第12話 戻る日常と、新しい変化
「ん・・・」
窓から流れ込んでくる日差しから隠れるように寝返りを打つ。
うっすらと目を開け、また閉じる。
だるい。
この上ないほどだるい。
そんなことを思っていると、脳が活動を活性化し始めたのか、
体が重い。
目尻が乾燥して割れている。
瞼が腫れぼったい。
手足に力が入りにくい。
腰にピリッと痛みが走る。
喉が痛い。
お腹も痛い。
というか全体的に痛い。
そして、お腹が空いた。
総じて、だるい。
そんな有り難い身体情報をこと細やかに送ってくれる。そんな「だるい」を構成する詳細な要素まで欲しくない、と勝手に体の異常値を教えてくれる脳に文句をつけたい心境だ。
おかげで目が覚めてしまった。
リーテシアはグッと顔をしかめながら、重たい頭を持ち上げた。
ラミーのいびきが聞こえていたせいか、まだ誰も起きていない早朝かと勘違いしていたが、ようやくハッキリしてきた視界には、ほぼ誰もいない寝床だけが映った。
布団の畳具合から察するに、完全に皆は目を覚まして、今日の活動をしているようだ。
今日の活動。
今日の活動?
「へ?」
いま何時?と慌ててキョロキョロと周囲を見渡す。
唯一、この端っこ孤児院にある柱時計を見上げると、時刻は1時を指していた。窓から入ってくる日差しを考えれば夜ではなく、昼の1時だろう。
「はえ? えっえっ? あ、あれ・・・?」
配給日は昨日だったため、今日は通常通り、孤児院の活動がある。
先日は砂掃除だったが、この活動は日替わりなので、今日は何をするか分からない。
毎日、朝の8時に起床し、朝食を摂る段階でレジンから「今日の活動内容」が伝えられるのだ。
つまり、その機を逃した上に聞く人が誰もいない今、皆が何処でどんな活動をしに出かけたのかすら分からない。
寝坊だ。
リーテシアは「はわわっ」と慌てて布団から這い上がる。
ラミーは相変わらずいびきをかきながら寝ている。サジも布団にくるまって寝息を立てているようだ。
どうやら長く長く感じた昨日の疲れが、リーテシアも含めて噴き出したのだろう。踏んでも起きなさそうなぐらい熟睡している。
(ね、寝坊なんて・・・っ! は、初めて、した・・・!)
いつもなら寝坊している子たちを起こす役割だったはずのに、それが逆転してしまい、リーテシアは思考がまとまらないまま、寝間着姿でヨロヨロと食堂へ移動する。
そこで予想外の人物と遭遇した。
「起きたのか?」
「あ、昨日はどーもぉー」
大人が四人。
ヒザキと、昨日の行商三人組だった。
声をかけてきたのはヒザキと、ベルモンドという男性だった。他女性二人は微笑みながら、少しだけ会釈してくれる。しかし女性二人はすぐに何かに気づき、あわあわと何かを伝えようとジェスチャーしている模様。ベルモンドは「お、おお?」と少し視線を逸らす。ヒザキは相も変わらず無表情でこちらを見ていた。
「・・・・・・・・・・・・はぁ、おはようございます?」
寝坊という非常事態をまだ脳が処理しきれていないうちに、次の新情報が舞い込んできたため、何が起こっているのか全く把握できない。リーテシアは瞬きをしながら辛うじて挨拶だけは返した。
(んー・・・、んんー・・・?)
何だろう。
何だかもう良くわからないので、もう一度寝たい。
そんな欲望に襲われる。
いや。
そうじゃない。
そうじゃなくて、今行うべき行動は――。
「とりあえず下を履いたらどうだ、リーテシア」
そう、下だ。
下を履かなくてはならない。
下?
下ってなんだろう。
ヒザキの言葉に追いかけるようにリーテシアは自分の寝間着姿を見下ろした。
上はいつも通り。
しかし、何故かズボンを履いていなかった。パンツ一丁である。
実に不思議な現象である。
寝間着にはズボンもセットのはずなのに。いやはや、本当に不思議なものだ。
そういえば。
昨日、レジンにこっ酷く叱られた後、疲れがピークに達し、倒れるように寝た記憶がある。
しかし、その寝た記憶に至るまでの記憶を遡ってみるが、寝間着の上着を着た記憶はあるのだが、下を着た記憶が全くない。
つまり履き忘れたのだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
思わずヒザキを見る。
ヒザキと視線が真っ向からぶつかり、リーテシアは少しずつ目が覚めてきた。
「リ、リーテシアちゃん! と、とりあえず奥の部屋に戻りましょう?」
「こら、ベルモンド! 見るな!」
すかさず女性陣が男性陣の視線からリーテシアを隠すように陣取る。
しかしそんな配慮に感謝する余裕もなく、リーテシアは徐々に自分の頬が紅潮していくのを感じた。
「き、――」
口から悲鳴の前触れの音が漏れる。
ベルモンドは「お、来るか来るか!」と耳を塞ぐ準備をし始める。
「っ・・・っ、・・・す、・・・すみません。き、着替えて、き、きます・・・」
しかし何とか悲鳴を上げるのを堪えたリーテシアは、女性二人に庇われつつズボンを履きに戻っていった。
「お、おお? 堪えたぞ、あの嬢ちゃん。俺はぜーったい悲鳴を上げると思ったんだけど・・・」
「悪趣味だぞ、ベルモンド」
「おー、すまんすまん。子供相手にちっと悪ノリだったかな?」
「まったく・・・」
「しっかし、あの子、美人顔だよなー。美人というより可愛い系? 絶対、将来は野郎共に引っ張りだこにされると見た! そーいう意味では目の保養になったよなー」
「お前・・・まさか、ああいう年頃の――」
「待て! 違う、違うぞ! 俺は純粋に客観的に見て言っただけだ!」
「・・・」
「信じてくれよぉー・・・」
そんな下らない会話をしていたら、すぐにリーテシアが戻ってきた。
ズボンは質素な布でできているもので、腰の紐を引っ張れば、すぐに履けるタイプのものだった。
リーテシアは長い前髪で表情こそ隠しているが、明らかに耳などが赤くなっていた。
「気にするな」
ヒザキのフォローにリーテシアは「ぅぅ・・・」と小さく唸って、さらに俯いてしまった。
「さ! まあまあ気を取り直して! とりあえず昨日はお疲れさん! 嬢ちゃんは俺たちがここにいて、さぞ驚いただろうから一応経緯だけは伝えておくな。実は昨日、王宮の人に治療してもらった後、ヒザキがここにいるって情報を聞いて、ここに来たんだ」
ベルモンドがおかしな空気になりそうだった場を切り替える。
そういえば、昨日はヒザキと一緒に端っこ孤児院に帰ったのを思い出す。
その後、レジンに泣きながら怒られた直後に疲弊がピークに達し、(ズボンを履き忘れて)倒れるように寝込んでしまったものだから、その後ヒザキがどうしていたかは全く知らなかった。
レジンにもきちんと謝っていないことも思い出した。
(あとで院長先生にちゃんと謝らないと・・・)
昨日はそんなことにも頭が回らないほど疲れていたのかもしれない。
だが、そんなことは泣くほど心配をしてくれていたレジンのことを失念する理由にはならない。
リーテシアは後でレジンが戻ってきたら、きちんと正面に向き直って謝ろうと思った。
「そんで院長の計らいで今日、というか昨日はここに泊ってもいい、とお言葉を頂戴したわけさ。ヒザキに昨日のことを聞いたけど、嬢ちゃん勇敢だったみたいだねー」
「えっ?」
急に話を振られて、かつ勇敢と称されてリーテシアは驚いた。
「なんでもあの化け物に向かって、少年やヒザキを助けるために魔法をぶっ放したとか言うじゃないか。いやいや、大の大人でも中々できることじゃないぞ?」
「い、いえ・・・そんな・・・結局、足手まといでしたし・・・」
「そんなことはないさ」
リーテシアの言葉にヒザキがすぐに言葉を挟む。
「今こうして全員が無事でいる。その結果はリーテシアが魔法でラミーを助け、魔法で時間を稼いでくれた過程があってこそだ。謙遜することはない」
相も変わらず無表情ではあるが、その口調には労いを込めた優しさをどこか感じた。
「ぁぅ・・・・・・」
褒められるのは苦手だ。
どう反応していいか分からなくなる。顔を真っ赤にしてリーテシアは再び俯く。
そんな様子を傍らにいたセルフィは「あら、可愛い」と口元に手を当てながら、微笑ましく見ていた。
「ごほん、とまー、大人としては情けない話だが、ヒザキと嬢ちゃんが時間を稼いでくれたおかげで、俺たちは無事山を降りて治療を受けることができたよ。本当にありがとう」
「あ、ぁの・・・その・・・ど、どういたしまし、て? です・・・」
セルフィとヴェインも「ありがとうね」とリーテシアの頭を撫でた。
「さて、昨日は色々とごちゃごちゃしていたからな! 嬢ちゃんはまだ互いの名前も知らないだろう? ちょうどいいから自己紹介をしちまおう。俺の名はベルモンド。ベルモンド=マットウィヤーだ。商品をやっちゃいるが、先日の件で商品はほとんどオジャンになっちゃったからなー。実家の倉庫にある分以外だと、このリュックサックの中しか残ってない、って感じだ。まあこれから出直し、って感じになるわな」
床に置いてあったリュックサックをポンポンと叩き、ベルモンドは残念そうにため息をつく。
「次は私ね。私はセルフィ=アーノンヴェルマーク。ベルモンドと一緒に商人として色んな国を回ってるの。と言っても、まだ見習い、って程度の経験しかないのだけれど。今は薬の調合を勉強しているの。中々難しい学問だけど、ここで培った知識で薬を作り、誰かを救えると思えば、やりがいがあるわ。将来的には私の作った薬が商品棚に並ぶことを夢見ています」
セルフィは長い亜麻色の髪が綺麗な女性だ。
どこか物腰が柔らかく、上品にも感じるのだが、そこまで相手を気負わせるほど圧迫感も感じない。非常に話しやすい印象をリーテシアは受けた。同じ女性としてリーテシアは「こういう人になれたらいいなぁ」と少し憧れを持った。
「私はヴェイン=ウェイクエンス。私の兄貴とベルモンドが仲良くってね。その繋がりから、ベルモンドを手伝っている感じかな。あんまし商人として目利きしたりするのは得意じゃないから、まあ・・・接待役程度で一緒にいる、って思ってくれよ」
気さくな感じで話すヴェイン。あまり初対面の人にも物怖じしなさそうに感じた。
昨日は状況が状況だったため、彼女のフランクな印象は影を潜めていたが、これが彼女の本来のスタイルなのかもしれない。
ベルモンド、セルフィ、ヴェインの視線を受け、ヒザキが「ああ俺もか」と呟いて、自己紹介をする。
「俺の名はヒザキだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三者三様、黙り込む。
「・・・なんだ?」
「ヒザキよぉ、もっとこう・・・なんかないの?」
ベルモンドの言葉に、少し考える。
「・・・ベルモンドたちとは先日、魔獣に襲われているところで出会った。リーテシアたちとは昨日だな」
「いや、知ってるし。知ってるよ、当事者だもの! 違うよ、こう、アレだよ! もっとお前自身の紹介とかないの、ってことだよ」
「俺の、か・・・」
それはリーテシアも少し興味があった。
彼と一緒にいた時間はあまりに短い。が、その中でも「この人は一体どういう人なんだろう」と思わせる光景がいくつもあった。
もしかしたら、その一片がこの紹介で分かるかもしれない。そう思うと、自然と体に力が入ってしまった。
「そうだな・・・俺自身の話はあまり面白くないものだ。代わりにコイツの話をしよう」
ヒザキはそう言って、壁に立てかけていた大剣を指さす。
「ベルモンドなら分かると思うが、コイツを打ったのはサルヴァだ」
「・・・・・・・・・・・・は? サルヴァって・・・、あの・・・え? サルヴァ=イルゴッドか!?」
ヒザキの言葉に全員が首をかしげている中、ベルモンドだけが過剰に反応していた。
「サルヴァって誰ですか?」
セルフィの質問に「ばっか、お前。商人目指すなら覚えておけ!」と息も荒く答え、説明を始める。
「サルヴァ=イルゴッドってのは、伝説の鍛冶職人の名前さ。もう数百年前の人物だけどな。彼が打った武器は今でも目が飛び出すほどの高値がついている。理由は明確。その武器の精度が段違いだからさ。元来、どんな武器でも年数がある程度経てば劣化するのが必然。手入れするだけの観賞用なら話は別だが、武器として扱っていれば早くても数年でダメになる。それが彼の武器の場合、未だに現役というわけさ」
「まあその武器の強度を上回る衝撃を与えれば壊れるがな」
ヒザキは昨日、岩に剣を叩きつけた際を思い出しながら、補足した。
「彼の武器は強度も売りの一つだぞ? そうそう武器破壊できるほどの衝撃はないんじゃないかな。なんにせよ、そういうこともあって特に戦闘を生業とする人間からすれば喉から手が出るほどの代物さ・・・。まさか実物をその目で見ることになるとは・・・」
「偽物とかじゃないのかい?」
ヴェインがさらっと失礼なことを言うが、ベルモンドもその言葉には「むむ・・・」と唸りで返した。
「確かに・・・実物を見たことのない俺には鑑定はできないからな・・・ヒザキ、何か彼の作品である証拠とかないのかい?」
「ない」
「そ、そうか・・・」
あまりのキッパリとした物言いに、ベルモンドも何も言えなくなってしまった。
「まあ話のネタにはなっただろう? 信じる信じないは自由にしてくれ。以上だ」
ベルモンドはまだ話したりなかったのか、少し不服そうな感じだったが、ヒザキがリーテシアに視線を向けたことで彼も察した。
残る自己紹介はあと一人。
「あ、えっと・・・私の名前はリーテシアです。その・・・何故だか皆さん、すでに私の名前を知っているみたいですが・・・」
「ああ、実は昨日、院長からある程度は話を聞いていてな。ラミー君やサジ君のことも簡単には聞いているよ」
ベルモンドの言葉に「そうなんですね」と返し、続ける。
「まあ、その・・・名前以外に他に特に言うこともないのですけど・・・」
孤児院に住んでいることは、ここにいる時点で分かっていることだ。
それ以外に何か特筆すべき点があるかと言われれば、何も思いつかないのが正直なところだった。
「そうですねぇ・・・例えば『やりたいこと』とかは何かないのですか?」
そんなリーテシアを気遣ってか、セルフィが助け舟を出した。
こういう場合は逆に質問されて、それに対して答える形の方が話しやすいものだ。
「ええっと・・・やりたいことですか?」
「ええ。今でなくても将来のことでも、何かやってみたいことなどありましたら、聞かせてくれると嬉しいわ」
「やってみたいこと・・・」
脳裏に「国を出たい」というキーワードが出たが、この場で口に出すことではない気がしたため、その言葉を飲み込んだ。
代わりにリーテシアは別の言葉を口にした。
「その・・・やってみたいこと、といいますか・・・もし宜しければ昨日ベルモンドさんに教えてもらった国有旗を見てみたいです」
その言葉にベルモンドが「おっ」と予想外な返しがきたことに、少しおどけた表情を浮かべる。
「そーいや、見せる約束をしてたな。いいぜ、見せちゃる見せちゃる」
そう言って、ベルモンドはリュックサックの淵に刺さっていた1メートルほどの細長い革製の包みを取り出した。
「机に置いても大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
リーテシアに断ってから、ベルモンドはその包みを机の上にあげた。
そして包みを紐解いていくと、細長い円柱状の筒が顔を出した。
長さは1メートル弱。
直径10センチメートルほどの、それほど大きくもない筒だ。
材質は何でできているのかリーテシアには分からなかったが、見た感じでは鉄製に似ていると感じた。
「これが・・・?」
「おうともさ。はは、拍子抜けしたかい? ちなみに嬢ちゃんは土系統の魔法は使えるかい?」
「え? あ、はい・・・使えますけど」
「そいつぁ丁度いい! どこでもいいから、ちょいと触れてみな」
「・・・?」
ベルモンドに言われるがまま、リーテシアは恐る恐る手を筒に触れた。
すると、触れたリーテシアの指から広がっていくように、筒に細かい文様が光を帯びて浮かび上がる。
「これは・・・」
土の魔法陣だ。
筒の至るところに、無数の小さな土の魔法陣が淡い光を放っていた。
特に土の魔法を放つイメージもしていなかったのだが、自動でリーテシアの持つ魔法の要素を読み取ったのかもしれない。
「今のご時世、土の魔法を扱える人間は有利、って話は聞いたことがあるかい?」
「い、いえ・・・」
「理由はこれさ。この筒状の棒。国有旗は土の魔法を扱える魔法師にしか使用できないのさ。つまり国家に最低でも一人は土の魔法師が必要。国有旗を複数所持している国家だったら、まあその数に合わせて、魔法師も配置しないといけない。そういう理由から、多少優秀であれば土の魔法師は国家にスカウトされやすい、ってご時世なわけ」
「なるほど・・・」
国有旗から手を放すと、淡い光は霧散し、元の変哲もない棒へと戻っていった。
「ま、俺も詳しいギミックは知らないんだけどね。かの有名な魔術師セラ=ローエン氏の開発した商品の一つなんだけど・・・頭のいい人の考えることは次元が違いすぎて、もう訳わからんわなー」
「魔『術』師?」
魔法師の聞き間違いかと思い、思わず聞き返してしまった。
「おっと、魔術師は知らないか? 魔法を使う人間を魔法師と呼ぶが、その魔法を利用して動作する魔導機械を造る人間を魔術師と呼ぶのさ。この国有旗もその魔術師が造った魔導機械の一つさ。この溝が見えるかい?」
ベルモンドは国有旗の側面の一部を指さし、リーテシアに示した。
その指の先を目を凝らして見てみると、近くで見ないとわからないほど細かい溝が掘られていた。その溝を辿っていくと、一つの絵が見えてきた。
「あ、これっ・・・さっきの土の魔法陣!」
「そう。魔導機械ってのは、こういう魔法陣を模った魔術機構『ヘンリクス』を媒体に、魔法を吸収・増幅して、その魔法の力を用途に見合ったベクトルに変換して、道具としての力を発揮するのさ。まったく原理は理解できないけどな・・・どうも単純に魔法陣と同じ形を掘っただけじゃ機能しないみたいなんだ。ヘンリクスを以って魔導機器を作ろうとする奴はごまんといるけど、実際に成功した奴なんて一握りなんだろうな」
リーテシアは初めて聞く単語の数々に、少し身を乗り出して聞き入った。
いったいどういう原理でこの国有旗は動いているのか。
魔法を利用した技術。
それは単純に魔法を放つのではなく、魔法の特性を生かし、様々な用途に対して汎用性を持たせる。この技術を扱えることができれば、魔法の使い道というのは幾重にも増えていくことだろう。
実に興味深かった。
「ちなみにこの国有旗は土の魔法を媒介にして動くわけだが・・・こいつを地面に刺して土の魔法を流すと、この旗を中心として半径100キロほどの距離に対して特殊な波動を放つんだ。発信機みたいなもんだな。そんでその発信機と対となる受信機が――これだ」
ベルモンドは興味津々なリーテシアに説明していくのが面白くなってきたのか、笑みを浮かべながら次の商品をリュックから取り出す。
次に取り出したのは、丸めてあった紙状のもの。
それを国有旗の横に並ぶように、テーブルの上に広げる。
地図だ。
世界規模の地図はリーテシアも初めて見る。
しかし、これがただの紙で、ただの地図でないことは一目でわかった。
「光って、ます・・・?」
「そう。地図上で幾つも円状の光があるだろ? これが国有旗の放つ波動の範囲さ。つまり、この円の光、一つ一つが既に各国の領地、ということさ。光には色々な光があるだろ? 国有旗は一本一本が異なる波動を放つようになっているんだ。だからどの色がどの国が所有しているものなのかを決めておけば、どの国がどの程度までの領地をもっているかが一目瞭然ということさ。因みに国有旗に土の魔法を流し込めば、おおよそ一日半程度はこの地図上に光が灯る。連国連盟の条約で、国を保有している以上は『この光を消すべからず』っていう内容もあるから、各国は毎日、国有旗に土の魔法を流して『国は健在ですよ』って報告する意味も兼ねているらしいぞ」
光は地図を埋め尽くす勢いで所狭しとひしめき合っている。
これの一つ一つが国。
ふと、そんな中で光が全くない地域が目に入った。
「ここは・・・光っていませんね」
「ああ、こここそがサスラ砂漠さ。つまり、ここから見える砂漠一帯だな」
「あ、そういえば・・・」
図書館にあった国史の資料で見た記憶があった。
今から30年前ほどに、当時の国王であったフス国王が砂漠の大半を国土から切り離した、と。
つまり、それ以降は誰の所有地でもない、ただの砂漠なのだろう。
「あとは、この国有旗が刺せない、というか土の魔法を放つには向いていない場所である海の一帯はフリーだな。まあ海に関しては、加盟国の総意で連国連盟の管轄内、ということになっているらしいから、無法地帯というわけでもないみたいだけど」
初めて知る知識に興奮してか、リーテシアの表情がどんどん明るくなっていく。
「すごいですね! ベルモンドさんは物知りなんですね!」
(お、おお・・・! なんだか尊敬の眼差しを向けられている!? これは悪くない気分だな・・・!)
「調子にのってる」
リーテシアの純粋な笑顔に、若干だらしのない表情を浮かべていたベルモンドに対し、ジト目のヴェインが彼の脛を蹴りあげた。その痛みにベルモンドはハッと我に返った。未だ装具をつけている怪我をしていた足を狙わなかったのは、彼女なりに一応は気遣っているのかもしれない。
「って、いてーなヴェイン!」
「年端もいかない少女に鼻の下伸ばしてるからでしょーが」
「いやいやいや、なにその誤解を招く表現!? マジでやめてくんない?」
「まあまあベルモンドさんは置いておいて、リーテシアちゃんはこういうことに興味があるの?」
ヴェインと言い争いが始まりそうな気配を感じたセルフィは、そんな彼らを余所にリーテシアとの会話を引き継いだ。
「えっと・・・はい。そうみたい、です・・・」
先ほどまでの自分の話への食いつき具合を思い出したのか、少し恥ずかしそうにリーテシアが答えた。
「ふふ、勉強熱心なのね」
セルフィに頭を撫でられて、慣れていないリーテシアはまたしても照れて俯いてしまう。
今まで近くにいる大人といえばレジンぐらいなもので、レジンとしか接してくる機会がなかったため、セルフィを始め、兄や姉といってもいいぐらいの年頃の大人との接し方が未だつかめず、リーテシアはどうにも調子が狂う感覚を絶えず持っていた。
でも、悪い感覚じゃない、とも感じていた。
「魔導機械や国有旗については、詳しく話すと色々と長くなっちゃうから、また後でしましょう? 今日はこれから事情聴取もあるんだし」
「事情・・・?」
「あ、ごめんね、リーテシアちゃん。まだ言ってなかったのだけれど、これから国のお役人さんがここにきて、昨日のことを色々と聞いてくるの。それで、私たちはもちろん、リーテシアちゃんにも話を聞きたい、ってお役人さんが言っていてね。だから、貴方たちのことは院長に特別に休みを貰っているのよ」
よかった。
どうやら今日の活動に置いて行かれたわけではないみたいだ。寝坊したことには変わりないのだが、そこは深く気にしないことにした。
「もうすぐ来る時間だと思うのだけれど・・・」
「おっと、あんましテーブルの上に物を広げているのも失礼だな。国有旗のことはまた後でな、嬢ちゃん」
「あ、はい! ありがとうございます」
ベルモンドも慌てて国有旗を元の包みに戻し、壁に立てかけた。地図も一緒に並ぶように丸めて置いておく。
時刻は午後2時に差し掛かるところであった。
国の役人。
どんな人がやってくるのか。
揃って椅子に腰かけた大人たちにならって、リーテシアも椅子に緊張を隠せない様子で座る。
やがて、それから数分後だっただろうか。
その人物は、どこか考え込んだ面持ちで端っこ孤児院の扉を潜り抜けた。




