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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
3/96

第3話 アイリ王国の実情 その2

正直に言うと、アイリ王国は既に他国を相手取るための引き出しは無い状態だった。

そもそも、その引き出しすら、砂まみれで使えたものではない。

その引き出しを備え付けている机すらも風化し、少しでも力を掛ければ砂塵と化しそうな印象でもある。


その今にも砂塵と化しそうな机。

それこそがアイリ王国に唯一残された「財産」でもある。

引き出しはないが、机そのものは辛うじて、ある。

では、それは何か。


――土地である。


アイリ王国はかつて、砂漠地帯を含め、後方に連なる山岳地帯、その向こうにあるセーレンス川中流近辺まで、すべてが領地であった。

今でこそ砂漠地帯は王国近辺を除き、ほぼ独立地域として開放してはいるが、それでも広大な土地を有している国である。砂漠地帯を独立地域、つまりはどこの国にも属さない地域としたのは、単純に維持・管理しきれないと踏んだからだ。

広大な砂漠を管理するのは、それだけで多大な人件費と組織が必要となる。

当然、今のアイリ王国にはそんな人材もなければ、それを支える物資もない。

そのため、泣く泣く砂漠地帯のほぼ全域を手放したのだった。


さておき、その広大な土地だが、正直、他国からすれば価値がない。

それが「風化した机」と揶揄してしまう所以でもある。

つまるところ、ただ無駄に広いだけで、そこに何の資源もないのだ。

植物も育たない。

動物も魔獣や害虫を除いて、存在しない。

鉱山もない。

地下資源も今のところ見当たらない。

天候も降雨量はほぼ見込めず、乾燥と砂嵐が連携を組んで襲い掛かってくる。

もう泣きたくなるほどマイナス要素しか見当たらないのだ。

唯一、山岳地帯を超えたセーレンス川近辺だけ需要があるが、そこは連国連盟の総意で見て見ぬフリをしているおかげで、特に他国からの介入は行われていない。


他国がアイリ王国を従属国にしようと思えば、それは可能だろう。

しかし、未だそういう気配がないのは、その土地に何の魅力もないからである。むしろ、下手に従属国にしようものならば、その不毛な土地を管理していくコストが余分にかかってしまう。

それならばいっそのこと、自然に「アイリ王国として」滅んでしまった方が他国としても有益なのである。

滅んだ後ならば、不要な土地はそのまま独立地域とし、セーレンス川近辺のみ連国連盟の中でどういう位置づけにするのかを議論する、という魂胆だ。


交渉材料を持たないアイリ王国は、連国連盟の加盟国であろうと、他国との外交を行うことはできないに等しい。

その王国がなぜ、食糧などの物資を他国から支援してもらえるのか。

その答えは30年前の連国連盟会議にあった。



『――さて、概ね本日の議題とした各国の問題点の洗い出しは片付きましたかな? 最終確認ですが、アーリア公国とテス公国を繋ぐ交易路における土砂崩れへの支援要請に対しては、隣国のファルナン王国から派遣隊を3日後に編成・派遣させ、アーリアとテスと連携し、速やかに交易路の復旧を行う』


議長であった当時のローファン王国のジール王の言葉に、アーリア公国、テス公国、ファルナン王国の代表者が頷きを以って返答する。


『次に――東シデリア地方に出現した新種の大型魔獣に関しては、極寒地方ということもあり、寒帯戦闘に長けているハイデルハンス公国の魔術部隊とチョリッソ・エインソ国の部隊で対応する。この魔獣に関しては10日前に放った斥候からの情報から見ても、この2部隊で撃退が可能と思われますが・・・戦闘に入って予想を超える力を持っていた場合は、無理をせず、しかし最低限の戦線を保ちつつ応援要請を出してください』


続いての言葉に、名が挙がった2国の代表が頷く。


『最後に、まあ・・・これは多少、連盟内で議論すべき内容か迷うところでもありますが、サン公国のサジール公爵家の次女と、同国の農夫の駆け落ちについて捜索・・・。デリマン殿。これは自国内で解決できないものですかな?』


デリマンと呼ばれたサン公国の国王は困ったように頭を掻く。

言い出しにくい様子を見るところ、彼自身もこの話題をこの場に持ってくるのは不本意だったと見える。


『すまぬ、ジール王。公爵家の意向は王家としても無碍(むげ)に出来ぬ事情があっての・・・。とりあえず、この場で議論をしたという(てい)でいてくれれば、あとはこちらで何とかするつもりじゃ。皆には迷惑をかける』


『頭をお上げください、デリマン殿。そうですね・・・「連盟内で議論をした」という体裁を整えることで貴国の助力になれるのであれば、構いませぬ。ただ、あくまで例外的なものとして皆も意識をもってください。あまり慣例化しても困りますのでな』


ジール王の言葉に幾つかの笑い声が漏れる。

デリマン王も少し恥ずかし気に笑いながらも全員にもう一度、頭を下げた。


『さて・・・、これで予定していた議論はすべて終了しましたが、何か他にありますかな?』


『・・・・・・・・・・・・・・』


ジール王の言葉に返す者は誰もいなかった。

了承、ではなく、沈黙。

それはつまり「まだ議論すべき事項がある」ことを示していた。

各国の代表の何人かが「やれやれ」といった表情で肩をすくめている。


『何か、ありませぬかな?』


ジール王の視線はある一点に向けられている。

その先には、一人の初老の王が座していた。


『・・・・・・・・・ぬ、・・・・・・ぬぅ・・・・・・』


非常に発言のしにくい、静まり返った議論の場。

初老の王は、額に脂汗をかきながら、この場における最善の対応を考える。

しかしジール王はその間を与えず、言葉をつづけた。


『アイリ王国、フス殿。あなたに問うているつもりなのですが・・・いかがですかな?』


『う、うむ・・・・・・』


『アイリ王国は、その地に連なる広大な砂漠――サスラ砂漠からオアシスが消えてから数十年。過酷な環境の中で国を支えるため、非常に大きな負担を国民に課せているとお見受けします。国内の情勢に一切の余裕がないのは理解しておりますが、だからといって何の手も打たないのは座して死を待つも同様です。何かしらの手を打つべき、という話は半年前の連盟会議でも上がりましたが、それ以降、何かしらの改善策は見つかりましたでしょうか?』


『・・・・・・・・・』


フス王の沈黙が全てを物語っていた。

打つ手が何も思い浮かばなかったのか、それとも、もう考える気力すらないのか。

その差異はジール王にも分からないが、少なくとも事態が好転する方向に向かっていないことだけは確信できた。


『今の私の言葉では、あまりにも漠然としすぎておりましたな』


『ジ、ジール殿・・・』


何かを言おうとするフス王を、視線だけで止める。


『一つ一つ、紐解いていきましょう。まずはアイリ王国のサスラ砂漠について、ですが。こちらも前回の議題にありましたが・・・』


『あ、ああ・・・・・・、領地を示す国有旗(こくゆうき)はサスラ砂漠から全て回収した。王国本土付近以外の砂漠はもう独立地域となっておる・・・』


心の奥深くから漏れるようなため息を吐く。

それもそうだ。

国土の9割はサスラ砂漠が占めていたのだ。地図上でその存在を知らしめていた大国が、一気に縮小してしまうのは、フス王としても避けたいものであったが、背に腹は代えられなかった。


『では、サスラ砂漠について、どちらか管理下におきたいという国はおりますかな?』


誰も反応を示さない。

その結果を予想していたジール王は特に気にもせず、そのまま話を続ける。


『それではサスラ砂漠はそのまま独立地域といたします。もし後に管理下におきたいという国があれば国有旗(こくゆうき)を置く前に連盟にお伝えください。では、次に。財政についてですが、フス殿。加盟国の資産の中で貴国の資産は減っていく一方・・・何か手立てはありますかな?』


『・・・・・・・・・、・・・・・・ない。正直、民も疲弊し労働力も目に見えて衰退し、商談に使える資源もない・・・。はは、お手上げじゃな・・・』


自嘲気味に笑うフス王に、ジール王は一つ間を置いて続ける。


『・・・国民に最低限の生活を与えることを前提とした場合、何年持ちますかな?』


『・・・・・・宰相の話では、3年もつかどうか、といったところじゃ・・・』


『なるほど・・・』


ここまでくると「早く国を畳んだ方がいいのでは・・・」という声もちらほら聞こえてくる。

ジール王はそれを手のひらで制し、だれそうになった空気を再度締める。


『先ほど資源はない、と仰っておりましたが、まだ採掘などを行っていない山岳地帯もあったはず。そこの調査はいかほどに?』


『・・・行っておらぬ。言ったじゃろ? もう民は皆疲弊しておるのじゃ・・・そのような命は、くだせぬ・・・今は水牽き役だけで精一杯じゃ』


『では他国で誰か、その地帯を調査する者はおらぬでしょうか?』


『・・・・・・・・・ジール殿、申し上げにくいが、あの山岳地帯は常に砂風にさらされている地域だ。調査をするにも砂を防ぐ仮設防壁を建て、そのうえで魔獣に備えた兵力と調査員を割かなければならない。その労力に見合う価値があれば別だが・・・あの禿げた山を貴方も知っているでしょう? あそこに資源が残っているとは思えない、というのが私の意見だ』


『なるほど。皆も同意見ですかな?』


『ええ・・・フス王には申し訳なく思いますが、残念ながらあの山岳地帯にはそこまでする魅力はないというのが正直なところです・・・』


和服の女性の言葉にジール王も頷く。

否定的な意見ばかりにフス王も(こうべ)を垂れざるを得ない。


『わかりました。資源については一旦終わりといたしましょう。次に貴国の領地内にあるセーレンス川中流近辺の地についてですが、そこから資源の調達――水牽き役と言いましたかな? 彼らが調達する食糧の供給は需要に対し、どの程度対応できているのでしょう?』


『・・・・・・せ、正確に把握はしておらぬが・・・、おそらくは一割程度、じゃろう・・・』


『需要を十とし、供給が一割ですか・・・厳しいですね。セーレンス川までの道のりは大変危険なもの。それを国の大役まで背負った水牽き役の皆さんには、何かしら特別な待遇はされておりますかな?』


『と、当然じゃ! 彼らには・・・重荷を背負わせてしまっている、と思ってはいるのじゃが・・・状況が状況だけに仕方ないのじゃ。だからせめて・・・彼らにはある程度の権限を与えておる』


『その権限とは?』


『こ、これは言えぬ。申し訳ないが、一応、国家機密事項に設定しておるのでな・・・』


フス王の言葉の内容に、一瞬だけジール王は思案するように視線を右に逸らした。

が、すぐさま切り替えて、話を続ける。


『分かりました。それではまとめますと、アイリ王国では環境・水や食糧不足による国民の衰弱、その問題を解決するためのライフラインが存在しないため、ただひたすら負荷だけが増えていく、という状況ですね。まあ・・・以前から何も変わらないと言えばそうなのですが。まずはライフラインの確立、という視点で考えてみましょう。資源がない以上、交易に頼るほかないと思いますが、皆の中でアイリ王国に行商の予定がある国がありますでしょうか?』


あるはずがない。

分かり切っていることだが、事実確認のため、あえてジール王はそのような問いを投げかけた。

が、ここで彼すらも予想しなかった挙手があった。

手を挙げたのは、アイリ王国に隣接するライル帝国のシグン将軍であった。

通常なら王であるライル国王が参席するはずであったが、国内で急を要する事案が発生したため、今日は代役として全軍事を統括するシグン将軍が来ていた。将軍たる彼が来ている、ということは帝国内の事案とは、戦闘に絡まない類のものなのだろうとジール王は見ている。もっとも内容までは想像もつかないが。


『っ・・・、シグン殿、どうぞ』


『ああ、突然で申し訳ありません。本日は王の代わりに参加させていただきましたシグンと申します。各国の代表の方々と同じ席に座りますことを大変光栄に思います。さて、ジール王が仰られました件についてですが、我が帝国としては是非ともアイリ王国と協力したいものがございます』


『・・・続けてください』


『それは民の移住、です』


『移住・・・?』


シグン将軍の発する内容にジール王さえも意図を読み切れず、思わず聞き返してしまった。

彼がそんな状態なのだ。

その場にいる誰もが意図をくみ取れず、呆けた表情を浮かべた。

そんな空気に、シグン将軍はその強面に笑顔を浮かべた。


『我々の国の実情は皆さまもご存知かと思われますが、隣接するウォーリル森を抜けた先にはアレ・・・がございます。そしてその瘴気から生み出される大量の魔獣に応戦することで、多くの犠牲者が出ております。これは将軍の私めの未熟さ故でもあり、お恥ずかしいところなのですが・・・。そういった事情があり、戦死者の子供らが孤児となり、帰る家を失うことも珍しくありません。そういった子らを保護するために孤児院もいくつか設立したのですが、子供らを教育する大人が大変不足しておりまして。また帝国内の土地の狭さも相まってか、今では孤児院で匿える人員数をはるかに超える孤児がおります・・・。ろくな教育もできず、最低限の食事だけを与える日々。我々は未来ある子らのために、この状況を改善したく考えていたのです』


そこで、とシグン将軍はフス王に目を向ける。

アレ、という表現に誰も疑問を浮かべないのは、誰もが知っている存在なのだろう。


『我々には土地と子供らを支える教育者が不足しております。しかしアイリ王国では土地自体は余っているとのこと。さすれば、誠に厚かましい願いではありますが――』


『その孤児たちの受け入れ先をアイリ王国内に設けたい、と?』


ジール王の確認に、シグン将軍は深く頷く。


『幸い、ウォーリル森から採取できる食糧は豊富です。宜しければ食糧の流通を見返り、としてお納めいただければ、というのが帝国の考えでございます。もちろん、価格についても破格といっても良い設定にさせていただく所存です』


『う、、、むぅ』


『しかし、孤児とはいえ自国の子供たちを他国に住まわせるなど・・・貴国はそれで本当に良いのか?』


30代半ばの代表者がシグン将軍に尋ねる。


『確かに、国によって教えは異なりますし、文化も異なる。その変化は必ずしも子供らに良い影響を与えるとは限りません。ですが・・・ただ食事をして寝る。そんな変化のない人生を過ごすより、新たな環境で新たな人生を歩むことに意義を見出せることもあるのではないかとも考えるのです。無論、子供らには同意を得た上で誰をアイリ王国に向かい入れていただくかを選別するつもりでもあります。無理強いはできませんからね』


『まぁ・・・それも一つの考えなのかもしれぬが・・・』


尋ねた代表者はすべてを納得したわけではなさそうだが、それ以上話を広げるつもりもないようで、歯切れの悪いまま引き下がっていった。


『シグン将軍・・・すまぬが、我が国も人出は不足しておる・・・。とても教師役の者を立てる、などというのは難しいのじゃが・・・』


『フス王、何も学ぶということは勉学に限りませぬ。今、労働力が低下している貴国を支える活動も立派な学びでございます。国を立て直す力になる。それは何物にも替えがたい経験になるはずです』


物は言い様。

(あん)に労働力として使っても良い、と言っているようなものだ。

確かに経験は貴重な財産だ。シグン将軍の言うように、本当に自国内では孤児に衣食住のみしか与えてあげられないのであれば、経験を積ませるという意味でアイリ王国の再建の礎になるのも無駄ではないのかもしれない。

それが孤児のためになるかどうかなんて、蓋を開けてみないと分からないのだから、ここで議論するのは不毛だろう。あとは倫理観の問題だけだ。

ジール王はシグン将軍の裏にある思惑に気付きつつも、フス王の様子を見る。


(シグン将軍はおそらく、戦争孤児の間引きが目的なのだろう。戦争に使える子供は残し、使えない子供はアイリ王国へ移住させる。要は厄介払いだ。でなくては、帝国には損失しか残らない。何故なら国にとって子供とは次世代を担う宝なのだから・・・)


ライル帝国は軍事国家である。

その体制はまさに強者だけがピラミッド型組織の上に行ける、実力主義社会。

実力のないものに与える糧など存在しない、と言わんばかりの社会だ。

今回の件も、強い子供は残し、食い扶持だけが増える弱い子供は排除したいのではないか。そうジール王は捉えている。

因みにライル帝国の表向きはもっと穏やかな社会を演じている。実力主義とは、ライル帝国に潜入している密偵からの情報をもとにジール王が把握しているものに過ぎない。

故に密偵という人材すらいないフス王は、ライル帝国の裏の顔も知らず、ただこの場だけの甘言に揺さぶられる他無い。


(・・・止めるべきか。いや、下手に止めればシグン将軍のことだ。理由を追及される上に、密偵のことまで嗅ぎつかれかねん。基本、連盟における決議は多数決により決定されるが、アイリ王国にそれほど関心がない国が多い。これはフス王の判断次第では・・・・・シグン将軍の要望が通る可能性が高いな)


表情に出さず、フス王の表情の変化を観察する。


(フス王には・・・冷静な判断をしていただきたいところだが)


そんなジール王の心配を他所(よそ)に、数分後。

フス王は首を縦に振り、「まあどっちでも」と多数決で賛成に挙手した者らが過半数を超え、あっけなく決議は通ってしまった。




その後、連国連盟会議から戻ってきたフス王の報告を聞いた当時の宰相は、


「やっちまったよ、この爺さん・・・」


と呟いて、クビになったことは未だにアイリ王国の歴史に残っているそうだ。


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