第31話 国の中心地
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「まだ見つからないのか?」
ヒザキの問いかけに、ルケニアは「まーだー」と返答する。
場所は先刻も足を運んだルケニアの執務室兼研究室。
ルケニアは薄暗い一室の中、あーでもないこーでもない、とブツブツ呟きながら部屋に散乱する研究物を見ては捨て、見ては捨ての行動を繰り返していた。
未だ崩れたままの本の道をまたがって通り、その先にある研究用の一部屋に二人はいた。
ちなみに他の三人は、この雑多な部屋に足を踏み入れるのを嫌がったため、部屋の外で待機している状態だ。
ヒザキも待機するつもりだったが、ルケニア曰く、一人では探すのに時間がかかるかもしれないので念のため、と言われたため手伝う形でついてきていた。
しかし、この部屋。
先の本の部屋も酷かったが、ここも負けず劣らず酷い。
整理ができていないのも一因だが、作りかけの魔導機械らしき物体がそこら中に散乱していることが大きな要因かもしれない。
下手に踏んで壊すようなことがあれば、どのような副次的な事故が起こるかヒザキにも分からない。
慎重にここまでついてきたものの、さすがに更に奥のルケニアがいる場所までは行く気がしなかった。
「うーん・・・大分前に作ったやつだからなぁ~。どこに仕舞ったっけー・・・」
この部屋に「仕舞った」という表現が似合う景色は見当たらないのだが、黙って流すことにした。
「何を探しているんだ?」
ルケニアは先ほど、「いいことを思いついた」と言って、自分の研究室に戻らせてほしいと皆に言った。
あの場で魔獣に関して誰よりも知識を持ち合わせている彼女の言葉に、当然反論する者はおらず、素直に彼女に従ってここに来ていた。
なんでも「サリー・ウィーパが地中にコロニーを造っているかどうかを判別するために必要なもの」があると断片的に言ってはいたものの、それがどういうものなのか具体的な話は未だに彼女の口から語られていなかった。
ルケニアは語るより、見せるほうが早い、ということらしいが・・・。
「言ったでしょー? サリー・ウィーパが地中でわんさかコロニー造っているかどうかを確認するものだよー」
「そんなことが可能なのか?」
コロニーは地中100メートルほどの位置にある横穴式の巣だ。
そんなもの、掘り返しでもしなければ存在を確認しようがない。
この部屋の様子から見て、おそらくルケニアが作ったのであろう魔導機械がその役割を担うのだと思われるが、そんな魔導機械はヒザキも耳にしたことが無かった。
「んー・・・、元々は地中の様子を探るなんて用途のものじゃないんだけどねぇ~。別の目的で作っていたものが、たまたまそれも可能とした、って感じかな? まあさっき思いついたんだけど」
「魔導機械、か?」
「そそ、こちはねー、何でか色々と雑務とかあてがわれてるけど、本職は研究と開発なの。最近は公務ばっかりで全然時間取れないんだけどねー・・・」
「魔導機械を開発――それができるだけでも、各国は喉から手が出るほど欲しい人材のはずだ。君の名前は聞いた覚えがないのだが・・・」
「あぁ~、まあねえ? こちは基本、表舞台に立つような物を作ったことがないってだけだよー」
「表舞台に・・・?」
魔導機械を開発する人間は、その多くが「大勢の人間に使用してもらい、知ってもらう」ことが夢の第一歩になることが多い。そのためには、まず自国や連国連盟を通して開発した魔導機械の安全性を承認してもらい、その「承認」を付加価値として市場に公開していくケースが一般的だ。そのあとは、どれだけ多くの人からの評価を得ていくか。
一般人に対しての実用的な魔導機械を開発していく者は、そうして夢の階段を徐々に上っていき、名声をあげていくこととなる。
ある程度まで知名度を上げれば、あとは国や連国連盟が莫大な報奨と資金を勝手に出してくれる上に、宮廷魔術師という肩書も上乗せされ、将来の安泰を約束されるのだ。
そういった夢を追い続ける人間は後を絶たないが、実現できるのは本当に一握り。
だからこそ、それを実現できる人間が表に立とうとしない姿勢なのは腑に落ちない。
「欲がないのか?」
思ったことをそのまま聞いてみることにした。
ルケニアはその言葉に対して「真っ直ぐに聞いてくるね~」と笑いながら返してきた。
「ヒザキ君はあんまし知らないかもだけど、結構いるもんだよ? 国お抱えの名無し魔術師なんて」
「そうなのか?」
魔道機械を探す手は止めずに、ルケニアは会話を続ける。
「ま、要は子供時代から才能がありそうな子を予め国が囲っちゃうの。つまり、物心ついて野心が芽生える前に捕まえちゃえ~って感じだね」
なるほど、とヒザキは目を閉じた。
あまり愉快な話ではないが、要は夢だの欲望だのを追う心を持つ前の子供に対し、生涯を通しての「契約」を結ばせたのだろう。子供には甘い言葉でもかけておけば、よほど現実を見ている子供でもない限り、簡単に頭を縦に振ってしまうだろう。
気づけば逃げ出せない契約に絡めとられた、箱庭の魔術師の完成、というわけだ。
「子供なんてねー、大人から煽てられれば喜んじゃうものなんだよねぇ~。自分は必要とされてるんだ、もっと皆に褒めもらいたいってね」
ルケニアがどういった表情をしているか分からないが、少なくともその声に悲壮感は無いように思えた。
「後悔はしていないのか?」
後悔しているのか? という表現はなぜか似つかわしくないと感じたので、そう聞いてみた。
「んー、こちが『独り』だったら後悔していたかもねー。でも・・・」
不意に魔導機械を探す手が止まる。
「そもそもね、こちが国と契約するときにね、止めてくれた人がいたの。だから、こちは分かっててこの契約を結んだわけなのよ」
「・・・」
「その人――その子は、も~何ていうのかなぁ、ほんっとに真っ直ぐでさー。曲がったことは大っ嫌い。背筋をピンと伸ばして、いつも真っ直ぐを見て歩いている。こちとは正反対。全然気も合わないし、融通が利かないから喧嘩ばっかり。でもその子がね・・・この契約のことを何処からか聞きつけた時に、こちのところまで走ってきて、こう言ったの」
思い出しているのか、ルケニアはそこで一つ呼吸をした。
「『お前はもっと広い世界で生きるべきだ』ってね。その子、こちとそんなに年齢も変わらないし、同じ女の子なのに、何だか・・・遠くにいるように感じちゃってね。で、意味もなくまた喧嘩しちゃった。あの子がまるでこちとは違う広い世界を理解して、見通しているような気がしちゃって・・・。こちは当時は、まあーちょっとだけ? 馬鹿っぽさというか子供っぽさがあったから、あの子がこちを突き放そうとしているように強く感じちゃったんだろうね。それが悔しくて悔しくて・・・だから『じゃアンタもついてきてよ!』って怒鳴っちゃったのは今でも覚えてる。そーしたら、その子、なんて言ったと思う?」
「・・・まあ『その子』が誰なのかは、おおよそ見当がついたが」
「え、嘘?」
「なんて言ったかは想像がつかん。君と彼女がどのような関係か深くは知らないからな」
「ま、まーそうだよね。え、ていうか、そのー・・・共通の顔見知りの話をしみじみと話すのが、めっちゃ恥ずいから名前伏せて話してたのに、何故に気づく!?」
「ただの勘だ」
「むー・・・なんか話すの恥ずかしくなってきた・・・。やめていい?」
「ここまで話して止めるのは、どうかと思うが」
「むぅ・・・仕方ない、我慢するよぅ・・・。ま、その子はこう言ったの。『私はこの場所で目指すところがある』って。うん、何となくは気づいていたんだけどね。あの子、憧れの存在があるっていうか、ちょっと前にその存在ができる出来事があった、っていうか。だからその背中を追いかけて、いつか隣に並ぶために進もうと決意してたんだろうね。んじゃー何かって思うよね。こちはその場に一緒にいちゃいけないのかって。勿論、そんなつもりで言った言葉じゃないのは分かるんだけど、その時はそこまで考えも回らなくて、そのまま喧嘩別れしちゃった」
「で、その勢いで国と契約したのか?」
「ううん、ちゃんと家に戻って考えたよ。あの子の言った意味を。何度も何度も。で、お父さんやお母さんにも聞いて――あ、お父さんお母さんって言っても孤児院の院長先生たちだから本当の親じゃないんだけどね。まあ、色々と聞いてようやく少しだけ広い世界を理解できた。色々と教えてもらって、決めるのはまだ先でいいんじゃないか、って言われた。でも理解できたから、決断できたの」
「・・・・・・」
「こちにそれだけの才能があるなら、あの子の支えになる。あの子が夢を叶える助けになるってね。もう心配なんだよねー。強くて真っ直ぐだから、みんなはあの子は『何も心配いらない』って思ってるみたいだけど、こちからすれば危なっかしくてしょうがないよ・・・。いつか折れるとき、挫折するときに、あの子はきっと独りでは立ち上がれないと思う。あまりにも前の一点しか見てないから、転んだ時にどこを見ていいか分からなくなると思うんだ・・・」
とても今の彼女からは想像できない話だ。
確かに真っ直ぐな一本の芯は強いかもしれない。
大きな衝撃にも耐え、多くの困難にも負けずに伸びていくだろう。
だがその一本だけの芯が折れた時、支える物が周りになければ、それは折れたまま何処までも堕ちていく。
休むことも、治すことも、新たな道を探すことも出来ずに、迷走し続けるかもしれない。
だからこそルケニアはその時の「支え」になりたいと言っているのだ。
一通り話した後、ルケニアは鼻頭を指でこすりつつ、
「はぁー、何でこちは会ったばかりのヒザキ君にこんな話してるんだろーね」
とため息交じりに言った。
「さあ?」
「ま、何ていうか・・・言葉にしにくいよねー。聞いてもらいたいから・・・、話したいから自然と話しただけであって、理屈とか根拠とか・・・そういったものが無いから言葉として形にできない――って感じだね~。あれ? 何だかこち、けっこー恥ずかしいこと言ってない?」
「気にするな」
「その言い回し、余計気になる!」
ルケニアが照れ隠しに立ち上がって、無作為に両腕を動かす。
その行為に意味はないのだろうが、彼女の羞恥心を若干和らぐ程度の作用は望めるのかもしれない。
そんな様子を眺めていると、不意に彼女の手が近くの棚に強めに当たってしまう。
無計画に棚に積み立てられた物は、その振動を引き金に一気に彼女に向かってなだれ込んできた。
「ぎゃーっ!」
当然、振動の主であるルケニアは躱す余裕もなく、流れ込んできた物の下敷きとなっていった。
棚だけではなく、床に積み立てられていた山も崩れたのだろう。
下に埋もれて行ったルケニアを中心に放射線状に物が広がっていく。想像以上の量だった。
怪我の要因になりそうな鋭利な物や重量がありそうな物がルケニアの近くに無かったことは、崩れる瞬間に確認済みだったため、ヒザキも積極的に助けようとはしなかったものの、量が量なため、さすがに起き上がるのに苦労しているようだ。
山の中心でもぞもぞと動きはみられるものの、中々立ち上がってこれない様子が見て取れた。
「ほれ」
仕方ないとため息を吐きつつ、ルケニアの腕と思われる部位をつかみ、そのまま引き上げる。
「あ、ありがとぅ~・・・し、死ぬかと思った・・・。――お?」
引き上げられた態勢のまま、彼女は足元に無残にも転がっている物の山の一点を見て「見つけた!」と声を上げた。ヒザキにもう一度「ありがと」と礼を言ってから手を放し、お目当ての物を拾い上げる。
「これこれ! やぁーっと見つけた! 棚の奥にしまっていたのかなー・・・そりゃ見つからないわけだー」
「おい、その辺りは足元に気をつけろ。怪我をするぞ」
見つけた喜びでガラクタの山をスキップするルケニアの首根っこをつかみ、足元にあった用途不明な尖った物体を踏まないように持ち上げる。
「ぉぉ・・・度々ありがと」
「どういたしまして」
安全(と言っても、何処かしこに物は散らばっているのだが)な場所にルケニアをおろし、その手に持つ物に視線を向けた。
「それが?」
「そ、これが探してたもの!」
彼女が手に持っている物を見てはみるものの、全く何に使用する物なのか見当もつかない外見をしていた。むしろ「使用する」云々以前のガラクタにしか見えない。
形状は三角錐を成しているが、特に何かしらの仕掛けがあるようには見えない。表面上にはいくつもの溝が刻まれてはいるが、それが何を意味しているかは目で見える範囲では理解できるものではなかった。
「あー、なんであんな昔話しようかと思ったのか分かったわー。よくよく思い返せば、これ作ったのって・・・そのすぐ後のことだっけ」
すぐ後、とはこの国お抱えの魔術師になることを決意したタイミングのことだろうか。
「どうやって使うんだ?」
使い方を促してみるが、ルケニアは首を横に振って「後のお楽しみ!」とはぐらかせた。
これが地下を活動拠点とするサリー・ウィーパに対しての対策にどうやってなるのか、ヒザキにも図り切れないところだ。興味があったため、この場で色々と聞きたいとは思ったものの、どのみち他の三人と合流した後にも説明はあるのだろうから、ここは素直にルケニアに頷くことにした。
「では戻ろう」
「うん」
ルケニアの返事に頷きつつ、散らかった部屋の惨状が視界に映った。
本に続いて、今度は魔導機械と思われる機器の山。後で本の整理を再び手伝うつもりではあるが、まさかここも手伝う羽目にはならないだろうか、などと不安が過ぎるが、今はサリー・ウィーパの件が先決。あまり深く考えずに、ヒザキはルケニアと共に研究室を後にした。
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場所は変わって、王城の奥へ。
奥、という表現はヒザキの主観的な感覚でしかないが、少なくとも王城正門からは大分離れた場所に案内されたと感じている。
案内役はルケニア。
連れだって歩くギリシア、リカルド、ミリティアはこの王城で務める人間であるにも関わらず、興味深そうに周囲を眺めていた。その様子からも、この三人でさえあまり立ち入らない、もしくは来るのが初めてな場所なのが伺える。
等間隔で壁に設置される光に照らされてはいるものの、どこか仄暗い通路だ。
しかし壁や床の内装は豪奢なもので、高価な絨毯や壁飾り・絵画などが敷かれており、王城内部の中でも手が込んでいる場所だというのが分かる。残念なのは、それを管理する余力がないのか、端々が汚れていたり破損していたりという現状が見受けられている点だろうか。
ルケニアはそんな通路を迷うことなく歩いていく。
どうやら彼女からすれば、ここは通い慣れている場所のようだ。
(――妙だな)
不意にヒザキはそんな言葉を心中呟いた。
意識を後方に向ける。
が、後方からは何も感じない。
しかし違和感が全身を絡みつかせるように、常に気持ち悪く付きまとう。
「どうかされましたか?」
斜め前を歩くミリティアがこちらの様子に気づいたのか、声をかけてきた。
誰かに気取られる素振りをしたつもりはなかったのだが、そこは流石というべきか。
ヒザキは恒例の「なんでもない」と返そうかと考えたが、ここは他の人の意見を聞いてみるのもアリかと考え直し、ミリティアに尋ねてみることにした。
「いや、どうにも誰かの視線――のようなものを感じたんでな」
「視線?」
ミリティアは小さく視線を巡らせる。
「・・・ここは特に隠れる場所もない通路と思われますので、誰かが潜んでいる・・・ということは考えづらいところですが――何かの気配、というのも私には感じられませんね・・・」
「そうか、すまない。勘違いだったかもしれない」
ミリティアとの会話が切っ掛けになったのか、改めて意識を澄ますと、先ほどまで感じていた違和感は既に消えていた。
「お疲れでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
気遣いの言葉に礼を返し、そのまま歩を進めていく。
やがて地下へと降りていく階段までたどり着き、ルケニアが「あともうちょいだよー」と軽い口調で先導して降りていく。
「ここが――例の場所か?」
「んー、実を言うと俺もここまでは来たことが無くてねぇ。でも多分、ここがそうなじゃないかな?」
リカルドの問いにギリシアが答える。
「ここが何処か知っているのか?」
ヒザキはギリシアやリカルドに対して尋ねようかと思ったが、変にリカルドが絡んでくるのも面倒だったため、一番近くにいたミリティアに聞いてみることにした。
「いえ、私も初めてですので・・・ですが、我々が早々立ち入ることのない場所、ということでしたら恐らく一つだけでしょう」
階段を降りる音が反響する。
「どこなんだ?」
「国の中心地、とだけ・・・ルケニアを初めとした臣下の一部しか立ち入ることができない場所です」
「・・・・・・そこは俺が入っても問題ないのか?」
「大問題です」
ヒザキの問いに、ミリティアは肩を落としてそう答えた。
「どうする? 俺だけ引き返しても構わないが」
「・・・いえ、ルケニアの許可があるのであれば罰せられることは無い、と思います。そもそもヒザキ様でなくとも、我々でさえ許可なく足を踏み入れることはできない場所ですので」
「そうか」
国の中心地。
そう聞いただけで、その先に何があるのかが見当がついた。
この世界において、国は何を中心に成り立っているのか。
外観から考えれば、城や王宮がある場所が中心と考えるのが自然だ。しかし城が建てられ、そこから領土が拡大され、国がなされるかと言われれば少しだけ違う。
城がそこに建てられるのは、理由があるからだ。
かつて魔道機械の開発における先駆者として名を馳せ、魔法師はおろか魔術師の頂点とも言われた天才の作った魔道機械。
領土をめぐる国家間戦争が絶え間なかった時代に、各国の和平条約を結ぶ楔となった世紀の発明。
――国有旗。
国とは国有旗を中心として、国有旗が放つ波動の範囲内を領土とし、そこに収まるように作られていくものだ。無論、国有旗が世に出る前から存在する国も多々あったのだが、戦後は国有旗を刺した場所に王の住処を移す必要が生じ、国土の再編成も次々と行われ、今では国有旗を中心として国が成り立っているのが常識となっていた。
「ついたよ!」
ルケニアの声に顔を上げる。
気づけば目の前には薄い光を発する大部屋が広がっていた。
ギリシアをはじめとした三人も言葉を発することなく、その部屋を眺めていた。
天井・壁・床、その全てに小さな溝が刻まれ、そこから淡い光が漏れているようだ。青白い光は部屋を照らす光となり、室内を幻想的に浮かび上がらせていた。
「ちょ、ちょちょちょ! ルケニア様!? こ、この方たちは!?」
と、部屋の様子を眺めていると、裏返った声が鼓膜を震わせた。
部屋の奥の方から慌てた足取りで一人の小柄な男性が走ってきた。
「お、ミート君、おつかれ!」
「ぜぇぜぇ、ミートではありません。ウィートです! いい加減覚えてください!」
体力がよほど無いのか、ルケニアの傍まで駆け寄るだけで息が切れたらしい。肩で息をしながら、ルケニアの言葉に返すのすらやっとという感じだ。
「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ・・・?」
「こち、関係者だよ」
「知ってます! ルケニア様でなく、他の方々のことです!」
ビシッと指を指された面々は、苦笑したり眉を顰めたりと思い思いの表情を浮かべた。
「これ、ベルゴー宰相にまた怒られますよ・・・?」
「バレなきゃ大丈夫だよー」
「い、いえ・・・私にも報告義務というのがあってですね」
「え、バラすの・・・?」
「そんな悲しい顔をしないでください! あぁもう! とりあえず事情を聞かせてください、事情を!」
「と、その前に――」
彼にとっても突然のことだったのだろう。錯乱しつつもルケニアから事情を聞き出そうとしたが、その流れを切って、ルケニアはクルッと踵を返してこちら側に向き直った。
「紹介しとかないとね! たぶん皆は面識ないと思うから。この人はミート君って言って――」
「ウィートです!」
「ここの管理者をやってるの」
ウィートの言葉は手慣れた感じでスルーされ、その様子に彼はあきらめたように肩を落とし、すぐに姿勢を正した。
「今、ご紹介に預かりましたウィートと申します。以後お見知りおきをしていいのかどうか分かりませんが・・・宜しくお願いいたします」
ここの管理者、ということはつまり――
「土の魔法師、か」
ヒザキの呟きを拾ったウィートが少しだけ目を見開く。
「ルケニア様・・・もしかしてここのことも全部言ってしまわれたりしますか?」
「言ってない言ってない! 言うつもりだったけど、まだ言ってないよ! ていうか、その言葉が出たってことはヒザキ君、もう気づいちゃってる感じ?」
「ミリティアから中心地と教えてもらったからな」
「こりゃ!」
ヒザキの回答にルケニアはミリティアに対し、何とも可愛らしい叱咤の声を向けた。
ミリティアは目を閉じて「失言だったな」と一言だけ申し訳なさそうに返した。
「まーでも・・・このメンバーなら、まあ気づくよねー」
軽い足取りでルケニアは部屋の中へ進んでいき、再びこちらに向き直る。
その彼女の背には一本の棒が立っていた。
そこを中心として、部屋中の溝が光を放ってる。
「そ、ここが国の中心――『アヴェールガーデン』だよ」
彼女の言葉に呼応するかのように、国有旗をから流れる光が一段と輝いた、――そんな気がした。
国の領土を明確化し、国の存在を保障し、国そのものとも揶揄される最重要機構。
この棒が引き抜かれたとき、アイリ王国は連国連盟や加盟国より国として認識されなくなり、それは即ち連盟脱退を意味する。連盟を脱退するということは、下手をすれば他国からの侵攻もあり得てしまうほど、危険なことだ。
当然、国有旗が破壊されたり盗まれたりされるような事態は、国の崩壊を招くこととなるため、ここに関係者以外が立ち入ることは最大のタブーとされるべき行為だ。
それを理解した面々は非常に気まずい表情を浮かべた。
アヴェールガーデン。
この世界では『不可侵の庭』という意味になる。
そんな庭に「流れ」で足を踏み込む結果となってしまったヒザキは、内心頭を抱えたくなってきた。
どんどん逃れられない泥沼に足を沈ませていっている気分だ。
(やれやれ、無事にこの国を出ていけるのか、心配になってきたな)
そんなことを考えつつ、誰にも聞こえない程度に、深くため息をつくのだった。




