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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
23/96

第23話 ルケニアの一面

ルケニア=オリヴェル。


年齢は23歳。性別は女。

未婚。彼氏募集中だけどアイリ王国の男は辛気臭いのが多いため、異国の異性を熱望。

惰性に生きることが望ましいと切に思っているが、三歳年下の鬼近衛兵により今のところ、それが実現されたことはない。


王城内での彼女の隠れあだ名は『兼務女王』。


主には研究室の長として座しているのだが、それ以外の兼務業務の量が酷い。

採用担当、人事担当、経理・財務担当、魔導機器管理担当などなど・・・彼女が兼務していない業務は軍事関連か調理関連、清掃などの雑務ぐらいだろうか。

総務や経理を回せる人材が圧倒的にいないこの国の現状では、彼女の存在というのは想像以上に大きい。仮に彼女に何かあれば、国全体が徐々に傾いていくほどの重要な立ち位置でもあった。


普通なら匙を投げてもおかしくないアイリ王国の財政をギリギリのラインで回せているのは(ひとえ)に彼女の力のおかげなのかもしれない。


数秒に一度ずり落ちる大きめの眼鏡を好んで装着し、その眼鏡のバランスに美徳を感じる少しズレた女性でもある。

密かに童顔、低身長、隠れ巨乳というステータスに誇りを持ち、そこに惹かれる異性がいるのではないかと待ちわびているのだが、今のところそれをお披露目する機会すらないのが実情だった。



「こぉぉぉらぁぁ! ルケニア! お前、またドライフルーツを勝手につまんだだろ!!」


「えー? ちょっと何を言っているか、こち分からないなぁー」


つい先ほど調理場にサリエルを案内し、そのついでに調理場右手奥の引き戸に格納してあるドライフルーツをコソッとつまみ食いしたのだが、立ち去る前に料理長にバレてしまったらしい。

必死にとぼけてみるが、今までに何度も挑戦して、この料理長を騙せ通したことは一度も無かった。

今回もその例に漏れず、料理長は腰に手を当てて説教モードに移行しているのが見て取れた。


案内されたばかりのサリエルは、この辺りの人間関係など分かるはずもなく、あわあわと料理長の後ろでうろたえていた。

その横にいた同じ給仕の女性が、そんな彼女に「大丈夫、いつものことよ」と気遣っているのが見える。


「あのなぁ・・・今のお国事情は言うまでも無く知ってるだろう? 食糧が不足しないよう管理し、細心の注意を払って計画的に使ってるんだぞ? お前も一応、この国の重役の一人なんだ。そのあたりの意識を持ってだな――」


「だ、だから食べてなんか・・・」


「それじゃあ、その口の端にたくさん詰めてるのはなんだ? ん? リスみたいに膨らませやがって・・・両サイドから潰して吐かせてやろうか?」


「わ、わかったわよ・・・ほら」


ぺっぺ、と口に含んでいたドライフルーツを掌に出す。

唾液を含んだドライフルーツたちは、どこか瑞々しさを取り戻しているかのように艶やかさを放っていた。


そしてルケニアは料理長に「はい」と差し出す。


「ぬぅぅあああぁにが、はいっ、だぁぁぁ! 食べ物を粗末にするなと何度っ、言えばっ、分かるっ!?」


「にきゃぁっ!?」


料理長はいつの間にか手にしていたフライパンで、思いっきりルケニアの臀部を叩いた。

パシィンと小気味いい音が調理場に響き渡る。

思わずお尻を抑えて膝を折る彼女を、料理長はフライパンを片手で軽く叩きながら見下ろす。


「ちょ、ちょっとした・・・冗談だったのにぃ・・・」


「冗談でも一度口にした食べ物を吐き出す等、この俺の前では許されん行為だ」


「りょ、料理長ともあろう人がー、調理道具で人に暴力振るうのも、どうかと思うんだけどー・・・」


「ばかもん、これを見ろ」


料理長が手に持つフライパンを裏返す。

フライパンの底には『天罰』の二文字が、白い墨文字で書かれていた。


「何度も何度も注意しても反省しない馬鹿者がいるからな。そんな馬鹿者のために、お仕置き用として特別に用意したのだ。むろん、これで料理をすることはない。あくまでも食べ物を冒涜した者へ罰を与えるための料理人の総意を込めた一品だ」


「え、なにそれ! こち、そんな予算、通した覚えないんだけど!」


「当然っ、実費っ、だっ!」


「痛すぎるっ!?」


もう一度、おまけの一撃を喰らい、ルケニアは涙目で床に顔をこすりつつ、服の下で赤くなっているだろう臀部を抑えていた。


「あ、あの・・・」


そんな光景を見ていたサリエルは、隣にいる先輩給仕に質問をする。


「こ、これ・・・止めなくていいんでしょうか? ルケニア様って確か・・・」


「ええ、あの方はこの国の中でも五指に入るほどの権力者でありますね」


サリエルの疑問を読み取ったのか、そういった質問をされるのが多いのか、彼女は迷わずその回答を返した。

五指に入る程の権力者は、今現在、地べたに叩き伏せられている状態だ。

その姿を遠目に眺め、サリエルは「えぇ~っと」っと声を漏らした。


「どう見ても、そのぉ・・・」


「まあ、そうは見えないですよね。ふふっ」


笑いごとで済ませていいのかどうかサリエルには判断できなかったが、少なくともこの先輩給仕の女性はこの状況に何ら困惑は抱えていないのは間違いない。


「ルケニア様は――そうですね、貴女と同じ、孤児院出身の方なんです」


「え?」


「と言っても他国からの例の施策による孤児ではなく、純粋なアイリ王国生まれの孤児です。生まれて間もない頃に両親を亡くしたと伺っています。10年前、まだ孤児院に在籍すべきご年齢だったルケニア様ですが、その才は当時から突出したものだったらしく、また土魔法の性質も持ち合わせていたことから、別の孤児院ではなくこの王城に招かれたと聞いています」


土魔法、というキーワードが王城に招かれる理由、というのはおそらく『国有旗』が大きく関与しているのだろう。あれは土魔法を鍵として起動する魔導機器。ただでさえ人材不足でも喘いでいるこの国では、そういった人材も貴重なはずだ。


「10年前からって・・・あ、こ、こんなこと教えてもらっちゃっても大丈夫なんですか・・・?」


完璧な個人情報をさり気なく聞いてしまい、何となく居た堪れなくなって、サリエルはしどろもどろに女性に伺う。


「ええ、ルケニア様が『別に隠し立てすることじゃないし』と前に公言されていたことですので」


ふふ、と柔らかい笑みを浮かべる先輩給仕。

その笑みにつられてサリエルも少し笑みを浮かべる余裕が出てきた。


(よ、よかったぁ・・・色々心配してたけど、先輩も優しそうだし・・・うん! 何とかやっていけそう!)


小さくグッと拳を握る少女に、先輩給仕は見守るような笑顔で眺める。


「あ、でも・・・なぜ孤児だったお話を?」


「ええ、今ああやって明るく振る舞っているように見えますが、この城に来られた当時――多感期でもあったルケニア様は落ち込んだり、泣いたり・・・それはもう今の御姿からは想像できないほど暗い感情で溢れかえっていたそうです」


言い方からして、おそらくこの先輩給仕も誰かから聞いた話なのだろう。


「顔も覚えていない両親、慕っていた院長の死、そして悲しむ間もなく王城へ移動された環境の変化。どれも13歳の子供には重い現実だったのだと思います。いかに才能に恵まれたからと言って、心までは急に大人になれませんからね。私の指導係であった先輩が当時、ルケニア様の御世話もされていたそうですが、当時は本当に酷かったそうですね・・・。話しかけても反応せず、突然泣き出したり、周りの大人たちに近くの物を投げつけたり・・・数日何も食べなかった時もあるぐらいだったそうです」


サリエルはその話を聞きながら、自分を育ててくれた院長の顔を思い浮かべる。

もし院長が物心つく時期にいなくなってしまい、さらに孤児院から別の場所へ連れて行かれたとなると・・・とても心が苦しくなった。まるで心臓を鷲掴みして、ギリギリと締め付けられているような苦しさだ。


想像したくない。

孤児院で皆の好きな料理を作り、それを笑顔で食べてくれて、「美味しい」と言ってくれる家族たちが、目の前からいなくなってしまう光景など。


サリエルは生まれはサン公国である。

サリエルの両親は15年前、ライル帝国と共同戦線で南部から攻め入ってくる魔獣の群れの討伐に参加し、その命を落としたとされている。


両親を失ったフォーファン家は、当時1歳だったサリエルだけとなり、天涯孤独の身となってしまった。フォーファン家は特に爵位も持っていなかったため、他の貴族たちからの援助も積極的ではなかった。それどころか魔獣に敗北した平民に「無様」という視線すら向けたという。


デリマン王は発言力を持つ貴族たちのそういった圧力を抑えきることができず、サリエルの将来を案じ、仕方なくサリエルを孤児としてアイリ王国へ送り出した背景はサリエル自身も知らぬところである。


何にせよ1歳のサリエルをここまで育ててくれたのは、孤児院であり、そこに住まう同じ孤児たちであり、院長である。

サリエルは親の顔を覚えていないことはルケニアと共通しているが、そこから先が大きく異なっていることを改めて実感し、育ての親が健在であることがいかに幸福なことかを噛みしめ、ギュッと唇を締めた。


「でも――その3年後ぐらいでしょうか。ミリティア様が13歳になられた時、ルケニア様と大喧嘩をしたことがあったらしく・・・詳しい切っ掛けや経緯、内容はお二方とも口を堅く結んでおり、詳しくは存じ上げないのですが、それ以降、ルケニア様は大きく変化されたらしいです」


「お、大喧嘩・・・」


ミリティア、という人名は当然サリエルも知っていたらしく、その二人が喧嘩をする想像ができなかったのだろう。眉を八の字にして苦笑する。


「今のお二人もしょっちゅう言い合いはされているのですけどね。ふふ、でも本当に仲のいい姉妹のような感じで、険悪な雰囲気は全然ありませんので安心してね」


「あ、はいっ」


「それで、それからは人が変わったように明るくなられまして・・・その才能も――かなり働き過ぎな気もしますが・・・十二分にご発揮されて、今のようなルケニア様に至っている、という感じですね」


でも、と先輩給仕は続けて、


「それでもやっぱり寂しさは拭えないのでしょうね。ルケニア様はああやって時折、悪戯みたいなことをして誰かの気を引くことをされます。料理長も今だからこそ、ああやって自然に対応していますが、当時は年下ながら上役のそんな行動に頭を悩ませていたそうです」


それはそうだ。

年など関係なく、この国の重要な位置にいる人物が悪戯を仕掛けてきたとして、それを遠慮なく叱ったり指導できるかと言われれば、自分は絶対にできないとサリエルは思った。


「で、でも、そしたらどうして・・・」


料理長はあんなに――手のかかる子供に接するかのように振る舞えるようになったのだろう。

そんな問いに少しだけ「ふふっ」と先輩給仕は悪戯めいた微笑みを浮かべる。


「ある時、あんまりにも料理長が思い悩み、ルケニア様に懇願されたみたいですよ。『私に問題があるのならお教えください。私の何にご不満と感じ、何が貴女様の意に添えていないのか。問題があるのであれば全力で改善します。そして願わくば――お許しください』と」


お許しください、というのはおそらく「もう嫌がらせはしないでくれ」という意志表示だろう。

直にその言葉を吐き出す料理長を見たルケニアならば、なおさらその感情がダイレクトで流れ込んできたであろう。


「その、ルケニア様はその時になんと・・・?」


「うん・・・、その、泣いちゃったらしいの」


「泣いて・・・?」


「ごめんなさい、嫌いにならないで、そんなつもりはなかったの――ただ構ってほしかっただけなの。そう言って、必死に料理長の袖に掴んでね・・・その後も小一時間ぐらい泣き止まなくて、ちょっとした騒動になっちゃったって」


「・・・・・・」


その台詞を、おそらくは幼かったであろうルケニアが必死に吐き出す姿を思い浮かべる。

ミリティアとの大喧嘩の末、彼女が何を想い、どんなことを考え、何を支えに進んでいこうと思ったのか。それは彼女らにしか分からないことだ。

ただ今の話を聞いて、ルケニアは思った以上に親しみやすい人物なのかもしれない、と純粋に思った。


「そのぅ・・・ルケニア様は『構ってちゃん』ということで――?」


恐る恐る尋ねるサリエルに、ニコッと先輩給仕が返す。


「はい。貴女は面倒見も良さそうな印象を受けましたので、もしかしたら貴女にもルケニア様が色々と絡んでくるかもしれませんが――その時は是非に構ってあげてね」


「え、えぇ~・・・」


構ってあげてくださいと言われても・・・親しみやすいとは思ったが、それでも遥か天上の位置に座る人物が相手である。さすがに友達のように振る舞ったり、家族のように接したり、というのは無理そうだ。


視線の先では丁度ルケニアが料理長の説教で正座させられているのが見える。

自分も料理長に上り詰められれば、あそこまで出来る度胸がつくのだろうか。


説教をする料理長は言葉は厳しくとも、どこか娘に話をするような優しさを感じた。

料理長もルケニアに大泣きされた時に、何かしらの心境の変化があったのか。先輩給仕から聞いた昔の料理長のイメージとは一致しない。

でもどこか楽しそうな彼を見ていて、サリエルは「羨ましいなぁ」と素直に思った。


「上手くやっていけそう?」


不意にそう声をかけられ、思わずハッと顔を上げた。

こちらを伺う彼女の視線は、微笑みこそ変えずに浮かべていたが、どこかこちらを心配しているような感情も見えた。


気付く。

彼女がなぜルケニアの話をしたのか。

それは当然、これからもルケニアとのやり取りが出る以上、ルケニアのことを理解していて欲しい、という気持ちもあるだろう。それに加え、どうやら今日から配属され、未だ緊張感をまとったままのサリエルの肩の力を抜く意味もあったようだ。


その思いやりに心中、感謝を延べ、


「はい! ありがとうございます! 私は・・・サリエル=フォーファンと申します。どうか今後ともご指導お願いします、先輩!」


と勢いよく頭を下げた。


「ええ、こちらこそ宜しくね。私はメル=ルイストン。貴女の指導係として就くことになりました」


ぺこっと軽く頭を下げて、二人は笑いあう。


(院長先生、私、頑張ってやっていけそうです!)


サリエルがそう意気込んだと同時に、料理長の説教も同時に終わり、よたよたとルケニアが立ち上がるのであった。



*************************************



「なんだか・・・とーっても、こちの恥ずかしい話をされていた気がするわー」


「気のせいですよ、ルケニア様」


「いやいや! だって生ぬるいもん! ついさっきまで緊張の塊だったサリエルちゃんが、なんか生ぬるい目でこっちを見ているんだもん! ぜーったい、変なこと言ったね、メル(ねえ)!」


「ふふ、気のせいですよ」


「くーっ・・・どっかの金髪鬼女といい、バンといい、こちを蔑ろにしてぇー!」


地団駄でも踏みかねないほど悔しそうに両手を上げる。

そんな姿にやれやれとため息をつきつつ、アイリ王国の台所を預かる料理長――バン=ジョルノはやや乱暴にルケニアの頭を撫で回す。


「ったく、もうそろそろ正餐(せいさん)の準備も始めんといかん。明日の仕込みだってあるんだ。これ以上、お前に構っている暇はないぞ」


「うぬぬ・・・ええぃ、こちの髪が乱れるだろー!」


「どうせ、いっつもボサボサだろうに」


あーだこーだと文句を言うくせに、いつまでも頭を撫でられ続ける姿を見ていると、どうやら言葉とは裏腹にそれなりに嬉しいらしい。


「あー、そうだ、少し待っていろ」


そう言って彼女の頭から手を離し、バンは調理場に戻っていく。

一瞬だけ名残惜しそうな表情を浮かべたルケニアだが、すぐにいつもの表情に戻り、


「よし、サリエルちゃん」


とサリエルに向き直る。


「あ、はい」


「・・・なんか本当に緊張はほぐれたみたいだねぇ~、メル姉のおかげかな? おっけおっけ、いい感じだねー。給仕の仕事については、今日の夕飯時から始まると思うから頑張ってねー。あ、宰相のおっちゃん以外はそんなにうるさくないから、多少のオイタは気にせず、リラックスして挑んでね~」


「大丈夫ですよ、ルケニア様。彼女はまだ初日ですので、私の後を付いてきてもらい、後ろから職務内容を実際に見てもらいますので、何か起こるということは無いと思います」


サリエルが答える前に、メルが模範解答をしてくれる。

うんうん、とルケニアも頷く。


「宰相のベルゴー様は・・・やはりお厳しい方なのでしょうか?」


先のルケニアの言葉にあった「宰相以外」というキーワードに若干の不安を覚えたサリエルは、そのことを二人に聞いてみることにした。


「あー、人によるかも? 例えば『おっさん! 今日も景気よく禿げてんなっ!』って言って、スパーンと頭を叩いたら、ブチ切れると思うよー」


(・・・それは人による、というより誰でも怒るかと思います)


とりあえずベルゴー宰相の頭部の特徴は把握した。


「以前、それが原因でルケニア様は30分ほど追い掛け回され、その後に2時間ほどご説教を頂いておりましたね」


「あの時は地獄だったわぁー。思い出したら頭痛くなってきた・・・」


ベルゴー宰相は意外と体力もある、と。

怒りで疲れを忘れていただけかもしれないが。


「とりあえず・・・粗相のないよう気を付けます」


「大丈夫。そう肩肘張らないで。気楽に行きましょう」


「そーそー、何かあったらメル姉に全部ブン投げて逃げちゃいなよー」


「ふふ、ルケニア様ったらご冗談が上手ですね」


「・・・・・・ご、ごめんちょい」


笑顔のメルに気圧されて、ややサリエルの後方に逃げるように位置移動するルケニア。

なぜだろうか。だんだん、孤児院にいたころの妹や弟たちを見ているような気がしてきた。


と、厨房へ入っていたバンが帰ってくる。

手には保温瓶を持っているようだ。


「ルケニア」


「おぉ?」


名前を呼ばれて差し出された瓶。

鉄製のため中身は確認できないが、その瓶の用途からして何かしらの暖かい飲み物のようだ。


「メルケアの実を煎じて、紅茶にブレンドしたもんだ。疲労と睡眠不足に良く効く。飲んだら眠くなりやすいから、寝間着に着替えて歯磨いてから飲むようにな」


「え? んん?」


なぜいきなりそんなものを差し出されたのか、おおよその検討はついているのだが、気恥ずかしさからルケニアは首を傾げてみることにした。


「お前、全然寝てないだろう。もはや魔獣と見間違えるかのようなクマが出来ているぞ・・・あんまし無茶はするな。お前の代わりはいないんだからな」


「魔獣って、失礼なぁー・・・ま、まぁ? ちょうど喉も乾いていたし? 飲んでやってもいいのかもしれないのかもしれないわー」


「何回かもしれないんだよ・・・いいか? 今飲むなよ? あくまでも睡眠時に疲れを取りやすくする効能だからな。決して喉を潤すためではないからな?」


「わかってる、わかってるよぉー・・・うん、ありがと」


「ふん、さっさとぶっ倒れる前に寝てこい」


ちょこんと保温瓶を両手で抱え、うつむくルケニア。

耳まで赤くして、完全に照れているようだ。ちょろい。

なんだろうか。

とても年上には見えない姿に、サリエルは弟や妹にやるように頭を撫でたくなる衝動に駆られてきた。もちろん、我慢するが。


「そんじゃー、メル姉にサリエルちゃん、なんか鬼料理長に寝てこい言われたから、ちょっとだけ休んでこようかな思う」


「はい、ゆっくりお休みください」


「お、お休みなさいです!」


鬼料理長と呼ばれたバンも、ふぅと鼻から息を吐いて「さっさと行け」と手でジェスチャーする。

それに対して舌を出して応対するルケニアは、最後にちょっとだけ笑みを浮かべて踵を返した。


そして、


「おお、いたいた。ルケニア嬢ちゃん、今時間は大丈夫かい?」


ちょっとだけ、いやかなり期待していた夢への時間は、そんな初老の声によって打ち砕かれるのであった。



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