第30話 魔獣サリー・ウィーパとは
マイアーたち第三部隊がサリー・ウィーパと激突した時刻より、数時間遡り、場所は一般兵の兵舎奥にある応接間の一角。
ギリシア・リカルド・ヒザキ・ミリティア・ルケニアの五名が机を囲んで、渦中の魔獣について話をしていた。
「とりあえず、サリー・ウィーパについてだけど」
ギリシアの切り出しに、席に座った四人が揃って彼に視線を向ける。
「このメンバーだし、全員が知ってるような情報は割愛してしまって良いかな? ヒザキ君の知識がどれほどのものかは分からないが、あまり無駄な話で間延びしてしまっても仕方ないからね」
「構わない。俺もあの魔獣に関しては必要最低限の知識は持ち合わせているつもりだ」
ギリシアの言葉にヒザキがそう返す。
「んー、ちょっと曖昧すぎない? 念のために簡単におさらいはしたほうがいいと思うけど。みんな知ってると思ってて、意外と知られてないことも結構あるもんだよ?」
「んじゃ、嬢ちゃん頼んだわ」
ルケニアの提案に、リカルドが面倒くさそうに手を振る。
その態度に頬を膨らませることで抗議するも、ギリシアからも「頼めるかな?」と言われたため、渋々とルケニアは口を開いた。
「んじゃサクサクっと進めるよー。まずサリー・ウィーパの生態についてだけど、基本的には地下――それも砂漠の中を住処としている魔獣だね。昔、地中調査を行った文献があってね。そこにはサリー・ウィーパは地中100メートル以上の深さにコロニーっていう住処を作って、生活してるみたいね。で、そのコロニーってのは、空洞的なものじゃなく、サリー・ウィーパが掘り進めていった横穴の集合地帯を指すみたい。途中に小さな部屋みたいな空間が点在して、それらを結ぶように横穴がある感じ。全体的な比率で言えば横穴が9割、部屋が1割ぐらいかな。ここまではオッケー?」
「ああ」
「問題ない」
「その話は聞いたことがあるねぇ」
「・・・」
ヒザキ、ミリティア、ギリシアが順に返事をしていく中、リカルドだけが視線を逸らしつつ、口を閉ざしていた。腕を組んで憮然としている様だが、その心情を察したルケニアは半目で彼を見つめる。
「リカルド、全然知らないじゃん!」
「・・・んな知らなくていいことは、どうでもいいんだよ。要は奴らが襲ってきた時の対処法さえ知っていれば問題ないんだろうがよ」
「じゃあ対処法。説明してみてよ」
「・・・・・・単純な話だ。地中から出てきたところをぶった切る」
『・・・・・・』
リカルドの言葉に全員が押し黙る。
表情こそ様々なものを浮かべているものの、その根底にある感情は全員が同じ――「呆れ」であった。
「さて、こうした間も時間の無駄なわけだし、色々と思うところはあるだろーけど、諦めて進めてくれないかねぇ、ルケニア嬢ちゃん」
「はぁー、そうだね。こちも不毛なことはしたくないし、さっさと進めようかなー」
「ぐ・・・!」
ギリシア・ルケニア両名の棘のある物言いに、リカルドは眉を何度か震わせ、ヒザキを睨みつけた。
「なぜ俺を睨む」
「睨む対象がテメエしかいねーからだよ!」
対象、という言葉は、おそらくリカルドの立場を指しているのだろう。
ここにいるメンバーを代名詞に置き換えれば、一般兵総隊長・近衛兵隊長・役職は不明だが何かしらの重役についている少女。そして一般兵見習い(仮)の四つになる。
この国の組織図をヒザキが知るわけではないが、少なくともリカルドの彼らに対する態度から察するに、第二部隊隊長の座に着く彼ですら、ここでは一番下の地位なのだろう。一般兵に入隊させられてしまったヒザキを除いて。
ヒザキは息巻く彼をしばし見ながら、顎に手を置いて一つ頷いた。
「なるほど理解した。存分に睨め」
「あぁぁあああっ! その態度はそれでムカつくんだよ! 何憐れんだ眼差しを向けてんだよ、テメエ!」
「面倒なヤツだ」
「アァ!?」
「面倒なお方ですね」
「言い直してんじゃねーよぉ!! 誰もその言い方に反応してるわけじゃねーんだよ! 内容だ、内容! テメエ・・・ぜってぇーにこの俺を見下していやがんな、おぉ!? 澄ました顔しやがって・・・おら、さっきの続きだ! 外に出ろや!」
「ふぅ、面倒なヤツだ」
「三度も繰り返すんじゃねぇっ!」
大きな音を立ててリカルドの巨躯が椅子から立ち上がる。
ギリシアは「あちゃー」といった表情を浮かべ、ルケニアは肩をビクッと震わせ、あわあわと一歩下がって事態を見守っている。
本当に面倒だな、と心の中で四度目の言葉をつぶやきつつ、ヒザキも立ち上がろうとしたが、それは一人の女性の声が制した。
「リカルド殿」
ミリティアだ。
彼女は腕を組んだまま、静かに獅子のような雄々しい巨躯を見上げて、静かに名前を告げた。
「お静かに。今はそのようなことをすべき場面ではないでしょう」
「・・・・・・ケッ、わぁったよ・・・」
これは驚いた。
あの粗野で我儘で短絡的で凶暴な野獣(ヒザキ主観)が、捻れば折れそうな女性の言葉一つで静かになってしまった。
(これは――地位だけでなく、戦力としても彼女の方が上なのかもしれないな)
リカルドのようなタイプは、よほど性格が合わない限りは自身を上回る強者に敬意を持つことが多い。
リカルドとミリティアが直接剣を交えたかどうかは不明だが、少なくとも彼は彼女に対しては一定の敬意を払っているように伺えた。
「――何か?」
無意識にミリティアを見ていたらしい。
目だけをこちらに向けて声をかけてきた彼女に「いや何でもない」と答えて、その場を流した。
「んんっ、それじゃー気を取り直して・・・」
咳払いを挟んでからルケニアが話を続けた。
「サリー・ウィーパは一つのコロニーに大体100体程度住み着くとされているけど・・・こっちは憶測の部分が多い話だから、鵜呑みにはしない方がいいかな。ただ、コロニーの大きさっていうのは、過去に地中を掘り返して確認した実例があるから、その全体像から逆算してみると100体ぐらいっていうのは強ち間違いじゃないかもしんない」
「その資料は見たことがある。元々は研究目的ではなく、討伐目的で地下を掘り進めたとあったな」
「うん、でもまぁ地下100メートルだし、掘っても掘っても地表の砂が流れ込んできて、採掘は難航。結局のところは1つのコロニーを何とか掘り起こすのが限界だったみたいだね。しかも全力を投じてようやく掘り返した折角のコロニーだけど、討伐対象のサリー・ウィーパは既に引き払った後のコロニーだったみたいで、見事な空振りで終わったみたいだねー。今に至るまで、そのコロニーぐらいしか調査入ってないから、もっと大きなものもあれば、小さなものも存在するかもね。まあ『そういう話がある』程度に耳に入れとくだけでいいかな、この情報」
「相手がどのぐらいの規模なのか、それを知ることは戦いにおいて重要なことだけど、信憑性が低い以上、この情報を前提に動くのは危険だねぇ。他に生態に関してはないかい?」
「後は『鋼液』かな? あいつら、体中の節に小さな穴を持っていてね。そこから噴出される体液は空気に触れると急激に硬化する作用があるの。ま、それを使ってコロニーの穴を固定しているって感じかな? この鋼液については、実際のサリー・ウィーパを使っての研究で実証されているから、間違いはないと思うよ。硬度に関しては10~15メフィルとされているから、人の力で破壊するのは無理な硬さかな」
「その――メフィルって単位は初耳だけどよぉ、どんぐらいの硬さなんだ?」
「そうだね~、例えるとこの机」
手の甲でコンコンと木製の机をたたき、ルケニアは「これが大体2メフィルってとこ」と続けた。
「もっともメフィルって硬度単位、連国連盟が数年前に定義更新したから、当時の数値と今の数値では若干の差異があるんだよねー。今の定義で測り直すとどんな数値結果になるのか、是非とも調べておきたいとこではあるね」
「どの道、この机の何倍も堅い、ってとこは揺るがなさそうだねぇ」
「そ、だから人体に鋼液を受けるとまず間違いなく身動きが取れなくなるね。これは重要な情報でしょ?」
「チッ・・・初見殺しじゃねーか。それを知らねーで一対一なんかやったら腕が立とうが立つまいが、殺られる危険性は高ぇーな」
「念のため、第二・第三部隊に通達しましょう。何も起こっていなければ良いのですが」
ミリティアの提案にルケニアはうんうんと頷き、リカルドも無言で肯定した。
ギリシアは顎に手をやり、考える素振りをするが、それも一瞬。すぐに判断を下した。
「そうだねぇ、すぐに双方に通達しよう。嬢ちゃん、他に何か戦闘行為において伝えるべきことはあるかな?」
「ええっと――後は地中からの攻撃に注意することかな? あいつらって地上の獲物を攻撃・捕食する時は地中からの先制攻撃が常套手段らしいから。でも地中から地上の様子を透視できるわけでもないし、振動を感知する器官もそれほど発達しているわけでもないみたいだから、地中に籠られてそこから延々と攻撃されることは無いみたい。地中からの攻撃も当てずっぽうで命中精度も低いから、上手く凌げるんじゃないかな? その後は地中から出てくると思うから、純粋に戦うだけの展開になると思う」
「それも伝えておこう」
ギリシアはそう言いながら立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。僅かに開いたままの扉から微かに聞こえる声からすると、部屋の外で待機していた城の人間にこのことを言伝しているのだろう。幾ばくかの時間を置いて戻ってきた。
椅子に座りなおしたギリシアは、その様子を見ていた四人に対し、顎を引いた。
「伝令を出したよ。外には第一・第四部隊から四名、城内の浄水跡地には一名を送るように指示したから、すぐに情報は伝わると思うよ」
「時間的にまだマイアーたちは門を出てねぇところだろうよ。テッドやラインも間に合うタイミングだ。これで何の心配もなく話を進めるってもんだな」
リカルドの言葉は裏を返せば、純粋な戦闘の流れになればサリー・ウィーパに兵士は遅れを取らない、と言っているようなものであった。
それは魔獣を甘く見ているのか、部下たちを厚く信頼しているのか、彼の言葉や表情から読み取ることはできなかったが、いずれにせよ、その言葉に反応する者がいないことから、全員が一致した考えのようであった。
「それじゃ我々は我々で話を続けようかねぇ」
ギリシアの言葉に皆が小さく頷いた。
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「まずはここから近い第四部隊の方に伝令申請をしてくるか」
「はい!」
長い王城の廊下。
そこには足早に歩く男女の姿があった。
先ほどギリシアからの指示を、受け取った五等兵の二人だ。
彼らも一般兵の括りに数えられるものの、配置先は軍ではなく、城内の警備や設備管理の補佐を務めていた。そういう兵士は、この城内にも多くいる。
ありていに言ってしまえば兵士として「戦力外通告」を受けてしまったようなものだが、そういった人材も比較的安全な城内の警備を任せる等、無碍に切ってしまわないところはこの国の美徳の一つなのかもしれない。
男性の兵士はこの役目も長いのか、さほど迷いもなく行動に移っている印象だ。
対象に女性の兵士は初々しさが残る仕草で、前を歩く男性兵士の後を付いていく形となっていた。
「あ、あのっ、何だかビックリしましたね」
「ん?」
「その、いきなり総隊長様がお声掛けしてくるなんて・・・想像だにしなかったので」
「ああ、そうだな。確かに滅多にあることじゃないけど、全く無い、というわけじゃないぞ。今回のように重い内容は初めてだが、普段は取り留めないことでも話しかけてくることはあるんだ、あの御方は。世間話が特に多いな」
「ひぇぇ・・・私、急に話しかけられても上手く返せる自信がないです・・・」
「大丈夫だって。あの御方がただの会話でお怒りになられるところなんて、見たこともないしな。こっちが突然剣を突き立てても、笑顔でいなした後に世間話でも始めそうなぐらい、色々な意味で広い方だよ」
「そ、そうなんですね・・・それはそれで別の意味で緊張しちゃいます・・・」
「ははは、まあ直に慣れるさ」
そんな会話をしつつ廊下を進んでいくと、ふと前方に人影が見えた。
影は壁に背中を預けるようにして立っているようだ。
「あの方は・・・」
男性の兵士の方は見知った存在だったのか、その表情に緊張感はなく、そのまま歩を進めて行く。
「お疲れ様です。今日は非番ですか?」
「おっつかれ~。そ、こっちは休み」
言っては失礼だが、剽軽な声、という表現がしっくりくるような男だった。
女性兵士も男性兵士の陰から顔だけ出すようにして、軽く会釈をする。その様子に気づいた相手も、軽く笑って手を挙げた。
「本当は寝て一日過ごそっかなぁーって思ってたんだけど、ほら、俺って落ち着かない性格じゃん? こう静かに寝ようと思ってもさ、こう・・・ソワソワしちゃってねー。それで何か面白いことねーかなぁーって思って、この辺をうろついてたんよ」
「ふふ、そして最終的には酒場に直行ですか?」
「お! さすが分かってるじゃんー! そそ、ラストはやっぱり酒場のマズ酒に限るよね~。あの仕様なのか腐ってんのか分からない酸味が逆にそそるんだよなぁ~」
「いえ、私にはちょっと・・・その良さが分からないのが申し訳ないところです」
「ま、ふつーに不味いよね! それが正常だよー」
女性兵士は一応はカリーたちよりも先輩にあたるわけだが、言っても城内における人間関係はまだ浅い。
直属の先輩にあたる男性兵士と、おそらくは城内でも彼より上の立場になるであろう男との会話を聞いている限り、彼らの関係はそれなりに良好なのかなと思った。
自分にもいつか、こういった話を出来る友人ができるだろうか。できたらいいな、そんなことを考えてしまう。
(よ、よし・・・今度、給仕係の人とかと積極的に話をしてみよう! 仲良くなれるかなぁ・・・)
「っと、今は仕事中かい? って聞くまでもないか」
「申し訳ありません。今は急ぎの用を頂戴しておりまして・・・私共はこれで失礼させていただければと思います」
「いーよいーよ、むしろこっちが引き留めてごめんなー」
「は、ありがとうございます」
一つ頭を下げて、男性兵士は女性兵士に「さ、行こうか」と促した。
女性兵士も男にもう一度、会釈をしてその後をついていった。
すぐに廊下の曲がり角を過ぎて姿が消えた二人のいた場所を、男は数秒だけ何をすることもなく眺めていた。
「・・・面白いことねぇ」
男は再び背中を壁に預け、廊下から見える砂まみれの庭園を見る。
「面白いこと、楽しいこと、娯楽、享楽、悦楽・・・楽しむことは人生の潤滑油だってね。こいつがキレちゃあ、この庭園と一緒で砂だらけのカラッカラになっちまうもんさ」
誰にその言葉をかけているのか。
それは自分にも言い聞かせているようにも取れるし、彼が脳内で思い描く「誰か」に投げかけているようにも取れる。
「んで、何もしねーで待っていても、何も起こらないのが世のしきたり。行動しない奴の末路はいつだって、つまんねーもんだ。乾いて乾いて乾いて・・・あぁ、乾くなぁ」
喉元を指でなぞり、男は困ったように眉をひそめて息を吐く。
「――楽しむってのは、それなりに努力が必要だよなぁ。そうなれるように行動し、乗り越えるべき壁を乗り越えて、その先の望む未来にたどり着いてこそ、ようやく俺は楽しめるんだ」
そして、ああ、と頭を振って付け加えた。
「いーや、俺は過程も楽しむんだ・・・そうでなきゃ、貴重な人生が勿体ねーもんなぁ。始まりも過程も終わりも――すべてを楽しみ尽くして、俺はようやく人生を全うできる。そうしなくちゃならない」
ああ乾く。
喉も肌も髪も唇も目も耳も舌も、何もかも――それらを構成する細胞すらも乾く。
乾いて乾いて仕方が無い。
乾きすぎて、痒みすら感じる。
無意識に首元を掻き毟ろうと、右手がかかりそうになったが、慌ててその手を自制した。
「ああ、ダメ駄目だーめ。我慢我慢・・・今は我慢」
振るえる右手を左手で抑え込む。
一見、苦しそうに背中を丸めているように見えるが、その口元は赤い三日月のように嗤っていた。
「いつか潤う、その日まで――ヒヒッ」
不気味な笑い声が喉から漏れ、男はそのままその場で蹲った。
表情は膝に隠れて見えないが、その隙間から漏れる小さな笑い声と、廊下の床に爪を立てて何度も引っ掻き回す姿は、異常そのものでしかなかった。
「ああ、乾くなぁ」
その独白を最後に、男は廊下から姿を消した。
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「で、サリー・ウィーパの最大の脅威はなんだと思う?」
ルケニアの投げかけに、他四名が一同に回答する。
「鋼液」
と即答したのはリカルド。
『地中移動』
と声を重ねたのは、ヒザキとミリティア。
「ま、俺もミリティア嬢とヒザキ君に同意見かなぁ」
と一呼吸、間を置いてから答えたのはギリシア。
「んー、見事に脳筋と理系の考え方で分かれたね!」
「誰が脳筋だぁ、コラ!」
ルケニアの採点にリカルドがすかさず言葉を挟む。
「そうだルケニア。脳筋と理系とは並列に扱うべき言葉ではない。せめて文系と理系と――、・・・文系・・・ぶん、・・・」
ミリティアが方向違いの指摘を挟もうとして、その言葉は弱弱しく消えて行った。
彼女はリカルドにチラッと視線を向け、少しだけ思考を巡らせ、うんと頷く。
「せめて運動系と理系として扱え」
「悪気ねぇ天然だから扱いにくいんだよ、テメエはぁ!」
「どういう意味でしょうか?」
「真顔で問いただしてくるんじゃねえ! やりづれぇーんだよ!」
ミリティアの純粋な表情に、調子を崩されたリカルドがその逆立った髪の毛を、苛立ちを抑えるように掻く。
「ミリティア、この男は『脳筋』も『運動系』も同じ意味だから、言い直す必要はないと助言したいんだ。分かってやれ」
「なるほど・・・」
ヒザキの余計なひと言に、ミリティアは何の疑問も感じずに納得した。
その反応に豪快な歯ぎしりが部屋に鳴り響く。
「ヒザキィ! テメエはわざとやってんだろ!」
「誤解だ。正しい解釈を説明しただけだ」
「ヒザキ様、やはり――同じ意味だと言うのであれば『運動系』という言い回しの方が角も立たず、妥当かと思いますが、如何でしょう?」
「ああ、そうだな。そうしてやってくれ。リカルドも喜ぶだろう」
少しだけ飽きてきたのか、熱心にどうでもいいことを話すミリティアに若干投げやりな言葉を返すヒザキ。
その態度が実に効率よくリカルドの神経を逆撫でした。
「よし、ぶっ殺す!」
「あーはいはい、喧嘩しないで話を進めよう。嬢ちゃんもこうなることが分かってるんだから、あまり余計な火種を蒔かないこと。いいね?」
ギリシアが苦笑交じりに仲裁に入り、ルケニアにも一つ釘を刺した。
「ぅ、わ、分かってるんだけど・・・なんかねー、つい、ほら?」
「リカルドは単純で短絡的で粗野で馬鹿だから、弄ると楽しいのは分かるけど、ここは我慢だよ」
「あんたが一番煽ってんだけどよぉ!」
今度はルケニアに注意を促すギリシアが爆弾を投下したため、リカルドは顔を真っ赤にして激昂した。
茹蛸のようだ、と危うく口走りそうになったがギリギリ自制することができた。
この国に来て、この国の民に触れあう機会が出来て、他者とのコミュニケーションにどこか置き去りにしてきたはずの「楽しい」という感情が顔を少し出しているのかもしれない。随分と口が軽くなっているような気がした。
息を荒くするリカルドを宥めるのに数十分費やし、ようやく一行は本題に帰ることができた。
「えー、こちも反省する。だからこっからは真面目な話をします」
「さっさとしろ」
リカルドの鋭い眼光に、ルケニアは「ごめんごめんって! もうそんなに怒らないでよ!」と平謝りして、話を続けた。
「さっきの問いかけた『最大の脅威』ってのは、言ってしまえば三人が言った『地中の移動』なの。鋼液も言わずもがな脅威だけど、それはあくまで個人レベルでの脅威。ここで言う最大っていうのは、国レベルでの脅威を指しているの。鋼液は喰らえば動きを封じられるけど、対応はできる。けど――」
「地中を自由に移動できるサリー・ウィーパ。それに対応することは――不可能とは言えないけど、難しい。ってところかな?」
ギリシアに頷き、ルケニアは続ける。
「ギリシアのおっちゃんが言った通り、正直、地中に対する対策なんて国は持っていない。過去に掘り起こした経緯こそあるものの、それは膨大な時間と人がいたからこそ出来たことで、今は現実的な話じゃないしね。だから地中で何をされても、こちたちは何もできない。この国の直下を好き勝手に荒らされても、指を咥えて傍観するしかないの」
「つまりサリー・ウィーパのコロニーがこの下に形成されていたとしたら、国の人間は奴らにとって格好の餌場になるってぇわけか」
リカルドが面白くなさそうに奥歯を噛みしめ、椅子の背もたれに体重を預ける。
「そういうこと。そこが最大の脅威ね。地上での戦いになれば対抗もできるだろうけど、どうしても後手に回ると思う。地中からの先制攻撃から国民を守るにしても、四六時中、一人一人に兵士が張り付いて護衛するというのも無理な話だし、高所に避難してもらうにしても場所が足りなすぎる。王城を全面開放しても精々1割程度の国民の避難が関の山ってとこ」
「各々の家屋の二階に避難は――無意味か。どの道、地中から這い出たサリー・ウィーパと戦える者がいなければ、同じ結末を辿ってしまうか・・・」
ミリティアは二階の避難を提案しかけたが、国民の自衛が難しい点と、先にルケニアが述べた通り、兵を国民全員を護れるほど配置できない点を考慮して、結論に至った。
「嬢ちゃん、その話はサリー・ウィーパがこの下にコロニーを造っていることを前提にしているが、そんなことはあり得るのかい? もし、そうだとしたらオアシスが枯渇して半世紀、魔獣への警備が手薄だったこの国が、今までその脅威に出会うことなく存命していることも、やや疑問がつくねぇ」
「んー・・・明確な根拠はないんだけど、基本的にサリー・ウィーパって一度コロニーを造ると、コロニーが破壊でもされない限り、そこから移動はしないという論文もあったんだよね。論文出して根拠なしっておかしな話だけど・・・昔のものだから、詳しい部分も欠如しちゃってるんだよねー・・・。一応、当時の連国連盟が認可した論文だから信頼には値すると思うけど・・・。それを信じるなら、最近、何かしらの理由で近くのコロニーが破壊されたか、数が増えすぎて新しいコロニーの建築を始めたか・・・とかが妥当かな?」
「見えないところで勝手やられるってのは気持ち悪いもんだねぇ」
「まだ確定したわけじゃないだろ? 実のところサリー・ウィーパを見たってのもコイツの話の中だけなんだからな。たまたまサリー・ウィーパに似た何かに遭遇したか、そもそも噓だったって可能性もあるわけだ」
リカルドがヒザキに親指を向ける。
随分な物言いだが、ヒザキは特に言い返すこともなく、そのまま流した。
「どちらにせよ、サリー・ウィーパの存在の確認は必要ですね」
重々しく言うミリティアにギリシアが頷く。
「でも変なんだよねー」
「何がだい?」
腕を組んで唸るルケニアに一同が視線を送る。
「ほら、ヒザキ君がサリー・ウィーパから襲われたって話。確か地中から襲われたんだよね?」
「ああ」
「それが気になるんだよねー」
「何故だい? それが奴らの常套手段だと、嬢ちゃんも言っていたじゃないか」
ギリシアも彼女の言わんとするところが理解できず、目を丸くして聞き返した。
「常套手段なのは間違いないんだけど・・・それはあくまで『コロニーを形成した後の』サリー・ウィーパの行動パターンだとされているわ。鋼液を解明した研究者は、鋼液を研究する段階で彼らがコロニーを形成する様子も記録を取っていたの。鋼液は本来コロニーを造るためにあるものだから当然と言えば当然なんだけど、そのコロニー形成の過程におけるサリー・ウィーパの習性は、コロニー形成後の習性とは異なると書いてあったわ」
「・・・それはどんな?」
ルケニアは人差し指を立て、
「一つのコロニーを造る際、サリー・ウィーパたちは地中深くまで潜って、そこから道を造り、部屋を造っていくわけだけど――」
その指を下に向けて、地中を掘り進めていくサリー・ウィーパを表現するように下方に降ろしていく。
指はやがて机の上に触れ、そこからグネグネと動かしていく。
「地中深いところに潜ったサリー・ウィーパは、コロニーが出来上がるまで一度たりとも地上にはあがってこないらしいの」
「はぁ? その造っている間、奴らは何を食って生きてんだよ」
「砂」
「すなぁ?」
「砂の中にいる微生物を食べて生きている、っていうのが当時の記録を見た研究者の結論。その研究者はそもそも鋼液の研究が第一で、広大なコロニーを造るための場所や時間も用意できなかったらしいから、コロニーが完成する前に研究は終了。造りかけのコロニーは破棄されたみたい。本人も『不完全な記録』と言い放っているけど・・・でも少なくとも記録を取っていた一カ月間、一度も上には行かなかったらしいよ。これは憶測だけど、サリー・ウィーパは慎重な性格なんじゃないかな? まずは居住の中心となるコロニーを造ることで『安住の場所』を確保し、その後は大きな蛋白源となる餌を地上で狩猟。その繰り返しをしていくことで、自分たちより格上の他の魔獣から最大限、身を守って生活していたんじゃないかなって、こちは思う。そんな性格だから、一度コロニーを造った後は、そこを移動しないんじゃないかな?」
「待てよ・・・んじゃ、コイツを地中から襲ってきたってこたぁ――」
リカルドの表情が険しく変化するが、ルケニアはその言葉を遮って「ううん」と返した。
「例えば既にこの下付近にコロニーが造られていたとして、うまい具合に国の下を避けて造るかな?」
「あぁ? だからこの下にコロニーを造ってやがって・・・」
「それだったら、とっくに国民が襲われてるよ。国全体が疲弊して、色んな事が疎かになっているのは事実だけど、それでも人が魔獣に襲われれば、気づかないはずもない。それが無いってことは――」
「この下にはコロニーが無い・・・? 少なくとも今の時点では」
「まぁつい先日、コロニーが出来上がりましたーってオチなら、これからそういう被害が出る可能性もあるけど・・・・・・、――あ」
「どうした?」
言いかけて何かに気づいたような様子のルケニア。
何事かと話しかけるが、彼女の中で様々な情報を整理しているのだろう。そのままの態勢で固まってしまい、返事はなかった。
待つこと数秒後、再起動。
全員が無言で待つ中、彼女の焦点が徐々に戻ってくる。
そして、
「いいこと思いついた」
とルケニアは、この時ばかりは普段見せない「研究者」としての笑みを浮かべたのだった。




