第21話 一般兵を治める者
兵舎まで先導するヘインクは案内するまでの道中で、どうやらアイリ王国における一般兵の立ち位置や役割などを新人となる我々に説明してくれるらしい。
特に身分確認もされずに城の中枢に案内された面から、かなりおざなりな性格かと思えば、兵舎に着いてから勝手が分からない新人が問題が起こしてしまわないよう、こうして親切に説明もしてくれる。
つまり親身な性格をしつつも、職務責任の観点はそれほどきっちりしていない、という人物像。
そんな評価をこっそり彼に付与してみた。
まあわざわざあの高い塀を超えてまでアイリ王国に侵入してくる物好きもいない、という慢心もあるのかもしれない。と言っても、その侵入を防ぐための門は衛兵の不手際で開きっぱなしという不祥事が起こるぐらいだから、少し知恵を絞れば侵入も容易そうな国である。
自分が侵入者であれば、誰にも見つからずに王城に侵入し、財宝だけ掻っ攫って何食わぬ顔をして離脱できる自信がある。そんな自信をつけさせてくれる、希望に満ち溢れた城もとい国の警備であった。
とはいえ腐っても国家の居城だ。侵入するメリットとなる資産が枯渇しかけていることを鑑みれば、世界有数の実力者であるミリティアと敵対するデメリットと天秤にかけるまでもない話なのかもしれない。
ともあれ、その親身だが仕事意識はやや怠慢な評価を得たヘインクは歩を進めつつ三人に説明を続ける。
「君たちは今日から『一般兵見習い』として部隊に配属される形となる。ああ、いきなり戦地に駆り出される、といった展開にはならないから安心してくれ。と言っても駆り出される戦地なんて、ここしばらくはないがね。部隊に配属されたら、専任の指導係の兵がつくと思うから、詳しい日々の業務に関してはその者に尋ねてくれ」
『はい!』
「元気があってよろしい」
少し緊張感が取れてきたのか、カリーとミリガンの二人は言葉に詰まるケースが少なくなってきたように見える。
カリーは細身ながらも引き締まった筋肉が見て取れる。実際に見てみないと何とも言えないが、おそらく柔軟な筋肉と瞬発力を活用した戦法が似合いそうな印象を感じた。
その横を歩くミリガンは、カリーに比べ二回りほど体がでかい。カリーは動き回りつつ戦うヒットアンドアウェイの戦い方が型に嵌りそうだが、彼に関しては、どっしりと足を地につけた盾役が似合いそうだ。下半身と上半身も重い筋肉をつけているため、素早い動きはできなさそうだが、重心は安定していそうだ。このまま鍛えて行けば、ある程度の衝撃にも耐えてふんばることができる鋼の体ができるかもしれない。
「さて君たちは孤児院の庇護下から外れ、既に一人前の男として生きて行かないといけない。生きていくには金が必要だ。その金を稼ぐには兵として高みに上っていく意識が重要だ。いつまでたっても見習い、ないし五等兵では給金もたかが知れているからな」
「お金・・・」
カリーのつぶやきにヘインクは思うところがあったのか、目を細めた。
その理由はすぐに彼の口から言葉として発せられる。
「まあ金と言われてもパッとしないだろうな。この国では金よりも食い物に価値がある・・・正直、金なんて食えないものよりも腹ぁ一杯に飯を食う方がよほど魅力的だろうな」
『・・・・・・』
答えにくい話に二人は言葉を返せずにいる。
当然だ。この国の食糧事情を考えれば「たらふく食いたい」など最上級の贅沢に他ならない。そんな希望を肯定するなど、現実から目を背けた妄言と取られ、叱責を受けてもおかしくない。
そんな心理状況から無言の二人だが、その表情が答えを如実に返しているのも事実。
ヘインクはそれを感じ取り、一つ頷いて、
「少し意地悪い言い方だったな。まあ結論から言うと金は必要だ。城にも大食堂はあるが、兵だからと言って無料ではないのだ。飯を食うにも金が要る。たくさん食いたければ、さらに金が要る。配給日で支給される食料を皆で分け合っていた量に比べれば、金さえ出せば少しは満足できる量を食えるだろう。それが国を背負う立ち位置に就いた特権というものになるのかもしれないな」
「なるほど・・・稼いで食事を得る」
「自活する上では当たり前のことですが・・・今まで孤児院にいたころは何も考えずに配給品を食していましたが、それがどれほどの甘えだったか・・・お恥ずかしい限りです」
「なに、ここまで君たちが成長するまでの補助をするのが各孤児院の院長に課せられた使命だ。その過程に君たちが恥や後悔を背負う必要はない。もし孤児院に何かしらの想いを抱くのであれば、それは『感謝』であるべきだろうな。安定した給金を得られるほど精進した時に、感謝を何かしらの形に変えて孤児院に返すといい」
『はっ!』
「また、金は装備や防具を整備・入手する上でも生命線になる。最初――今日だな。今日に関しては国から最低限の装備は支給されるが、それを壊さないよう維持するのも、新しい装備を揃えるのも、全て自分たちの金で解決することとなる。決して無駄遣いせぬよう、計画的に金を使用することを薦めるよ」
「ご助言、助かります!」
「ありがとうございます!」
「・・・・・・」
中々に話の進め方が上手いな、とヒザキは思った。
新しい場所で、未知の職務に就く。その不安に包まれた二人に、まずは大まかでもこれからの指針を示す。
今後の基盤となる生活態勢――すなわち王城と言う小さなコミュニティにおける必要最低限に生きていけるための情報を伝えることで、少なくとも彼らは今後、何に重点を置いて意識すべきかを整理できたはずだ。
細い通路を抜けると、中庭通路に出たようだ。
軽い吹き抜けになっているせいか、鼻と口に舞い込んでくる細かい砂粒に少し表情をゆがめる。
花壇があったであろう場所には、当然花はなく、砂にまみれた黒土だけが残っているようだ。
水が圧倒的に不足しているため、花を植える余裕などはないのだろう。思い起こせば城内に点在していた花瓶にも、花が生けられていた光景は道中で見た記憶が無い。
いつか、この花壇にも花々が植えられる日が来るのだろうか。
そんなことを思いつつ、中庭通路を抜けていく。
「さて次に階級の話だが」
「はい」
「階級・・・」
再び城内通路に戻り、ヘインクの説明が再開する。
「君たちは今日から『一般兵見習い』として入ってもらうことになる。まあ当然として階級としては最下層だな」
廊下をすれ違う使用人に会釈をして話を続ける。
「下から順に、見習い・五等兵・四等兵・三等兵・二等兵・一等兵・副隊長・隊長・総隊長という順の階級になっている。全部で4部隊あり、各部隊に各階級の兵士たちが均等に分けられるようになっている。給金や待遇も当然、階級によって差別化されている」
「階級を上げるにはどうしたら良いのでしょうか?」
「一番分かりやすいのは『武勲』だな。仮に魔獣の軍勢が国を襲ってきたとしよう。その際にどれだけ魔獣を駆逐したのか、どれだけ国民を守ることができたのか、どれだけ国土の破壊を防いだのか、そういった功績を基に評価されることが多い。あとは・・・各部隊の隊長の好みにもよるが――隊長が階級を上げるべきと推薦した際に、総隊長の承認を頂ければ昇格することができる」
「なるほど・・・」
「と言っても、最も功を稼げる戦いの場はほぼないと考えていい。平和、というと語弊があるが、連国連盟による統治により他国との争いも少なく、また魔獣の襲撃は全て国壁が防いでくれている。日がな訓練、訓練の毎日、というのが正直なところだな」
「そうなのですね・・・あ、その・・・水牽き役や近衛兵の方々は兵士とはまた別なのでしょうか?」
「そうだな。我ら一般兵が国に仕える兵だとすれば、彼らは王に仕える兵という関係になる。また特殊な任務を請け負うことも多いからな。水牽き役、近衛兵は全員が魔法も使用できる――エリート集団、というものになるな」
「一般兵からの昇格は難しいのでしょうか?」
「可能性がないわけではないぞ? 前例がないわけでもないしな。魔法が使用できる、もしくは適性があることが前提だから魔法が使えなければ絶望的だぞ?」
「ぅ・・・」
「ぁー・・・」
どうやら二人は魔法適正はないようだ。
水牽き役や近衛兵という立場に憧憬を抱いていたのか、二人の表情に落胆の色が濃くなる。
その表情を交互に見やり、ヘインクは一つ顎を引いてから、こちらを見てきた。
「二人に関しては魔法は不得手のようだな。君はどうなんだ?」
「火の魔法なら」
ヘインクの問に短く答えると、ほお、と感嘆の息で答えられる。
どこか二人からも9割の羨望と1割の嫉妬の視線を感じる。
「火か。火属性を使いこなす者は比較的多いからな・・・既に就いている火属性に特化した兵士よりも秀でた部分がないと難しいかもしれんな。その上・・・この際はっきり言ってしまうが、君は片腕を失くしている。偏見をするわけではないので誤解しないでほしいが、片腕での戦闘となるとどうしても選択肢も減ってしまうからな・・・それを超えて近衛兵になるのは難しいかもしれない。あ、いや・・・初日から否定するのは間違いだな、すまない」
「いや構わない」
隻腕についてはヘインクの言うことも尤もだ。
歴戦の戦士であっても、片腕を失ったものは戦い方の選択肢が限られ、戦場での生き残る確率も減少するだろう。二つの手があれば誰かを救えたかもしれない。自身の命が脅かされたときに窮地を脱することができたかもしれない。結果論と言えばそれまでだが、少なくとも可能性の最大値が小さくなるのは間違いない。
ヘインクは隻腕、という特徴が兵士にとってマイナス要素になることを暗に指摘しているのだろう。
だが、それを新たに入隊する新人(事実は異なるが)に対して言うことは、確実なモチベーション低下につながる。
ヘインクは失言だったと鼻頭をかき、気まずそうに息を吐いた。
空気を入れ替えようと気を遣ったのか、カリーがヒザキの方を意識しつつ、
「そういえば魔法ということで・・・一つ実は気になっていることがありまして」
話題を逸らすように言葉を紡いだ。
「なんだ?」
その助け舟にヘインクも乗ることにしたらしい。
「魔法の属性で『水』があると思うのですが・・・あの、正直、我が国は深刻な水不足です。食べ物もそうですが、何よりも水がない。そこで、我が国には水属性の魔法を使用できる魔法師はいないのだろうか、と前々から疑問に思ってまして・・・」
「ああ」
その疑問には何度も耳にし回答をしてきたのか、ヘインクは眉すら動かさずに回答する。
「結論から言えば、我が国に水属性を操れる人間はいない」
「そ、そうなのですか・・・」
「確かに水属性の魔法師がいれば、水の生成は可能だろう。国民全員分は不可能だが、それでも今の深刻な水不足を打開する手立てにはなるかもしれない」
「で、では・・・他国からその魔法師を派遣してもらうことは――?」
ヘインクの否定的な話に、思わずミリガンも追随してしまう。
その辺りの話はヒザキも心当たりはあった。
世界事情に思考を寄せている途中で、ヘインクがミリガンに目を向けて首を振る。
「まず――水属性の魔法師についてだが・・・圧倒的に人数が少ないのだ。これは去年に連国連盟が統計した数値だが・・・魔法師全体の人数に対して水属性を扱える魔法師の数は0.42%だ」
「れ、0.42・・・!?」
少ない、と一言に伏すにはあまりに少なすぎる。
魔法師が1万人いるとすれば、その中に水の魔法を使用できる魔法師は42人しかいないことになる。
「もう一つ、異常に数が少ない属性もあるぞ?」
「え?」
ヘインクは指を広げ、掌を全員に見せるように挙げる。
「魔法には知っていると思うが、世界を構成する五つの要素が存在する」
指を一つ折り、
「火」
そして順に指を折っていき、一つずつ「風」「水」「雷」「地」と繋いでいき、最後に握りしめた拳のまま、
「五大属性は以上だが、最後に六つの目の属性があるとも噂されている。空白の要素。誰もが見たことのない要素だ。研究者の戯言とも言われることが多いが――まあ、これは今、議論を交わしても詮無いことだな」
と言って、ヘインクは手を下げた。
「この中で最も使い手が多いのは『火』と『風』だな。この二属性だけで全体の7割を超えている。次に『地』属性が2割程度。残りの1割弱を『雷』と『水』が占めているわけだ」
「ではもう一つの少ない属性とは――雷、ですか?」
「そうだ。一応、全体数が少ないことの定説があるのだが、それは知っているか?」
いえ、と首を振る二人。
首を振らなかったヒザキに、ヘインクは視線を移し、君は? と視線で問いかけてくる。
「・・・水と雷は人体の内部に密接に関係を持つからだろう。水は血液、雷は人体を走る電気信号に影響を及ぼす。以前、俺の知り合いだった医師が言うには『水か雷の素質を持った人間は、その多くが魔法を扱いこなす前に自滅する』とのことだ。要は水の魔法を正確に扱えなければ、自身の体内の血流に異常をきたし、死に至ることもある。雷に関しては全身麻痺であったり、右手を動かそうとすれば左手が動くなどの神経異常を引き起こした例もあるらしい。つまり『水や雷の魔法に適性があるかどうか』で言えば先の統計以上の人数はいるのだろうが――実際に魔法師を名乗れるレベルになれた者が少ないのは、そういう理由だろう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なんだ?」
三人から無言を叩きつけられ、眉を顰める。
「い、いや・・・何かしら知っていそうだとは思っていたが・・・想像以上に詳しいな。というか、なんだ? 俺の知らない単語も混ざっていたが・・・電気信号? ってなんだ」
「――詳しいことは俺も知らん」
「あ、ああ・・・そうか、その昔の知り合い、医師から聞いた単語だったのか?」
「――そうだな」
「す、すげぇっすね、アンタ! なんか、面接の時からオーラちげぇなって! そー思ってたら、いやぁ何っすかね!? 実はアレっすか? 学者目指してるとか!」
「そういうお前はいきなり言葉が噛み砕かれたな。先ほどまでの真面目な態度は何処へ消えたんだ」
唐突に地が顔を出したカリーに思わずしかめ面。
「何といいますか・・・長く喋れたんですね」
「・・・」
言葉遣いはそのまま、表情もどこか感心したようなミリガンなのに、一番酷いことを言われた気がした。
「話を戻した方がいいんじゃないか?」
ヘインクにそう投げかけると彼も我を取り戻し「あ、ああ、そうだな」と頷いた。
「ごほん! まあ、彼の言うことが正解だ。もっとも今話した内容はあくまでも全人口に対して水や雷属性の魔法を使える人間が少ない、という話だ。可能性が低いだけで、我が国にも適性がある者が出てもおかしくはないのだが・・・残念な話、そういった者の話は今のところ、無い」
「他国から派遣してもらえない、というのも・・・」
「ああ。なにせ貴重な人材だからな。その上、適性を持っていても制御できなければ自身すら破壊する属性だ。金に余裕のある国じゃ、適性がある人間を局所に集めて数年かけて魔法の熟練度を上げていくような施設もあるようだ。そういった苦労の先にいる魔法師をやすやすと貸してくれる国はいないだろうな」
「そうですか・・・」
肩を落とすカリーとミリガン。
しかし彼らにとって、この情報は無駄ではなかったはずだ。
これから兵士として戦っていく中で、どんな情報が命を繋ぐか分からない。
『兵士は勤勉でなくてはならない。情報と知識は迷わず吸収すべし』
そう言ったのは誰だったか。
薄れた記憶に暈された忘却の武人の像を思い出そうとしたが、霞がかってその正体は再現できなかった。
今の情報が役に立つか立たないかは、結局のところ、事が起こってからでないと判断はできない。だが知識を得る、その感触は彼らの中で残り続けるはずだ。彼らがその感触に意味を見出せば、きっと自身を助ける知識や情報も、望まずとも取り込んでいくことだろう。
過去の面影を思い出したせいか、らしくないことを考えているな、と思う。
だが今はそのらしくなさに身を預け、カリーとミリガンにこの先の未来を満足して歩いていけるよう、応援を意図した眼差しを向けた。
「ヒザキさん、なんか遠い目してますっけど、どしたんですか? あ! わかった、トイレっすね!? いや待て・・・遠い目をしてたってことは――まさか! 言い出せなかったんですか!? 言い出せなくて漏らしちゃったんですか!? いや分かりますよ! こういう場ってなんか切り出せないですよね・・・あ、何だか俺もお腹痛くなってきちゃった・・・」
「そこの四等兵殿に粛清されたくなければ、早々に口調を戻した方がいいぞ」
ヒザキの意図は彼には伝わらなかったようで、口の端が引きつっているヘインクの気持ちを代わりに伝えてあげた。
「随分と気持ちが緩んでいるようだが・・・よし便所に案内してやる。そこで少し話をしようか」
「い、いやぁ・・・便所は話をする場所じゃない気が――」
「その態度のまま兵舎に行けば、出会う隊長によっては首を落とされても文句は言えんぞ?」
「ぅ・・・そ、その、申し訳ありませんでした」
「・・・・・・わかれば良い。我々は友人でも家族でもないのだ。最低限の礼節は弁えるよう心掛けろ」
「は、はい!」
「で、便所は案内したほうがいいか?」
「い、いえ・・・ひ、引っ込みました」
どうやら度が外れかけていたカリーだが、ヘインクの反省を促す強い口調に落ち着きを取り戻したようだ。
ミリガンも「気を付けなくては・・・」という言葉が聞こえてきそうな表情で、ぐっと口を引き締めて小さくなっているカリーを反面教師に、自分を戒めている様子が見て取れた。
「よし、他に何か質問はあるか?」
気づけば、四人の足が止まっていたことに気づく。
思いのほか話し込んでいたようだ。
しかし、折角の話の場だ。
どうせなので、ついでにヒザキがここに足を運んだ本来の事情を聴いてもらうことにしよう。
「相談したいことがある」
そう切り出して、サリー・ウィーパのことをヘインクに伝える運びとなった。
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王城の中腹には兵士の日常の大部分を占める訓練を行うための「鍛錬所」がある。
基本的には任務がない場合は、一日の大半をここで過ごすこととなる。無論、座学もあることにはあるが、正直そこを取り入れるかどうかは各部隊の隊長次第となる。
つまり、一般兵における兵の育成は各部隊長の采配によって大きく変質していくと言ってもよい。
――座学など不要、力こそ正義。
それを掲げた部隊は戦闘一辺倒の脳筋集団と化している。第二・三部隊はこの毛色が濃い。
――知識こそ力、知識なき者は死を呼び込む。
知識にこそ死地に活を見出したり。知識なき者は自分の死だけではなく、仲間の死も呼び込む。それを禁忌とする部隊は第四部隊。第二・三部隊とは仲が悪く、彼らからは「ゴボウ部隊」などと馬鹿にされている事実もあったりする。
最後に第一部隊は、文武両道、才色兼備――とはならず、実は部隊中もっとも「なまけ者軍団」と呼称されていた。
モットーがあるとすれば「無理に頑張っても実力以上のものは出ないんだから、無理しないようにしよう」という部隊長のスローガンぐらいだろうか。
とにかく最低限の鍛錬しかせず、それ以外の時間はのんびり自由時間、という総隊長も頭を悩ませる問題部隊でもあった。
そして、そんな怠け者に悩みを抱える、一般兵すべてを統括する総隊長――ギリシア=ガンマウェイのもとに一人の四等兵が頭を垂れている。
ヘインク=フォン=アステルテである。
「ギリシア総隊長、その・・・今報告いたしました件の真偽についてですが・・・」
「サリー・ウィーパ、ねぇ。そりゃ、ここ最近――っていうか俺が総隊長に就任するずっと以前から、地下は放りっぱなしだったからなぁ。可能性がないとは言い切れないけど・・・」
鍛錬所の広場では模擬戦が行われているのだろう。
木刀を持った男二人が広場の中央で互いの剣技を駆使して戦っている。
その光景を周りで囲った他の隊員たちが見守っているようだ。
本来であれば模擬戦に目を取られずに自身の鍛錬を続けろ、と言うべきなのかもしれないが、これが第二部隊の流儀。真剣な戦いには真摯を以って感じ見よ、というのが第二部隊長の弁である。
それをギリシアも知っているため、特に何も言わずにいる。
「では・・・?」
「いーやぁ、可能性がないからといって、簡単に兵を動かすわけにもいかんのよ。まず、そのーええっと、ヒザキ君だったかな?」
「は、はいっ」
「彼と話がしてみたいかな。直接聞いたうえで、その真偽を確認するために調査を行うかどうかの判断をしたいかなぁ」
齢六十を超える老兵は、間延びした言葉をヘインクにかけつつ、顎から伸びた白髭を指で遊ぶ。
どうやら眼前の模擬戦も終盤を迎えるとこのようだ。
長身の男が振るう一撃を捌きつつ、獅子の鬣のような髪をした壮齢の男が、右手に持つ大剣――クレイモアを模倣した木刀を無造作に、かつ鋭利に相手の獲物を弾くように振りぬく。
その剣威に長身の男の剣が大きく後方に弾かれ、そのまま上半身を仰け反らせる。
そこで勝負が終わるかと思いきや、長身の男もそれなりに経験を積んでいるのか、仰け反った反動に逆らわず、そのまま体を捻って後方に下がっていく。
瞬間、
壮齢の男が一歩――目を見張る瞬発力を持ったその一歩で一瞬にして距離を詰め、まだ態勢を整える前にあった長身の男に肩から当身をぶつける。
さらなる衝撃にさすがに反動を分散しきれなかった長身の男は、そのまま地面に吹き飛ばされるように転んでいく。それでもなお、戦いを続行させるため、受け身を取りつつ態勢を仕切り直そうとする動きをしたが、壮齢の男がそうはさせなかった。
首元に木刀の切っ先が突きつけられる。
「――――」
その状況を脳が把握したと同時に長身の男は身動きをとる事ができず、やがて数秒の間をおいて「参りました」と両手を挙げて、降参の意を示した。
その様子に満足したのか、壮齢の男は豪快な笑みを浮かべ、
「がははっ! いや、中々に良い試合だったぞ! 俺も何本か危うく喰らいそうなモンがあったわ! 強ぅなってきたな、ライン一等兵!」
「いえ・・・それでも有効打を一撃も与えられませんでした。ふぅ・・・まだまだ貴方の背は遠いものですね。ご指導ありがとうございました、リカルド隊長」
鬣を風に揺らす壮齢はリカルド=ダン。この模擬戦を行っていた第二部隊の隊長であった。
対する長身の男はライン=ヴァルハルト。一等兵の中でも次期副隊長と期待される有望株である。
ラインは差し出された手を受け取り、リカルドに立つのを手伝ってもらう。
「うむ、良い汗をかいた! お前らも今の試合を参考に鍛錬に励むが良い!」
『はっ!!』
周囲にいた隊員に檄を飛ばし、満足そうに笑いを浮かべながらリカルドは総隊長の元へ歩いていく。
隊員たちは模擬戦が終了したと同時に、素振り等の鍛錬に戻るようだ。規則正しい掛け声と共に、模擬刀が風を切る音が鍛錬所に響き渡る。
「なんだ、四のひよっこが爺さんに何の用だ?」
「こ、これは・・・リカルド隊長」
「あー、なんてこたぁない。ただの報告だよ、報告」
先ほどまで剣を振っていた名残か、剣気が体中から発せられているリカルドに委縮するヘインクを他所に、ギリシアは調子を変えずに言葉を返す。
リカルドがヘインクに対して言った「四」というのは第四部隊のことを指している。
アイリ王国の兵たちの間では有名な、第二、三部隊と第四部隊との思想の相違からくる確執は意外と根が深い。さすがに他の部隊長が相手のいち隊員に対して何かを言うことはないが、隊員同士・隊長同士がかち合えば、言い争いに発展することも少なくないほどだ。
リカルドもヘインクに対して何かを言うつもりもないが、そういった背景が彼の言葉に若干の棘を含ませる結果になっているのも事実であった。
「リカルド、そーいう言い方はよくないねぇ。ヘインク君だって頑張っているんだ。やれば出来る子なんだから、温かく見守ろうな」
「爺さんの言い方の方がキツくねぇか?」
年齢も一回りしか離れていないリカルドには「ひよっこ」扱い、ギリシアには「子供」扱いだ。
ヘインクは「早くここから立ち去りたい」と言う想いを胸いっぱいに抱えつつ、愛想笑いをするほか無かった。
「んで、何の報告よ? って、あー、なるほどな」
言いかけたリカルドは、ヘインクの後ろに控えているカリーとミリガンを一瞥し、納得する。
「新しい見習いの補充ってな。んで! 爺さん、どこの部隊に配属させるんでぇ?」
「あー、まあ。そこはそこ。後で考えよう」
「はぁ?」
リカルドの放つプレッシャーには、新人であるカリーとミリガンは勿論のこと、ヘインクさえも視線を合わせられないほど強い。
彼自身にその気はないのだろうが、少し強めな語調を放たれるだけで、身が竦んでしまうのだ。
背後で体を小さくする三人の気配に、ギリシアは困ったように息を吐く。
「ほれほれ、そう目くじら立てなさんな。ただでさえ血肉に飢えた猛獣みたいな顔をしているんだから。ウサギさんたちが怯えているじゃないか」
「悪かったな! 生まれつき、こんな顔でよぉ!」
後ろから「ひぃぃ」と漏れる声に、ギリシアは嘆息する。
白鬚を手で遊びながら、リカルドを一瞥。そして何かを考えるかのように空を見上げた。
「ふむ」
「あん?」
「リカルド。お前、ちょっとついてきなさい」
「お、なんだ。やっぱり編成の話、すんのかぃ?」
「いーや、そこは後」
「・・・・・・じゃあ何の話だよ」
「そいつぁ歩きながら話そうか」
リカルドも馬鹿ではない。
あからさまに自分の態度で震えあがっている三人に罰の悪そうな表情を浮かべて、ギリシアの言葉に抑え気味に返す。
「ま、いいや。俺ぁ今、結構気分がいいんだ。その気分を台無しにするよーな変な話にすんじゃねーぞ」
「何を以ってお前の気分が害されるかなんて知らんからなぁ」
「・・・わぁったよ、もう何も言わねーから、さっさと行こうぜ」
「最初からそう言えばいいのになぁ」
「っせぇーな! ったく・・・」
話がまとまったと、城内に足を向ける二人。
その背に慌ててセインクが「あ、あのっ」と声をかける。
「ああ、セインク君はそこの二人の案内を引き続き、頼む。彼らの配属先は追って知らせるので、とりあえず・・・ここのルールや場所の説明などしてもらえると助かるかな」
「は、はい! 了解しました!」
腰を折り、やや大げさとも取れるほどのお辞儀をした後、セインクは後ろの二人に向き直り、引き続きの案内を行い始めた。そのどこかホッとしたような後ろ姿に苦笑を浮かべつつ、ギリシアはリカルドに顎で促し、歩みを進めた。
「んで、爺さんよぉ。今から向かうその用事ってのは、総隊長と部隊長が揃ってやる程のモンなのかぃ?」
「さてなぁ。彼の報告だけじゃ何とも言えんのが本音だが・・・もし本当なら、まぁ面白い捕り物が始まりそうだなぁ」
開けた鍛錬所から城内に入り、少し進んだ先に左右に扉が並んでいる。
扉同士の間隔から、それが大部屋のものだと分かる。
これらは全て一般兵にあてられた控室であり、全部で四つある。
一つは部隊長や総隊長にあてがわれた部屋で、それ以外は一等兵に一つ、二等兵・三等兵に一つ、それ以外の者らに一つずつ大部屋が用意されている。
二人はその控室を通り過ぎ、その大部屋のエリアを超え、向かう十字路を右に曲がった部屋に二人は足を踏み入れた。
ドアのプレートには「応接室」と書かれていた。
「やぁ、待たせたねぇ」
のんびりした口調でギリシアは部屋の中にいる人物――ヒザキに声をかけた。




