぐると算段を組み立てつつ不気味な笑いをこぼすベルモンドの姿に、いまだ回答を貰えない女性二人は大きくため息を吐いたのだった。




